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第2章4部
咎人の製造
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「ぐあ゛ぁぁっ!!!」
まるでせき止めていた部分を解放したホースのように、イカゲの肩からは血が噴き出した。
無意識に押さえるも、今まであったはずの腕は無く、勢い余った右手は脇を強く握ることとなる。
イカゲは目の前で剣を向けるセリカを睨んだ。
(私が気付かなかった・・・?!こんなに殺気が駄々洩れの女に・・・?!)
イカゲはちらりと視線を下げた。セリカの握る剣には見覚えがある。
(あの剣・・・。さっきの土精霊使いが発現したやつか。確か最初の攻撃に薙ぎ払ったはず・・・。なるほど。言霊も詠唱も聞こえなかったせいで反応が遅れたか・・・。)
ボタボタと落ちる出血を止めようと、イカゲは鎖を発現し肩に強く括り付けた。
セリカはテオを庇うように、前に1歩踏み出す。
(しかし、私の鎖を一太刀で両断するとは・・・。コイツ、魔術師か?)
イカゲが熟考している時、セリカの握っていた剣が静かに消えていった。
「土精霊使いは、くたばりましたか。」
「・・・。」
視線だけを向ければジェシドはうつ伏せのまま倒れている。
「救援ですか?でも遅かったですね。既に全員虫の息、いや、もう死んでいるかもしれませんね。」
「・・・。」
「まったく余計な手間をかけさせてっ!私はふざけた式神を追い、素材を回収しなければなりません。・・・まぁ、あの様子ならすぐに捕まえられるでしょうけど。」
「セリ、カ・・・」
イカゲはシリアに視線を向けた。シリアの閉じられた瞳から、一滴の涙が伝い落ちた。
「どいつもこいつも弱いくせに無駄なことをっ・・・!そこをどきなさい!私は情報を持って帰るのですっ!」
「無駄ではない。」
「・・・何?」
イカゲはピクリと首を動かした。
「無駄ではないと言ったんだ。」
「たわごとを・・・。素材はすぐに回収します。弱い虫けらがどれだけ集まろうとも、状況は変えることはできないのです。」
やれやれと言うように、イカゲは首を振った。
「・・・子どもたちはもうすぐ保護されるだろう。」
「何ですって・・・?」
「ここに来る途中、端末が置いてあるのを見た。あれは学園から支給されたもので、ジェシドが所有していたものだ。」
「フッ・・・。無言の通信機が何の役をするのですか?」
「何も言わない状況こそ発信したいメッセージだと示したのだろう。通信を繋いだままだったからGPS機能でここの位置は学園に伝わっているだろうしな。
現に端末の向こう側では、救援の準備ができたと聞こえた。学園はすでに動き出しているだろう。」
「!!」
「お前は無駄だと言ったな。しかし、テオは身を挺して子どもたちを守り、シリアとオルジで子どもたちを逃がすことができた。さらにジェシドの機転により状況は好転するだろう。・・・私は彼らたちを誇りに思うよ。」
「私の今までの労力をっ・・・!!ならば、余計に早く回収する必要がありますね!!」
「行かせると思うか?」
セリカは身構える。
「彼らたちが命がけで繋いだものを私が引き継ぐ。」
「・・・あなた、魔術師ですか?」
「違う。」
「そうですか・・・。」
イカゲは数分前までそこにあったはずの部位を見た。
「先程は不覚を取りましたが、魔術師ではないのなら問題ないでしょう。手短に終わらせていただきますっ!」
そう言うと、イカゲは唐突にセリカを目がけて鎖を突出させた。
しかし
伸びた鎖の先にすでにセリカの姿は無い。
ブワリとした風圧を間合いに感じたイカゲは思わずのけぞった。
「なっっ!!!!」
(――っ速いっっ!!)
セリカは水の刃を掬い上げるようにイカゲにぶつける、が、本能的に危険を察知したイカゲは、かろうじてそれを躱した。
(何だ、この女・・・!スピードが桁違いだ!)
セリカは振り上げた手をすかさず振り下ろす。その手には、氷の剣が握られていることにイカゲは気が付いた。
脳天を目がけ振り下ろされた攻撃をイカゲは鎖で受け止める。
「グッ・・・・!!」
(この女・・・いつのまに魔法を!?言霊も詠唱も聞こえなかった!)
受け止めた鎖が重い。ジリジリと2つの力が拮抗し合う中、動いたのはセリカだった。
「そのふざけた仮面、取ってもらおうか。」
セリカは重心を剣に預けたままフワリと身体を浮かすと、イカゲの頭を横から思い切り蹴りつけた。
「グァッ!!!」
予想以上に重たい蹴りがイカゲの仮面を勢いよく吹き飛ばす。そして、カランと音を立て地面に転がり落ちた。
「・・・。」
「ゴホッ・・・ゴフッ・・・。フフ、驚きましたか?」
言葉を失うセリカを前に、イカゲは自嘲気味に笑ってみせた。
仮面の下には顔どころか、首さえ無い。唯一確認できる黒いモヤのようなものが、風になびくように揺れ動いていたからだ。
「お前、実体は無いのか。」
「私は融合霊魔だ。元は精霊なのだから実体が無いのが普通だろう。」
「融合霊魔・・・」
「説明を――」
「必要ない。」
イカゲは落ちた仮面をゆっくりと拾い上げると、首の上に馴染ませるように乗せた。
「・・・よっぽどその姿が気に入っているのだな。」
「分かりますか?この服装と仮面はあの方が選んでくれたもの。この姿こそが私の存在価値そのものなのです。」
「あの人?」
「私に力を授けてくださった愛おしい存在です。」
「身体は霊魔で意識は混ぜられた者か。・・・お前は霊魔と何を混ぜられている?」
「・・・。」
「魔法力はもちろん、身体は頑丈で体力も申し分ない。実際、私の攻撃もあまり効いてないようだしな。」
イカゲはストレッチをするように首を左右に動かした。
「そうですね。融合霊魔とは、霊魔と混ぜられた者の長所が合わさった強力な力を得た存在です。多少の攻撃ではびくともしません。」
「混ぜられた者が屈強になればなるほど、その能力は上がるわけか。」
「そうです。使役権限の有効範囲が解明されていない今、その素材は慎重に選ぶ必要があります。」
「・・・。」
「さらに使役した咎人に従順であれば、より強固な連携を取ることができます。その点においても、私は特別な融合霊魔と言えるでしょう。」
「私はお前みたいな存在と戦ったことがある。その霊魔は実体があり意思もあった。」
「フン。どうせ未完成な融合霊魔《ヒュシュオ》だったのでしょう。」
「未完成?」
「霊魔と融合されることに抗った結果、意識と身体がうまく溶け合わなかったのでしょう。混濁した意識と脆い身体で、何もかもが中途半端で哀れな融合霊魔です。」
「お前は違うというのか。」
「もちろん。」
「お前は一体――。」
ここでイカゲは背筋を伸ばし、胸を張った。
「私はこの姿になる前は咎人でした。」
「咎人、だと・・・!?」
「ええ。」
「咎人がどうして?!まさかお前も無理やり――」
イカゲは腕を伸ばし手のひらをセリカに向ける。
「あなたが想像していることでは決してありません。私は自ら融合霊魔になることを望んだのです。」
「自分からだって!?」
「ええ。」
「自ら使役される側になったというのか・・・?本来ならばお前だって霊魔を使役する立場だったはずだ。」
「貧相な思考だ。」
「何だと?」
「人の位置は何が決めると思う?」
「何だ突然・・・。」
「自分の存在をどう証明するか、とでも言いましょうか。」
「・・・スキルや魔法力の大きさ?」
「それは表面的なものでしょう。」
「・・・。」
「己の存在を明確にするのは、自分の周りにいる誰かです。」
「自分の周りにいる誰か・・・?」
「ええ。人は産まれた時、母親という存在があって初めて子どもという存在になれるのです。
友人や教師という存在で立場がうまれ、愛する者という存在で、他にない唯一の者となれるのです。
そして誰もが群衆の中の一人から特別な一人になることを望み、足掻くのです。」
「何の話だ・・・?」
「咎人というのは、生きる中で己を形成するルーツ・・・家族や肉親・友人や恋人から裏切られた者だけが変身する資格を持つのです。」
「な、何だって・・・?」
「咎人が霊魔を使役する根底にある、憎しみや悲しみはこれに由来するものです。逆に言えば、そのような異質なエネルギーがない限り精霊を霊魔に変える芸当なんて、できるものじゃありません。」
セリカは思わず息を呑んだ。
「咎人は自分を愛した存在、自分が愛した存在がいない真っ黒な孤独な世界で誕生するのです。故に何かに依存し執着する性質を持つと言われています。」
「じゃあ、お前も誰かに――」
「もう忘れました。」
「何・・・?」
「私は確かに元咎人だったのでしょう。ただ、どうして咎人になったのか、誰に裏切られたのかなんて記憶は既にありません。今はただ・・・あの方のお側で、あの方の手足となれるだけで・・・。」
イカゲは恍惚とした声を漏らし、体をくねらせる。
「魔法を捨て、霊魔を使役する咎人は時に魔術師さえも超える力を持つと聞いた。それさえも棄てて、お前は霊魔になることを選んだというのか。」
「理解できないという顔ですね。」
「ああ。」
「主観なんて人それぞれですよ。何が正しいなんて、誰かが決める事ではない。自分が信じ突き進んだことが正しいのです。
その裏にどのような犠牲があろうとも、それが自分にとって正義なら間違ったことなんて、本当は無いのかもしれません。」
ぼんやりと脳裏に人影が浮かぶ。多分、人間だった時の自分だ。
背が高く、指が細いことがコンプレックスだった過去の自分。
欲しい物を欲しいと言えず、奪う度胸も無かったあの時の自分。
イカゲは首を振る。霧散するように浮かんだ人影が消えていった。
「あなたと私の思考が交わることは無いでしょう。一般的な考えやものさしに準じるつもりも、さらさらありません。」
セリカは息を吐き出した。目の前にいる霊魔の過去を、自分は変えることなどできないのだ。
「咎人に変身する資格を持つ、と言ったな。」
「ええ。」
「資格を得るだけで、必ず変身するというわけではない、ということは、もう一段階のトリガーがあるということだな。」
「おっしゃるとおり、それはきっかけに過ぎません。その後どうなりたいかは、個人の意思が加わってきます。まぁ・・・自分が信じた存在に裏切られた人間の考えることなんて、ろくなことじゃありませんけどね。」
「それが愛する者を殺す、ということか・・・。」
「おや、ご存知なのですか。」
イカゲは意外そうな声を出した。
「信頼していた者から裏切られた慟哭の先にある行動は、惨状を呈するものばかりです。憎しみや悲しみの感情を糧に咎人は誕生するのです。」
「そんな状況が頻繁に起こってたまるか。」
「もちろんです。言うほど容易い状況ではありませんし、必ずしも殺すまではいかないことの方が多いでしょう。結果、咎人の数は減り勢力は衰退しつつありました。
追い込まれた咎人は生き残る方法を模索し実行しなければならなかった。」
「それが咎人を作り出す、ということか・・・。」
セリカの言葉にイカゲはピクリと反応した。
「あなた――」
「咎人の存在が稀有で、さらに変身する条件が非常に困難であることは理解した。」
「・・・。」
「だからといって、何をしていいというわけではないだろう!」
「驚きました。まさか、それを知っている人間がいるとは。」
「最近、ある人から教えてもらった。」
焼け野原となっているこの場にそぐわない、木々のせせらぎの声が聴こえたような気がした。それは、偉人たちの知恵が詰まった厳かで清らかな音だ。
ソフィアとの会話を思い出したセリカは、衝動を抑えるようにゆっくりと深呼吸をする。
「魔障痕への注入、か。」
「その通り。霊魔から受けた傷、即ち魔障痕に同じ霊魔が再び傷を入れることで、咎人を作り出すことに成功したのです。」
「傷を付ける際に、負の意識を注入するそうだな。」
「そうです・・・。しかし、そんな簡単な話でもありません。この方法はそれなりの準備が必要なのです。」
「準備?」
「ええ。それは霊魔を完全に掌握すること。霊魔をコントロールし、的確に指示を遂行できるようにしなければ、誤って素材を殺してしまう可能性があるのです。」
「・・・。」
「当然、通常霊魔では話になりません。元々自我がありませんからね。自ずとその役目は融合霊魔に委ねられます。
しかし、中途半端に人間の痕跡が残っている融合霊魔では、躊躇ったり加減を間違えて素材を無駄にしてしまいます。ここで子どもの出番というわけです。」
イカゲの仮面がコツリと音を立てる。それはさも可笑しくあざ笑う軽い音に聞こえた。
まるでせき止めていた部分を解放したホースのように、イカゲの肩からは血が噴き出した。
無意識に押さえるも、今まであったはずの腕は無く、勢い余った右手は脇を強く握ることとなる。
イカゲは目の前で剣を向けるセリカを睨んだ。
(私が気付かなかった・・・?!こんなに殺気が駄々洩れの女に・・・?!)
イカゲはちらりと視線を下げた。セリカの握る剣には見覚えがある。
(あの剣・・・。さっきの土精霊使いが発現したやつか。確か最初の攻撃に薙ぎ払ったはず・・・。なるほど。言霊も詠唱も聞こえなかったせいで反応が遅れたか・・・。)
ボタボタと落ちる出血を止めようと、イカゲは鎖を発現し肩に強く括り付けた。
セリカはテオを庇うように、前に1歩踏み出す。
(しかし、私の鎖を一太刀で両断するとは・・・。コイツ、魔術師か?)
イカゲが熟考している時、セリカの握っていた剣が静かに消えていった。
「土精霊使いは、くたばりましたか。」
「・・・。」
視線だけを向ければジェシドはうつ伏せのまま倒れている。
「救援ですか?でも遅かったですね。既に全員虫の息、いや、もう死んでいるかもしれませんね。」
「・・・。」
「まったく余計な手間をかけさせてっ!私はふざけた式神を追い、素材を回収しなければなりません。・・・まぁ、あの様子ならすぐに捕まえられるでしょうけど。」
「セリ、カ・・・」
イカゲはシリアに視線を向けた。シリアの閉じられた瞳から、一滴の涙が伝い落ちた。
「どいつもこいつも弱いくせに無駄なことをっ・・・!そこをどきなさい!私は情報を持って帰るのですっ!」
「無駄ではない。」
「・・・何?」
イカゲはピクリと首を動かした。
「無駄ではないと言ったんだ。」
「たわごとを・・・。素材はすぐに回収します。弱い虫けらがどれだけ集まろうとも、状況は変えることはできないのです。」
やれやれと言うように、イカゲは首を振った。
「・・・子どもたちはもうすぐ保護されるだろう。」
「何ですって・・・?」
「ここに来る途中、端末が置いてあるのを見た。あれは学園から支給されたもので、ジェシドが所有していたものだ。」
「フッ・・・。無言の通信機が何の役をするのですか?」
「何も言わない状況こそ発信したいメッセージだと示したのだろう。通信を繋いだままだったからGPS機能でここの位置は学園に伝わっているだろうしな。
現に端末の向こう側では、救援の準備ができたと聞こえた。学園はすでに動き出しているだろう。」
「!!」
「お前は無駄だと言ったな。しかし、テオは身を挺して子どもたちを守り、シリアとオルジで子どもたちを逃がすことができた。さらにジェシドの機転により状況は好転するだろう。・・・私は彼らたちを誇りに思うよ。」
「私の今までの労力をっ・・・!!ならば、余計に早く回収する必要がありますね!!」
「行かせると思うか?」
セリカは身構える。
「彼らたちが命がけで繋いだものを私が引き継ぐ。」
「・・・あなた、魔術師ですか?」
「違う。」
「そうですか・・・。」
イカゲは数分前までそこにあったはずの部位を見た。
「先程は不覚を取りましたが、魔術師ではないのなら問題ないでしょう。手短に終わらせていただきますっ!」
そう言うと、イカゲは唐突にセリカを目がけて鎖を突出させた。
しかし
伸びた鎖の先にすでにセリカの姿は無い。
ブワリとした風圧を間合いに感じたイカゲは思わずのけぞった。
「なっっ!!!!」
(――っ速いっっ!!)
セリカは水の刃を掬い上げるようにイカゲにぶつける、が、本能的に危険を察知したイカゲは、かろうじてそれを躱した。
(何だ、この女・・・!スピードが桁違いだ!)
セリカは振り上げた手をすかさず振り下ろす。その手には、氷の剣が握られていることにイカゲは気が付いた。
脳天を目がけ振り下ろされた攻撃をイカゲは鎖で受け止める。
「グッ・・・・!!」
(この女・・・いつのまに魔法を!?言霊も詠唱も聞こえなかった!)
受け止めた鎖が重い。ジリジリと2つの力が拮抗し合う中、動いたのはセリカだった。
「そのふざけた仮面、取ってもらおうか。」
セリカは重心を剣に預けたままフワリと身体を浮かすと、イカゲの頭を横から思い切り蹴りつけた。
「グァッ!!!」
予想以上に重たい蹴りがイカゲの仮面を勢いよく吹き飛ばす。そして、カランと音を立て地面に転がり落ちた。
「・・・。」
「ゴホッ・・・ゴフッ・・・。フフ、驚きましたか?」
言葉を失うセリカを前に、イカゲは自嘲気味に笑ってみせた。
仮面の下には顔どころか、首さえ無い。唯一確認できる黒いモヤのようなものが、風になびくように揺れ動いていたからだ。
「お前、実体は無いのか。」
「私は融合霊魔だ。元は精霊なのだから実体が無いのが普通だろう。」
「融合霊魔・・・」
「説明を――」
「必要ない。」
イカゲは落ちた仮面をゆっくりと拾い上げると、首の上に馴染ませるように乗せた。
「・・・よっぽどその姿が気に入っているのだな。」
「分かりますか?この服装と仮面はあの方が選んでくれたもの。この姿こそが私の存在価値そのものなのです。」
「あの人?」
「私に力を授けてくださった愛おしい存在です。」
「身体は霊魔で意識は混ぜられた者か。・・・お前は霊魔と何を混ぜられている?」
「・・・。」
「魔法力はもちろん、身体は頑丈で体力も申し分ない。実際、私の攻撃もあまり効いてないようだしな。」
イカゲはストレッチをするように首を左右に動かした。
「そうですね。融合霊魔とは、霊魔と混ぜられた者の長所が合わさった強力な力を得た存在です。多少の攻撃ではびくともしません。」
「混ぜられた者が屈強になればなるほど、その能力は上がるわけか。」
「そうです。使役権限の有効範囲が解明されていない今、その素材は慎重に選ぶ必要があります。」
「・・・。」
「さらに使役した咎人に従順であれば、より強固な連携を取ることができます。その点においても、私は特別な融合霊魔と言えるでしょう。」
「私はお前みたいな存在と戦ったことがある。その霊魔は実体があり意思もあった。」
「フン。どうせ未完成な融合霊魔《ヒュシュオ》だったのでしょう。」
「未完成?」
「霊魔と融合されることに抗った結果、意識と身体がうまく溶け合わなかったのでしょう。混濁した意識と脆い身体で、何もかもが中途半端で哀れな融合霊魔です。」
「お前は違うというのか。」
「もちろん。」
「お前は一体――。」
ここでイカゲは背筋を伸ばし、胸を張った。
「私はこの姿になる前は咎人でした。」
「咎人、だと・・・!?」
「ええ。」
「咎人がどうして?!まさかお前も無理やり――」
イカゲは腕を伸ばし手のひらをセリカに向ける。
「あなたが想像していることでは決してありません。私は自ら融合霊魔になることを望んだのです。」
「自分からだって!?」
「ええ。」
「自ら使役される側になったというのか・・・?本来ならばお前だって霊魔を使役する立場だったはずだ。」
「貧相な思考だ。」
「何だと?」
「人の位置は何が決めると思う?」
「何だ突然・・・。」
「自分の存在をどう証明するか、とでも言いましょうか。」
「・・・スキルや魔法力の大きさ?」
「それは表面的なものでしょう。」
「・・・。」
「己の存在を明確にするのは、自分の周りにいる誰かです。」
「自分の周りにいる誰か・・・?」
「ええ。人は産まれた時、母親という存在があって初めて子どもという存在になれるのです。
友人や教師という存在で立場がうまれ、愛する者という存在で、他にない唯一の者となれるのです。
そして誰もが群衆の中の一人から特別な一人になることを望み、足掻くのです。」
「何の話だ・・・?」
「咎人というのは、生きる中で己を形成するルーツ・・・家族や肉親・友人や恋人から裏切られた者だけが変身する資格を持つのです。」
「な、何だって・・・?」
「咎人が霊魔を使役する根底にある、憎しみや悲しみはこれに由来するものです。逆に言えば、そのような異質なエネルギーがない限り精霊を霊魔に変える芸当なんて、できるものじゃありません。」
セリカは思わず息を呑んだ。
「咎人は自分を愛した存在、自分が愛した存在がいない真っ黒な孤独な世界で誕生するのです。故に何かに依存し執着する性質を持つと言われています。」
「じゃあ、お前も誰かに――」
「もう忘れました。」
「何・・・?」
「私は確かに元咎人だったのでしょう。ただ、どうして咎人になったのか、誰に裏切られたのかなんて記憶は既にありません。今はただ・・・あの方のお側で、あの方の手足となれるだけで・・・。」
イカゲは恍惚とした声を漏らし、体をくねらせる。
「魔法を捨て、霊魔を使役する咎人は時に魔術師さえも超える力を持つと聞いた。それさえも棄てて、お前は霊魔になることを選んだというのか。」
「理解できないという顔ですね。」
「ああ。」
「主観なんて人それぞれですよ。何が正しいなんて、誰かが決める事ではない。自分が信じ突き進んだことが正しいのです。
その裏にどのような犠牲があろうとも、それが自分にとって正義なら間違ったことなんて、本当は無いのかもしれません。」
ぼんやりと脳裏に人影が浮かぶ。多分、人間だった時の自分だ。
背が高く、指が細いことがコンプレックスだった過去の自分。
欲しい物を欲しいと言えず、奪う度胸も無かったあの時の自分。
イカゲは首を振る。霧散するように浮かんだ人影が消えていった。
「あなたと私の思考が交わることは無いでしょう。一般的な考えやものさしに準じるつもりも、さらさらありません。」
セリカは息を吐き出した。目の前にいる霊魔の過去を、自分は変えることなどできないのだ。
「咎人に変身する資格を持つ、と言ったな。」
「ええ。」
「資格を得るだけで、必ず変身するというわけではない、ということは、もう一段階のトリガーがあるということだな。」
「おっしゃるとおり、それはきっかけに過ぎません。その後どうなりたいかは、個人の意思が加わってきます。まぁ・・・自分が信じた存在に裏切られた人間の考えることなんて、ろくなことじゃありませんけどね。」
「それが愛する者を殺す、ということか・・・。」
「おや、ご存知なのですか。」
イカゲは意外そうな声を出した。
「信頼していた者から裏切られた慟哭の先にある行動は、惨状を呈するものばかりです。憎しみや悲しみの感情を糧に咎人は誕生するのです。」
「そんな状況が頻繁に起こってたまるか。」
「もちろんです。言うほど容易い状況ではありませんし、必ずしも殺すまではいかないことの方が多いでしょう。結果、咎人の数は減り勢力は衰退しつつありました。
追い込まれた咎人は生き残る方法を模索し実行しなければならなかった。」
「それが咎人を作り出す、ということか・・・。」
セリカの言葉にイカゲはピクリと反応した。
「あなた――」
「咎人の存在が稀有で、さらに変身する条件が非常に困難であることは理解した。」
「・・・。」
「だからといって、何をしていいというわけではないだろう!」
「驚きました。まさか、それを知っている人間がいるとは。」
「最近、ある人から教えてもらった。」
焼け野原となっているこの場にそぐわない、木々のせせらぎの声が聴こえたような気がした。それは、偉人たちの知恵が詰まった厳かで清らかな音だ。
ソフィアとの会話を思い出したセリカは、衝動を抑えるようにゆっくりと深呼吸をする。
「魔障痕への注入、か。」
「その通り。霊魔から受けた傷、即ち魔障痕に同じ霊魔が再び傷を入れることで、咎人を作り出すことに成功したのです。」
「傷を付ける際に、負の意識を注入するそうだな。」
「そうです・・・。しかし、そんな簡単な話でもありません。この方法はそれなりの準備が必要なのです。」
「準備?」
「ええ。それは霊魔を完全に掌握すること。霊魔をコントロールし、的確に指示を遂行できるようにしなければ、誤って素材を殺してしまう可能性があるのです。」
「・・・。」
「当然、通常霊魔では話になりません。元々自我がありませんからね。自ずとその役目は融合霊魔に委ねられます。
しかし、中途半端に人間の痕跡が残っている融合霊魔では、躊躇ったり加減を間違えて素材を無駄にしてしまいます。ここで子どもの出番というわけです。」
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