エレメント ウィザード

あさぎ

文字の大きさ
上 下
101 / 132
第3章3部

濃い闇に

しおりを挟む
 「使役権限って何だ?」
 「共有している情報ですよ、アシェリナ。」
 「パスワード忘れちゃたんだよなー、ハッハッハッハッ!」
 「ったく・・・。咎人1人に対し使役できる霊魔は1体。そのことわりを根底から覆す咎人たちが生み出した技術です。」
 「ほぉ~。そりゃあスゲーな。じゃあ何体も霊魔を使えるってことか。便利だなー。」
 「感心している場合じゃないですよ。使役権限が無くなったことで霊魔の材料となる対象が狙われ、行方不明となっている事例が増えているんですから。」

 2人の会話にファルナは口を挟んだ。

 「確かに使役権限を解消することで霊魔の扱いに幅を持たせることができたさ。でも、オレたち咎人も霊魔なら何でもいいってわけじゃないんだよ。」
 「どういうことだよ。」
 「お前たちに話しても分かんねーよ。それより悠長にしていていいのか?」
 「・・・?」
 「わざわざ魔法を制限して閉じ込めたお前たちをそう簡単に逃がすと思うか?」

 ファルナがニヤリと笑う。

 「まさか・・・ミトラ殿っ!」
 「・・・えぇ。先ほどから何度も試みていますが、シェティスと連絡がつきません。」
 「なにっ・・・!?」
 「えぇーおかしいなー?結界の影響かなー?それとも、それどころじゃない事態になっているのかなぁ・・・」
 「ミトラ。」
 「・・・大丈夫。学園には僕が最も信頼しているメンバーがいるから。」

 力強く見据える視線とは対照的にミトラの拳は震えている。もしかしたら学園に大きな危機が迫っているかもしれないのだ。

 「ふざけるなっ!ここから出せっ!!」

 ライトグレイのフードが揺れる。取り乱しながらファルナに詰め寄ったのは、連合ユニオンからの使者だった。

 「お前たちの茶番に付き合っている暇はないんだ!この結界を早く解けっ!」
 「は?」
 「ダメだ、無闇に近づいたら――」

 止めるミトラの手は届かなかった。グチュリという音にマントが赤く染まっていく。見れば使者のみぞおちにファルナの手が貫通していた。

 「ぐぁ・・・」

 背中から倒れる使者とエリスと菲耶フェイの悲鳴が響いたのはほぼ同時だった。
 治療を中断して駆け寄ろうとするインネを止めたのはシャノハだ。

 「もう無駄です。オクリタさんの治療に専念してください。」

 確かに使者はピクリとも動かない。すでに事切れているのだろう。

 「急がなくても全員殺してあげるよ。」

 血に染まる手と不気味な笑みを浮かべるファルナに誰もが戦慄を覚えた時、悲痛な叫びがこだまする。

 「た、助けてくれっ!!」

 ファルナから距離を取った場所で土下座を繰り返していたのは、薄い頭皮に白髪が目立つ小柄な老人だった。

 「頼む、助けてくれ!このとおりだっ!」
 「お、お祖父じい様・・・?」
 「金ならいくらでも払う!望むなら役職でも何でも与える!だからどうか助けてくれっ!!」
 「チッ・・・バカなマネを・・・。」

 そう呟いたのはアシェリナだ。

 「私にはもう何の力もない・・・ましてやここでは魔法が使えないのだろう?ならば私は無害で関係ない。だから殺さないでくれっ!」
 「あんた元老院だろ?十分関係者じゃん?」
 「っっ・・・た、たしかにそうだが・・・。」
 「無害ならいつ死のうが構わないだろう。」

 ファルナは老人の方へ歩み寄った。

 「ひっ・・・く、くるな!・・・ミトラ、私を助けろっ!!」

 ミトラが急いで駆け寄ろうとすると、アシェリナがミトラの腕を掴み引き寄せた。

 「ア、アシェリナ・・・?」
 「どういうつもりだ、アシェリナッ・・・!?早く私を助けんかっ!」

 老人は震える身体を必死に動かし後退りするが、ファルナとの距離はどんどんと近づいていく。

 「アシェリナッ!!お前、私に歯向かう気かっ!私は元老院だぞ!!お前の立場だって、私たち元老院の推薦があってこそだと忘れたのかっ!!」

 しかしアシェリナは腕を掴んだままその場から動こうとしなかった。

 「あ~ぁ、おじいちゃん、見放されちゃったね。」

 指をポキポキと鳴らしながら、なおもファルナは近づいていく。

 「ミトラ、アシェリナッ!サージュベル学園の最高実権を約束するっ!!だから、だから・・・助けてくれぇっ!!」
 「アシェリナ、助けないとっ!」
 「いつも振りかざしている権力で戦えばいいじゃねーか。」
 「な、なんだって・・・!?」
 「あんたたちはその権力に守られてるんだろ?頼るのはオレたちじゃねーだろ。」
 「何を屁理屈を・・・っ!!」
 「アシェリナ、冗談を言っている場合じゃあ――!」
 「お前たちが学園でふんぞり返っていられるのは、それを支える誰かの力のおかげだろうよ。」
 「・・・!」
 「いつもお前たちの汚ねーケツを拭いてやっているのは誰だと言っているんだよ、元老院。」
 「くぅっっ・・!!」
 「だって、おじいちゃん。どうやらおたくたちは必要ないみたいだよ。」

 老人の前にファルナが立つ。手には乾ききっていない血がベットリと付着していた。

 「・・・ぅ・・・っ・・・」
 「アシェリナ、分かったから!離して!」
 「分かってねーよ。お前のその呪いは、半分は奴らのせいだろうが。」

 アシェリナの額にはいくつもの青筋が浮かんでいた。

 「とりあえず2人目♪」
 「ヒィィィッッ!!」

 素早く振り下ろした爪が老人の身体を引き裂こうとした時、小さな影が前を横切る。
 キィィンという高い音がした後、アシェリナの不機嫌なため息が聞こえた。

 「どういうつもりだい、お嬢ちゃん。」

 身の丈ほどの大きな大剣でファルナの爪を止めたアシェリナの後ろには、老人を抱きしめ庇うエリスの姿があった。

 「ェ・・・エリ、ス・・・」
 「ミトラー。」
 「・・・彼女は御仁のお孫さんです。」
 「孫ー?なんでこんな場所にいるんだよ。あぁ、血縁者だからこの場に許された七光りってやつか。」

 エリスはキッと睨んだ。その目には涙が浮かんでいる。

 (何だ、このバカ力!全然動かねーっ!!)

 攻撃を遮ったアシェリナは顔色一つ変えていない。そして、ファルナの爪を簡単に押し戻すと振り向くことなくため息をついた。

 「邪魔だ。そいつを連れて行け。」
 「チッ、バカ力が・・・!」
 「ははっ!!魔法力の制限にフィジカルは関係ねーみたいだな。それに、やることが中途半端なんだよ。どうせ出力を制限するなら、完全に無効化しろよ。」

 (チッ!そんなことぐらい分かってるさ!この作戦だって、魔法属性評議会エレメントキャンソルを狙ったとはいえ、ゼロの作戦にしては杜撰で性急すぎる。アイツ、一体何を焦っているんだ・・・!)

 「あやふみっ!!」

 ファルナの呼びかけに2人の少女の目に光が宿る。

 「行けっ!」

 同時に飛び上がった2人に、誰もが頭上からの攻撃に身構えた時、アシェリナの怒号が響き渡った。

 「後ろだっ!!」
 「え――」

 反応の遅れたマイソンたちの背後から、おかっぱの少女が無数の光弾を放つ。

 「くっ――!!」

 咄嗟に両手を構え防護壁を展開するも、少女の攻撃は容赦なくその場に被弾した。

 「うわぁっ!!」
 「きゃぁぁっ!!」

 攻撃は止まない。さらに頭上からは鋭く尖った刃が降り注ぐ。

 「伏せろっ!」

 アシェリナは大剣を大きく振り回すと、落下する刃をすべて振り払った。

 「姿形すがたかたちに惑わされるな!」
 「痛っ・・・!」
 「っ・・・!2人とも飛び上がったと思ったのに・・・」
 「それに・・・」

 マイソンは自分の両手を見つめる。

 「魔法に手応えを感じない・・・!」

 魔術師ウィザードの象徴でもある精霊の使役ができない。
 初めての感覚に、その場にいた全員の士気が急激に落ちていくのが分かった。もちろん、ファルナはその心理を見逃さない。

 「あやふみっ!」

 ファルナの合図に2人の少女は再び攻撃へと転じる。

 「避けてっ!」

 次に叫んだのはシャノハだ。

 「出力が制限されていても完全に使えないわけじゃありません。魔法で防御しつつ攻撃を躱してください。」
 「そ、そんな・・・」
 「無茶言ってくれるぜ・・・」

 魔法の光は弱い。しかし、今出せる全力の魔法力で各々は少女たちの攻撃を躱していく。

 「避けなくてもぶっ壊せばいいんだよ、こうやってなっ!!」

 そんな中、アシェリナだけが派手に暴れている。大剣を振り回し、襲いかかる攻撃を次々と打ち消していた。

 「頼もしいですねーアシェリナ君。」
 「手伝ってくれてもいいんだぜ、シャノハ博士。」
 「いえいえ。僕は所詮、研究だけしか能のない人間ですから。」

 (どの口がっ!上級魔術師ハイウィザードさえも凌ぐ魔法力を保持しているくせに、このタヌキがっ!)

 攻撃に阻まれ口に出すことはできないが、アシェリナは胸の内で悪態をついた。

 「アシェリナ君、しばらく僕への攻撃を回避してもらっていいですか?」
 「あぁんっ!?てめぇのことはてめぇで守りやがれっ!」
 「いえ、僕にしかできないことがあるので。」
 「・・・できるのか?」
 「状況は急を要します。結界が消えたということは、僕の部屋は無事じゃないでしょう。今のサージュベル学園は、ガードを忘れたボクサーと同じようなものです。結界を張り直します。」
 「この状況でできるのか?」

 シャノハは端末を取り出した。

 「シンプレックスでは無理でしょうね。」
 「シ、シプ・・・?」
 「でも、インタラクティブならばこの神殿内の結界を無効化できるはずです。」
 「イン・・ラ・・・なんて?!」
 「アシェリナ君は理解してなくていいですよ。僕に端末を集中する時間さえ稼いでくれればいいんです。」
 「チッ、バカにしやがって・・・。別にお前を助けるわけじゃねーからな。
 このままだと魔法域レギオンの代表が全滅だ。それこそ世界の危機だろう。」
 「おや、そんな殊勝なことを言うなんて。」
 「いちいちうるせーな。その中にミトラがいるんじゃ仕方ねーだろ。」

 アシェリナはミトラの腕を強く引っ張った。

 「お前は魔法を使うんじゃねーよ、ミトラ。」
 「だ、だって――!」
 「だってじゃねーよ。天才博士がこの場をどうにかしてくれるんだってよ。大船に乗ろうぜ。」
 「じゃあ任せましたよ、アシェリナ君。」

 その場から離れるシャノハをファルナは見逃さない。

 「アイツを逃がすなっ!!」

 少女2人は同時に飛びかかる。それは絶対に対峙するだろう確信があるからの行動。
 案の定、アシェリナは少女2人の前に立ちはだかった。

 「いい判断だ!オレ相手に1人ずつは役不足だからなっ!」

 アシェリナは大きく大剣を振り回す。それだけで凄まじい剣圧が周囲を轟かした。思わず距離を取る少女の前に、さらに分厚い影が横切る。

 「出せる力は2割か・・・ハンデにはちぃと足りねーか。」

 重厚な音が地面に沈む。アシェリナが取り出したのは大剣とそれと同等の大きさを持つ盾だった。
 アシェリナはニィッと口角を上げる。

 「さぁ、始めようか。」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

処理中です...