エレメント ウィザード

あさぎ

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第2章4部

言えぬ本音

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 十分な水量がゆるゆると流れる川は、底の砂利や砂が透き通って見えるほど輝き流れている。蛇行が繰り返された川の先には轟轟と燃える岩壁が見えた。
 川の水に手を浸せば、そこまで冷たいわけでもない温度に思わずため息がこぼれる。
 テオは川の水を両手でたっぷりと掬うと勢いよく顔に浴びせた。何度も何度も顔を洗い、そのままの勢いで頭を突っ込ませた。ゴクリゴクリと水を飲み喉を潤わせる。息が苦しくなり頭を上げると、大きく呼吸をし再び頭を突っ込ませた。

 「っっぷはーー!!うめぇっーー!!」
 「っちょっ・・・!テオッ!!服が濡れるんだけどっ!!」
 「大丈夫だって。濡れてもこの気温だ。すぐに乾くだろ!」

 そう言うと再び頭を何度も振った。オルジはテオから距離をとり、迫力ある目の前の風景に目を細める。

 劫火渓谷デフェールキャニオンに入った2人は険しい山道の中にあった河原で休憩をしているところだった。
 壊滅状態の村で、形ある亡骸を埋葬するため土を掘り石を集めた。慣れない作業に体はもちろん、心も疲弊していた。
 川の水は冷たくはなかったが浄い水が身体を巡り、細胞が湧き立つような感覚に陥った。

 「婆ちゃんの言った通りだな。そのまま飲んでもすげーうまい!」
 「冷たくもないけど、熱湯というわけでもないんだね。こんなに暑い環境の中流れているのに。」

 オルジは首を流れる汗をぬぐう。

 「オレたちが劫火渓谷デフェールキャニオンの中で歩けるのも、セリカたちが譲ってくれた火蜥蜴ひとかげの粉のおかげだな。」

 テオは地面に足を伸ばして座り、手を後ろにつけた状態で空を見上げた。
 埋葬を終えた村から劫火渓谷デフェールキャニオンまで歩いてきた2人は、未だに霊魔の姿を確認できていない。足跡や岩肌を注意深く見てきたが、痕跡すら見つけられなかった。

 「獣とスーツ・・・か・・・。」

 テオと同様に空を見上げながらオルジは呟く。最後の力を振り絞って残してくれた村人のメッセージだ。

 「一体、どういう意味なんだろうね。」

 しかし、隣にいるテオからの反応はない。

 「テオ、聞いているのか?」

 不審に思ったオルジは隣を見た。そこには真剣な眼差しで空を見上げるテオの横顔があった。オルジは鼻でため息をつく。

 「何か気になることでもあったの?」

 聞こえていないわけではない。その様子から、テオが何かを考えていることに気付いたのだ。

 「2つの村を見て思ったんだけどさ・・・。」
 「うん。」
 「大人の亡骸しかなかった。」
 「え・・・?」
 「キレイに残っている亡骸の方が少なかったけどさ・・・でもそれは全部大人だった。」

 オルジは壊滅状態だった2つの村の様子を思い出した。確かに埋葬した数少ない遺体は全て大人だったと思う。だが、千切られた人間の四肢や細胞の一部がそうであったかは断言できなかった。
 それでも、テオがそう言うならそうなのかもしれない。いつもは冗談ばかりでおどけているように見えるが、視野の広い着眼点や、混乱する場こそ冷静に対処できる能力を自分が1番認めているからだ。

 「大人しかいない村だったとか。」
 「家の中にはぬいぐるみや子供用の服もあった。」

 (あの場面でそんなところまで見ていたのか・・・。)

 自分は生存者を確認するだけで手一杯だったのに・・・と素直に感心したが、それを口に出すことはせず新たな選択肢を考える。

 「子供は学校に行っていた、もしくは僕たちみたいに学校の寮に入っているとか。」
 「それはあるかもしれない。けど、まだ学校に行っていない年齢の子の影すら無いのは、逆に違和感が残る。」
 「・・・確かに。」

 沈黙が流れた。確固たる情報がない今、2人には仮説しか並べられないのだ。

 「・・・学園はいつ動いてくれるかな。」
 「・・・さぁな。」
 「ちょっと・・・いや、結構ショックなんだ。・・・こんな時、学園はすぐに動いてくれるって、すぐに応援を寄越して村の人たちの安全を守ってくれるって信じてたから。」
 「・・・そうだな。」
 態度には出さないがテオも同じ気持ちなのだろう。自分たちは魔術師ウィザードの卵であり、窮地を救うヒーローになる為にあの学園にいるのだから。

 「ちゃんと上に報告して、討伐隊を編成してくれるよね。」
 「・・・。」
 「たまたま、上級魔術師ハイウィザードが足りなくてこっちに回せないんだよね。」
 「・・・。」
 「・・・・・・・。」
 「・・・。」
 「・・・今までは疑問すら抱かなかったけどさ。」

 長い沈黙を破ったのはテオだ。

 「なんつーか、隠されている部分が結構あるってことが分かってきた。」

 ひどく言葉足らずだ。しかしテオと長い時間を過ごしてきたオルジには、その言葉の真意を掴むことは難しいことではなかった。

 「サージュベル学園のこと?」

 テオは地面から手を放し軽く払う。そして前のめりに胡坐をかいた。
 更にオルジは、テオが考えていることを言い当てる。

 「この間のTwilight forest沈黙の森で起きた箝口令のこととか?」

 テオに否定の様子はない。どうやら的を射たようだ。

 Twilight forest沈黙の森で起きた一連の事件を、オルジには話していた。いくら学園から箝口令が敷かれていても当事者の自分たちに何も説明のない状況に腹を立てていたというのもある。
 そもそも、テオには親友のオルジに隠し事をするという選択はなかったのだ。

 「疑問しか残らねーよ。あの3人はどこの誰だったのか。なんであの傀儡たちを操れていたのか。あのガキはなぜエレメントを2つ使えていたのか。俺たちが最期に見た霊魔は、どうして人の姿をして消えたのか。あれだけの事があって説明も無いっては無いよなー。先生たちも「調査中だ」ってはぐらかすし。」

 テオは手元にあった小石を拾って川へ投げる。それは見事な放物線を描き、小さな水しぶきと共に吸い込まれて消えていった。

 「さっきお前は『上に報告して』って言ったけど、サージュベル学園のトップを見たことあるか?」

 オルジは首を振る。

 「元老院という管轄組織があるっていうのは聞いたことがある。でも姿を見たことが無い。」
 「そうなんだよな。普通、式典とかイベントにはトップの挨拶とかあるもんじゃねーのかな。校長とか、学園長とか。あの学園には初等部から居るけどそういえば1度も見たことがない。考えたらそれって結構異様だよな。」
 「最初からその状態だったから疑問を抱くことすらない。一種の刷り込みだよね。」
 「そーゆー学園の運営組織図・・・?っていうのが霞まくっていて、こーゆー時に何を信じればいいか分からなくなっちまうんだよな。」
 「確かにこんな緊急事態の時、誰が上級魔術師ハイウィザードに依頼してどこに報告するのか、僕らはプロセスすら知らないんだよね。」
 「あぁ。さっきの緊急連絡用端末で繋がった機械音みたいな姉ちゃんも一体誰なんだよ。先生か?生徒会プリンシパルか?それとも学園の外の人間か?」
 「・・・分からない。」
 「だろ?俺たちは魔術師ウィザードになる為の知識や教養は、これでもか!ってぐらい教え込まれている。でも学園の内情を何一つ知らないんだ。
 それって、学園にとって都合のいい操り人形の一部なっているようで・・・すごく納得がいかねーし、不本意だ。」

 言葉にすると怒りが湧いてきたのか、手元にあった小石を乱暴に掴むと、再び川に向かって勢いよく放り投げた。

 「テオはあんな事があった後だから余計にそう思うのかもしれないね。」
 「・・・。」
 「・・・。」

 目の前の川は変わらず水しぶきをあげながら流れている。規則的なリズムで岩にぶつかる水面には、絶え間なく空気の粒が生まれ反射して光っていた。

 「・・・ずるいよな。」
 「・・・は?」

 さすがのオルジも口を開けた。脈絡のないテオの言葉を解読できなかったからだ。
 突拍子のない発言も多いが、そもそも飾らない彼の単純な言葉には裏が無い。そんなテオの発言の意図が分からず、少なからず動揺したのだ。

 「なんのことだよ?」
 「・・・。」
 「テオ・・・?」

 テオは眉間に皺をよせ口を尖らせる。明らかに「私は不機嫌ですよ。」アピールだ。
 これが自分の好きな女の子だったら、きっと可愛く好ましく思うのかもしれない。しかし、相手は長年の親友である巨体だ。

 「何が言いたいんだよ?」

 アピールをするだけで口を割ろうとしないテオに腹が立ちはじめた時だった。
 テオの口が僅かに動く。

 「え・・・?聞こえないって!」
 「・・・んで、・・・くれなんだよ・・・。」

 重要な部分が聞こえない。いや、聞かれないようにしているのか。

 「なんだってっ!?」

 思わず声がとがる。

 「・・・っ!何で俺に何も話してくれなんだよっっ!!?」

 とがったオルジの声をはるかに凌ぐ大きな声でテオは叫んだ。オルジは目を丸くする。

 「なんでお前はオレのことを全部分かるのに、言わなくても伝わるのに・・・オレは分からないんだよっ!」
 「・・・!?」
 「なんで1人で決めて・・・オレになんの相談もしないんだよっ!」

 オルジはやっと理解した。自分が修練ラッククラスに落ち、創造クリエイトクラスに這い上がる様子が無いことを怒っているのだ。

 「なっ・・・!・・・今言うことじゃないだろうっ!」

 テオの荒々しい態度に感化されたオルジも無意識に声が大きくなった。

 「関係ねーよ!オレはずっとずっとずっと腹が立ってんだからなっ!」

 テオの中でこの問題はずっとくすぶっていたのだろう。それが何のきっかけかは分からないが急に溢れだしたのだ。

 「創造クリエイトクラスに入ったことに文句はねーよ。でも、修練ラッククラスから創造クリエイトクラスにさえ戻ろうとしないなんて、学園を辞めるつもりなのか、お前はっ!」
 「・・・っ!!」

 オルジは思わず口を噤んだ。その様子にテオはますます怒りを増長させていく。

 「一生懸命やった結果で修練ラッククラスに入ったのなら仕方ないって言えるかもしれないけど、お前の場合は成果も出さず努力もしなかった結果だろ?
 どうしてそんな投げやりなんだよ!!」
 「・・・。」
 「約束したじゃねーか!一緒に最強の魔術師ウィザードになるって!俺たち2人ならなれるってあの時言ったじゃねーかよっ!!」

 オルジは目の前を流れる川に目を向けた。
 ゆらゆらと動く水面に映るのは、希望に満ち溢れていたかつての幼き自分の顔だった。
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