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第3章
匣の役割
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ソフィアは何も言わなかった。セリカの腕の中で眠るクーランを受け取ると、揺れを感じさせない、いつもの平行移動でセリカを案内してくれた。
――ここは魔術中央図書館の表門と呼ばれる場所の一角だ。巨樹が聳える薄暗いその場所は、図書館への許可なき者が最初に立ち入る場所である。
セリカとソフィアの前には2つの盛られた土がある。1つは既に乾いていて、沈んだ土が平坦になりかかっている。その横にあるもう1つは、こんもりと盛られた柔らかい土が、濃い自然の匂いを発していた。
特に飾りも何もないその墓に、2人は手を合わせた。
「すまない、ソフィア・・・。」
合わせた手のひらから力が抜けると、セリカは顔の前で両手をギュッと強く握りしめた。
「クーランを・・・守れ、なかっ――」
声を震わすセリカを改めてよく見れば、戦闘の凄まじさを物語るボロボロの体をしている。
ソフィアがカツンと杖を鳴らすと、セリカはビクリとその身を震わせた。
「顔を上げろ、セリカ。」
その声に怒りは含まれていない。セリカはゆっくりと顔を上げた。
「お前は守った。」
「え・・・?」
「守ったから、ここに母親と眠ることができた。帰ることができたんじゃ。
きっと2人とも――」
ソフィアは空を見上げる。そこに2人の魂があるかのように目を細めた。
「向こうで会えたじゃろう。それに――」
「・・・?」
「魔障痕が消えていた。あの子の声はどうだった?」
クーランの最後の声と言葉を思いだし、セリカは喉奥から込み上げてくるものを必死に抑えた。
「が、がわいか、った・・・!優じぐて、柔らがぐ、て・・・!」
「そうか。」
静かに語るソフィアの隣で、セリカは再び声を上げて泣いた。
空の上で、『ままが作ったパイ』を食べられますようにと強く願いながら――。
「落ち着いたか?」
ソフィアから受け取った木のコップには、温かいアップルティーが淹れてあった。ほんのりと湯気をあげる優しいその匂いに、心が落ち着くのが分かる。
「美味しい。」
コクリと飲めば、甘酢っぱい酸味が口いっぱいに広がった。そして自分の身体がこんなにも乾いていたことに少しだけ驚く。
「劫火峡谷は暑かったじゃろう。まだたくさんあるから飲みなさい。」
「・・・はい。」
セリカは再びコップに口をつけると、今度は勢いよく飲み干した。
「それがクーランのエレメントか。」
優しい眼差しはセリカを見ているようで見ていない。セリカの中に残るクーランの魔法の残痕を感じ取っているのだろう。
「分かるのか?」
「あぁ。何とも可憐で優しいエレメントじゃ。」
「・・・魔法を使って、私を助けてくれた。命がけで・・・。」
「クーランがそう強く願ったこその魔法じゃ。
水精霊の治癒魔法は、エレメントが分かって比較的早くに発現できる魔法。それは相手を想うからこそに直結した理だからじゃろう。
幼き時、親や兄弟、飼っているペットなど、近くに愛する存在が多くある環境だからのう。クーランも、お前がその対象だったのじゃ。」
「私も・・・初めて治癒魔法をかけたのは、母さんだった。」
「そうか、そうか。それは母親も嬉しかったじゃろうな。」
コクリと頷くセリカはイカゲに貫かれた腹部を見た。
「痛むか?魔法が必要か?」
「いや・・・確かに完全に治ってはいないから、痛いんだけど・・・もう少し、このままがいい。ここにクーランがいるような気がするから。」
「ふぉっふぉっふぉ。そうか。」
「・・・ソフィアが言ってたことが本当に起きていた。しかも、今に始まったことではないようだ。」
「咎人たちが同類を増やそうと科学の力を使って子どもたちを犠牲にしているということか。」
「あの時・・・ソフィアに初めてそれを聞かされた時は、そんな非人道的な方法なんて、と思ったけど・・・。」
「目の前で見てしまった、ということだな。」
「ああ。」
イカゲがクーランの魔障痕に負の意識を注入する時を思い出すと、再び怒りが湧いてくる。
「弱き者を魔障痕により縛り付け、意識をコントロールした後に再び負の意識を植え付け咎人を生みだす。それには、加減をコントロールする技量を持った霊魔・・・すなわち、精霊と意思のある生物を混ぜ合わせることが必要というわけか。・・・なんとも歪なサイクルじゃな。」
「許せない・・・!」
「実験に使われるのは子どもだけでなく、大人も対象じゃ。実際に、急に人が消えるという謎の失踪事件が各地で多発しておるのう。」
「そんなことをして、咎人は一体何が目的なんだ・・・?」
「・・・。」
ソフィアは珍しく口をへの字にして考えこんだ。
「ソフィア?」
「恐らく・・・。」
そしてその長く貯えた髭をゆっくりと梳いた。
「精霊王と精霊界の消失及び、魔術師の殲滅と人間界の掌握、というとこじゃろうな。」
「な、何だって・・・!?」
「ハッキリとは分からん。咎人の思考は、理解し難い。」
「咎人とは、どこから現れるんだ?」
「咎人が集まる場所、それを虚空界と呼ぶ。そこは魔術師が干渉できない場所にあり、あらゆる科学実験が行われているという。」
「虚空界・・・。」
「元々人間だった者が、咎人への変身する条件は覚えているか?」
「あぁ。
・四元素それぞれの上級魔術師の魂を得る。
・自身の最も愛する者を殺す。
・魔障痕に再び負の意識を注入する。だろ?」
「そうだ。化学と霊魔の力を使った3つ目は例外として、1つ目と2つ目は人間の挫折・孤独・虚無の先に果てた感情の暴走と言っていい。そして根底には、精霊への強い羨望が大きく関わってくる。」
「精霊への羨望?」
「今まで使えていたものが急に使えなくなったらどうする?
例えば、料理に使っていた火が使えなくなったら。流れていた水が止まってしまったら。新鮮な空気が流れてこなくなったら。」
「・・・困る。何とか違う方法を見つけようとすると思う。」
「うむ。今まで出来ていたことが出来なくなるということは、非常に大きなストレスとなる。だから代替を模索しなければならない。これは、咎人にそのまま当てはまるのじゃ。」
「どういうことだ?」
「元々人間は、エレメントを持ち、精霊の力を得て生活を営んでいく。人間と精霊の関係は切っても切れんからのう。」
「でも咎人になった時点で、自分の精霊との関係は切れ魔法を使えなくなってしまうのだろ?」
「そうじゃ。魔法が使えなくなった咎人は失望と苦悩を重ねた結果、代替案として精霊に負の意識を植え付け霊魔を生み出そうとする。今まで使えていた魔法を霊魔という存在にすり替えることで己の存在意義を見つけようとするんじゃろうな。
これらの行為は、精霊への未練がそうさせるとワシは思う。」
「未練・・・。」
「生まれ持つエレメントを厭う人間はおらんじゃろう。自分の自信である魔法は、人間への宝物であり本能でもある。それが失われた時、憧れという名の強い憎しみへと変化する。
精霊が使役できなくなった咎人にとって、使役し活躍する魔術師はひどく目障りな存在へと変わるじゃろう。人間だった時、魔術師を志していた者だと余計にな。
その妬みは波及し、精霊の存在すら疎ましく感じる。それらを生み出す精霊王と精霊界は、咎人にとって最も憎く壊したいものなのじゃろう。」
「そんな・・・。精霊王がいなくなったらどうなるんだっ?」
「精霊は消え、魔法も使えなくなる。ただ、負の感情を植え付けられた霊魔は精霊とは全く逆の異質な存在。精霊が消えても霊魔は残る可能性は十分にある。」
「だとすれば・・・」
「ああ。魔法が使えなくなったただの人間には為す術はない。」
「そんな・・・!」
「より強力な霊魔を生み出すために、まずは多くの咎人を造り出す。大きな戦力が揃った時、奴らは全面戦争を仕掛けてくるじゃろう。」
「奴らは、精霊王がどこにいるのか知っているのか?」
「精霊王は精霊界にいると言われている。ただ、その場所はワシにも見当がつかんのう。」
「だったら――」
「ただ、精霊界への道を開く方法ならある。」
「精霊界への道?」
「いつかの夜に話したことは覚えておるか?精霊王が精霊界と人間界を分断した話じゃ。」
「覚えている。精霊界に人間が生まれたことで精霊たちが争いを始めた。
沈静化を図る為に、精霊王は精霊界に雷精霊、森精霊、光精霊、闇精霊を残し、人間に四元素のエレメントを与えたんだよな。」
「うむ。その精霊界にいる四元素以外の精霊を聖霊と呼ぶ。」
「聖霊・・・」
「人間には決して使役されない、気高き誇りを持つ精霊たちじゃ。この聖霊の魔法が重なる時、精霊界への道は開かれると言われておる。」
「使役できない聖霊の魔法なんてどうやって手に入れるんだ?」
「さぁな。ワシにも想像できん。・・・ただ、咎人は相当高精度な科学技術を生み出していると噂に聞く。もしかしたら、聖霊の魔法を手にする技術だって編み出しているかもしれん。」
セリカは背筋が凍った。子どもを平然と道具として扱ったイカゲの姿を思い出したからだ。
「聖霊の力が咎人の手に渡り、精霊王が消滅すれば、この人間界も無事では済まんじゃろう。奴らの暴走を止めなければならん。」
セリカは目の前に盛り上がる土を見た。その下で眠る小さな少女を想う。
「私は・・・もうクーランのような幼き者たちを見たくない。」
やわらかい風がセリカの頬を撫でた。
「魔障痕を残す霊魔を許せない。非道なことを目論む咎人も許せない。」
「うむ。人間界で魔術師を統括する連合も、本格的に動き出すじゃろう。だが、聖霊の力は未知の力。そう簡単に咎人を止める術を見つけるのは難しいじゃろうな。」
「じゃあ、どうすれば――」
ソフィアはジッとセリカを見つめる。
「聖霊は人間の言う事は聞かん。だが、唯一耳を傾ける存在はおる。」
「誰だ、それは?」
「もちろん、精霊王だ。彼らを生み出す精霊王は、親そのもの。例え聖霊でも、精霊王の言うことは絶対じゃろう。」
「だからその精霊王がいる精霊界へ行けないことが問題なんだろ?」
セリカは大きなため息をついた。
「精霊王にとって自分が生み出した精霊は聖霊だけではない。四元素の精霊たちも等しく必要な存在じゃ。」
「四元素の精霊?」
「人間界の各場所に霊域があるのは、四元素の精霊に癒える場所をと案じた精霊王の心馳だという話もある。精霊王にとって聖霊も四元素の精霊も大切な分身なのじゃろう。
その四元素すべての魔法を使う人間が現れたら、精霊王はどう思うじゃろうな。」
「・・・。」
「人間は1つのエレメントしか持てない。例外を、除いてな・・・。」
その時、セリカはソフィアの意味深な視線に気づき、瞬時に理解をした。
「・・・なるほど、な。」
「察しがいいのう。」
ふぉっふぉっふぉとソフィアは笑うが、決して目は笑っていなかった。
「ワシの精霊はどうじゃったかの?」
「・・・熱くて強くて、凄まじかった。」
「真名を呼べたか?」
セリカは小さく頷く。
「想像以上に熾烈な力だった。あの時はクーランの事もあってただただ必死だったけど、思い出しても体の奥から滾る熱を感じる。」
「そうじゃろう、そうじゃろう。」
ソフィアは自慢げに髭をなでた。
「奴は普段は大人しいが、飛ぶと抑えがきかなくなるようでな。だが、よく扱えた。大したもんじゃ。」
「身体への反動は凄かったけど・・・。クーランが居なかったら私は今ここには居ないだろう。」
「エレメントを身体に2つ宿し、さらにワシの精霊の真名を使ったからじゃろうな。」
「普通はエレメントを複数持つなんて無理なんだろう?」
「あぁ、そうじゃな。複数のエレメントを身体に宿せば、精霊の反発し合う力に魔法力の器が破壊され、砕けてしまうじゃろう。心身に及ぶ影響も計り知れん。」
「でも、匣は違う。」
セリカの声は真っ直ぐに響く。
「師からきいておるのか?」
「あぁ、匣は自分の身体を依り代にすることで、エレメントを2つ以上入れることができると教えてもらった。さすがに・・・本当に水精霊以外のエレメントを使う時が来るなんて、思いもしなったけど。」
フッとセリカは鼻で笑う。
「水精霊以外の精霊が必要になる時がくるかもしれない、と言ってたけど・・・おっしょうは、これをきっと見越していたんだな。」
ふと、ヴァースキが吸うタバコの匂いが漂った気がした。
「そうじゃ。匣とは、身体に宿したエレメントを媒介にして精霊界への道を開く唯一の存在。お前は、人間界と精霊界を結ぶ鍵ということじゃ。」
――ここは魔術中央図書館の表門と呼ばれる場所の一角だ。巨樹が聳える薄暗いその場所は、図書館への許可なき者が最初に立ち入る場所である。
セリカとソフィアの前には2つの盛られた土がある。1つは既に乾いていて、沈んだ土が平坦になりかかっている。その横にあるもう1つは、こんもりと盛られた柔らかい土が、濃い自然の匂いを発していた。
特に飾りも何もないその墓に、2人は手を合わせた。
「すまない、ソフィア・・・。」
合わせた手のひらから力が抜けると、セリカは顔の前で両手をギュッと強く握りしめた。
「クーランを・・・守れ、なかっ――」
声を震わすセリカを改めてよく見れば、戦闘の凄まじさを物語るボロボロの体をしている。
ソフィアがカツンと杖を鳴らすと、セリカはビクリとその身を震わせた。
「顔を上げろ、セリカ。」
その声に怒りは含まれていない。セリカはゆっくりと顔を上げた。
「お前は守った。」
「え・・・?」
「守ったから、ここに母親と眠ることができた。帰ることができたんじゃ。
きっと2人とも――」
ソフィアは空を見上げる。そこに2人の魂があるかのように目を細めた。
「向こうで会えたじゃろう。それに――」
「・・・?」
「魔障痕が消えていた。あの子の声はどうだった?」
クーランの最後の声と言葉を思いだし、セリカは喉奥から込み上げてくるものを必死に抑えた。
「が、がわいか、った・・・!優じぐて、柔らがぐ、て・・・!」
「そうか。」
静かに語るソフィアの隣で、セリカは再び声を上げて泣いた。
空の上で、『ままが作ったパイ』を食べられますようにと強く願いながら――。
「落ち着いたか?」
ソフィアから受け取った木のコップには、温かいアップルティーが淹れてあった。ほんのりと湯気をあげる優しいその匂いに、心が落ち着くのが分かる。
「美味しい。」
コクリと飲めば、甘酢っぱい酸味が口いっぱいに広がった。そして自分の身体がこんなにも乾いていたことに少しだけ驚く。
「劫火峡谷は暑かったじゃろう。まだたくさんあるから飲みなさい。」
「・・・はい。」
セリカは再びコップに口をつけると、今度は勢いよく飲み干した。
「それがクーランのエレメントか。」
優しい眼差しはセリカを見ているようで見ていない。セリカの中に残るクーランの魔法の残痕を感じ取っているのだろう。
「分かるのか?」
「あぁ。何とも可憐で優しいエレメントじゃ。」
「・・・魔法を使って、私を助けてくれた。命がけで・・・。」
「クーランがそう強く願ったこその魔法じゃ。
水精霊の治癒魔法は、エレメントが分かって比較的早くに発現できる魔法。それは相手を想うからこそに直結した理だからじゃろう。
幼き時、親や兄弟、飼っているペットなど、近くに愛する存在が多くある環境だからのう。クーランも、お前がその対象だったのじゃ。」
「私も・・・初めて治癒魔法をかけたのは、母さんだった。」
「そうか、そうか。それは母親も嬉しかったじゃろうな。」
コクリと頷くセリカはイカゲに貫かれた腹部を見た。
「痛むか?魔法が必要か?」
「いや・・・確かに完全に治ってはいないから、痛いんだけど・・・もう少し、このままがいい。ここにクーランがいるような気がするから。」
「ふぉっふぉっふぉ。そうか。」
「・・・ソフィアが言ってたことが本当に起きていた。しかも、今に始まったことではないようだ。」
「咎人たちが同類を増やそうと科学の力を使って子どもたちを犠牲にしているということか。」
「あの時・・・ソフィアに初めてそれを聞かされた時は、そんな非人道的な方法なんて、と思ったけど・・・。」
「目の前で見てしまった、ということだな。」
「ああ。」
イカゲがクーランの魔障痕に負の意識を注入する時を思い出すと、再び怒りが湧いてくる。
「弱き者を魔障痕により縛り付け、意識をコントロールした後に再び負の意識を植え付け咎人を生みだす。それには、加減をコントロールする技量を持った霊魔・・・すなわち、精霊と意思のある生物を混ぜ合わせることが必要というわけか。・・・なんとも歪なサイクルじゃな。」
「許せない・・・!」
「実験に使われるのは子どもだけでなく、大人も対象じゃ。実際に、急に人が消えるという謎の失踪事件が各地で多発しておるのう。」
「そんなことをして、咎人は一体何が目的なんだ・・・?」
「・・・。」
ソフィアは珍しく口をへの字にして考えこんだ。
「ソフィア?」
「恐らく・・・。」
そしてその長く貯えた髭をゆっくりと梳いた。
「精霊王と精霊界の消失及び、魔術師の殲滅と人間界の掌握、というとこじゃろうな。」
「な、何だって・・・!?」
「ハッキリとは分からん。咎人の思考は、理解し難い。」
「咎人とは、どこから現れるんだ?」
「咎人が集まる場所、それを虚空界と呼ぶ。そこは魔術師が干渉できない場所にあり、あらゆる科学実験が行われているという。」
「虚空界・・・。」
「元々人間だった者が、咎人への変身する条件は覚えているか?」
「あぁ。
・四元素それぞれの上級魔術師の魂を得る。
・自身の最も愛する者を殺す。
・魔障痕に再び負の意識を注入する。だろ?」
「そうだ。化学と霊魔の力を使った3つ目は例外として、1つ目と2つ目は人間の挫折・孤独・虚無の先に果てた感情の暴走と言っていい。そして根底には、精霊への強い羨望が大きく関わってくる。」
「精霊への羨望?」
「今まで使えていたものが急に使えなくなったらどうする?
例えば、料理に使っていた火が使えなくなったら。流れていた水が止まってしまったら。新鮮な空気が流れてこなくなったら。」
「・・・困る。何とか違う方法を見つけようとすると思う。」
「うむ。今まで出来ていたことが出来なくなるということは、非常に大きなストレスとなる。だから代替を模索しなければならない。これは、咎人にそのまま当てはまるのじゃ。」
「どういうことだ?」
「元々人間は、エレメントを持ち、精霊の力を得て生活を営んでいく。人間と精霊の関係は切っても切れんからのう。」
「でも咎人になった時点で、自分の精霊との関係は切れ魔法を使えなくなってしまうのだろ?」
「そうじゃ。魔法が使えなくなった咎人は失望と苦悩を重ねた結果、代替案として精霊に負の意識を植え付け霊魔を生み出そうとする。今まで使えていた魔法を霊魔という存在にすり替えることで己の存在意義を見つけようとするんじゃろうな。
これらの行為は、精霊への未練がそうさせるとワシは思う。」
「未練・・・。」
「生まれ持つエレメントを厭う人間はおらんじゃろう。自分の自信である魔法は、人間への宝物であり本能でもある。それが失われた時、憧れという名の強い憎しみへと変化する。
精霊が使役できなくなった咎人にとって、使役し活躍する魔術師はひどく目障りな存在へと変わるじゃろう。人間だった時、魔術師を志していた者だと余計にな。
その妬みは波及し、精霊の存在すら疎ましく感じる。それらを生み出す精霊王と精霊界は、咎人にとって最も憎く壊したいものなのじゃろう。」
「そんな・・・。精霊王がいなくなったらどうなるんだっ?」
「精霊は消え、魔法も使えなくなる。ただ、負の感情を植え付けられた霊魔は精霊とは全く逆の異質な存在。精霊が消えても霊魔は残る可能性は十分にある。」
「だとすれば・・・」
「ああ。魔法が使えなくなったただの人間には為す術はない。」
「そんな・・・!」
「より強力な霊魔を生み出すために、まずは多くの咎人を造り出す。大きな戦力が揃った時、奴らは全面戦争を仕掛けてくるじゃろう。」
「奴らは、精霊王がどこにいるのか知っているのか?」
「精霊王は精霊界にいると言われている。ただ、その場所はワシにも見当がつかんのう。」
「だったら――」
「ただ、精霊界への道を開く方法ならある。」
「精霊界への道?」
「いつかの夜に話したことは覚えておるか?精霊王が精霊界と人間界を分断した話じゃ。」
「覚えている。精霊界に人間が生まれたことで精霊たちが争いを始めた。
沈静化を図る為に、精霊王は精霊界に雷精霊、森精霊、光精霊、闇精霊を残し、人間に四元素のエレメントを与えたんだよな。」
「うむ。その精霊界にいる四元素以外の精霊を聖霊と呼ぶ。」
「聖霊・・・」
「人間には決して使役されない、気高き誇りを持つ精霊たちじゃ。この聖霊の魔法が重なる時、精霊界への道は開かれると言われておる。」
「使役できない聖霊の魔法なんてどうやって手に入れるんだ?」
「さぁな。ワシにも想像できん。・・・ただ、咎人は相当高精度な科学技術を生み出していると噂に聞く。もしかしたら、聖霊の魔法を手にする技術だって編み出しているかもしれん。」
セリカは背筋が凍った。子どもを平然と道具として扱ったイカゲの姿を思い出したからだ。
「聖霊の力が咎人の手に渡り、精霊王が消滅すれば、この人間界も無事では済まんじゃろう。奴らの暴走を止めなければならん。」
セリカは目の前に盛り上がる土を見た。その下で眠る小さな少女を想う。
「私は・・・もうクーランのような幼き者たちを見たくない。」
やわらかい風がセリカの頬を撫でた。
「魔障痕を残す霊魔を許せない。非道なことを目論む咎人も許せない。」
「うむ。人間界で魔術師を統括する連合も、本格的に動き出すじゃろう。だが、聖霊の力は未知の力。そう簡単に咎人を止める術を見つけるのは難しいじゃろうな。」
「じゃあ、どうすれば――」
ソフィアはジッとセリカを見つめる。
「聖霊は人間の言う事は聞かん。だが、唯一耳を傾ける存在はおる。」
「誰だ、それは?」
「もちろん、精霊王だ。彼らを生み出す精霊王は、親そのもの。例え聖霊でも、精霊王の言うことは絶対じゃろう。」
「だからその精霊王がいる精霊界へ行けないことが問題なんだろ?」
セリカは大きなため息をついた。
「精霊王にとって自分が生み出した精霊は聖霊だけではない。四元素の精霊たちも等しく必要な存在じゃ。」
「四元素の精霊?」
「人間界の各場所に霊域があるのは、四元素の精霊に癒える場所をと案じた精霊王の心馳だという話もある。精霊王にとって聖霊も四元素の精霊も大切な分身なのじゃろう。
その四元素すべての魔法を使う人間が現れたら、精霊王はどう思うじゃろうな。」
「・・・。」
「人間は1つのエレメントしか持てない。例外を、除いてな・・・。」
その時、セリカはソフィアの意味深な視線に気づき、瞬時に理解をした。
「・・・なるほど、な。」
「察しがいいのう。」
ふぉっふぉっふぉとソフィアは笑うが、決して目は笑っていなかった。
「ワシの精霊はどうじゃったかの?」
「・・・熱くて強くて、凄まじかった。」
「真名を呼べたか?」
セリカは小さく頷く。
「想像以上に熾烈な力だった。あの時はクーランの事もあってただただ必死だったけど、思い出しても体の奥から滾る熱を感じる。」
「そうじゃろう、そうじゃろう。」
ソフィアは自慢げに髭をなでた。
「奴は普段は大人しいが、飛ぶと抑えがきかなくなるようでな。だが、よく扱えた。大したもんじゃ。」
「身体への反動は凄かったけど・・・。クーランが居なかったら私は今ここには居ないだろう。」
「エレメントを身体に2つ宿し、さらにワシの精霊の真名を使ったからじゃろうな。」
「普通はエレメントを複数持つなんて無理なんだろう?」
「あぁ、そうじゃな。複数のエレメントを身体に宿せば、精霊の反発し合う力に魔法力の器が破壊され、砕けてしまうじゃろう。心身に及ぶ影響も計り知れん。」
「でも、匣は違う。」
セリカの声は真っ直ぐに響く。
「師からきいておるのか?」
「あぁ、匣は自分の身体を依り代にすることで、エレメントを2つ以上入れることができると教えてもらった。さすがに・・・本当に水精霊以外のエレメントを使う時が来るなんて、思いもしなったけど。」
フッとセリカは鼻で笑う。
「水精霊以外の精霊が必要になる時がくるかもしれない、と言ってたけど・・・おっしょうは、これをきっと見越していたんだな。」
ふと、ヴァースキが吸うタバコの匂いが漂った気がした。
「そうじゃ。匣とは、身体に宿したエレメントを媒介にして精霊界への道を開く唯一の存在。お前は、人間界と精霊界を結ぶ鍵ということじゃ。」
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