エレメント ウィザード

あさぎ

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第2章4部

卵たちの意地

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 「All Element 土精霊ノームッ! 造形モダナ 剣客スパダッ!!」

 土がジェシドの手の中で、その形を鋭い剣へと変えていく。
 黄土色の硬質な刃がゆらりと揺れると、それをイカゲに向かって思い切り振り下ろした。

 しかしイカゲはいとも簡単にそれを避け、瞬時に鎖を発現させるとジェシドを薙ぎ払った。
 両手で剣を持つジェシドは、かろうじてその鎖を剣で受け止める。しかしそれは素人から見ても明らかに不慣れな動きだった。

 「おや、お話は終わりですか?それならちょうどよかった。そろそろ、あなたたちを殺して、愛する人の元に戻りたいと思っていたところですっ!!」

 イカゲは身体から伸びる鎖を器用に操らせた。撓る鎖からヒュッと空気が切れる音がする。

 「わわっ・・・!!」

 打ち付けられる攻撃にジェシドは無意識に身体を守ろうとする。しかしイカゲが繰り出す早い攻撃に、身体が付いていかなかった。

 ガキィィィィン!と、金属音のぶつかる音が辺りに響き余韻を残してゆく。しかしそれはジェシドが豪快に飛ばされたことで不自然に途切れた。

 「ぐっ・・・!」

 慌てて身を起こすと、握っていた剣が無い。衝撃で遥か遠くに飛ばされた剣を諦め、もう1度発現する。

 「造形モダナ 剣客スパダ・・・」

 ゆっくりと手の中に発現された剣は震えていた。重たい衝撃を受け止めた反動もあるが、対峙したことのない強大な敵を前に本能が慄いているのだろう。
 その様子にイカゲは笑いが止まらなかった。

 「はははははははっ!!腰が引けてますよ!大丈夫ですか?」
 「う、るさいっ・・・!」

 再び剣を両手で持ち、腰を低く構える。

 「うわぁぁぁぁぁっっ!!!」

 剣を引いたまま思いきり突進するも、震える足のせいでもつれそうになる。それでもジェシドはイカゲに向かって剣をぶんぶんと振り回した。
 イカゲは軽くステップを踏むようにその攻撃を回避する。完全に遊ばれている状態だ。

 「無駄なことを・・・。自分で発現した魔法でさえ扱えていないじゃないですか。」

 そんなこと自分が1番分かっている。
 剣を振るうジェシドは、震えを止めようと両腕に力を込める。しかし、まったくうまくいかない。

 「はははははっ!!!震えていますよっ!みっともないですね!!」

 一方でイカゲの身体から伸びた鎖は容赦なくジェシドに襲いかかった。
 薙ぎ払おうと必死に剣を振るが、ジェシドの拙い剣術では手も足も出なかった。

 「・・・ぅぅ、っっ!!!」

 重く冷たい鎖はジェシドの身体に何度も直撃する。その度に漏れる低い悲鳴は、ジェシドのせめてもの抵抗だった。
 何度も弾き飛ばされ倒れ込むジェシドだが、決して起き上がることを止めようとしない。
 重たい体を剣で支え、引きずり上げるように両腕に力をいれる。
 ポタリポタリと落ちる血が、足元で不規則な跡を残していく。鎖で打ち付けられた傷が燃えているように熱く疼いた。

 「しつこいですね。あなた、戦闘タイプじゃないでしょう。とっとと諦めたらどうですか?すぐにお仲間も一緒に殺して差し上げますから。」

 イカゲはボロボロのジェシドを憐みの目で見た。

 「はぁ・・・はぁ・・・確かに、僕は戦いが得意じゃ、ない・・・」
 「ええ。振る舞いで分かります。」
 「はぁ、はぁ・・・それでも・・・諦める、わけには・・・」
 「無駄ですよ。弱いあなたが残ったことで完全に詰みです。」
 「お前の、その薄汚い口から・・・出た情報は、必ず、持ってか・・・える・・・」

 イカゲはピクリと顔を動かす。

 「・・・なんですって?」

 ゆっくりと顔を上げたジェシドは、にやりと笑った。

 「ペラペラ、ペラペラと・・・。お前は、よっぽど、頭が悪いものと、混ぜられたんだろうなっ!!」

 イカゲの身体から炎を纏った鎖が猛スピードで突出する。

 「造形モダナッ! 岩壁ファレズッ!」

 しかし強固に作られた土壁は、イカゲの怒りの鎖を見事に弾いた。
 そして、すかさず弾かれた鎖を素手でガッツリと掴み取った。

 「なっ・・・!」

 鎖を掴まれたイカゲは身体をふらつかせ身をよじる。これでは自由に動けない。
 一方で、ジェシドはあまりの鎖の熱さに、声を上げそうになるのを必死に抑えていた。腹の底に溜まっていた憎悪をぶつけるように、息を細く吐き出す。

 「ぅぅっ・・・・・っ、確かに僕は弱い・・・それでも・・・僕には僕の戦い方が、あるっ!!」

 ジェシドは更に力を込め鎖を思いきり引っ張った。

 「な、何をっ・・・?!」
 「どんなに、泥臭くても、どんなに、不格好でも、いいっ・・・!」

 手の皮がズルリと剥ける感触がある。既に痛さは感じない。ただただ、熱さだけを感じた。

 「後輩が命を張っているのに、先輩が命を削らないでどうすんだぁぁぁぁっっ!!!」

 渾身の力で引っ張られたイカゲは前のめりに倒れると、そのままズルズルと引きずられていく。

 「くっっ!!は、離しなさい・・・・!」

 しかしジェシドは意地でも鎖を離さなかった。イカゲに繋がる鎖を一心不乱に巻き取っていく。

 「さすがっす、先輩。」

 そこに赤い閃光が走った。
 炎の拳が、派手な音と砂煙を巻き上げ炸裂する。それは、子どもたちを閉じ込めていた土の檻を粉々に粉砕した。

  「なっっ、なにをっ・・・!!何をしているっ・・・・!?」
  (わざと私の気を引いて、檻から遠ざけたのかっっ!!)

 イカゲは必死に身体をよじり、自由を奪う鎖を外そうとした。しかし、ジェシドがそれを決して許さなかった。

 「はな、さな、い・・・!!」
 「やめろっ!!それに触るなっっ!!」

 半狂乱のイカゲをよそに、テオは壊れた檻の瓦礫をどけてやった。
 壊れた檻から現れたのは年齢もバラバラな4人の子どもだった。こわごわと顔を出し、誰もが不安な瞳を揺らしている。

 「はぁ、はぁ、はぁ・・・逃げるんだ・・・」

 震える子どもを前に、既に満身創痍のテオはその場から動くことができずにいた。
 自分の背で子どもを隠しながら逃げ道を作ろうするが、子どもたちに動く様子は見られない。急な状況に混乱しているのだろう。

 「早く逃げろっ・・・!」

 声を荒らげてはいけないと分かっていてもそこまでの余裕が無かった。
 案の定、子どもたちはビクリと身体を強張らせる。ジェシドがイカゲの変化に気づいたのはその時だった。

 (なんだ・・・?急に静かに――)

 倒れたままのイカゲから、昏く低い声音が聞こえる。どうやら、ぶつぶつと何かを呟いているようだ。

 「なにを・・・せっかく・・・素材・・・やっと・・・情報・・・会える・・・」
 「何を、言って・・・」
 「素材・・・帰る・・・会える・・・認めて・・・会える・・・情報を・・・私を・・・見て・・・」

 ジェシドはハッとする。その瞬間、頭に重い衝撃が走った。

 「がっ・・・」

 脳が揺れ視界が霞む。イカゲの身体から伸びたもう1本の鎖が、ジェシドの頭に直撃したのだ。

 「情報・・・許さ・・・素材・・・もう・・・逃さな・・・許さ・・・」

 力の抜けたジェシドとの鎖を外し、イカゲはゆっくりと立ち上がった。

 「くそっ・・・!頼む、早く行くんだ!逃げてくれっ!」

 テオは必死に説得を試みた。

 「あいつに捕まったら酷い目に遭うんだっ!だから早くここから逃げるんだっ!早くっ!!」

 しかし、こわごわとお互いの反応をうかがう子どもたちに、テオの願いは届きそうにない。
 イカゲが虚ろな様子で手を伸ばし、ゆっくりと距離を詰めていく。それは明らかに子どもたちに向いていた。

 「もう・・・もう1度・・・つか・・・捕まえ・・・早く・・・素材・・・情報・・・」

 明らかに尋常ではないイカゲの様子に、再び子どもたちが硬直する。

 「生き・・・もう1度・・・捕まえる・・・そう・・・足を折って、動けなく・・・」
 「逃げろっ!!早くっ!!」
 「っ・・・もう1度・・・捕まえるっ!!」

 イカゲが発現した鎖が真っ直ぐに子どもたちの元へ伸びていく。
 テオは重い体を引きずり子どもたちの前に飛び出した。そしてイカゲの鎖を一身に受け止めた。

 「ぐぅぅぁぁっ・・・!!」

 突出された攻撃はテオを弾いてゆく。
 それでもテオは両手をいっぱいに広げ、イカゲの前に立ちふさがった。

 「お前、邪魔だっっ!お前だ、お前ぇぇぇっ!!!」

 何重もの鎖がまるで生き物のように伸びるとテオの両手を縛り、首に巻きついた。
 ジャラジャラと地を這う鎖が近くの樹を伝う。そしてあっという間に、テオは太い幹に両手首を縛られた状態で吊るされてしまった。
 テオは鎖を外そうと何度も体をくねらせる。しかし、その度に手首と首に巻き付いた鎖が締まっていくのを感じる。

 「うぅっ!!!」

 目の前で起こる恐ろしい光景に、子どもたちは静かに涙を流しながら頭を抱え目を瞑るしかなかった。

 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・檻が壊されてしまいましたか・・・ハァ、ハァ、ハァ・・・エレメントキューブとやらも、大したことないですね・・・。」

 イカゲは上を見上げた。そこには吊るされたテオが、イカゲを睨みながら必死にもがいている。

 「ハァ、ハァ、あなた意識があったのですね。先に殺しておけばよかった。
 ・・・さて、あなたはいつでも殺せます。先に素材を回収しましょうか。逃げられたら面倒ですし。」

 視線を下ろせば怯え震える子どもたちが俯いている。

 「まぁ、逃げられればの話ですがね。全員足を折って運びましょう。」
 「や、やめろっ・・・!」

 空気を吐けばさらに鎖が締まっていく。それでも叫ばずにはいられない。
 ふぅーっ、ふぅーっと酸素を確保するテオの額には血管が浮き出ていた。

 「何を言っているんですか。あなたが檻を壊したせいですよ。」

 イカゲはフッと鼻で笑う。そして近くにいる1人の子どもに近づいていった。

 「やめろ・・・やめろぉっー!!」

 カタカタと震える子どもは全員裸足だった。イカゲが、その細く白い足に手を伸ばした時だった。

 「跳長尾驢ジャンプカングーロ・・・」
 「――ングッ!!!」

 そこに現れた1体の式神が思いきりイカゲを蹴り飛ばす。その鍛えられた筋肉より繰り出された攻撃は、イカゲは数メートル先へ吹き飛ばした。
 膝と両手を地につけた状態でシリアはゆっくりと顔を上げる。鼻からポタポタと垂れる血が口に入ることも気にせず、必死に声を張り上げた。

 「絹江さんっ!!子どもたちを連れて逃げてっっ!!!」

 ヒクヒクと鼻をひきつかせながら、絹江さんはシリアの元へ駆け寄ろうとした。

 「私はいいのっ!!子どもたちをっっ!!!」

 絹江さんは迷っているようだった。両端にいるシリアと子どもたちを交互に見つめている。
 吹き飛ばされたイカゲが身体を起こし、軽く首を振る様子をシリアは視界に捉えた。

 「行きなさい、絹江っっ!命令よっ!!!」

 ビクリと体を震わせた絹江さんは瞳を揺らす。そして踵を返し、子どもたちの元へ大きくジャンプした。そして、動けない子どもたちをひょいひょいと掴みとると、器用にそのお腹におさめていった。
 そして1度振り返る。視線の先にいたシリアはコクンと頷いた。
 絹江さんはそのしなやかな後ろ足で大きく跳躍する。その姿はすぐに小さくなっていった。

 「行かせるかぁぁっ!!!」

 子どもたちが連れていかれたことに気付いたイカゲは激昂する。
 荒々しく発現した炎の鎖を、猛スピードで絹江さんが消えた方向へ飛ばしていった。

 「風弾ブラストッ・・・」

 しかし、伸ばされた鎖は風の塊により弾かれ、その軌道を大きく変える。
 倒れたまま手だけを伸ばしたオルジの魔法に、イカゲは大きく舌打ちをした。

 「どいつもこいつもっ・・・・ふざけた真似をっ・・・!」

 すでに絹江さんの気配は消えていた。怒りに満ちたイカゲに、笑い声が降りてくる。

 「ははっ・・・ざ、まぁみろ・・・」

 状況は芳しくない。それでも、子どもたちを逃がせたことにテオは心から安堵した。

 「お、おのれぇぇっ・・・お、おのれぇぇ!!もう、許さんっ!!!」

 ブルブルと怒りに震えるイカゲは、左腕を伸ばしテオに繋がる鎖に業火を纏わせる。そして、容赦なく噴出する業火をテオに浴びせかけた。

 「あ゛あ゛ああ゛ぁぁっぁ゛ぁぁ!!!!」
 「テ、テオォ!!テオォォッ!!」
 「テオーーッ!!!!!」



 視界に赤く小さな玉のようなものが映っている。ドロリとした感触は、頭から流れる血であり、さらにその小さな玉は睫毛に血の滴が乗っているのだと気が付いた。
 真っ赤な世界に、テオが苦痛の表情で叫んでいる。
 シリアは泣き叫び、オルジは必死に体を起こそうとしていた。

 「ぐっ・・・テ、テオく・・・・」

 ジェシドも手を伸ばす。しかし頭の激痛に思わず顔をしかめた。

 「もう殺すっ!すぐに殺すっ!!」
 「あ゛ぁぁぁぁ゛ぁっっっぁぁぁ!!!!」
 「やめてぇぇっっ!!テオが死んじゃう、テオォォォッ、テオォォォッ!!」
 「やめろっ!!テオを放せぇぇぇっっ!!」

 (くそ・・・テオ君が危ない、のに・・・体が動かな、い・・・僕らが死んだら、子どもたちが、また危険な目に・・・)

 「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇぇっっ!!!!」
 「テオォォォォォォッ!!」

 (動け、・・・動け体・・・動いてくれ・・・頼む・・・テオ君を・・・助けないと・・・動け・・・)

 気持ちとは裏腹にジェシドの身体はまったく動かない。ジェシドの意識はすでに限界のところまできていた。

 「っ・・・ぅぅ・・・な、さけない・・・体、動いて、頼むから・・・テオ、君・・・みんなを、守りたい、のに・・・」

 ガクンと身体の力が抜ける感覚がした。瞼も重い。意識がゆっくりと遠のいていく。

 その時、ジェシドの肩にフワリと空気が舞った。ジェシドはゆっくりと目を開ける。それは本当に一瞬の出来事で、混濁した意識が見せた幻聴なのではと疑うほどだった。
 しかし、肩に残った暖かい感触と、強い憧れを請う匂い、そして、たなびく赤いリボンで確信へと変わる。
 一瞬気が緩み、目頭が熱くなる。喉と鼻の奥がツーンとした。
 ジェシドは自分の唇を思いきり噛んだ。ググッと更に力を込めると唇から血が噴き出したが、構わず噛み続ける。

 『ジェシド、もう少しだけ、頼む。』

 一瞬聞こえた肩越しの言葉をジェシドは瞬時に理解した。
 そして朦朧とする意識を覚ますため、わざと自分の身体を痛め続けた。

 まるで神風の如く。目的の物を手にしたら、さらにスピードを上げてイカゲの元へ駆けつける。その神速の動きにイカゲは全く気付けなかった。
 黄土色の硬質な刃が振り上げられた時、イカゲは剥き出しの殺気にゾクリとした。
 躊躇はなかった。思いきり振り下ろした刃は、イカゲの左肩から腕をバッサリと切り落とす。

 「え・・・?」

 鎖に纏う業火がフッと消えると、キンッ!と金属が弾ける音がした。
 放心するイカゲをよそに、テオに巻き付けられた鎖がキレイに両断される。
 鎖から解放されたテオを静かに下ろすと、セリカは切っ先をイカゲに向けた。
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