エレメント ウィザード

あさぎ

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第2章

砕かれた努力

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 「ジェシドもテストの追試者なのか?」
 「え?」
 「いや、こんなにたくさんの文献で勉強しているから、私と同じ追試対策の為なのかと思ったんだ。」

 確かにジェシドの前には図書室で借りた大量の本が積み重なっている。

 セリカとジェシドは図書室を出て自習室というフリースペースに移動していた。
 陽が差し、解放感のある広い空間の真ん中に大きな木が聳え立っている。そこには自由に置かれているが、決して煩雑ではなく並んだ机とイスがあり、自動販売機も何台も常設してあった。控えめな観葉植物たちが小さく葉を震わせている。
 様々な用途に合わせた多目的スペースには、たくさんの生徒がそれぞれの時間を過ごしていた。
 ここなら声をひそめることもないだろう。セリカとジェシドは机に向かい合って座っている。

 「ううん。僕はこれでも修練ラッククラスでは成績はいい方なんだ。」
 「そうなのか。それはすまない。とんだ勘違いを・・・。」
 「いや、いいんだ。テストは努力すれば結果が返ってくる。努力しかできない僕にはポイントを得る最良の手段だ。」

 しかし、俯いたジェシドの表情は浮かなかった。

 「僕はこの学園に高等部から入ったんだ。この学園に憧れている人がいてね・・・。
 戦いはできないし、ケガや血が苦手だから創造クリエイトクラスに入学したんだ。
 合格した時は舞い上がったよ。この学園の魔術師ウィザード育成への教養や施設環境はトップクラスと有名だからね。興味ある研究をここで学べることに希望で満ち溢れていたよ。」

 セリカはペンを置きジェシドを見つめる。

 「でも入学してすぐに自分と周りのレベルの差に圧倒されたんだ。創造クリエイトクラスは発想と創造がすべてだ。自分が作ったアイテムや研究がどれだけ役に立つか、魔術師ウィザードとして貢献できるかを競い合うんだ。
 定期的に行われる研究発表で、他の人の着眼点や発想に驚愕したよ。」

 ジェシドは持っているペンを指で器用に回し始めた。

 「もちろん、僕なりに頑張ったつもりだ。勉強だって手を抜かなかった。でも・・・。質が違うんだ。高校から入った僕と、初等部や中等部からここにいる学生では身についている知識の質が。
 彼らにとって『当たり前』は僕にとっては『未知』だった。その差に焦り、必死にしがみついても、彼らはそれを超えるスピードで追い越して行ってしまう。・・・気が付いたら僕は修練ラッククラスにいたんだ。」
 「ジェシドの興味ある研究とは何なのだ?」
 「僕はエレメントの遺伝子研究に興味があってこの学園に入学したんだ。単純な遺伝子研究ではなくて、エレメント遺伝子についてはまだまだ分かっていないことが多いだろう?」
 「エレメント遺伝子?」
 「あぁ。例えば、セリカ君のエレメントは何だい?」
 「・・・。」
 「セリカ君?」
 「・・・水だ。」
 「水?水精霊ウンディーネのことでしょ?」

 セリカは曖昧に頷く。

 「僕は土精霊ノームだ。このエレメントはどうやって決まると思う?」
 「両親と同じエレメントになることが多いと聞いた。」
 「そう。血液型のように両親や祖父母の遺伝子を継いだエレメントを持つことが多いとされている。でも、それが絶対というわけではないんだ。」
 「両親とは違うエレメントを持つ人だっているってことか?」
 「うん。もちろんそんな人もいる。僕はずっと疑問だった。何で僕のエレメントは土精霊ノームなんだろうって。僕の両親はどちらも土精霊ノームだからってこともあるだろうけど、本当にそれだけの理由なんだろうかって思っていた。」
 「・・・。」
 「エレメントの発現に疑問を持たないことが疑問だったんだ。親も自分の持っているエレメントがこれだから、自分の子供もきっとそうだろうと決めつけている節がある。そうではないかもしれない、という可能性について考える人がとても少ないことに興味を覚えたんだ。」
 「なるほど。面白い視点だと思う。」
 「だろう!」

 顔を上げたジェシドは笑っている。しかしその笑顔がまた少しずつ曇っていった。

 「でも、エレメント遺伝子というのはまだまだ分からないことだらけで文献も少ない。これといった決定打に欠けるものばかりで立証も難しい。興味がある分野だったけど、これほど分厚い壁だとは思わなかったよ。」
 「ジェシドは創造クリエイトクラスでどんなものを開発してきたんだ?」
 「下らない物ばかりだよ。」
 「そんな言い方をするな。ぜひ見せてほしい。」

 セリカの熱意にジェシドは自分のカバンを引き寄せた。そしてカバンの中からアイテムを数点取り出した。

 「このメガネは?」

 その中からセリカはメガネを手に取った。

 「かけてごらん。・・・えっと、確かお昼に食べようと思っていたのが・・・。」

 ジェシドがカバンを探っている間にセリカはメガネをかけてみた。特に視界に変化は見られない。

 「あったあった。はい、そのメガネでこれを見て。」

 ジェシドが取り出したのは小ぶりのリンゴだった。
 ジェシドに言われたとおり、メガネをかけたセリカはそのリンゴを手にとり見つめた。

 「おぉ!リンゴの中身が透けて見えるぞ。ん?リンゴの中に赤い色をした粒が・・・2つ見える・・・。でも同じ色ではないな。1つは薄い赤色で、もう1つは濃い赤をしている・・・。ジェシド、これは何だ?」
 「それはこのリンゴに入っている種さ。色は種の質を表している。
 濃い色の種は、ちゃんとした環境で育てれば立派な木になる可能性がある種だ。薄い方は発芽しても、そこまで大きくならないだろうね。
 植物・果物・野菜・・・これらの種の数と質を、中身を開けなくても見ることができるのがこのメガネだ。実際に、色の異なる種を育てた研究レポートもあるよ。このアイテムの信用度は9割を超えている。」
 「すごいじゃないか!これがあれば、効率的に植物を育てることができる。」

 ジェシドは苦笑いをする。

 「うん。でもメガネをかけてこれを見てみて。」

 ジェシドは1冊の図鑑から植物のページを出し、その中にあるリンゴの絵を指さした。セリカは言われたとおりその絵を覗いてみる。

 「何も映らないな。」
 「そう。写真や絵ではこのメガネは役に立たない。実際に目の前にあるものしか透視できないんだ。」

 セリカはメガネを外し、机の上に置いた。

 「それにそのメガネが種を映し出せる距離はせいぜい1メートルぐらい。範囲を超えてしまえばただの伊達メガネさ。あとは、このアイテムとか・・・。」

 ジェシドが次に取り出したのは医者が使う聴診器だった。

 「これは?」
 「これは妊婦さんのお腹にいる赤ちゃんの性別を音で教えてくれるアイテムだよ。
  子供の性別は受精した瞬間の遺伝子染色体の組み合わせによって決まっている。でも医師や両親が実際に性別を知るのは、妊娠20週目からの超音波検査などで判明することが多いんだ。」
 「ほう。」
 「でも、この聴診器を使えば妊娠20週目以前でも性別を知ることができる。研究レポートでは最短で妊娠4週目の妊婦さんの子供の性別を知ることができたんだ。」
 「4週目!すごいな!どうやって識別しているんだ?」
 「この聴診器に特別なセンサーを搭載している。それはまだ細胞である未完全な生物ゆえの、微弱な男女の反応の違いを認識できるものだ。」
 「そんな繊細な反応を聞き分けることができるのか!」
 「うん。現代科学は進歩している。出生前診断や血液検査の精度は確実に高くなっているしね。だから、このアイテムの需要に僕も期待したんだ。」
 「性別がすぐに知りたいという人もいるだろう。すごい発明だ!」

 セリカは腕を組みながら何度も頷く。そんなセリカを見たジェシドは少し泣きそうな顔になった。

 「でも・・・。」
 「でも?」
 「研究発表で一蹴されたよ。『お前はこの学園になにを勉強しにきているんだ。』ってね。」
 「何でだ?」
 「確かに遺伝子工学だったらこの発明は高く評価されただろう。でも『このアイテムはエレメント遺伝子について全く触れていないではないか』、ってね。」
 「・・・。」
 「確かにそうだ。このアイテムたちでは個が持っているエレメントを調べることはできない。」
 「例えば、この聴診器を改良して生まれてくる赤ちゃんの性別とエレメントを知ることはできないのか?」
 「もちろんやってみたさ。でも・・・。」

 ジェシドは首を弱く横に振った。

 「聴診器を改良して分かったことは、エレメントは性別とは違って受精時には決まらないってこと。両親のエレメント遺伝子を完全に引き継がないってことぐらいかな。」
 「でも、それが分かっただけでもスゴイことじゃないのか?」
 「ううん。それぐらい既に解明されていることだ。ただ実証例を増やしただけって言われたよ。」
 「もしかして、その評価をしたのはさっきの教師か?」

 ジェシドは弱弱しく笑った。

 「ノジェグル先生からは厳しい評価ばかりで・・・。研究発表にはいつも参加されるんだけど叱責されてばかりなんだ。終いには・・・。」
 「ジェシドを修練ラッククラスにしたのはあの教師ってことか。」
 「ガラクタばかり作ってる奴は修練ラッククラスからやり直せって、転科させられたよ。」
 「横暴だ。」
 「他の先生方もそう言ってくれた。でも、主任には逆らえないよね。」
 「・・・。」
 「せっかく入った憧れの学園だから、修練ラッククラスに入ったとしても頑張ろうって。良い経験ができる時間だと思おうって・・・。
 確かに創造クリエイトクラスに戻る為には2倍のポイントが必要だけど、それも努力で何とかできるって、そう思っていたんだけど・・・。
 いつからか、ノジェグル先生を見るだけで体が萎縮してしまって言葉を発せなくなってしまったんだ。」
 「それは精神的に追い込まれている証拠じゃないか。彼のやり方は間違っている。」
 「力なき者に学ぶ資格はない。この学園はそういう世界なのさ・・・。」

 ジェシドは軽く鼻をすすり、寂し気に笑った。
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