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第2章3部
咎人と匣
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「咎人は負の感情・・・すなわち、悲しみや苦しみ、痛みや嫉みの感情を精霊に植え付けることができるんだよな?」
「えぇ。その精霊は霊魔に変わり、使役することができると本にも書いてありますわ。」
「じゃあ、咎人は魔法も使えて霊魔も使役できるのか?」
「それは・・・。」
再び3人の視線はソフィアに集まった。
「ふぅむ。人間だった時に使えていた魔法は使えないはずじゃ。精霊に負の感情を植え付けた時点で、四元素の精霊との関係は破綻する。
純粋な精霊の力よりも、強力で邪な力を持つ霊魔を欲求する感情に抗えない。それが咎人の特性とも言えるのう。」
「そんなに『魔法』と『霊魔の使役』というのは違うのですか?」
「麻薬のようなものじゃ。咎人は無意識に自分が思っている以上の力を出すことができる。それは人間だった時に使えていた魔法の、4、5倍の力だとある学者が発表したそうじゃ。」
「4、5倍・・・!?」
「ふむ。人間だった時、魔術師になれなかった怒りや悔しさ、失敗の嫌悪や失墜、悲しみからの逃避で矛先が間違った方向へ向いた末路じゃろう。
使役した霊魔に負の力を注ぎ続ける快感は、正常な判断を損ね蝕んでゆく。そして人格さえも壊していった。」
「そんなに簡単に精霊を霊魔へ変えることができるんですか?」
「霊魔への原動力は負の感情じゃ。常にマイナスの感情を胸に抱く咎人にとって、決して難しいことではないじゃろうな。しかし、そこには大きな落とし穴もあった。」
「落とし穴、ですか?」
「うむ。負の感情があれば霊魔を使役できるが、感情までを掌握することができんかったのじゃ。」
「感情・・・?」
「霊魔は咎人の命令を聞かん。というより、感情のコントロールをすることができんのじゃ。」
「え・・・?」
「感情を失った霊魔は暴れ、喰い尽くした。その中に自分を生んだ咎人がいたことも分からぬほど、知性というものが欠如した存在だったのじゃ。」
「そんな・・・。」
「咎人は、自分の命さえ奪うかもしれない存在を作り出すことに躊躇した。しかし、魔法を失った咎人にとって、霊魔は己の自己肯定を映す大きな鏡。
そして負の欲求に溺れ苦しむ発散として、霊魔の使役は必要なことだった。
咎人は考えた。霊魔に殺されない方法を・・・。そして2つの方法を作り出したのじゃ。」
「2つ、ですか?」
「そうじゃ。1つは自身が霊魔より強くなること。そしてもう1つは、霊魔の感情をコントロールする技術を作り出すこと。」
「・・・!」
「先ほど言ったように、文明の進化は人間や魔術師だけではなく咎人にも大きな変革をもたらした。」
「科学の力によって霊魔を自在に操れるようになった・・・?」
「左様。咎人は凶悪な操り人形を手に入れたことで勢力を増していったのじゃ。」
「そんな・・・。」
「鎮痛剤、興奮剤、催淫剤など、感情をコントロールする科学の力がより一層咎人の負を明瞭にしていったのじゃろうな。
誰も止めようともしなかった負の連鎖が、現在の咎人と霊魔の姿を映しているといってもよかろう。」
「恐ろしいですわ・・・。」
「霊魔の感情の支配――それ以外にも咎人たちは新たな研究を進めていると聞く。だからそれに対抗すべく、魔術師や上級魔術師たちも進化しなければいけない。じゃないと――。」
「じゃないと?」
「世は咎人や霊魔によって滅ぼされるじゃろう。負の感情取り巻く最恐の世界へと変わるじゃろうな。」
短く息を吸い込んだシリアが両手を口に当てた。ジェシドの眼光も鋭くなっている。
「ソフィア様、咎人とは――。」
ジェシドが質問しようとした時だった。
古びた杖を持つソフィアの指がほんの僅かに動いたのだ。
タタタッと飛び出す影が伸びた時、クーランの膝に居たキヨ美さんが突然走り出す。
「え、キヨ美さん・・・!?」
すかさずその後を追うようにクーランも駆け出した。
「あ、クーランちゃん!」
シリアは立ち上がり2人の走る方向を見た。
「大丈夫、この場所に危険な存在は入ってこれん。召喚した式神が何かに反応したようじゃ。見てきてくれんかのう。」
「えっ・・・?あ、はいっ!」
「ふむ。一息つこうかのう。おぉ、そうじゃ。向こうにクルミの木がある。ちょうど、乾燥させたクルミが無くなりそうじゃからお前さん、採ってきてくれんか?」
杖でジェシドを指さす。
「僕ですか?」
「背が高い方がいいじゃろう。それに子供と小娘だけでは心配じゃろう。」
「確かに・・・。分かりました。クーランちゃんとクルミを採ってきます!」
「ふぉっふぉっふぉっふぉ。また干してクルミパイでも作ろうかのう。じゃあ任せたのう。」
「はいっ!」
ジェシドもシリアの後を追うように駆けていった。
残されたセリカは怪訝な顔でソフィアを見た。
「随分と大がかりな人払いだな。」
「ふぉっふぉっふぉっふぉ。やはりバレておったか。」
「さっき指でなにをした?」
「なあに、ワシの召喚獣を用意しただけじゃ。優秀な式神じゃて。」
「キヨ美さんを反応させる為にか?一体どいういうつもりだ。」
「あのままだと話の回避がちぃと面倒でのう。」
「・・・話?」
セリカは最後の会話を思い出す。
「咎人のことで2人、いや、クーランを含めて3人に聞かれたなくない内容があるってことか。」
「話が早くて助かるのう。」
「なぜ私だけを残した?」
「お前さんは知っておるのじゃろ?咎人の変身の仕方を。しかも、さっき小娘が言っていた資料には載っていない方法を。」
「なぜそれを?!」
「お前さんの師が間違った知識を教えるはずがないからのう。」
「おっしょうが?」
「ふむ。それに小娘が咎人の変身条件を言った時、お前さんが驚いた反応をしとったからな。ピンときただけじゃ。因みに、どう聞いておる?」
「咎人への変身・・・。私は、自身の最も愛する者を殺めた人間が咎人へ変身する、と聞いた。」
「ふむ。それも1つの方法じゃ。」
「1つ・・・?ということは、まだ方法があるのか?」
「ある。その前にどうしてワシがわざわざあやつらを会話から遠ざけたと思う?」
「え・・・?3人に聞かせたくなかった理由・・・?」
セリカは腕を組み考えた。
「咎人への変身条件があの3人にも当てはまる、かもしれない、ということか?」
「まぁ、及第点じゃな。」
「くだらないことを。どんな条件であろうと、シリアやジェシドに限ってそんなことはあり得ない。」
「100パーセントの根拠ある確証がない限り話せない、咎人への変身条件というのはそれほどに繊細な話じゃ。」
「・・・。」
「魔術師になる条件の話をしておったな。」
「盗み聞きか?趣味の悪い・・・。」
「ふぉっふぉっふぉ。ここはワシの領域。勝手に聞こえてくるのじゃ。」
「屁理屈だな。・・・魔術師になるには、相当難しいテストに合格しなければならないと聞いた。そして魔術師は英雄だと。」
「そう。魔術師は人々の憧れじゃ。しかしその道はとても険しい。魔術師になれなかった力ある者が目指す場所はどこにあると思う?」
「・・・まさか咎人への変身?そんな短絡的思考があるか!?」
「あるとも言えんし、無いとも言えん。」
「そんな・・・!」
「咎人の力はその辺の人間と比べたら桁外れの魔法力を持つ。センスや技量があれば魔術師に劣らぬ力も手に入るじゃろう。
なぜ自分が魔術師になれなかったのか。なぜ選ばれなかったのか。日々の努力は何だったのか。
理由はそれぞれあるじゃろうが、負の感情に呑み込まれる準備はいつだって身近に隠れておる。」
「そんな急に手の平を返す思考になるものなのか?」
「ならないように思考はできておる。モラルや常識としてな。
日々の修練や座学も己の精神をコントロールする為のものじゃ。特にお前さんの学園は、その辺のカリキュラムも充実しておると聞く。
しかしどこの学校にも属していない者なぞ、この世に多く存在しておる。貧困街もその1つじゃ。」
セリカは憎しみの目を向けるガロの姿を思い出した。
「誰もが平等で十分な教養を与えらえているわけではない。国、地域、環境でそれは大きな差があるのは確かじゃ。」
「なら余計に、シリアとジェシドには当てはまらない。2人にも共有すべきことではないのか?」
「教養があっても、日々の努力が大きければ大きいほど負の感情は色濃くなるのが早い。希望を抱く回数は失望する回数と同じじゃ。そして人は失望の感情にとても敏感な生き物。どこでどう転ぶか分からぬものを教えることは叡智の賢者のワシにはできぬのじゃ。」
「・・・なら、なぜ私には話すのだ?」
「お前さんにとっても良いと思ったからじゃ。」
「私にとっても・・・?どういうことだ?」
「話してないのじゃろ?お前さんが魔法を使えない理由を。」
「・・・!」
「なぜお前さんだけ残して咎人への変身条件を話すのか。それは、お前さんが咎人になれない確信があるからじゃ。」
セリカは服の下にある魔障痕を握りしめるように力を込めた。
「咎人は精霊に負の感情を植え付けて使役し、霊魔へと変える。魔法力の器が機能せず、精霊の力を使えないお前さんには霊魔を使役することは絶対できん。」
胸が痛い。それは魔障痕の痛みではなく、自分が抱いている劣等感を突き付けられているからだった。
「お前さんは水精霊を使役しているわけではないな。
先日は魔法力の器を使わず魔法が使えるように鍛えてもらったと言っておったが、鍛えるだけで精霊の使役無しに魔法が使えるはずはないのう。」
「・・・何でもお見通しか。」
「これでも叡智の賢者じゃからのう。」
ソフィアは自慢げに髭を撫でる。
「精霊の力無しで、そこまで水の力を使えるようになった人間をワシは見たことがない。相当の苦労と努力があったのであろう。しかし強大な精霊の力を模倣する唯一の方法がある。」
セリカはフッと鼻で小さく笑った。おっしょうと自分だけが共有していること・・・。それをこうも簡単に見破られるとは。。
「そうだ。私は精霊の匣だ。だから魔法が使える。」
「・・・馬鹿なことを。」
「そうか?私は感謝している。こうやって魔法が使えるのだから。」
「それはお前さん自身の魔法じゃない。匣に入っている師匠の水精霊じゃろう。」
「参ったな。そこまで分かるのか。」
「水精霊の気配が一緒じゃ。あの『暁の水蛇』とな。」
「ぷふっ・・・!」
セリカは思わずふきだした。
「なんじゃ?」
「いや、何度聞いてもダサイ異名だと思ってな。その呼び名で呼んだおっしょうの顔が見てみたい。」
「笑い事ではないぞ。匣になるとは――。」
「ソフィア。」
笑いを止めたセリカはソフィアを真正面から見つめた。すでに表情から笑みが消えている。
「いいんだ。自分で決めた。私はこの力で魔障痕をつけた霊魔を殺し母さんを見つける。その為なら何も怖くない。」
ソフィアは目を見開いた。目の前にいる少女は齢17,8の娘のはず。
しかしその表情はしっかりと芯が通った大人の顔だった。
「覚悟はしておるのじゃな。」
「ああ。」
セリカが力強く頷く。その姿にソフィアも口を噤んだ。
「分かった。ではワシからは何も言うまい。」
「ご配慮感謝する。」
「うむ。では話を元に戻そうかのう。」
「咎人への変身だったな。」
「そうじゃ。咎人への変身方法は今確認されている事象の3つじゃ。」
「まずは、資料や本にも載っている『4つのエレメントをもつ上級魔術師の魂を得ることで変身する』だな。」
「うむ。さっきも言ったがこれはワシも見たことが無い。ワシでさえ知らんような方法を一般論として認知させることで、咎人への変身を抑止する思惑もあるのじゃろう。」
「なるほどな。それほどに容易くない方法なんだな。2つ目は『自身の最も愛する者を殺めた人間が咎人へ変身する』だな。」
「昔はこの方法が1番多かった。力を手に入れたいあまりに家族や恋人を手にかける悲しい事件が後を絶たなかったのじゃ。」
「でもこの方法には疑問がある。」
「なんじゃ?」
「最も愛する者とは何が基準となるんだ?殺した相手が本当に愛する者なんて誰が判断する?」
「要はどれだけの決意で咎人になりたいか、という気持ちの強さじゃろう。」
「気持ちの強さ?」
「うむ。咎人のまま普通の生活は送れん。その生活を棄ててまで力を欲する決意の表れとして最も近しく愛する存在を抹殺することで力を得るのじゃとワシは思う。」
「根拠はないのか。」
「そうじゃのう。もしかしたら、殺めたいと思って殺めたわけでもなく、自身が今咎人になっていることさえ分からぬまま生きている存在だっておる可能性はある。」
「・・・。」
「そして最後の方法じゃ。ただこの方法は最近確認された事象と聞く。」
「ということは、科学の力が介入した方法ということか?」
「多分そうじゃろうな。霊魔を自在に操ることができんとこの方法はできんからな。」
「どんな方法なんだ。」
一瞬ソフィアが言いよどんだ。あまり感情を出さない彼にとってそれはとても珍しいことだとセリカは思った。
「なんだ?」
嫌な予感がする。セリカは直感した。
ソフィアが口を開く。
その時、急な突風にあおられた木々たちが大きくざわめいた。
「――――――――――――――――――――――――――――。」
「―――!!?」
「―――――――――――――――――――――――――――――。」
風がやむ。2人の間には、葉から本へ具現化された枯葉が数枚飛んで行った。
3つ目の咎人への変身の方法を聞いたセリカは全身が冷たくなるのを感じた。そして言葉の意味を冷静に受け止めようとする。
「・・・それは・・・確か・・・なのか?」
唇が震える。その方法から考えられる最悪な状況が頭の中で幾つもめぐった。
「確かじゃ。そしてこの方法こそ、現在の霊魔急増に繋がる理由なのじゃ。」
信じたくないと思う反面、理に適う方法として納得してしまう自分を叩きつけてやりたかった。
「そんなやり方・・・認めない・・・!」
「気持ちは分かる。非人道的で冷酷な方法じゃ。しかし、目の前にある現実に目を背けることは危険で愚かなことじゃ。」
「ソフィアはどうしてそんなに冷静になれる・・・?この方法が確かならば――!」
「分かっておる。だからこそ、お前さんたちに頼みたいことがあるのじゃ。」
「・・・頼みたいこと?」
そこに足音が重なって聞こえてきた。どうやらシリアたちが帰ってきたのだろう。
しばらくすると、3つの影が並んで見えてきた。
「感情を殺せ。悟らせるな。お前さんにとっては簡単なことじゃろう。」
「・・・言ってくれる。」
セリカは大きく息を吸い込んだ。そしてゆっくりと時間をかけて息を吐きだした。
「えぇ。その精霊は霊魔に変わり、使役することができると本にも書いてありますわ。」
「じゃあ、咎人は魔法も使えて霊魔も使役できるのか?」
「それは・・・。」
再び3人の視線はソフィアに集まった。
「ふぅむ。人間だった時に使えていた魔法は使えないはずじゃ。精霊に負の感情を植え付けた時点で、四元素の精霊との関係は破綻する。
純粋な精霊の力よりも、強力で邪な力を持つ霊魔を欲求する感情に抗えない。それが咎人の特性とも言えるのう。」
「そんなに『魔法』と『霊魔の使役』というのは違うのですか?」
「麻薬のようなものじゃ。咎人は無意識に自分が思っている以上の力を出すことができる。それは人間だった時に使えていた魔法の、4、5倍の力だとある学者が発表したそうじゃ。」
「4、5倍・・・!?」
「ふむ。人間だった時、魔術師になれなかった怒りや悔しさ、失敗の嫌悪や失墜、悲しみからの逃避で矛先が間違った方向へ向いた末路じゃろう。
使役した霊魔に負の力を注ぎ続ける快感は、正常な判断を損ね蝕んでゆく。そして人格さえも壊していった。」
「そんなに簡単に精霊を霊魔へ変えることができるんですか?」
「霊魔への原動力は負の感情じゃ。常にマイナスの感情を胸に抱く咎人にとって、決して難しいことではないじゃろうな。しかし、そこには大きな落とし穴もあった。」
「落とし穴、ですか?」
「うむ。負の感情があれば霊魔を使役できるが、感情までを掌握することができんかったのじゃ。」
「感情・・・?」
「霊魔は咎人の命令を聞かん。というより、感情のコントロールをすることができんのじゃ。」
「え・・・?」
「感情を失った霊魔は暴れ、喰い尽くした。その中に自分を生んだ咎人がいたことも分からぬほど、知性というものが欠如した存在だったのじゃ。」
「そんな・・・。」
「咎人は、自分の命さえ奪うかもしれない存在を作り出すことに躊躇した。しかし、魔法を失った咎人にとって、霊魔は己の自己肯定を映す大きな鏡。
そして負の欲求に溺れ苦しむ発散として、霊魔の使役は必要なことだった。
咎人は考えた。霊魔に殺されない方法を・・・。そして2つの方法を作り出したのじゃ。」
「2つ、ですか?」
「そうじゃ。1つは自身が霊魔より強くなること。そしてもう1つは、霊魔の感情をコントロールする技術を作り出すこと。」
「・・・!」
「先ほど言ったように、文明の進化は人間や魔術師だけではなく咎人にも大きな変革をもたらした。」
「科学の力によって霊魔を自在に操れるようになった・・・?」
「左様。咎人は凶悪な操り人形を手に入れたことで勢力を増していったのじゃ。」
「そんな・・・。」
「鎮痛剤、興奮剤、催淫剤など、感情をコントロールする科学の力がより一層咎人の負を明瞭にしていったのじゃろうな。
誰も止めようともしなかった負の連鎖が、現在の咎人と霊魔の姿を映しているといってもよかろう。」
「恐ろしいですわ・・・。」
「霊魔の感情の支配――それ以外にも咎人たちは新たな研究を進めていると聞く。だからそれに対抗すべく、魔術師や上級魔術師たちも進化しなければいけない。じゃないと――。」
「じゃないと?」
「世は咎人や霊魔によって滅ぼされるじゃろう。負の感情取り巻く最恐の世界へと変わるじゃろうな。」
短く息を吸い込んだシリアが両手を口に当てた。ジェシドの眼光も鋭くなっている。
「ソフィア様、咎人とは――。」
ジェシドが質問しようとした時だった。
古びた杖を持つソフィアの指がほんの僅かに動いたのだ。
タタタッと飛び出す影が伸びた時、クーランの膝に居たキヨ美さんが突然走り出す。
「え、キヨ美さん・・・!?」
すかさずその後を追うようにクーランも駆け出した。
「あ、クーランちゃん!」
シリアは立ち上がり2人の走る方向を見た。
「大丈夫、この場所に危険な存在は入ってこれん。召喚した式神が何かに反応したようじゃ。見てきてくれんかのう。」
「えっ・・・?あ、はいっ!」
「ふむ。一息つこうかのう。おぉ、そうじゃ。向こうにクルミの木がある。ちょうど、乾燥させたクルミが無くなりそうじゃからお前さん、採ってきてくれんか?」
杖でジェシドを指さす。
「僕ですか?」
「背が高い方がいいじゃろう。それに子供と小娘だけでは心配じゃろう。」
「確かに・・・。分かりました。クーランちゃんとクルミを採ってきます!」
「ふぉっふぉっふぉっふぉ。また干してクルミパイでも作ろうかのう。じゃあ任せたのう。」
「はいっ!」
ジェシドもシリアの後を追うように駆けていった。
残されたセリカは怪訝な顔でソフィアを見た。
「随分と大がかりな人払いだな。」
「ふぉっふぉっふぉっふぉ。やはりバレておったか。」
「さっき指でなにをした?」
「なあに、ワシの召喚獣を用意しただけじゃ。優秀な式神じゃて。」
「キヨ美さんを反応させる為にか?一体どいういうつもりだ。」
「あのままだと話の回避がちぃと面倒でのう。」
「・・・話?」
セリカは最後の会話を思い出す。
「咎人のことで2人、いや、クーランを含めて3人に聞かれたなくない内容があるってことか。」
「話が早くて助かるのう。」
「なぜ私だけを残した?」
「お前さんは知っておるのじゃろ?咎人の変身の仕方を。しかも、さっき小娘が言っていた資料には載っていない方法を。」
「なぜそれを?!」
「お前さんの師が間違った知識を教えるはずがないからのう。」
「おっしょうが?」
「ふむ。それに小娘が咎人の変身条件を言った時、お前さんが驚いた反応をしとったからな。ピンときただけじゃ。因みに、どう聞いておる?」
「咎人への変身・・・。私は、自身の最も愛する者を殺めた人間が咎人へ変身する、と聞いた。」
「ふむ。それも1つの方法じゃ。」
「1つ・・・?ということは、まだ方法があるのか?」
「ある。その前にどうしてワシがわざわざあやつらを会話から遠ざけたと思う?」
「え・・・?3人に聞かせたくなかった理由・・・?」
セリカは腕を組み考えた。
「咎人への変身条件があの3人にも当てはまる、かもしれない、ということか?」
「まぁ、及第点じゃな。」
「くだらないことを。どんな条件であろうと、シリアやジェシドに限ってそんなことはあり得ない。」
「100パーセントの根拠ある確証がない限り話せない、咎人への変身条件というのはそれほどに繊細な話じゃ。」
「・・・。」
「魔術師になる条件の話をしておったな。」
「盗み聞きか?趣味の悪い・・・。」
「ふぉっふぉっふぉ。ここはワシの領域。勝手に聞こえてくるのじゃ。」
「屁理屈だな。・・・魔術師になるには、相当難しいテストに合格しなければならないと聞いた。そして魔術師は英雄だと。」
「そう。魔術師は人々の憧れじゃ。しかしその道はとても険しい。魔術師になれなかった力ある者が目指す場所はどこにあると思う?」
「・・・まさか咎人への変身?そんな短絡的思考があるか!?」
「あるとも言えんし、無いとも言えん。」
「そんな・・・!」
「咎人の力はその辺の人間と比べたら桁外れの魔法力を持つ。センスや技量があれば魔術師に劣らぬ力も手に入るじゃろう。
なぜ自分が魔術師になれなかったのか。なぜ選ばれなかったのか。日々の努力は何だったのか。
理由はそれぞれあるじゃろうが、負の感情に呑み込まれる準備はいつだって身近に隠れておる。」
「そんな急に手の平を返す思考になるものなのか?」
「ならないように思考はできておる。モラルや常識としてな。
日々の修練や座学も己の精神をコントロールする為のものじゃ。特にお前さんの学園は、その辺のカリキュラムも充実しておると聞く。
しかしどこの学校にも属していない者なぞ、この世に多く存在しておる。貧困街もその1つじゃ。」
セリカは憎しみの目を向けるガロの姿を思い出した。
「誰もが平等で十分な教養を与えらえているわけではない。国、地域、環境でそれは大きな差があるのは確かじゃ。」
「なら余計に、シリアとジェシドには当てはまらない。2人にも共有すべきことではないのか?」
「教養があっても、日々の努力が大きければ大きいほど負の感情は色濃くなるのが早い。希望を抱く回数は失望する回数と同じじゃ。そして人は失望の感情にとても敏感な生き物。どこでどう転ぶか分からぬものを教えることは叡智の賢者のワシにはできぬのじゃ。」
「・・・なら、なぜ私には話すのだ?」
「お前さんにとっても良いと思ったからじゃ。」
「私にとっても・・・?どういうことだ?」
「話してないのじゃろ?お前さんが魔法を使えない理由を。」
「・・・!」
「なぜお前さんだけ残して咎人への変身条件を話すのか。それは、お前さんが咎人になれない確信があるからじゃ。」
セリカは服の下にある魔障痕を握りしめるように力を込めた。
「咎人は精霊に負の感情を植え付けて使役し、霊魔へと変える。魔法力の器が機能せず、精霊の力を使えないお前さんには霊魔を使役することは絶対できん。」
胸が痛い。それは魔障痕の痛みではなく、自分が抱いている劣等感を突き付けられているからだった。
「お前さんは水精霊を使役しているわけではないな。
先日は魔法力の器を使わず魔法が使えるように鍛えてもらったと言っておったが、鍛えるだけで精霊の使役無しに魔法が使えるはずはないのう。」
「・・・何でもお見通しか。」
「これでも叡智の賢者じゃからのう。」
ソフィアは自慢げに髭を撫でる。
「精霊の力無しで、そこまで水の力を使えるようになった人間をワシは見たことがない。相当の苦労と努力があったのであろう。しかし強大な精霊の力を模倣する唯一の方法がある。」
セリカはフッと鼻で小さく笑った。おっしょうと自分だけが共有していること・・・。それをこうも簡単に見破られるとは。。
「そうだ。私は精霊の匣だ。だから魔法が使える。」
「・・・馬鹿なことを。」
「そうか?私は感謝している。こうやって魔法が使えるのだから。」
「それはお前さん自身の魔法じゃない。匣に入っている師匠の水精霊じゃろう。」
「参ったな。そこまで分かるのか。」
「水精霊の気配が一緒じゃ。あの『暁の水蛇』とな。」
「ぷふっ・・・!」
セリカは思わずふきだした。
「なんじゃ?」
「いや、何度聞いてもダサイ異名だと思ってな。その呼び名で呼んだおっしょうの顔が見てみたい。」
「笑い事ではないぞ。匣になるとは――。」
「ソフィア。」
笑いを止めたセリカはソフィアを真正面から見つめた。すでに表情から笑みが消えている。
「いいんだ。自分で決めた。私はこの力で魔障痕をつけた霊魔を殺し母さんを見つける。その為なら何も怖くない。」
ソフィアは目を見開いた。目の前にいる少女は齢17,8の娘のはず。
しかしその表情はしっかりと芯が通った大人の顔だった。
「覚悟はしておるのじゃな。」
「ああ。」
セリカが力強く頷く。その姿にソフィアも口を噤んだ。
「分かった。ではワシからは何も言うまい。」
「ご配慮感謝する。」
「うむ。では話を元に戻そうかのう。」
「咎人への変身だったな。」
「そうじゃ。咎人への変身方法は今確認されている事象の3つじゃ。」
「まずは、資料や本にも載っている『4つのエレメントをもつ上級魔術師の魂を得ることで変身する』だな。」
「うむ。さっきも言ったがこれはワシも見たことが無い。ワシでさえ知らんような方法を一般論として認知させることで、咎人への変身を抑止する思惑もあるのじゃろう。」
「なるほどな。それほどに容易くない方法なんだな。2つ目は『自身の最も愛する者を殺めた人間が咎人へ変身する』だな。」
「昔はこの方法が1番多かった。力を手に入れたいあまりに家族や恋人を手にかける悲しい事件が後を絶たなかったのじゃ。」
「でもこの方法には疑問がある。」
「なんじゃ?」
「最も愛する者とは何が基準となるんだ?殺した相手が本当に愛する者なんて誰が判断する?」
「要はどれだけの決意で咎人になりたいか、という気持ちの強さじゃろう。」
「気持ちの強さ?」
「うむ。咎人のまま普通の生活は送れん。その生活を棄ててまで力を欲する決意の表れとして最も近しく愛する存在を抹殺することで力を得るのじゃとワシは思う。」
「根拠はないのか。」
「そうじゃのう。もしかしたら、殺めたいと思って殺めたわけでもなく、自身が今咎人になっていることさえ分からぬまま生きている存在だっておる可能性はある。」
「・・・。」
「そして最後の方法じゃ。ただこの方法は最近確認された事象と聞く。」
「ということは、科学の力が介入した方法ということか?」
「多分そうじゃろうな。霊魔を自在に操ることができんとこの方法はできんからな。」
「どんな方法なんだ。」
一瞬ソフィアが言いよどんだ。あまり感情を出さない彼にとってそれはとても珍しいことだとセリカは思った。
「なんだ?」
嫌な予感がする。セリカは直感した。
ソフィアが口を開く。
その時、急な突風にあおられた木々たちが大きくざわめいた。
「――――――――――――――――――――――――――――。」
「―――!!?」
「―――――――――――――――――――――――――――――。」
風がやむ。2人の間には、葉から本へ具現化された枯葉が数枚飛んで行った。
3つ目の咎人への変身の方法を聞いたセリカは全身が冷たくなるのを感じた。そして言葉の意味を冷静に受け止めようとする。
「・・・それは・・・確か・・・なのか?」
唇が震える。その方法から考えられる最悪な状況が頭の中で幾つもめぐった。
「確かじゃ。そしてこの方法こそ、現在の霊魔急増に繋がる理由なのじゃ。」
信じたくないと思う反面、理に適う方法として納得してしまう自分を叩きつけてやりたかった。
「そんなやり方・・・認めない・・・!」
「気持ちは分かる。非人道的で冷酷な方法じゃ。しかし、目の前にある現実に目を背けることは危険で愚かなことじゃ。」
「ソフィアはどうしてそんなに冷静になれる・・・?この方法が確かならば――!」
「分かっておる。だからこそ、お前さんたちに頼みたいことがあるのじゃ。」
「・・・頼みたいこと?」
そこに足音が重なって聞こえてきた。どうやらシリアたちが帰ってきたのだろう。
しばらくすると、3つの影が並んで見えてきた。
「感情を殺せ。悟らせるな。お前さんにとっては簡単なことじゃろう。」
「・・・言ってくれる。」
セリカは大きく息を吸い込んだ。そしてゆっくりと時間をかけて息を吐きだした。
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