エレメント ウィザード

あさぎ

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第3章2部

欠落者

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 その日は朝からツイてなかった。
 楽しみにしていたお菓子にカビが生えていたし、乱雑な机に埋もれた参考資料を見つけ出せずにいる。
 床を這うコードに足を取られ盛大に転べば、シャノハが放置していたブラックコーヒーの残りが床に飛び散った。

 「チッ!!」

 レイアは思い切り舌打ちをうつ。シャノハへの怒りも当然なのだが、なによりさっきから感じるただならぬ胸騒ぎに、レイアは全身の毛を逆立てた猫のように周囲を警戒していた。
 部屋はいつも通り静かで散らかっている。普段騒がしい部屋の主も、今ごろはひょうひょうと評議会に参加しているだろう。
 レイアは飛び散ったコーヒーに乾いた雑巾を投げつけると、怒りをぶつけるように荒々しく床を拭き始めた。

 まず気づいたのは空気の流れだ。ふわりと頬をかすめる風に、レイアは空調がある上を見ようと顔を上げた。しかし、咄嗟に持っていた雑巾を振りかぶると背後に思い切りぶん投げた。
 雑巾が落ちる乾いた音がする。それを振り払ったであろう人物に、レイアは目を丸くした。

 「お、お前は・・・」

 そこには長いローブに身をまとった人物がレイアを見下ろしていた。髪は見事な銀髪だ。

 「哀色の賢者・・・?」

 頬がピクリと動く。その様子にレイアは口だけで笑ってみせた。いつものシャノハのように。

 「この名で呼ばれるのは不服か?しかし、お前の名前なんぞ、毛ほどの興味もないから仕方なかろう。」

 動揺を悟られてはならない。ここは自分の領域なのだから。
 しかし、複雑な条件で管理している場所だからこそ、簡単に侵入された事実に冷や汗が止まらない。

 「お前が管理者アドミニストレータだったのか、緋色の魔女。」

 今度はレイアが眉をひそめる番だった。互いの存在は認識していたが目の前の人物とは初対面である。それでも互いの古称が自然と出たのは、相互の唯識としか説明できないだろう。

 「久しいのぅ、その名で呼ばれるのは。それよりもどうやってここに入った?ここは菓子を持参せんと入れんはずなんじゃがな。」

 時間を稼ぐ必要がある。なんでもない風にゆっくりと立ち上がるレイアの思惑を嗤笑するかのように、男は手を握ったまま頭上にかがげた。

 「くそっ!!」

 レイアは傍にあった机に積まれている本やらファイルなどを男に向かってぶちまけた。しかし男は微動だにしない。

 「くっっ!!」

 レイアは白衣のポケットから数個のエレメントキューブを取り出すと男に向かって投げつけた。あさぎ色のキューブが砕けると、その場で暴風が巻き起こる。
 無秩序に積まれた資料や、殴り書きしたメモ、インクの切れたペンや、いつからあるか分からないクシャクシャのゴミ袋などが一斉に部屋中を乱舞する。
 その状況すらやむを得ない。それよりも、この場が損傷することだけは避けなければならない。
 あらゆる物を巻き込む暴風は男に容赦なく向かっていく。だがそれは男の前であっけなく風散し、届くことはなかった。

 「なっ!!?」
 「何を驚くことがある。お前だって欠落者ディーファーだろう?」

 男が握った手に力を込める。すると、何かが砕かれる音と共に強い光が溢れ出した。

 (っ、この光は――森精霊ニンフ!?こいつ、聖霊ディスオーダのエレメントキューブをっ!!?)

 溢れた光が部屋にある機械や机などを照らし出すと、そこから木の根が次々と具現化し始める。急成長をはじめる木の根は瞬く間に蔦を巻き、葉を茂らせていった。
 けたたましい警告音がそこらじゅうから鳴り響く。モニターが真っ暗になり、デバイスの起動ランプも次々と消えていく。

 「やめろっ!!」

 レイアはある機械に飛びついた。どんどんと広がる枝や根を急いで掴み千切っていくが、成長が早くとてもじゃないが追いつかない。
 男はレイアの行動に、目の奥を光らせた。

 「それか。」
 「近づくなっ!」

 迫る男にレイアは機械を背に手を広げる。しかしレイアの小さな体では守りきれるはずもなく、あっという間に突き飛ばされてしまった。
 尻もちをつくシリアを横目に男は意識を集中させる。そして機械はあっという間に沈黙した。

 数秒後、キィィンという音が響き渡る。それはサージュベル学園を包む結界が消滅した音に他ならなかった。

 「結果が・・・!なんてことを・・・!」
 「結界を消すだけならエレメントを注いで制御しているお前を殺すのが1番早い。」

 手首を軽くひねりながらレイアを見下ろす男の目に光はない。その冷たい視線にレイアの背筋が凍りついた。

 「だが、欠落者ディーファーは利用価値が高い。お前は生物以外の物にエレメントを注ぎ込むことで、自分の監視下に置き制御できる能力をもつ欠落者ディーファーだろう?」

 欠落者ディーファーとは過去に脳や体に強いショックを受けることで正常に精霊を使役できなくなった者のことをいう。
 エレメントが正常に使えなくなる分、偏った能力を突出させることができるといわれており、その能力は型に囚われず多様であるとともに非常に強力な力だと言われているのだ。

 「私のことも調査済みというわけか・・・。しかも私の制御をいとも簡単に・・・。お前は一体・・・!!」

 睨みあげるレイアに男は手を伸ばす。それはレイアの細い首を捉えた。

 「んぐっっ!!!」
 「オレはゼロ。お前と同じ欠落者ディーファーだ。」
 「お、なじ古称をもつ・・・同類と、いうこと、か・・・。」
 「あんなダサい古称を名乗った覚えはないがな。」
 「フフフ・・・遠慮、するで、ない。よう似合っとるぞ――ぐぅぅっ!!」

 ゼロはレイアの首をひねり上げる。抗うレイアの爪が手に喰い込むも、ゼロは表情一つ変えなかった。

 「抵抗されると厄介だ。大人しくしてもらおう。」

 ゼロはさらに力を込める。浅い呼吸を繰り返し抵抗を続けていたレイアの力が抜けていく。ダラリとレイアの手が落ちた時、2人の間に切り裂くような風圧が走った。

 「っ!」

 ゼロは思わずのけぞる。そして目の前に現れた、レイアを抱きとめる長身の男を見た。

 「レイア、しっかりしてくださいっ!!」
 「・・・っ、がはっ!ごほっ・・・!!・・・ッ、ハァ、ハァ・・・ラ、イオス・・・」

 レイアの首に痛々しく残る真っ赤な痕に、ライオスは頭に血が上るのを感じた。

 「学園の結界が急に消えたのでレイアに何かあったのかと思って駆けつけてみれば・・・。あなた、何者ですか?」
 「・・・ライ、オス・・・」
 「学園は結界が消え、霊魔が大量に来襲してきています。これはあなたのせいですね。」
 「その女を渡してもらおう。」

 ライオスは身構える。その拳は怒りで震えていた。

 「レイア。ちょっとここが瓦礫に埋もれてしまうかもしれませんが、構いませんね?」

 すでにこの情報管理部は機能していないだろう。設備に蔓延る根や葉を見てライオスは判断した。

 「ライオスやめろっ!そいつは――!」
 「ALL Element 風精霊シルフ!」

 ライオスの手に浅葱色の光を放ちながら風精霊シルフを呼ぶ紋章が浮かび上がる。

 「風流みやびやか!」

 ライオスの手から放たれた魔法が宙を舞うと、風の渦がいたるところ発現されていく。縦横無尽に空中を飛び回る大量の渦が角度を変え、猛スピードでゼロにぶつかっていった。
 被弾し渦が弾ける音がする。霧散していく風が周辺を容赦なく吹き飛ばすほどに激しい攻撃が続くと、埃が舞い上がり視界が男の姿が霞んでいった。
 しかし、再び男のローブを確認したライオスの目は大きく開かれた。

 「な、なんで・・・!?」

 ゼロは攻撃一つ受けていなかったからだ。

 「ライオスッ!そいつに魔法は効かないっ!!」
 「な、なんでですかっ!?」
 「そいつは欠落者ディーファー。そしておそらく、エレメントを無効化する力を持っておる!」
 「無効化ですってっ!??」

 レイアの話の内容に不意を突かれたライオスは、背後に迫るゼロの攻撃に気づかなかった。

 「くっっ!!」

 ライオスは咄嗟に風の防壁を張り攻撃を退ける。しかし、ゼロが防壁に触れた瞬間、魔法が溶けるように消え、ゼロの拳がライオスのみぞおちに深く沈んだ。

 「ぐはっっ!!」
 「ライオスッ!!」

 弾き飛ばされたライオスはしかし、倒れ込まぬよう必死に耐えた。

 (・・・本当に魔法が消えたっ!?)
 
 ライオスは短く詠唱を口にする。瞬時に風精霊シルフを拳にまとわせると、勢いよくゼロに殴りにかかった。

 「ライオスやめろっ!!」

 レイアの声は届かない。ライオスの攻撃は真正面から受け止められ、またしても接触した部分から風精霊シルフの光が消えていった。
 怯むライオスをゼロは見逃さない。ライオスの肘を下から内側に回転させるように捻りあげたゼロは、そのまま自分の方に引き寄せ関節部分を固める。

 (速いっ!)

 あっという間に動きを止められたライオスに向かってゼロが手をかざせば、頭上から大量のエレメントキューブが撒かれた。
 小さな舌打ちとともにゼロが距離を取ると、キューブが砕け地面がその場で隆起する。

 (こいつの能力は魔術師ウィザード限定かっ!?)

 エレメントキューブに対して能力を使わない様子に、捻られた肘を押さえながらライオスは1つの仮定を導き出した。

 「レイアッ!エレメントキューブはありますかっ!?」
 「何をする気じゃ?!」
 「僕のエレメントと融合させます。火力を上げてあいつを捕まえるっ!!」
 「っ!」
 「レイア、持っているならくださいっ!」
 「だ、だめじゃっ!!」
 「なんで!?」
 「ここでお前のエレメントとエレメントキューブを使えば、ここにある資料たちが無くなってしまう!」
 「!」
 「たとえほかから見ればゴミみたいな紙キレでも、あやつにとってここの資料はすべてログであり結果じゃ。すべて回収する!」

 (・・・クソったれ!!)

 再びレイアに迫るゼロを追いかけ、ライオスは心の中で叫んだ。
 しかしマントに手が届くその瞬間、ゼロは弾かれたように顔を上げる。そして耳に手を当てる仕草をすると大きく後退したのだ。

 「えっ・・・」

 そしてマントを翻し忽然と消えていってしまった。突然の行動に2人は思わず立ち尽くした。

 「はぁ、はぁ、はぁ・・・一体、どういうことでしょうか・・・ってレイア!?」

 立ち尽くしていたのも束の間、レイアは機械に生い茂る草木を一心不乱に掴みちぎっている。

 「何を――」
 「使えるデバイスからもう1度結界を構築する。学園に霊魔が入ってきているのじゃろ!?」
 「そんな、この状況で――!」

 ライオスは辺りを見回した。部屋は変わり果てた姿になっている。

 「シャノハ博士もいないのに、無理ですよ!」
 「あやつなんておらんでも何とでもなるわ!お前も使える端末を探せっ!」
 「探せって・・・。」
 「それに、あのアホもこの状況に策を講じるに違いない。今は手を動かせぃ!」

 ないがしろにしているのか、敬っているのか分からない。ただ、博士の城を必死に守ろうとしたあの発言こそレイアの本音だろう。
 ライオスは短くため息をつき、雑然とした部屋を片付け始めた。
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