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第2章
不気味な足音
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「いい男の憂うため息なんて、また人気が出ちゃうよー。」
声の先には壁に体を預けこちらを見ている人物がいる。
「そんないいものじゃありませんよ。それよりどうしたのですか、こんな所で。ソン・シャノハ博士。」
ミトラの前に現れたシャノハは、ボサボサの髪を輪ゴムで1つに結い皺だらけの白衣を着ている。
細い目に無精ひげをたくわえた姿は、この学園の機密情報システムを一括で管理している人には到底見えない。
「いやぁ、散歩ですよ。最近までずっと籠りっぱなしだったもんで。体が鈍っちゃって。」
シャノハはその場で軽く足踏みをしてみせた。足元を見れば、片方ずつ違うスリッパを履いている。
「生徒会メンバーから聞きました。森で咎人の魔法を無効化したのは博士のおかげなのでしょう?それで、危ない局面を切り抜けられたと感謝もしていました。僕からもお礼を言わせてください。ありがとうございました。」
ミトラはシャノハに向かって頭を下げた。
「やだなぁ、止めてくださいよ、ミトラ会長。そんな難しいことはしてないですよ。対象が森全体だったおかげで、範囲の細分化作業もなく単純な無効化の構築しかしてないんですよ、実は・・・。」
頭を掻きながらこともなげに言っているが、機械や人間が作り出した道具を悉く拒否するあのTwilight forest全体をエレメント無効化とし、さらに新入生に挿した桜の造花を媒介にしてエレメントの流入口を作る考えは見事としか言いようがない。
「疑問なのですが・・・。なぜ、造花を媒介に考えたのですが?実践クラスの生徒が造花を所持していたことも偶然としか思えないのですが。」
シャノハは一瞬考えこむ仕草をした。しかしその仕草はフリだとミトラは知っている。
「うちの姫が作った機械があの森の至る所に配置されてあったんですよ。エレメントロガーっていってね。まぁ、性能や結果はもう報告書で見たと思いますけど。
その機械が映した映像にあの造花を挿しているお嬢さんを見つけてね。利用させてもらっちゃいました。」
ニンマリと笑うシャノハの顔からは本心が見えない。
「あの造花にはあらかじめ媒介になるための性能を付けていたのでは?」
「まさかー。完全に偶然ですよ。そもそもあの造花は外部から発注したものだったでしょう?こちらが細工する時間なんてありません。」
顔の前で手を左右に振って見せるシャノハの顔には常に笑顔が保たれていた。
(あの造花を発注したのは生徒会ではない。エレメントを発生させるプロセスを経ていない造花にどうやって・・・?)
「でも・・・」
「それより、よく検体を手に入れられましたね。うちの姫が大変喜んでいましたよ。」
疑問を口にしようとしたミトラを遮るようにシャノハは口を開いた。
「氷漬けになっていた爪だった為に状態も良かった。今まで見たことのない検体に大はしゃぎでした。おかげで2日間部屋から出てきませんでしたがね。」
「今レイアさんは?」
「寝ています。大量の糖分を摂取して体を丸めてね。」
ミトラの脳裏にはやわらかな布団の上で気持ちよさそうに寝ているネコの様子が浮かんだ。
「どうやって検体を手に入れたのか、ぜひ生徒会の武勇伝をお聞かせ願いたいものですね。」
「そうですね。機会があればぜひ・・・。」
シャノハはその場で足を組み替える。
「それと・・・」
「?」
「『Element of Eternal』。多重使役に必要な言霊だ。」
「ええ、生徒会メンバーの努力と訓練の賜物です。」
「うんうん、素晴らしい。さすが生徒会だ。ただ・・・多重使役のリスクを知った上での使用でしょうか?」
「・・・。」
「多重使役は強力な魔法を使える代わりに、それ以上の代償を払わなければならない。魔法力と体力の枯渇は勿論、四大精霊とそれ以外の精霊たちの仲が良くないことで起きる争闘の作用とか・・・。」
「・・・。」
「その作用は己のエレメントを貯める器を破損させる危険性もはらんでいる。そう、人間がエレメントを2つ持つことができないようにね・・・。
仲間を大事にするあなたが、メンバーにそれを許可したとは思えない。忠誠心故の行動か、それとも・・・。」
シャノハの細い目に薄く眼光が光った。
「少なくとも・・・あまり多用することは避けるべきかと。」
「気遣いありがとうございます。使用したメンバーには優れた医療班を派遣して身体のフォローをさせていますのでご安心を。勿論、ご忠告も伝えておきます。すいません、そろそろ・・・。」
「あぁ、引き止めてすいませんでした。これから会議でしたね。元老院の方たちの話は退屈でしょうに。」
「・・・なぜ彼らと会うとわかったんですか?」
シャノハはボサボサの頭をかいている。
「生徒会室から聞こえてきたのですよ。元老院から呼ばれたとね。」
シャノハは、はははと笑ってみせた。
(嘘だ。)
ミトラは咄嗟に思った。生徒会室の扉は重く厚い。そのようなウソが通じるとも思っていないくせに、目の前のシャノハは平然としている。
「失礼します。」
ミトラは軽くお辞儀をして歩き出した。
「ミトラ会長。」
声を掛けられた方へ振り返ればシャノハが正面に立ち、薄く笑いながらこちらを見ていた。
「なんですか?」
「知っているフリをするのも大変でしょう。」
「!!」
「勿論、あなたにはその権利がある。しかし、疑念は信頼を失いますよ?」
「・・・・・・。」
「あなたの手だけでは守ろうとするものすべてを守れない。限界を知るのも強さの1つですよ。では、私はこれで。」
そう言うと、シャノハは背を向けて歩き出した。その足音が少しずつ小さくなっていく。不揃いのスリッパが出す足音が消えるまで、ミトラはその場から動くことができなかった。
声の先には壁に体を預けこちらを見ている人物がいる。
「そんないいものじゃありませんよ。それよりどうしたのですか、こんな所で。ソン・シャノハ博士。」
ミトラの前に現れたシャノハは、ボサボサの髪を輪ゴムで1つに結い皺だらけの白衣を着ている。
細い目に無精ひげをたくわえた姿は、この学園の機密情報システムを一括で管理している人には到底見えない。
「いやぁ、散歩ですよ。最近までずっと籠りっぱなしだったもんで。体が鈍っちゃって。」
シャノハはその場で軽く足踏みをしてみせた。足元を見れば、片方ずつ違うスリッパを履いている。
「生徒会メンバーから聞きました。森で咎人の魔法を無効化したのは博士のおかげなのでしょう?それで、危ない局面を切り抜けられたと感謝もしていました。僕からもお礼を言わせてください。ありがとうございました。」
ミトラはシャノハに向かって頭を下げた。
「やだなぁ、止めてくださいよ、ミトラ会長。そんな難しいことはしてないですよ。対象が森全体だったおかげで、範囲の細分化作業もなく単純な無効化の構築しかしてないんですよ、実は・・・。」
頭を掻きながらこともなげに言っているが、機械や人間が作り出した道具を悉く拒否するあのTwilight forest全体をエレメント無効化とし、さらに新入生に挿した桜の造花を媒介にしてエレメントの流入口を作る考えは見事としか言いようがない。
「疑問なのですが・・・。なぜ、造花を媒介に考えたのですが?実践クラスの生徒が造花を所持していたことも偶然としか思えないのですが。」
シャノハは一瞬考えこむ仕草をした。しかしその仕草はフリだとミトラは知っている。
「うちの姫が作った機械があの森の至る所に配置されてあったんですよ。エレメントロガーっていってね。まぁ、性能や結果はもう報告書で見たと思いますけど。
その機械が映した映像にあの造花を挿しているお嬢さんを見つけてね。利用させてもらっちゃいました。」
ニンマリと笑うシャノハの顔からは本心が見えない。
「あの造花にはあらかじめ媒介になるための性能を付けていたのでは?」
「まさかー。完全に偶然ですよ。そもそもあの造花は外部から発注したものだったでしょう?こちらが細工する時間なんてありません。」
顔の前で手を左右に振って見せるシャノハの顔には常に笑顔が保たれていた。
(あの造花を発注したのは生徒会ではない。エレメントを発生させるプロセスを経ていない造花にどうやって・・・?)
「でも・・・」
「それより、よく検体を手に入れられましたね。うちの姫が大変喜んでいましたよ。」
疑問を口にしようとしたミトラを遮るようにシャノハは口を開いた。
「氷漬けになっていた爪だった為に状態も良かった。今まで見たことのない検体に大はしゃぎでした。おかげで2日間部屋から出てきませんでしたがね。」
「今レイアさんは?」
「寝ています。大量の糖分を摂取して体を丸めてね。」
ミトラの脳裏にはやわらかな布団の上で気持ちよさそうに寝ているネコの様子が浮かんだ。
「どうやって検体を手に入れたのか、ぜひ生徒会の武勇伝をお聞かせ願いたいものですね。」
「そうですね。機会があればぜひ・・・。」
シャノハはその場で足を組み替える。
「それと・・・」
「?」
「『Element of Eternal』。多重使役に必要な言霊だ。」
「ええ、生徒会メンバーの努力と訓練の賜物です。」
「うんうん、素晴らしい。さすが生徒会だ。ただ・・・多重使役のリスクを知った上での使用でしょうか?」
「・・・。」
「多重使役は強力な魔法を使える代わりに、それ以上の代償を払わなければならない。魔法力と体力の枯渇は勿論、四大精霊とそれ以外の精霊たちの仲が良くないことで起きる争闘の作用とか・・・。」
「・・・。」
「その作用は己のエレメントを貯める器を破損させる危険性もはらんでいる。そう、人間がエレメントを2つ持つことができないようにね・・・。
仲間を大事にするあなたが、メンバーにそれを許可したとは思えない。忠誠心故の行動か、それとも・・・。」
シャノハの細い目に薄く眼光が光った。
「少なくとも・・・あまり多用することは避けるべきかと。」
「気遣いありがとうございます。使用したメンバーには優れた医療班を派遣して身体のフォローをさせていますのでご安心を。勿論、ご忠告も伝えておきます。すいません、そろそろ・・・。」
「あぁ、引き止めてすいませんでした。これから会議でしたね。元老院の方たちの話は退屈でしょうに。」
「・・・なぜ彼らと会うとわかったんですか?」
シャノハはボサボサの頭をかいている。
「生徒会室から聞こえてきたのですよ。元老院から呼ばれたとね。」
シャノハは、はははと笑ってみせた。
(嘘だ。)
ミトラは咄嗟に思った。生徒会室の扉は重く厚い。そのようなウソが通じるとも思っていないくせに、目の前のシャノハは平然としている。
「失礼します。」
ミトラは軽くお辞儀をして歩き出した。
「ミトラ会長。」
声を掛けられた方へ振り返ればシャノハが正面に立ち、薄く笑いながらこちらを見ていた。
「なんですか?」
「知っているフリをするのも大変でしょう。」
「!!」
「勿論、あなたにはその権利がある。しかし、疑念は信頼を失いますよ?」
「・・・・・・。」
「あなたの手だけでは守ろうとするものすべてを守れない。限界を知るのも強さの1つですよ。では、私はこれで。」
そう言うと、シャノハは背を向けて歩き出した。その足音が少しずつ小さくなっていく。不揃いのスリッパが出す足音が消えるまで、ミトラはその場から動くことができなかった。
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