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第2章2部
仮想現実
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「これより正式な手続きに則り、決闘を行う。名前を呼ばれたら返事をしなさい。ヨジン・アーセフォン。」
「はい。」
「セリカ・アーツベルク。」
「はい。」
「審判者は私、ノジェグル・イーツアルザが務める。
勝負の勝敗は片方が戦闘不能、もしくは降参した時と限る。よろしいか。」
2人は同時に頷いた。
「では。」
ノジェグルは壁にある突起を押した。すると埋められたパネルが現れそこに手を当て自身のエレメントを流しこんだ。
ノジェグルが注いだエレメントに反応するように低い機械音と共に四方の特殊メタルが眩い光りを反射しはじめる。
「キャ。」
その光に驚いたシリアが瞼を閉じ小さく声をあげた。熱を感じない強烈な光を手で遮ると、鼻と耳が敏感になっていくのを感じる。
ピューと風の吹く音と、湿った土の匂いがする。シリアは瞼の奥に残る白い残像が落ち着くのを待って、ゆっくりと瞼を開いた。
「あわっ!?」
シリアは思わず声を上げた。そこはさっきまで居た無機質な部屋と様変わりしていたからだ。
「・・・崖と海・・・?」
今まで屋内に居たはず。しかし、今シリアたちが居る場所は屋外に違いなく、さらに断崖絶壁の崖とその崖に激しく波をぶつけて砕けていく荒々しい海が目の前に広がっていた。
「こ、これは・・・?ここは?ジェシドさん・・・?」
軽い混乱に陥るシリアの隣から冷静な声が聞こえてきた。
「落ち着いてシリア君。僕はここにいるよ。」
隣には先ほどと同じ距離で同じ姿のままのジェシドがいる。しかし座っている場所は、スタンドではなく無骨に転がっている大きな石の上に変わっていた。
「ここはVRの世界だよ。」
「VR・・・?」
「Virtual Reality(ヴァーチャルリアリティ)の略で仮想現実という意味だ。あの演習室を構築していた特殊メタルにエレメントを注ぎ込むと、演習場そのものをVRの世界に変えることができるんだよ。」
「まぁ、そんなことが・・・!」
「僕たちの体はあの演習室のスタンドに座ったままの状態だけど、特殊なエレメント波状が視覚と脳に作用してこの光景を映し出しているんだ。錯覚といえばそうだけど・・・この岩を叩いてごらん。」
そう言うと、ジェシドは自分が座っている岩を拳で軽く叩いてみた。
シリアも見たままに真似をしてみる。質感といい、拳に伝わる振動といい、本物と違いない感触に驚愕する。
「VRは見たままの情報を体感できるものだ。実際に演習室にいる僕らの体には影響はない。だけど、この施設は特殊な造りになっていてね。」
そう言うと自分の周りにあった細い木の枝を手に取り、勢いよく自分の腕を突き刺した。
「えっ!」
シリアは思わず声を出す。突き刺したジェシドの腕から突き傷による血が滲みだした。
「ジェシドさん、大丈夫ですか!?何てことを・・・!!」
「大丈夫。力も緩めたし、とても細い枝だったから全然大したことないよ。
話を元に戻すね。VRの世界で起きた傷は実際には自分の体に影響しない。でもここの空間で起きた傷や痛みは現実世界に反映し影響するんだ。」
「・・・ということは、この傷は現実世界のジェシドのさんの傷になっているってことですか?」
ジェシドは頷く。
「そんなの・・・!」
シリアは憤怒した。
「そんなの、口で仰ってくださいな!わざわざ自分を傷つけて見せてもらわなくても結構です!」
シリアの剣幕にジェシドは目を丸くする。そして自分のケガを心配してくれ怒っていると思うと、心が温かくなるのを感じた。
「ごめんごめん。そうだね、シリア君は聡いから見せなくても分かるよね。ちょっと自暴自棄になっているのかもしれない・・・。」
「自暴自棄、ですか?」
ジェシドは血が滲む腕をかるく押さえた。
「僕はこんな軽い傷で済むけど、セリカ君は・・・。」
岩から数十メートル先に、向かい合っているヨジンとセリカが見える。
2人は岩壁に囲まれた高い崖の上にいた。
「エレメントに反応したこのVRの世界で起きたケガは、現実世界の彼女の体にも影響を及ぼす。大きなケガはそのまま彼女の体を傷つけるんだ。そんな恐ろしい世界を彼女1人だけに任せてしまった・・・。代わりに僕が戦えればどれだけよかったか・・・。」
ジェシドは両手をギュッと握り、悔しそうな顔をする。
「しかも、この場所は彼のエレメントに都合のいい環境だ。まさかこんな場所なんて運が悪い・・・。」
「場所の指定とかはできるんですか?」
「あぁ、自分のエレメントを活かしたい環境とかあるからね。最初に、ノジェグル先生が壁のパネルにエレメントを注ぎこんだ――」
中途半端に途切れたジェシドの言葉を不審に思ったシリアは覗き込む。
そこには眉をひそめたジェシドが何かブツブツと口を動かしていた。
「まさか、2人が・・・いや、そんな、それは・・・」
「ジェシドさん?ジェシドさんってば!!」
シリアは思いきりジェシドの肩を揺らす。ハッとしたジェシドはシリアと視線を合わせた。
「何ですか?1人で悩まず言ってください!」
「ごめん。僕の考えすぎだよね。ノジェグル先生が壁のパネルに自分のエレメントを注ぎ込んだだろう?あれは注ぎ込んだ本人のイメージをエレメントを介して構築できるものなんだ。だからこのVRの世界はノジェグル先生が2人の決闘の為にイメージした場所ってことだ。」
「考えすぎとは?」
「・・・もしかしたらヨジンのエレメントに利があるような場所をわざとイメージしたのかなって思っちゃったんだ。でもここは公正な場だ。そんなことはあり得ないよね。」
試合前に寄越したノジェグルの嘲笑が頭をよぎる。ジェシドはもう1度頭を2,3度振った。
「もし、そうだとしても・・・。」
2人の間に強い風が吹く。凛としたシリアの声はその風に柔らかく乗った。
「そうだとしても、セリカは負けませんわ。絶対に。」
見つめる先はセリカたちが居る場所だ。自信を持った声音だが、両手を握る指は力が入りすぎて白くなっている。
「そうだね。大丈夫だよ。」
シリアの健気な姿にジェシドは力強い声を出した。
「はい。」
「セリカ・アーツベルク。」
「はい。」
「審判者は私、ノジェグル・イーツアルザが務める。
勝負の勝敗は片方が戦闘不能、もしくは降参した時と限る。よろしいか。」
2人は同時に頷いた。
「では。」
ノジェグルは壁にある突起を押した。すると埋められたパネルが現れそこに手を当て自身のエレメントを流しこんだ。
ノジェグルが注いだエレメントに反応するように低い機械音と共に四方の特殊メタルが眩い光りを反射しはじめる。
「キャ。」
その光に驚いたシリアが瞼を閉じ小さく声をあげた。熱を感じない強烈な光を手で遮ると、鼻と耳が敏感になっていくのを感じる。
ピューと風の吹く音と、湿った土の匂いがする。シリアは瞼の奥に残る白い残像が落ち着くのを待って、ゆっくりと瞼を開いた。
「あわっ!?」
シリアは思わず声を上げた。そこはさっきまで居た無機質な部屋と様変わりしていたからだ。
「・・・崖と海・・・?」
今まで屋内に居たはず。しかし、今シリアたちが居る場所は屋外に違いなく、さらに断崖絶壁の崖とその崖に激しく波をぶつけて砕けていく荒々しい海が目の前に広がっていた。
「こ、これは・・・?ここは?ジェシドさん・・・?」
軽い混乱に陥るシリアの隣から冷静な声が聞こえてきた。
「落ち着いてシリア君。僕はここにいるよ。」
隣には先ほどと同じ距離で同じ姿のままのジェシドがいる。しかし座っている場所は、スタンドではなく無骨に転がっている大きな石の上に変わっていた。
「ここはVRの世界だよ。」
「VR・・・?」
「Virtual Reality(ヴァーチャルリアリティ)の略で仮想現実という意味だ。あの演習室を構築していた特殊メタルにエレメントを注ぎ込むと、演習場そのものをVRの世界に変えることができるんだよ。」
「まぁ、そんなことが・・・!」
「僕たちの体はあの演習室のスタンドに座ったままの状態だけど、特殊なエレメント波状が視覚と脳に作用してこの光景を映し出しているんだ。錯覚といえばそうだけど・・・この岩を叩いてごらん。」
そう言うと、ジェシドは自分が座っている岩を拳で軽く叩いてみた。
シリアも見たままに真似をしてみる。質感といい、拳に伝わる振動といい、本物と違いない感触に驚愕する。
「VRは見たままの情報を体感できるものだ。実際に演習室にいる僕らの体には影響はない。だけど、この施設は特殊な造りになっていてね。」
そう言うと自分の周りにあった細い木の枝を手に取り、勢いよく自分の腕を突き刺した。
「えっ!」
シリアは思わず声を出す。突き刺したジェシドの腕から突き傷による血が滲みだした。
「ジェシドさん、大丈夫ですか!?何てことを・・・!!」
「大丈夫。力も緩めたし、とても細い枝だったから全然大したことないよ。
話を元に戻すね。VRの世界で起きた傷は実際には自分の体に影響しない。でもここの空間で起きた傷や痛みは現実世界に反映し影響するんだ。」
「・・・ということは、この傷は現実世界のジェシドのさんの傷になっているってことですか?」
ジェシドは頷く。
「そんなの・・・!」
シリアは憤怒した。
「そんなの、口で仰ってくださいな!わざわざ自分を傷つけて見せてもらわなくても結構です!」
シリアの剣幕にジェシドは目を丸くする。そして自分のケガを心配してくれ怒っていると思うと、心が温かくなるのを感じた。
「ごめんごめん。そうだね、シリア君は聡いから見せなくても分かるよね。ちょっと自暴自棄になっているのかもしれない・・・。」
「自暴自棄、ですか?」
ジェシドは血が滲む腕をかるく押さえた。
「僕はこんな軽い傷で済むけど、セリカ君は・・・。」
岩から数十メートル先に、向かい合っているヨジンとセリカが見える。
2人は岩壁に囲まれた高い崖の上にいた。
「エレメントに反応したこのVRの世界で起きたケガは、現実世界の彼女の体にも影響を及ぼす。大きなケガはそのまま彼女の体を傷つけるんだ。そんな恐ろしい世界を彼女1人だけに任せてしまった・・・。代わりに僕が戦えればどれだけよかったか・・・。」
ジェシドは両手をギュッと握り、悔しそうな顔をする。
「しかも、この場所は彼のエレメントに都合のいい環境だ。まさかこんな場所なんて運が悪い・・・。」
「場所の指定とかはできるんですか?」
「あぁ、自分のエレメントを活かしたい環境とかあるからね。最初に、ノジェグル先生が壁のパネルにエレメントを注ぎこんだ――」
中途半端に途切れたジェシドの言葉を不審に思ったシリアは覗き込む。
そこには眉をひそめたジェシドが何かブツブツと口を動かしていた。
「まさか、2人が・・・いや、そんな、それは・・・」
「ジェシドさん?ジェシドさんってば!!」
シリアは思いきりジェシドの肩を揺らす。ハッとしたジェシドはシリアと視線を合わせた。
「何ですか?1人で悩まず言ってください!」
「ごめん。僕の考えすぎだよね。ノジェグル先生が壁のパネルに自分のエレメントを注ぎ込んだだろう?あれは注ぎ込んだ本人のイメージをエレメントを介して構築できるものなんだ。だからこのVRの世界はノジェグル先生が2人の決闘の為にイメージした場所ってことだ。」
「考えすぎとは?」
「・・・もしかしたらヨジンのエレメントに利があるような場所をわざとイメージしたのかなって思っちゃったんだ。でもここは公正な場だ。そんなことはあり得ないよね。」
試合前に寄越したノジェグルの嘲笑が頭をよぎる。ジェシドはもう1度頭を2,3度振った。
「もし、そうだとしても・・・。」
2人の間に強い風が吹く。凛としたシリアの声はその風に柔らかく乗った。
「そうだとしても、セリカは負けませんわ。絶対に。」
見つめる先はセリカたちが居る場所だ。自信を持った声音だが、両手を握る指は力が入りすぎて白くなっている。
「そうだね。大丈夫だよ。」
シリアの健気な姿にジェシドは力強い声を出した。
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