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第2章4部
君を想う
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時は遡る。セリカたちが魔術中央図書館から学園に帰る準備をしていた時だった。
『セリカ。』
『何だ、ソフィア。』
呼ばれたのは、ジェシドたちから少し離れた場所だった。
『セリカ。お前に渡したいものがある。』
『何だ、改まって。』
ソフィアは自身を支えていた杖をセリカに差し出した。
『・・・ソフィア。私はまだ杖を必要とするほど手足は弱っていない。』
『そんなこと分かっておるわい。』
『じゃあ、何だ?』
『お前にワシの力を入れよう。』
『え・・・?』
『お前なら渡していいと思った。だから受け取ってくれ。』
『・・・。』
『お前は精霊の匣だ。中には『暁の水蛇』の水精霊が入っておる。『叡智の賢者』であるワシの火精霊を入れることで、2つのエレメントを使うことが可能じゃ。』
『でも・・・。』
『ああ。仮とはいえ、2つのエレメントを使えば身体にどんな影響を及ぼすか想像ができん。ただ、ワシはお前さんなら扱えると思う。』
『・・・。』
セリカは躊躇した。匣になれば、複数の属性を使うことができることはヴァースキから聞いてた。
ただ、自分はずっと水精霊だけを使っていくと思っていた。使い方も性質も分からない火精霊を自分が易々と扱えるように思えない。
そんなセリカの心配をソフィアはすぐに感じ取ったようだ。
『セリカ。師から精霊の使役に1番大切なことは何か教えてもらっているか?』
『・・・おっしょうから?』
セリカはすぐに答えを思いついた。それはヴァースキが修行時に、いつも口にしていたことだったからだ。
『想う気持ちが精霊への力となる。』
『そうじゃ。精霊は人を想う時に強く反応する。未知なる力に怯んでしまうかもしれんが、お前さんは、1番大事なことをちゃんと芯に刻んでおる。師の教えの賜物じゃ。」
『おっしょう・・・。』
『それに、常に見守っておるようじゃしのう。』
ソフィアは、セリカの耳にあるイヤーカフスを見つめた。
『どういうことだ?』
『気にするな。ほれ、杖を持て。』
セリカはおそるおそる杖に手を伸ばす。
ソフィアの杖はグリップ部分が丸く、上質な質感がしっくりと手になじんだ。
セリカが杖を握ったことを確認したソフィアは、シャフト部分に手を添え力を込める。
心地よい温もりが触れた部分から溢れてくる。ソフィアの魔法が杖を通して全身に流れていくようだ。
(温かい・・・。)
セリカは思わず目を瞑った。
(水精霊の静けさとは全然違う。滾る情熱の強さがとても頼もしい。)
巡る熱に身体を預けていたセリカは、脳内に浮かぶ言葉で目を開けた。そこは見覚えのある優しい場所。目の前にはソフィアが立っている。
あっという間の出来事だったのだろう。実際に周囲は何も変わっていない。それでも、セリカはとても長い夢から覚めたような気分だった。
『問題ないか?』
ソフィアはセリカを覗きこんだ。
セリカはコクリと頷くと、脳内で浮かんだ文字を口にする。すると、ソフィアの目が軽く見開かれた。
『何と・・・。匣は、それまで入るのか。』
『じゃあやっぱり・・・。』
今度はソフィアがコクリと頷く番だった。
『大事な人を想うとき、ワシの力がお前さんを助けてくれるじゃろう。』
ソフィアは優しい笑みを浮かべた。
『・・・ありがとうございます。ソフィア。』
セリカは、魔障痕のある部分をギュッと握った。
制服の擦れた音と、熱風に巻き上げられたマフラーの音が重なった時、セリカの瞳に鋭い光が走る。
「喰えっっ!火精霊ッ! 焔鴉ッッ!!!」
張り上げた声は、燃え盛る竜巻の音をすり抜けて響き渡る。セリカの身体に刻まれた火精霊の紋様が眩い光を放ち、それは周囲の炎を広く包み込んでいった。
「な、なんだっっ!!?」
あまりにも強い光にイカゲはたじろいだ。暑く息苦しい空気が一瞬で音の無い空間へと変わっていく。
気が付いた時には、辺りには炎の片鱗すら見られなかった。怖いほどの静けさにイカゲは思わず後ずさりする。
「炎が・・・私の炎が一瞬で・・・。一体何が起こっている・・・?!」
後退したイカゲに、ズンと重い衝撃が走る。目の前には、セリカが無表情でイカゲを見下ろしていた。
その手には、灼熱の溶岩を刀身とした剣がイカゲの胸を貫いていた。
「い・・・いつの、まに・・・」
必死に剣を引き抜こうとするイカゲは違和感に覚える。動かそうとした腕が無かったからだ。
切り落とされた左腕と同様に、イカゲの右腕はすでにそこには無かった。
「クーランに手をかけた不浄の腕は排除した。」
ゾクリとする冷たい声だ。実際、イカゲはセリカに畏怖を感じた。既に立っているのが不思議なほどの傷を負っている小娘にだ。
「あ、あなたは、一体、何者なの、で――」
カーンッ!と払われたのはイカゲの仮面だった。イカゲの首から黒い靄が頼りなくなびいている。
「喋るな。もう死ね。」
セリカはイカゲの胸から剣を引き抜くと、高く真っ直ぐと持ち上げる。そしてゆっくりと言葉を吐き出した。
「火精霊 焔鴉」
激しい炎に包まれている溶岩の刀身から3つの炎が噴出される。それは空へ昇るほどに形を変え、数メートルの鴉へと変貌を遂げていった。
3羽の鴉は輪を描きながら旋回をはじめる。それは少しずつ速さを増してゆき、やがて太く朱い線条を造り出した。
自分の頭上に現れた曲線にイカゲの身体が震え出した。
(なんて濃くて強い炎・・・私の火精霊とは比べ物に、ならないっ・・・!)
イカゲは何とかその場から逃げようと試みた。しかし肝心の足は震えている。辛うじて立ち上がったはいいが、首より上と両腕を失ったアンバランスな身体の為、すぐに体勢を崩してしまった。
(クッッ!!!この娘をシトリー様に報告しなくてはっ!!・・・コイツは、危険だっ!)
ジタバタするイカゲに冷酷な視線を向けたセリカは、かざしていた剣を思いきり振り下ろす。
空を舞う鴉が一斉に旋回を止めると、空から伸びる朱い円が地上のイカゲを真下に捉えた。
(なっ、なんだ・・・っ!??)
円筒の中に捕らえられたイカゲの足元からジリッと音がする。
それは一瞬の出来事。
猛炎の如く噴き出した炎が、イカゲの身体を容赦なく燃やしていったのだ。
(ア゛ァァ゛ァア゛ァ゛ッッ!!!熱・・・あ゛づぁ゛ァァ・・・!!アツ・・・ッ・・・!)
「骨さえも残さない。」
セリカが合図すると、さらに空にある朱い円から強い輝きを放つマグマが落ち激っていく。それはイカゲへと容赦なく注がれていった。
(ァ・・・ア゛ァ・・・・!)
あまりにも重く熱い炎に息ができない。イカゲの衣類はあっという間に溶かされ、焦げた匂いが周囲を包み込んでいった。
(ジ・・・ドリ・・・ざ・・・ま・・・ぁ゛ぁ・・・)
靄で構成されたイカゲの実体は、黒い煙と共に緩やかにくゆらされ――そして、跡形もなく消えていった。
セリカは剣をおさめる。同時に空の朱い線条と炎は消え、そこには骨どころか塵さえも残っていなかった。
ただ、地面にクッキリと焦げた真円の跡だけが残っている。
ガクンと膝を折ったセリカは、かろうじて地面に突っ伏すことを回避した。
脇腹を押さえたまま、ゆっくりとクーランの元へ身体をひきずる。
クーランは変わらずそこに横たわっていた。顔にかかる乱れた髪をよけてやれば、冷たい感触に思わず手を引っ込める。自分の熱い身体がクーランを溶かしてしまうのではないかと思ったのだ。
「クゥラ、ン・・・」
ハラハラと零れる大粒の涙が地面に溶けていく。
「ひぐっ・・・ぅ、クーラン・・・起き、て・・・クーラン、目を、あげてぇ・・・」
もう1度クーランに手を伸ばそうとした時、セリカの身体がビクンと跳ねた。
「がはぁっっ!!ゴホッ・・・ゴフッ・・・・」
大きく咳き込むと身体の力が抜けていくのを感じる。視界がグラリと揺らげば、上か下かも分からぬままその場に倒れ込んだ。
(痛みよりも強い寒気を感じる。これが、代償、か・・・。使ったことのない、エレメントと、ソフィアの火精霊の真名を使役した・・・)
あの時、頭に浮かんだワードは、自分が使役する精霊の真名だとソフィアは教えてくれた。
「『真名とは精霊の使役ではなく支配なのじゃ。』」
ソフィアの言葉を思い出す。
精霊自らがその人間に全てを委ね受け渡す親愛の証拠。それほどに信頼する人間に本当の名、真名を教えることで、とてつもない威力の魔法を使うことができるのだと。
(このまま、力尽きるだろう。)
セリカはまるで他人事のように思った。傷も深い。身体の力も入らず、魔法も使えない。きっと私はもうすぐ死ぬ。
(依り代がポンコツだから、か・・・。)
おっしょうの言葉を準え、思わず苦笑が漏れた。
セリカがゆっくりと目を開けると、そこにはクーランがいた。
最後の力を振り絞り、セリカはクーランの傍まで必死に身体を動かした。
自分の身体の冷たさに、もうクーランを溶かす心配はないだろうと、優しく抱きしめる。
「クーラン、1人には、させない・・・私も、一緒だ・・・。」
視界が白い。意識が遠のいていく。どうか、シリアたちが無事に救援されますようにと、セリカはゆっくりと瞳を閉じた。
「・・・ゃん・・・・・・カ・・・ねちゃ・・・」
聞いたことの無い声に、セリカは朧げに意識を取り戻した。その小さく頼りない声が、自分が抱きしめているクーランの声だと気付いた時、ハッキリと覚醒する。
「ク、クーラン・・・?」
下を向くと、セリカを見つめるクーランと目が合った。クーランの目に生気は認められない。
クーランは口をぎこちなく動かしているが、吐息に乗った音は確かにセリカの耳に届いた。
「こ、声が・・・。」
セリカはクーランの首を見た。そこにはイカゲが残した魔障痕がキレイに消えている。
「こ、えがでる・・・よ。セリカお、ねえちゃ・・・のおか、げで・・・」
「クー、ラン・・・」
「やく、そく・・・まもって、くれ、たね・・・。」
「や、くそく・・・?」
クーランはゆっくりと頷く。
「こえ、をとり、もどして、くれ、るて・・・。こ、え出る、よ。セリ、カ・・・ねちゃん、のおなま、えを、よべる、よ。」
「クーラン、もういい。喋るな・・・。」
救援はまだか。クーランだけでも助けたい。声を出すことも叶わないセリカは、猛烈な寒気と眠気が襲ってきていることに気付いていた。いよいよ死が近づいている。
「っ・・・クーラ、ン・・・ごめん・・・守、ると言ったのに・・・。これ以上は無理そ、だ・・・。」
せっかくクーランの声が聴けたのに。クーランの声を取り戻したのに。これからたくさん話ができたのに・・・。
クーランの姿が涙で滲んでいく。涙を拭おうにも、もう手を動かすこともできなかった。
「クーラン、ごめん、・・・ぐ、やじぃ・・・あなたと、ひぐっ・・・もっと、い、っしょに、ぃ・・・」
クーランはゆっくり手を伸ばすと、セリカの目から溢れる涙を拭ってくれた。
「クーラ・・・」
「こん、どは、ク、ランのばん・・・セリ、カおねえちゃ、ん・・・」
「ク、ラ・・・ン?」
「AL L Elem nt・・・」
セリカの涙を拭うクーランの小さな手が、淡いスカイブルーの色に輝き出す。
「っ、クーラ・・・!」
「花蜜・・・!」
「え・・・?」
手から溢れる光がセリカの頬から身体へ流れていく。まるで回復薬を飲み込んだように、身体に水精霊が浸透していくのが分かった。
苦しかった呼吸が楽になっていく。脇腹からの出血が止まり、視界がハッキリとしはじめる。指がピクリと動くと、手足に僅かな力が入るようになった。
「身体が・・・!!っク、クーラン、やめろっっ!!!」
セリカは動くようになった手で、自分の頬から魔法を流すクーランの腕を掴んだ。
「私はもういいっ!!自分の傷を治すんだっっ!!クーランッ!!!」
しかしクーランは魔法を止めなかった。朦朧とする意識の中で、初めての魔法を制御できていないのだ。
「クーランッ!クーランッ!!これ以上したら、クーランがっ――!」
すると、スカイブルーの光がゆっくりと消えていく。クーランの手から力が抜けると、セリカのその小さな手を強く握りしめた。
「ク、クーランッッ!!!」
「も、う、いた、くな、い・・・?」
セリカは何度も頷く。
「うん、うんっ!!!もう痛くないっ!!クーランのおかげで痛くないっ!!」
クーランの顔は真っ青だ。
「セリ、カ・・・ねちゃ、と、い・・・しょ?」
「うんっ!うんっっ!!同じ水精霊《ウンディーネ》だよ!一緒のエレメントだっ!!もうちょっとしたら救援が来る!だから、それまで頑張るんだっ!!」
「ま、ほう・・・つ、かえ、たよ・・・」
「っうぐっ、うんっ、すごい、っすごいよ、クーランっ!!だから、だから、もう喋るな、休むんだっ・・・!」
「ほん、をよん、で、くれ、て・・・」
「っ喋るな・・・グーランッ・・」
「たく、さ、ん・・・おは、な、して、くれ、て・・・」
「っひぐっ・・・うぅ、もう、クーラン、・・・」
「ま、もって・・・くれ、て・・・」
「う゛ぅう・・・う゛、えぐっ、う゛ぐっ・・・」
「だき、しめ、て・・・く、れて・・・」
「っグ、ラン・・・ぐぐっ、クーラ・・・ン゛、ぅぅっ・・・」
「ありがと、う・・・」
「だめだ、だめだ、っクーラン、まって・・・ぇ、ま・・・て、ぇ゛・・・」
「・・・」
「助けてもらったのは私だっ!また本も読むからっ、いっばい、いっぱい抱きし、めるがぁ、らぁ・・・」
セリカはクーランを思いきり抱き締める。
「救援はまだかぁぁっ!!!ここにいるっ!!早く来てぐれぇぇっ!!!はやぐう・・・っ!」
「・・・」
「ック、クーラン・・・?クーランッッ!!!?クーーランッッ!!!!」
セリカの大粒の涙がクーランの顔に数滴落ちる。クーランはもう、動かない。
「あ・・・う゛わ゛ぁぁあ゛ぁあん、うあ゛あぁぁん、グ、グーーラァァ゛・・・あ゛ぁぁ゛ぁーーンッッ!!!!」
クーランを抱いたままセリカは泣き崩れた。胸が張り裂けんばかりに喚き、クーランの小さな身体を掻き抱いた。
(遅かったか・・・)
フルソラが現場に到着したのは、セリカの喚く声が小さくなりつつある時だった。
クーランを抱きしめたまま、セリカはピクリとも動かない。たまに小さな嗚咽が頼りなく風に震える。
「救援部隊、フルソラ・ガナシアスだ。医療クラスの教授をしている。」
凛とした声が空気に馴染む。セリカの身体がわずかに揺れた。
「状況を知りたい。話せるか?」
セリカはゆっくりと顔を上げた。クーランの顔に張り付いた髪の毛をよけると、首を動かし、フルソラの姿を捉えた。
しかしフルソラを見ていない。虚空を見つめ、無気力な目をしていた。
「クラスと名前を。」
「・・・実戦クラス1年・・・セリカ・アーツベルク・・・。」
「セリカ。その子は。」
セリカはクーランの髪を何度も梳いた。
「この子は、クーラン・・・。霊魔に襲われた村の生存者だった子だ。最後の力で、私を生かしてくれた・・・。」
「最後の力・・・その年齢で魔法を?」
セリカは小さく頷く。
「最初で最後の魔法だった・・・。私を助けなければ、クーランは助かったかもしれないっ・・・!」
「・・・。」
「何故この子が理不尽に死ななければならないっ・・・。なぜ、犠牲にならないといけないっ・・・!私が・・・助けるべきなのにっ・・・!」
「おい。」
「私が死んで、この子が生きるべきだったんだっ!なぜ、私が・・・私が生きているんだっ・・・!私なんて助けなけれ――」
パンッ!!!という音と、頬に熱い衝撃が重なる。セリカはフルソラに平手打ちされた頬に手をやった。
「っなにをするっ・・・!!」
「その子の気持ちを愚弄するな。」
「っな、何だと・・・!お前に、何が――!」
フルソラは静かに眠るクーランに目をやった。
「幼さ故に、理解できていなかったかもしれない。だがそのなかで、まずお前を助けたいと思ったんじゃないのか?」
「・・・!」
「苦しさや痛さより、この子が望んだ結果が今のお前じゃないのか?」
「――っ!でも、でも・・・!私を助けなければ、救援が間に合ってクーランは死ななかったかもしれないじゃないかっ!」
セリカの瞳に再び涙が滲む。
「いや、それならきっと2人とも死んでいたよ。」
「な、なんで・・・?」
「この子はお前へじゃないと魔法は使えなかったはずだ。」
セリカは不思議そうな顔をした。
「精霊は何に強く反応する?」
「・・・人を想う、気持ち・・・!」
「そうだ。この子がお前を想う気持ちに精霊が応え、初めて魔法が使えたんだ。自分を治そうとしたなら、結果は違っていたかもしれない。」
「そ、そんな・・・」
「お前を想い、救ってくれた。そんな想いを無視して、自分が死ねばよかったとまだ思うか?」
「うっ・・・ひっく、ぐすっ・・・」
セリカはフルフルと横に首を振る。
「この子は、立派な魔術師だったんだよ。」
「うあ゛ぁ・・・ああぁ゛あん、わあ゛ぁぁ゛っっん・・・・」
セリカは再びクーランを強く抱きしめた。
「敬意を。」
「ぐっ、う゛ぅ・・・ひぐっ・・・グーラ・・・クーラン、、ありがとう・・・ありがとうっ、クーラン・・・あ゛りが、と、ぅぅっ・・・!!」
泣きじゃくるセリカに、フルソラは1本のメスを取り出した。
「な、にを・・・?」
「これは私の魔術具だ。セリカ、土精霊の上級属性変化を知っているか?」
セリカは首を横に振る。
「土精霊の上級属性変化は『生育』だ。植物は土がないと花や実を成長させられない。土精霊は豊かな土壌を生み、様々な植物や草木を『生育』させることができるんだ。」
フルソラは周囲を見渡す。焼け焦げた土と燃え尽きた木々たちがとても痛々しい。
「私から、せめてもの餞だ。死者たちを送り出してやろう。」
セリカはクーランの髪飾りに触れる。
「なら、フリージアをお願いしていいか。」
フルソラは笑みを浮かべながら頷くと、持っていたメスを地面に突き刺した。そして、声高らかに詠唱を唱える。
「ALL Element 土精霊」
突き刺された地面に、土精霊の紋章がオレンジ色に光輝き浮かびあがる。
「土育壌!」
地面がドクンドクンと脈打つのが分かる。紋章から広がる光は、瞬く間に広範囲に広がっていった。乾いた土は潤いを含み、活性化していく。そこから複数の緑の芽が息吹くと、一気に成長を始めた。
枯れた木々が彩りを取り戻し、荒んでいた空気が濃くなっていく。
セリカはあっという間に変わる景色に思わず見惚れた。目の前には、様々な色のフリージアが一斉に咲き誇っている。
白、黄色、紫色のフリージアが、風に揺れ気持ちよさそうにその身を震えさせていた。
「き、れいだ・・・。」
「フリージアの花言葉は、『無邪気』『憧れ』だ。確かに・・・キレイだな。」
フルソラも満足そうにその景色を見つめている。
クーランを抱いたセリカは、魔術中央図書館で見た景色を思い出す。
「見て、クーラン・・・。きれいだよ。あの時と一緒。」
返事は無いと分かっているが、セリカは続けた。
「あなたから救ってもらった命を無駄にはしない。私はあなたを決して忘れない。ありがとう、クーラン。ありがとう。」
セリカは深呼吸をする。肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込んで目を瞑った。
色とりどりのフリージアが咲き誇る丘の上で、クーランが裸足で立っている。
マフラーも魔障痕も無い自由な姿でクーランは走り出した。
満面の笑みのクーランをいつまでも見ていたいと願うセリカに、フリージアの甘い香りが鼻孔をくすぐった。
『セリカ。』
『何だ、ソフィア。』
呼ばれたのは、ジェシドたちから少し離れた場所だった。
『セリカ。お前に渡したいものがある。』
『何だ、改まって。』
ソフィアは自身を支えていた杖をセリカに差し出した。
『・・・ソフィア。私はまだ杖を必要とするほど手足は弱っていない。』
『そんなこと分かっておるわい。』
『じゃあ、何だ?』
『お前にワシの力を入れよう。』
『え・・・?』
『お前なら渡していいと思った。だから受け取ってくれ。』
『・・・。』
『お前は精霊の匣だ。中には『暁の水蛇』の水精霊が入っておる。『叡智の賢者』であるワシの火精霊を入れることで、2つのエレメントを使うことが可能じゃ。』
『でも・・・。』
『ああ。仮とはいえ、2つのエレメントを使えば身体にどんな影響を及ぼすか想像ができん。ただ、ワシはお前さんなら扱えると思う。』
『・・・。』
セリカは躊躇した。匣になれば、複数の属性を使うことができることはヴァースキから聞いてた。
ただ、自分はずっと水精霊だけを使っていくと思っていた。使い方も性質も分からない火精霊を自分が易々と扱えるように思えない。
そんなセリカの心配をソフィアはすぐに感じ取ったようだ。
『セリカ。師から精霊の使役に1番大切なことは何か教えてもらっているか?』
『・・・おっしょうから?』
セリカはすぐに答えを思いついた。それはヴァースキが修行時に、いつも口にしていたことだったからだ。
『想う気持ちが精霊への力となる。』
『そうじゃ。精霊は人を想う時に強く反応する。未知なる力に怯んでしまうかもしれんが、お前さんは、1番大事なことをちゃんと芯に刻んでおる。師の教えの賜物じゃ。」
『おっしょう・・・。』
『それに、常に見守っておるようじゃしのう。』
ソフィアは、セリカの耳にあるイヤーカフスを見つめた。
『どういうことだ?』
『気にするな。ほれ、杖を持て。』
セリカはおそるおそる杖に手を伸ばす。
ソフィアの杖はグリップ部分が丸く、上質な質感がしっくりと手になじんだ。
セリカが杖を握ったことを確認したソフィアは、シャフト部分に手を添え力を込める。
心地よい温もりが触れた部分から溢れてくる。ソフィアの魔法が杖を通して全身に流れていくようだ。
(温かい・・・。)
セリカは思わず目を瞑った。
(水精霊の静けさとは全然違う。滾る情熱の強さがとても頼もしい。)
巡る熱に身体を預けていたセリカは、脳内に浮かぶ言葉で目を開けた。そこは見覚えのある優しい場所。目の前にはソフィアが立っている。
あっという間の出来事だったのだろう。実際に周囲は何も変わっていない。それでも、セリカはとても長い夢から覚めたような気分だった。
『問題ないか?』
ソフィアはセリカを覗きこんだ。
セリカはコクリと頷くと、脳内で浮かんだ文字を口にする。すると、ソフィアの目が軽く見開かれた。
『何と・・・。匣は、それまで入るのか。』
『じゃあやっぱり・・・。』
今度はソフィアがコクリと頷く番だった。
『大事な人を想うとき、ワシの力がお前さんを助けてくれるじゃろう。』
ソフィアは優しい笑みを浮かべた。
『・・・ありがとうございます。ソフィア。』
セリカは、魔障痕のある部分をギュッと握った。
制服の擦れた音と、熱風に巻き上げられたマフラーの音が重なった時、セリカの瞳に鋭い光が走る。
「喰えっっ!火精霊ッ! 焔鴉ッッ!!!」
張り上げた声は、燃え盛る竜巻の音をすり抜けて響き渡る。セリカの身体に刻まれた火精霊の紋様が眩い光を放ち、それは周囲の炎を広く包み込んでいった。
「な、なんだっっ!!?」
あまりにも強い光にイカゲはたじろいだ。暑く息苦しい空気が一瞬で音の無い空間へと変わっていく。
気が付いた時には、辺りには炎の片鱗すら見られなかった。怖いほどの静けさにイカゲは思わず後ずさりする。
「炎が・・・私の炎が一瞬で・・・。一体何が起こっている・・・?!」
後退したイカゲに、ズンと重い衝撃が走る。目の前には、セリカが無表情でイカゲを見下ろしていた。
その手には、灼熱の溶岩を刀身とした剣がイカゲの胸を貫いていた。
「い・・・いつの、まに・・・」
必死に剣を引き抜こうとするイカゲは違和感に覚える。動かそうとした腕が無かったからだ。
切り落とされた左腕と同様に、イカゲの右腕はすでにそこには無かった。
「クーランに手をかけた不浄の腕は排除した。」
ゾクリとする冷たい声だ。実際、イカゲはセリカに畏怖を感じた。既に立っているのが不思議なほどの傷を負っている小娘にだ。
「あ、あなたは、一体、何者なの、で――」
カーンッ!と払われたのはイカゲの仮面だった。イカゲの首から黒い靄が頼りなくなびいている。
「喋るな。もう死ね。」
セリカはイカゲの胸から剣を引き抜くと、高く真っ直ぐと持ち上げる。そしてゆっくりと言葉を吐き出した。
「火精霊 焔鴉」
激しい炎に包まれている溶岩の刀身から3つの炎が噴出される。それは空へ昇るほどに形を変え、数メートルの鴉へと変貌を遂げていった。
3羽の鴉は輪を描きながら旋回をはじめる。それは少しずつ速さを増してゆき、やがて太く朱い線条を造り出した。
自分の頭上に現れた曲線にイカゲの身体が震え出した。
(なんて濃くて強い炎・・・私の火精霊とは比べ物に、ならないっ・・・!)
イカゲは何とかその場から逃げようと試みた。しかし肝心の足は震えている。辛うじて立ち上がったはいいが、首より上と両腕を失ったアンバランスな身体の為、すぐに体勢を崩してしまった。
(クッッ!!!この娘をシトリー様に報告しなくてはっ!!・・・コイツは、危険だっ!)
ジタバタするイカゲに冷酷な視線を向けたセリカは、かざしていた剣を思いきり振り下ろす。
空を舞う鴉が一斉に旋回を止めると、空から伸びる朱い円が地上のイカゲを真下に捉えた。
(なっ、なんだ・・・っ!??)
円筒の中に捕らえられたイカゲの足元からジリッと音がする。
それは一瞬の出来事。
猛炎の如く噴き出した炎が、イカゲの身体を容赦なく燃やしていったのだ。
(ア゛ァァ゛ァア゛ァ゛ッッ!!!熱・・・あ゛づぁ゛ァァ・・・!!アツ・・・ッ・・・!)
「骨さえも残さない。」
セリカが合図すると、さらに空にある朱い円から強い輝きを放つマグマが落ち激っていく。それはイカゲへと容赦なく注がれていった。
(ァ・・・ア゛ァ・・・・!)
あまりにも重く熱い炎に息ができない。イカゲの衣類はあっという間に溶かされ、焦げた匂いが周囲を包み込んでいった。
(ジ・・・ドリ・・・ざ・・・ま・・・ぁ゛ぁ・・・)
靄で構成されたイカゲの実体は、黒い煙と共に緩やかにくゆらされ――そして、跡形もなく消えていった。
セリカは剣をおさめる。同時に空の朱い線条と炎は消え、そこには骨どころか塵さえも残っていなかった。
ただ、地面にクッキリと焦げた真円の跡だけが残っている。
ガクンと膝を折ったセリカは、かろうじて地面に突っ伏すことを回避した。
脇腹を押さえたまま、ゆっくりとクーランの元へ身体をひきずる。
クーランは変わらずそこに横たわっていた。顔にかかる乱れた髪をよけてやれば、冷たい感触に思わず手を引っ込める。自分の熱い身体がクーランを溶かしてしまうのではないかと思ったのだ。
「クゥラ、ン・・・」
ハラハラと零れる大粒の涙が地面に溶けていく。
「ひぐっ・・・ぅ、クーラン・・・起き、て・・・クーラン、目を、あげてぇ・・・」
もう1度クーランに手を伸ばそうとした時、セリカの身体がビクンと跳ねた。
「がはぁっっ!!ゴホッ・・・ゴフッ・・・・」
大きく咳き込むと身体の力が抜けていくのを感じる。視界がグラリと揺らげば、上か下かも分からぬままその場に倒れ込んだ。
(痛みよりも強い寒気を感じる。これが、代償、か・・・。使ったことのない、エレメントと、ソフィアの火精霊の真名を使役した・・・)
あの時、頭に浮かんだワードは、自分が使役する精霊の真名だとソフィアは教えてくれた。
「『真名とは精霊の使役ではなく支配なのじゃ。』」
ソフィアの言葉を思い出す。
精霊自らがその人間に全てを委ね受け渡す親愛の証拠。それほどに信頼する人間に本当の名、真名を教えることで、とてつもない威力の魔法を使うことができるのだと。
(このまま、力尽きるだろう。)
セリカはまるで他人事のように思った。傷も深い。身体の力も入らず、魔法も使えない。きっと私はもうすぐ死ぬ。
(依り代がポンコツだから、か・・・。)
おっしょうの言葉を準え、思わず苦笑が漏れた。
セリカがゆっくりと目を開けると、そこにはクーランがいた。
最後の力を振り絞り、セリカはクーランの傍まで必死に身体を動かした。
自分の身体の冷たさに、もうクーランを溶かす心配はないだろうと、優しく抱きしめる。
「クーラン、1人には、させない・・・私も、一緒だ・・・。」
視界が白い。意識が遠のいていく。どうか、シリアたちが無事に救援されますようにと、セリカはゆっくりと瞳を閉じた。
「・・・ゃん・・・・・・カ・・・ねちゃ・・・」
聞いたことの無い声に、セリカは朧げに意識を取り戻した。その小さく頼りない声が、自分が抱きしめているクーランの声だと気付いた時、ハッキリと覚醒する。
「ク、クーラン・・・?」
下を向くと、セリカを見つめるクーランと目が合った。クーランの目に生気は認められない。
クーランは口をぎこちなく動かしているが、吐息に乗った音は確かにセリカの耳に届いた。
「こ、声が・・・。」
セリカはクーランの首を見た。そこにはイカゲが残した魔障痕がキレイに消えている。
「こ、えがでる・・・よ。セリカお、ねえちゃ・・・のおか、げで・・・」
「クー、ラン・・・」
「やく、そく・・・まもって、くれ、たね・・・。」
「や、くそく・・・?」
クーランはゆっくりと頷く。
「こえ、をとり、もどして、くれ、るて・・・。こ、え出る、よ。セリ、カ・・・ねちゃん、のおなま、えを、よべる、よ。」
「クーラン、もういい。喋るな・・・。」
救援はまだか。クーランだけでも助けたい。声を出すことも叶わないセリカは、猛烈な寒気と眠気が襲ってきていることに気付いていた。いよいよ死が近づいている。
「っ・・・クーラ、ン・・・ごめん・・・守、ると言ったのに・・・。これ以上は無理そ、だ・・・。」
せっかくクーランの声が聴けたのに。クーランの声を取り戻したのに。これからたくさん話ができたのに・・・。
クーランの姿が涙で滲んでいく。涙を拭おうにも、もう手を動かすこともできなかった。
「クーラン、ごめん、・・・ぐ、やじぃ・・・あなたと、ひぐっ・・・もっと、い、っしょに、ぃ・・・」
クーランはゆっくり手を伸ばすと、セリカの目から溢れる涙を拭ってくれた。
「クーラ・・・」
「こん、どは、ク、ランのばん・・・セリ、カおねえちゃ、ん・・・」
「ク、ラ・・・ン?」
「AL L Elem nt・・・」
セリカの涙を拭うクーランの小さな手が、淡いスカイブルーの色に輝き出す。
「っ、クーラ・・・!」
「花蜜・・・!」
「え・・・?」
手から溢れる光がセリカの頬から身体へ流れていく。まるで回復薬を飲み込んだように、身体に水精霊が浸透していくのが分かった。
苦しかった呼吸が楽になっていく。脇腹からの出血が止まり、視界がハッキリとしはじめる。指がピクリと動くと、手足に僅かな力が入るようになった。
「身体が・・・!!っク、クーラン、やめろっっ!!!」
セリカは動くようになった手で、自分の頬から魔法を流すクーランの腕を掴んだ。
「私はもういいっ!!自分の傷を治すんだっっ!!クーランッ!!!」
しかしクーランは魔法を止めなかった。朦朧とする意識の中で、初めての魔法を制御できていないのだ。
「クーランッ!クーランッ!!これ以上したら、クーランがっ――!」
すると、スカイブルーの光がゆっくりと消えていく。クーランの手から力が抜けると、セリカのその小さな手を強く握りしめた。
「ク、クーランッッ!!!」
「も、う、いた、くな、い・・・?」
セリカは何度も頷く。
「うん、うんっ!!!もう痛くないっ!!クーランのおかげで痛くないっ!!」
クーランの顔は真っ青だ。
「セリ、カ・・・ねちゃ、と、い・・・しょ?」
「うんっ!うんっっ!!同じ水精霊《ウンディーネ》だよ!一緒のエレメントだっ!!もうちょっとしたら救援が来る!だから、それまで頑張るんだっ!!」
「ま、ほう・・・つ、かえ、たよ・・・」
「っうぐっ、うんっ、すごい、っすごいよ、クーランっ!!だから、だから、もう喋るな、休むんだっ・・・!」
「ほん、をよん、で、くれ、て・・・」
「っ喋るな・・・グーランッ・・」
「たく、さ、ん・・・おは、な、して、くれ、て・・・」
「っひぐっ・・・うぅ、もう、クーラン、・・・」
「ま、もって・・・くれ、て・・・」
「う゛ぅう・・・う゛、えぐっ、う゛ぐっ・・・」
「だき、しめ、て・・・く、れて・・・」
「っグ、ラン・・・ぐぐっ、クーラ・・・ン゛、ぅぅっ・・・」
「ありがと、う・・・」
「だめだ、だめだ、っクーラン、まって・・・ぇ、ま・・・て、ぇ゛・・・」
「・・・」
「助けてもらったのは私だっ!また本も読むからっ、いっばい、いっぱい抱きし、めるがぁ、らぁ・・・」
セリカはクーランを思いきり抱き締める。
「救援はまだかぁぁっ!!!ここにいるっ!!早く来てぐれぇぇっ!!!はやぐう・・・っ!」
「・・・」
「ック、クーラン・・・?クーランッッ!!!?クーーランッッ!!!!」
セリカの大粒の涙がクーランの顔に数滴落ちる。クーランはもう、動かない。
「あ・・・う゛わ゛ぁぁあ゛ぁあん、うあ゛あぁぁん、グ、グーーラァァ゛・・・あ゛ぁぁ゛ぁーーンッッ!!!!」
クーランを抱いたままセリカは泣き崩れた。胸が張り裂けんばかりに喚き、クーランの小さな身体を掻き抱いた。
(遅かったか・・・)
フルソラが現場に到着したのは、セリカの喚く声が小さくなりつつある時だった。
クーランを抱きしめたまま、セリカはピクリとも動かない。たまに小さな嗚咽が頼りなく風に震える。
「救援部隊、フルソラ・ガナシアスだ。医療クラスの教授をしている。」
凛とした声が空気に馴染む。セリカの身体がわずかに揺れた。
「状況を知りたい。話せるか?」
セリカはゆっくりと顔を上げた。クーランの顔に張り付いた髪の毛をよけると、首を動かし、フルソラの姿を捉えた。
しかしフルソラを見ていない。虚空を見つめ、無気力な目をしていた。
「クラスと名前を。」
「・・・実戦クラス1年・・・セリカ・アーツベルク・・・。」
「セリカ。その子は。」
セリカはクーランの髪を何度も梳いた。
「この子は、クーラン・・・。霊魔に襲われた村の生存者だった子だ。最後の力で、私を生かしてくれた・・・。」
「最後の力・・・その年齢で魔法を?」
セリカは小さく頷く。
「最初で最後の魔法だった・・・。私を助けなければ、クーランは助かったかもしれないっ・・・!」
「・・・。」
「何故この子が理不尽に死ななければならないっ・・・。なぜ、犠牲にならないといけないっ・・・!私が・・・助けるべきなのにっ・・・!」
「おい。」
「私が死んで、この子が生きるべきだったんだっ!なぜ、私が・・・私が生きているんだっ・・・!私なんて助けなけれ――」
パンッ!!!という音と、頬に熱い衝撃が重なる。セリカはフルソラに平手打ちされた頬に手をやった。
「っなにをするっ・・・!!」
「その子の気持ちを愚弄するな。」
「っな、何だと・・・!お前に、何が――!」
フルソラは静かに眠るクーランに目をやった。
「幼さ故に、理解できていなかったかもしれない。だがそのなかで、まずお前を助けたいと思ったんじゃないのか?」
「・・・!」
「苦しさや痛さより、この子が望んだ結果が今のお前じゃないのか?」
「――っ!でも、でも・・・!私を助けなければ、救援が間に合ってクーランは死ななかったかもしれないじゃないかっ!」
セリカの瞳に再び涙が滲む。
「いや、それならきっと2人とも死んでいたよ。」
「な、なんで・・・?」
「この子はお前へじゃないと魔法は使えなかったはずだ。」
セリカは不思議そうな顔をした。
「精霊は何に強く反応する?」
「・・・人を想う、気持ち・・・!」
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「そ、そんな・・・」
「お前を想い、救ってくれた。そんな想いを無視して、自分が死ねばよかったとまだ思うか?」
「うっ・・・ひっく、ぐすっ・・・」
セリカはフルフルと横に首を振る。
「この子は、立派な魔術師だったんだよ。」
「うあ゛ぁ・・・ああぁ゛あん、わあ゛ぁぁ゛っっん・・・・」
セリカは再びクーランを強く抱きしめた。
「敬意を。」
「ぐっ、う゛ぅ・・・ひぐっ・・・グーラ・・・クーラン、、ありがとう・・・ありがとうっ、クーラン・・・あ゛りが、と、ぅぅっ・・・!!」
泣きじゃくるセリカに、フルソラは1本のメスを取り出した。
「な、にを・・・?」
「これは私の魔術具だ。セリカ、土精霊の上級属性変化を知っているか?」
セリカは首を横に振る。
「土精霊の上級属性変化は『生育』だ。植物は土がないと花や実を成長させられない。土精霊は豊かな土壌を生み、様々な植物や草木を『生育』させることができるんだ。」
フルソラは周囲を見渡す。焼け焦げた土と燃え尽きた木々たちがとても痛々しい。
「私から、せめてもの餞だ。死者たちを送り出してやろう。」
セリカはクーランの髪飾りに触れる。
「なら、フリージアをお願いしていいか。」
フルソラは笑みを浮かべながら頷くと、持っていたメスを地面に突き刺した。そして、声高らかに詠唱を唱える。
「ALL Element 土精霊」
突き刺された地面に、土精霊の紋章がオレンジ色に光輝き浮かびあがる。
「土育壌!」
地面がドクンドクンと脈打つのが分かる。紋章から広がる光は、瞬く間に広範囲に広がっていった。乾いた土は潤いを含み、活性化していく。そこから複数の緑の芽が息吹くと、一気に成長を始めた。
枯れた木々が彩りを取り戻し、荒んでいた空気が濃くなっていく。
セリカはあっという間に変わる景色に思わず見惚れた。目の前には、様々な色のフリージアが一斉に咲き誇っている。
白、黄色、紫色のフリージアが、風に揺れ気持ちよさそうにその身を震えさせていた。
「き、れいだ・・・。」
「フリージアの花言葉は、『無邪気』『憧れ』だ。確かに・・・キレイだな。」
フルソラも満足そうにその景色を見つめている。
クーランを抱いたセリカは、魔術中央図書館で見た景色を思い出す。
「見て、クーラン・・・。きれいだよ。あの時と一緒。」
返事は無いと分かっているが、セリカは続けた。
「あなたから救ってもらった命を無駄にはしない。私はあなたを決して忘れない。ありがとう、クーラン。ありがとう。」
セリカは深呼吸をする。肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込んで目を瞑った。
色とりどりのフリージアが咲き誇る丘の上で、クーランが裸足で立っている。
マフラーも魔障痕も無い自由な姿でクーランは走り出した。
満面の笑みのクーランをいつまでも見ていたいと願うセリカに、フリージアの甘い香りが鼻孔をくすぐった。
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