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第2章4部
歪んだ交渉
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「テオーッ!オルジーッ!!待ってーっ!!」
その声に、先頭を走っていたテオが急に立ち止まったものだから、オルジはテオの硬い背中に思いきり鼻をぶつけることになった。
「いっったぁぁーっ!!」
鼻の奥がつーんとする。鼻血が出ていないか思わず手で押さえた。
「テオッ!!」
「悪い!でもシリアの声がしたから。」
あまりに素直な反応に脱力したオルジが後ろを振り返れば、シリアとジェシドが走ってくるところだった。
「お・・・追い・・・つきましたわ・・・。」
はぁ、はぁ、はぁ・・・肩で息をする2人にテオは駆け寄った。
「追ってきたのか。・・・あれ、セリカはどうした?」
未だに呼吸を整えているシリアに代わり、ジェシドが答える。
「テオ君たちを追ってくれと言われたんだ。セリカ君がこの先にイヤな気配がすると言っていてね。クーランちゃんを落ち着けたら彼女も追ってくるだろう。」
「クーランちゃん・・・?あの子どものことか?」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・えぇ、魔術中央図書館で出会ったのですの。」
「シリア、悪いけど走りながら説明してくれるかい?こっちのことも話すから。」
「えぇ・・・もちろんですわ。まだまだ・・・走れますわ・・・。」
シリアは、額から流れ落ちる汗をぬぐった。
「大丈夫?テオにおぶってもらう?」
「なっ!!オルジッ!!」
思わぬ矛先にテオが顔を赤くする。
「結構ですわ・・・!それより先を急ぎましょう!」
そんなテオの様子などお構いなく、シリアは走り出して行ってしまった。
「残念だったね、テオ・・・。」
ポンとテオの肩を叩く。
「オルジ、お前っっ!!」
「さっ、行くよ、テオッ!!」
テオが振りかざす拳を器用に避けたオルジも走りだす。
チッと舌打ちをしながら空を見上げると、未だに黒煙は昇り続けていた。
間に合ってくれ、と心の中で叫びながらテオは再び乾いた道を走り出した。
焼け焦げた匂いと煙が充満している。
燃え落ちた瓦礫や木材は飛散し、濛々と燃える目の前の家から、明るいオレンジ色の炎と黒煙が絶えず吹き出していた。
そこに転がっているのは真っ黒の炭。指らしき形容がうかがえることから、千切れた腕が焼けた物だと推測する。
奥では自分の家を守ろうと、井戸から引いた水を必死にかける姿があった。
しかし次の瞬間、その姿は地面に押し付けられるように倒れてしまう。
抵抗もむなしく、首から大量の血が噴き出した。
悍ましい声が響いたに違いない。それを証拠に、大きな口を開け叫ぶ様子が遠くからでも見て取れた。
周辺で炎が爆ぜる音、窓ガラスが割れる音などでこちらまで届くことはなかったにしろ。
猟奇的な光景は既に見飽きているため、自然と口からため息がこぼれる。
知能の欠片もない彼らの行動には聊か嫌気がさす。見境なく動く彼らの行動を慮り、先に素材を回収しなければならないからだ。
そして、卑しく肉を貪る彼らと自分が同じ立ち位置にいることへの嫌悪感が自分を蝕んでいく。
自分は奴らと違う。こんなに理性的に行動できているじゃないか。現に自分は命令に従えている。
そう思い自らが引くカゴを見やる。土精霊の力で作られたカゴの中には数体の素材が身を縮めていた。
ブルブルと震えるその眼には恐怖しか映っていない。このカゴから逃げ出そうとも、声を出そうとすらしないのだ。
はて、それとも自分は逃げる足を奪ってしまったのか、それとも助けを呼ぶ声をかき消してしまったのか。
しかし、その沈思は数秒と持たなかった。元から記憶力は乏しいのだ。
目の前では変わらず低能な生物が暴れ続けている。それを冷めた眼で眺めた。
そう、自分は特別なのだ。自分の働きが、あのお方への評価へ繋がる。例え自分の存在が、あのお方の想い人の力によって作り出された身体だとしても。
「シトリー様・・・。」
思わず口から零れた発音にさえ、甘く艶美な劣情を抱く。
「早く・・・シトリー様のお側へ・・・。」
口に出した途端、その欲望はとどまることの無いスピードで膨れ上がった。
なぜ自分はこんな所にいるのだろう。お慕いする人からの指示だけで動いていたはずなのに。
深いため息をつくと、脳裏に1人の人間を思い浮かべた。神経質そうな顔をした細長い眼鏡をかけた男だ。
シトリーからの命令は思ったより厄介で、該当人物への手がかりがないまま数日が過ぎた。
思いつく限りの手段を用いて、やっとたどり着いた人物が学校の教師をしているというこの人間だった。
話を聞いた男は、ニヤつきながらこう言った。
「探している人物の情報をやろう。ただし条件がある。条件を聞いてくれればお前が知りたがっている人物のエレメントや戦闘スタイルも教えよう。」
男は濁った色の目をしていた。そして最初から自分を見下していた。
咎人になる覚悟もない奴の条件など聞きたくない、と申し出を突っぱねた。しかし、男はニヤリとほくそ笑みながらこう続けた。
「いいのか・・・?私の持っている情報があれば、お前に命を下した人物が喜ぶぞ?そしたら笑ってくれるんじゃないのか・・・?」
(シトリー様が笑う・・・?喜んでくださる・・・?)
頭がビリビリする。濃い靄がかかり、それ以外の事を一切考えられなくなる。
強い衝動とも言えるその欲求は、止まることの無い渇望へと形を変えていった。
(笑う?・・・私に?・・・あの方が?・・・喜ぶ・・・)
「私を、見てくださる・・・?」
「あぁ、褒めてくれるさ。価値を・・・認めてくれる。」
(私を?・・・褒める?・・・笑って?・・・価値を・・・私を・・・認めてくれる・・・)
「早く見たくないか?その笑顔を、喜ぶ姿を・・・」
「あ、あ・・・」
(早く、早くお側へ・・・早く見たい 命令を 早く!早くっ!!!!)
「フフ、交渉成立だな。じゃあ、まずはここへ行って素材を集めて欲しい。」
男は1枚の紙を渡してきた。
「元々はお前さんのとこから頼まれたことなんだが、私も教師としての立場があって簡単には動けなかったんだ。とりあえずこの条件をクリアできたら、情報を1つ渡そう。」
(1、つ・・・命令を・・・早く、褒めて、笑って・・・)
渇望は止まらない。シトリー様が探す人物の情報さえ手に入れば自分は認められるのだ。欲求に支配された思考は、目の前の男の言葉を朧げにする。
乱暴に紙を受け取ると、その足で書いている場所に向かった。残された男の冷笑は耳には届かなかった。
元々意識は混濁しやすい。それでもシトリー様への忠誠心だけが自分を掻き立てる原動力となっている。
愛しい人から課された命は、甘美な誘惑として自分の理性をかき乱しているのだ。
紙に書かれてある条件はそう難しくなかった。その先にあるシトリーの笑顔を見るために淡々とやり遂げた。
再び男の元を訪れ報告すれば、目的の人物の身体的特徴が書かれた紙を渡された。
そして、ニヤニヤしながら男は言った。
「私はまだ情報を持っている。その情報は必ずお前の主の役に立つものだ。主はよりお前に感謝するだろう。」
(感謝・・・?シトリー様が、私に・・・笑って・・・)
「同じことをしてくれればいい。次はここだ。いやぁ、次の情報は大変有益だよ。」
1枚の紙にはこの前と同じ内容が書かれていた。
シトリー様からの称賛を想像しただけで再び頭の思考が痺れていく。ただそれだけしか考えられず、わき目もふらず紙に書いてある場所に向かった。
意識が曖昧のまま、ただただ繰り返す。感情も起伏も無のままに。
手や身体にどれだけの返り血を浴びようが、劈く悲鳴が脳内に染みつこうが関係なかった。その時、大怪我を負った2人の人間が隙を見て逃げ出したことを気づくこともなく、ただ愛する1人の為に殺戮は繰り返された。
「素晴らしい働きだ。お前の主はさぞ優秀なのだな。約束の通り情報は渡そう。・・・さて、これで私が持っている情報は最後だ。これでお前は胸を張って主の元へ帰れるぞ。」
(帰れる?やっと、会える・・・?胸を張って・・・喜ばれる・・・会える・・・優秀・・・)
ひらひらと見せつけるように揺れる1枚の紙が、すでに甘い果実のように見えた。
男の手から急いで奪うと、そこには該当人物のエレメントと主な戦い方が書かれていた。
「次は劫火渓谷に向かってほしい。お前さんのところから貰った霊魔を使うといいだろう。使役権限が実行されているらしい。・・・それと、これも渡しておこう。」
男は明るいオレンジ色をしたキューブ型の石を握らせる。
「本物のエレメントキューブだ。お前さんたちが製造した模造品とは全然違うぞ。」
男が自慢げに笑った。
この男が狡猾な間者として暗躍していることは既に分かっていた。教師としても咎人としても中途半端な男の存在は、常に嫌厭の情を起こさせる。しかし男の言葉は、的確に自分の思考を抉り奪うのだ。
自分の弱点を巧みな誘導で露見されていることを情けなく思う。自分を自由に動かせる人はこの世に1人だけだというのに。
――ガシャンッッ!!
何かが爆発する音の数秒後、ガラスが弾け飛んだ。その耳障りな音に意識を向ける。
目の前には霊魔が滴る涎を垂らし暴れ続けていた。その姿に憐憫の情を抱かずにはいられない。
(素材は手に入れた。もう十分だろう。)
自分がどれだけ侘しい生き物であっても、貫き通せる意思があるではないか。こうして愛する人の役に立てるのだから。
混濁する思考を手放せば、敬愛する存在がはっきりと輪郭を残す。
「あぁ、やっと帰れる。シトリー様・・・やっと会える・・・。私を見てください。私をお褒めください。私を・・・認めてください。」
下された命を遂行した満足感と、結果を聞いた彼女の反応に期待を躍らせた。
成果である震え怯える素材にさえ、ほんの僅かな情愛が生まれイカゲはニッコリとほほ笑んだ。
その声に、先頭を走っていたテオが急に立ち止まったものだから、オルジはテオの硬い背中に思いきり鼻をぶつけることになった。
「いっったぁぁーっ!!」
鼻の奥がつーんとする。鼻血が出ていないか思わず手で押さえた。
「テオッ!!」
「悪い!でもシリアの声がしたから。」
あまりに素直な反応に脱力したオルジが後ろを振り返れば、シリアとジェシドが走ってくるところだった。
「お・・・追い・・・つきましたわ・・・。」
はぁ、はぁ、はぁ・・・肩で息をする2人にテオは駆け寄った。
「追ってきたのか。・・・あれ、セリカはどうした?」
未だに呼吸を整えているシリアに代わり、ジェシドが答える。
「テオ君たちを追ってくれと言われたんだ。セリカ君がこの先にイヤな気配がすると言っていてね。クーランちゃんを落ち着けたら彼女も追ってくるだろう。」
「クーランちゃん・・・?あの子どものことか?」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・えぇ、魔術中央図書館で出会ったのですの。」
「シリア、悪いけど走りながら説明してくれるかい?こっちのことも話すから。」
「えぇ・・・もちろんですわ。まだまだ・・・走れますわ・・・。」
シリアは、額から流れ落ちる汗をぬぐった。
「大丈夫?テオにおぶってもらう?」
「なっ!!オルジッ!!」
思わぬ矛先にテオが顔を赤くする。
「結構ですわ・・・!それより先を急ぎましょう!」
そんなテオの様子などお構いなく、シリアは走り出して行ってしまった。
「残念だったね、テオ・・・。」
ポンとテオの肩を叩く。
「オルジ、お前っっ!!」
「さっ、行くよ、テオッ!!」
テオが振りかざす拳を器用に避けたオルジも走りだす。
チッと舌打ちをしながら空を見上げると、未だに黒煙は昇り続けていた。
間に合ってくれ、と心の中で叫びながらテオは再び乾いた道を走り出した。
焼け焦げた匂いと煙が充満している。
燃え落ちた瓦礫や木材は飛散し、濛々と燃える目の前の家から、明るいオレンジ色の炎と黒煙が絶えず吹き出していた。
そこに転がっているのは真っ黒の炭。指らしき形容がうかがえることから、千切れた腕が焼けた物だと推測する。
奥では自分の家を守ろうと、井戸から引いた水を必死にかける姿があった。
しかし次の瞬間、その姿は地面に押し付けられるように倒れてしまう。
抵抗もむなしく、首から大量の血が噴き出した。
悍ましい声が響いたに違いない。それを証拠に、大きな口を開け叫ぶ様子が遠くからでも見て取れた。
周辺で炎が爆ぜる音、窓ガラスが割れる音などでこちらまで届くことはなかったにしろ。
猟奇的な光景は既に見飽きているため、自然と口からため息がこぼれる。
知能の欠片もない彼らの行動には聊か嫌気がさす。見境なく動く彼らの行動を慮り、先に素材を回収しなければならないからだ。
そして、卑しく肉を貪る彼らと自分が同じ立ち位置にいることへの嫌悪感が自分を蝕んでいく。
自分は奴らと違う。こんなに理性的に行動できているじゃないか。現に自分は命令に従えている。
そう思い自らが引くカゴを見やる。土精霊の力で作られたカゴの中には数体の素材が身を縮めていた。
ブルブルと震えるその眼には恐怖しか映っていない。このカゴから逃げ出そうとも、声を出そうとすらしないのだ。
はて、それとも自分は逃げる足を奪ってしまったのか、それとも助けを呼ぶ声をかき消してしまったのか。
しかし、その沈思は数秒と持たなかった。元から記憶力は乏しいのだ。
目の前では変わらず低能な生物が暴れ続けている。それを冷めた眼で眺めた。
そう、自分は特別なのだ。自分の働きが、あのお方への評価へ繋がる。例え自分の存在が、あのお方の想い人の力によって作り出された身体だとしても。
「シトリー様・・・。」
思わず口から零れた発音にさえ、甘く艶美な劣情を抱く。
「早く・・・シトリー様のお側へ・・・。」
口に出した途端、その欲望はとどまることの無いスピードで膨れ上がった。
なぜ自分はこんな所にいるのだろう。お慕いする人からの指示だけで動いていたはずなのに。
深いため息をつくと、脳裏に1人の人間を思い浮かべた。神経質そうな顔をした細長い眼鏡をかけた男だ。
シトリーからの命令は思ったより厄介で、該当人物への手がかりがないまま数日が過ぎた。
思いつく限りの手段を用いて、やっとたどり着いた人物が学校の教師をしているというこの人間だった。
話を聞いた男は、ニヤつきながらこう言った。
「探している人物の情報をやろう。ただし条件がある。条件を聞いてくれればお前が知りたがっている人物のエレメントや戦闘スタイルも教えよう。」
男は濁った色の目をしていた。そして最初から自分を見下していた。
咎人になる覚悟もない奴の条件など聞きたくない、と申し出を突っぱねた。しかし、男はニヤリとほくそ笑みながらこう続けた。
「いいのか・・・?私の持っている情報があれば、お前に命を下した人物が喜ぶぞ?そしたら笑ってくれるんじゃないのか・・・?」
(シトリー様が笑う・・・?喜んでくださる・・・?)
頭がビリビリする。濃い靄がかかり、それ以外の事を一切考えられなくなる。
強い衝動とも言えるその欲求は、止まることの無い渇望へと形を変えていった。
(笑う?・・・私に?・・・あの方が?・・・喜ぶ・・・)
「私を、見てくださる・・・?」
「あぁ、褒めてくれるさ。価値を・・・認めてくれる。」
(私を?・・・褒める?・・・笑って?・・・価値を・・・私を・・・認めてくれる・・・)
「早く見たくないか?その笑顔を、喜ぶ姿を・・・」
「あ、あ・・・」
(早く、早くお側へ・・・早く見たい 命令を 早く!早くっ!!!!)
「フフ、交渉成立だな。じゃあ、まずはここへ行って素材を集めて欲しい。」
男は1枚の紙を渡してきた。
「元々はお前さんのとこから頼まれたことなんだが、私も教師としての立場があって簡単には動けなかったんだ。とりあえずこの条件をクリアできたら、情報を1つ渡そう。」
(1、つ・・・命令を・・・早く、褒めて、笑って・・・)
渇望は止まらない。シトリー様が探す人物の情報さえ手に入れば自分は認められるのだ。欲求に支配された思考は、目の前の男の言葉を朧げにする。
乱暴に紙を受け取ると、その足で書いている場所に向かった。残された男の冷笑は耳には届かなかった。
元々意識は混濁しやすい。それでもシトリー様への忠誠心だけが自分を掻き立てる原動力となっている。
愛しい人から課された命は、甘美な誘惑として自分の理性をかき乱しているのだ。
紙に書かれてある条件はそう難しくなかった。その先にあるシトリーの笑顔を見るために淡々とやり遂げた。
再び男の元を訪れ報告すれば、目的の人物の身体的特徴が書かれた紙を渡された。
そして、ニヤニヤしながら男は言った。
「私はまだ情報を持っている。その情報は必ずお前の主の役に立つものだ。主はよりお前に感謝するだろう。」
(感謝・・・?シトリー様が、私に・・・笑って・・・)
「同じことをしてくれればいい。次はここだ。いやぁ、次の情報は大変有益だよ。」
1枚の紙にはこの前と同じ内容が書かれていた。
シトリー様からの称賛を想像しただけで再び頭の思考が痺れていく。ただそれだけしか考えられず、わき目もふらず紙に書いてある場所に向かった。
意識が曖昧のまま、ただただ繰り返す。感情も起伏も無のままに。
手や身体にどれだけの返り血を浴びようが、劈く悲鳴が脳内に染みつこうが関係なかった。その時、大怪我を負った2人の人間が隙を見て逃げ出したことを気づくこともなく、ただ愛する1人の為に殺戮は繰り返された。
「素晴らしい働きだ。お前の主はさぞ優秀なのだな。約束の通り情報は渡そう。・・・さて、これで私が持っている情報は最後だ。これでお前は胸を張って主の元へ帰れるぞ。」
(帰れる?やっと、会える・・・?胸を張って・・・喜ばれる・・・会える・・・優秀・・・)
ひらひらと見せつけるように揺れる1枚の紙が、すでに甘い果実のように見えた。
男の手から急いで奪うと、そこには該当人物のエレメントと主な戦い方が書かれていた。
「次は劫火渓谷に向かってほしい。お前さんのところから貰った霊魔を使うといいだろう。使役権限が実行されているらしい。・・・それと、これも渡しておこう。」
男は明るいオレンジ色をしたキューブ型の石を握らせる。
「本物のエレメントキューブだ。お前さんたちが製造した模造品とは全然違うぞ。」
男が自慢げに笑った。
この男が狡猾な間者として暗躍していることは既に分かっていた。教師としても咎人としても中途半端な男の存在は、常に嫌厭の情を起こさせる。しかし男の言葉は、的確に自分の思考を抉り奪うのだ。
自分の弱点を巧みな誘導で露見されていることを情けなく思う。自分を自由に動かせる人はこの世に1人だけだというのに。
――ガシャンッッ!!
何かが爆発する音の数秒後、ガラスが弾け飛んだ。その耳障りな音に意識を向ける。
目の前には霊魔が滴る涎を垂らし暴れ続けていた。その姿に憐憫の情を抱かずにはいられない。
(素材は手に入れた。もう十分だろう。)
自分がどれだけ侘しい生き物であっても、貫き通せる意思があるではないか。こうして愛する人の役に立てるのだから。
混濁する思考を手放せば、敬愛する存在がはっきりと輪郭を残す。
「あぁ、やっと帰れる。シトリー様・・・やっと会える・・・。私を見てください。私をお褒めください。私を・・・認めてください。」
下された命を遂行した満足感と、結果を聞いた彼女の反応に期待を躍らせた。
成果である震え怯える素材にさえ、ほんの僅かな情愛が生まれイカゲはニッコリとほほ笑んだ。
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