37 / 135
第2章
不気味な足音
しおりを挟む
「いい男の憂うため息なんて、また人気が出ちゃうよー。」
声の先には壁に体を預けこちらを見ている人物がいる。
「そんないいものじゃありませんよ。それよりどうしたのですか、こんな所で。ソン・シャノハ博士。」
ミトラの前に現れたシャノハは、ボサボサの髪を輪ゴムで1つに結い皺だらけの白衣を着ている。
細い目に無精ひげをたくわえた姿は、この学園の機密情報システムを一括で管理している人には到底見えない。
「いやぁ、散歩ですよ。最近までずっと籠りっぱなしだったもんで。体が鈍っちゃって。」
シャノハはその場で軽く足踏みをしてみせた。足元を見れば、片方ずつ違うスリッパを履いている。
「生徒会メンバーから聞きました。森で咎人の魔法を無効化したのは博士のおかげなのでしょう?それで、危ない局面を切り抜けられたと感謝もしていました。僕からもお礼を言わせてください。ありがとうございました。」
ミトラはシャノハに向かって頭を下げた。
「やだなぁ、止めてくださいよ、ミトラ会長。そんな難しいことはしてないですよ。対象が森全体だったおかげで、範囲の細分化作業もなく単純な無効化の構築しかしてないんですよ、実は・・・。」
頭を掻きながらこともなげに言っているが、機械や人間が作り出した道具を悉く拒否するあのTwilight forest全体をエレメント無効化とし、さらに新入生に挿した桜の造花を媒介にしてエレメントの流入口を作る考えは見事としか言いようがない。
「疑問なのですが・・・。なぜ、造花を媒介に考えたのですが?実践クラスの生徒が造花を所持していたことも偶然としか思えないのですが。」
シャノハは一瞬考えこむ仕草をした。しかしその仕草はフリだとミトラは知っている。
「うちの姫が作った機械があの森の至る所に配置されてあったんですよ。エレメントロガーっていってね。まぁ、性能や結果はもう報告書で見たと思いますけど。
その機械が映した映像にあの造花を挿しているお嬢さんを見つけてね。利用させてもらっちゃいました。」
ニンマリと笑うシャノハの顔からは本心が見えない。
「あの造花にはあらかじめ媒介になるための性能を付けていたのでは?」
「まさかー。完全に偶然ですよ。そもそもあの造花は外部から発注したものだったでしょう?こちらが細工する時間なんてありません。」
顔の前で手を左右に振って見せるシャノハの顔には常に笑顔が保たれていた。
(あの造花を発注したのは生徒会ではない。エレメントを発生させるプロセスを経ていない造花にどうやって・・・?)
「でも・・・」
「それより、よく検体を手に入れられましたね。うちの姫が大変喜んでいましたよ。」
疑問を口にしようとしたミトラを遮るようにシャノハは口を開いた。
「氷漬けになっていた爪だった為に状態も良かった。今まで見たことのない検体に大はしゃぎでした。おかげで2日間部屋から出てきませんでしたがね。」
「今レイアさんは?」
「寝ています。大量の糖分を摂取して体を丸めてね。」
ミトラの脳裏にはやわらかな布団の上で気持ちよさそうに寝ているネコの様子が浮かんだ。
「どうやって検体を手に入れたのか、ぜひ生徒会の武勇伝をお聞かせ願いたいものですね。」
「そうですね。機会があればぜひ・・・。」
シャノハはその場で足を組み替える。
「それと・・・」
「?」
「『Element of Eternal』。多重使役に必要な言霊だ。」
「ええ、生徒会メンバーの努力と訓練の賜物です。」
「うんうん、素晴らしい。さすが生徒会だ。ただ・・・多重使役のリスクを知った上での使用でしょうか?」
「・・・。」
「多重使役は強力な魔法を使える代わりに、それ以上の代償を払わなければならない。魔法力と体力の枯渇は勿論、四大精霊とそれ以外の精霊たちの仲が良くないことで起きる争闘の作用とか・・・。」
「・・・。」
「その作用は己のエレメントを貯める器を破損させる危険性もはらんでいる。そう、人間がエレメントを2つ持つことができないようにね・・・。
仲間を大事にするあなたが、メンバーにそれを許可したとは思えない。忠誠心故の行動か、それとも・・・。」
シャノハの細い目に薄く眼光が光った。
「少なくとも・・・あまり多用することは避けるべきかと。」
「気遣いありがとうございます。使用したメンバーには優れた医療班を派遣して身体のフォローをさせていますのでご安心を。勿論、ご忠告も伝えておきます。すいません、そろそろ・・・。」
「あぁ、引き止めてすいませんでした。これから会議でしたね。元老院の方たちの話は退屈でしょうに。」
「・・・なぜ彼らと会うとわかったんですか?」
シャノハはボサボサの頭をかいている。
「生徒会室から聞こえてきたのですよ。元老院から呼ばれたとね。」
シャノハは、はははと笑ってみせた。
(嘘だ。)
ミトラは咄嗟に思った。生徒会室の扉は重く厚い。そのようなウソが通じるとも思っていないくせに、目の前のシャノハは平然としている。
「失礼します。」
ミトラは軽くお辞儀をして歩き出した。
「ミトラ会長。」
声を掛けられた方へ振り返ればシャノハが正面に立ち、薄く笑いながらこちらを見ていた。
「なんですか?」
「知っているフリをするのも大変でしょう。」
「!!」
「勿論、あなたにはその権利がある。しかし、疑念は信頼を失いますよ?」
「・・・・・・。」
「あなたの手だけでは守ろうとするものすべてを守れない。限界を知るのも強さの1つですよ。では、私はこれで。」
そう言うと、シャノハは背を向けて歩き出した。その足音が少しずつ小さくなっていく。不揃いのスリッパが出す足音が消えるまで、ミトラはその場から動くことができなかった。
声の先には壁に体を預けこちらを見ている人物がいる。
「そんないいものじゃありませんよ。それよりどうしたのですか、こんな所で。ソン・シャノハ博士。」
ミトラの前に現れたシャノハは、ボサボサの髪を輪ゴムで1つに結い皺だらけの白衣を着ている。
細い目に無精ひげをたくわえた姿は、この学園の機密情報システムを一括で管理している人には到底見えない。
「いやぁ、散歩ですよ。最近までずっと籠りっぱなしだったもんで。体が鈍っちゃって。」
シャノハはその場で軽く足踏みをしてみせた。足元を見れば、片方ずつ違うスリッパを履いている。
「生徒会メンバーから聞きました。森で咎人の魔法を無効化したのは博士のおかげなのでしょう?それで、危ない局面を切り抜けられたと感謝もしていました。僕からもお礼を言わせてください。ありがとうございました。」
ミトラはシャノハに向かって頭を下げた。
「やだなぁ、止めてくださいよ、ミトラ会長。そんな難しいことはしてないですよ。対象が森全体だったおかげで、範囲の細分化作業もなく単純な無効化の構築しかしてないんですよ、実は・・・。」
頭を掻きながらこともなげに言っているが、機械や人間が作り出した道具を悉く拒否するあのTwilight forest全体をエレメント無効化とし、さらに新入生に挿した桜の造花を媒介にしてエレメントの流入口を作る考えは見事としか言いようがない。
「疑問なのですが・・・。なぜ、造花を媒介に考えたのですが?実践クラスの生徒が造花を所持していたことも偶然としか思えないのですが。」
シャノハは一瞬考えこむ仕草をした。しかしその仕草はフリだとミトラは知っている。
「うちの姫が作った機械があの森の至る所に配置されてあったんですよ。エレメントロガーっていってね。まぁ、性能や結果はもう報告書で見たと思いますけど。
その機械が映した映像にあの造花を挿しているお嬢さんを見つけてね。利用させてもらっちゃいました。」
ニンマリと笑うシャノハの顔からは本心が見えない。
「あの造花にはあらかじめ媒介になるための性能を付けていたのでは?」
「まさかー。完全に偶然ですよ。そもそもあの造花は外部から発注したものだったでしょう?こちらが細工する時間なんてありません。」
顔の前で手を左右に振って見せるシャノハの顔には常に笑顔が保たれていた。
(あの造花を発注したのは生徒会ではない。エレメントを発生させるプロセスを経ていない造花にどうやって・・・?)
「でも・・・」
「それより、よく検体を手に入れられましたね。うちの姫が大変喜んでいましたよ。」
疑問を口にしようとしたミトラを遮るようにシャノハは口を開いた。
「氷漬けになっていた爪だった為に状態も良かった。今まで見たことのない検体に大はしゃぎでした。おかげで2日間部屋から出てきませんでしたがね。」
「今レイアさんは?」
「寝ています。大量の糖分を摂取して体を丸めてね。」
ミトラの脳裏にはやわらかな布団の上で気持ちよさそうに寝ているネコの様子が浮かんだ。
「どうやって検体を手に入れたのか、ぜひ生徒会の武勇伝をお聞かせ願いたいものですね。」
「そうですね。機会があればぜひ・・・。」
シャノハはその場で足を組み替える。
「それと・・・」
「?」
「『Element of Eternal』。多重使役に必要な言霊だ。」
「ええ、生徒会メンバーの努力と訓練の賜物です。」
「うんうん、素晴らしい。さすが生徒会だ。ただ・・・多重使役のリスクを知った上での使用でしょうか?」
「・・・。」
「多重使役は強力な魔法を使える代わりに、それ以上の代償を払わなければならない。魔法力と体力の枯渇は勿論、四大精霊とそれ以外の精霊たちの仲が良くないことで起きる争闘の作用とか・・・。」
「・・・。」
「その作用は己のエレメントを貯める器を破損させる危険性もはらんでいる。そう、人間がエレメントを2つ持つことができないようにね・・・。
仲間を大事にするあなたが、メンバーにそれを許可したとは思えない。忠誠心故の行動か、それとも・・・。」
シャノハの細い目に薄く眼光が光った。
「少なくとも・・・あまり多用することは避けるべきかと。」
「気遣いありがとうございます。使用したメンバーには優れた医療班を派遣して身体のフォローをさせていますのでご安心を。勿論、ご忠告も伝えておきます。すいません、そろそろ・・・。」
「あぁ、引き止めてすいませんでした。これから会議でしたね。元老院の方たちの話は退屈でしょうに。」
「・・・なぜ彼らと会うとわかったんですか?」
シャノハはボサボサの頭をかいている。
「生徒会室から聞こえてきたのですよ。元老院から呼ばれたとね。」
シャノハは、はははと笑ってみせた。
(嘘だ。)
ミトラは咄嗟に思った。生徒会室の扉は重く厚い。そのようなウソが通じるとも思っていないくせに、目の前のシャノハは平然としている。
「失礼します。」
ミトラは軽くお辞儀をして歩き出した。
「ミトラ会長。」
声を掛けられた方へ振り返ればシャノハが正面に立ち、薄く笑いながらこちらを見ていた。
「なんですか?」
「知っているフリをするのも大変でしょう。」
「!!」
「勿論、あなたにはその権利がある。しかし、疑念は信頼を失いますよ?」
「・・・・・・。」
「あなたの手だけでは守ろうとするものすべてを守れない。限界を知るのも強さの1つですよ。では、私はこれで。」
そう言うと、シャノハは背を向けて歩き出した。その足音が少しずつ小さくなっていく。不揃いのスリッパが出す足音が消えるまで、ミトラはその場から動くことができなかった。
0
あなたにおすすめの小説
弁えすぎた令嬢
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。
彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。
彼女は思った。
(今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。
今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。
小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。
【第一章改稿中】転生したヒロインと、人と魔の物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~
田尾風香
ファンタジー
ある日、リィカの住む村が大量の魔物に襲われた。恐怖から魔力を暴走させそうになったとき前世の記憶が蘇り、奇跡的に暴走を制御する。その後、国立の学園へと入学。王族や貴族と遭遇しつつも無事に一年が過ぎたとき、魔王が誕生した。そして、召喚された勇者が、前世の夫と息子であったことに驚くことになる。
【改稿】2026/01/01、第一章の36話までを大幅改稿しました。
これまで一人称だった第一章を三人称へと改稿。その後の話も徐々に三人称へ改稿していきます。話の展開など色々変わっていますが、大きな話の流れは変更ありません。
・都合により、リィカの前世「凪沙」を「渚沙」へ変更していきます(徐々に変更予定)。
・12から16話までにあったレーナニアの過去編は、第十六章(第二部)へ移動となりました。
転生皇女はフライパンで生き延びる
渡里あずま
恋愛
平民の母から生まれた皇女・クララベル。
使用人として生きてきた彼女だったが、蛮族との戦に勝利した辺境伯・ウィラードに下賜されることになった。
……だが、クララベルは五歳の時に思い出していた。
自分は家族に恵まれずに死んだ日本人で、ここはウィラードを主人公にした小説の世界だと。
そして自分は、父である皇帝の差し金でウィラードの弱みを握る為に殺され、小説冒頭で死体として登場するのだと。
「大丈夫。何回も、シミュレーションしてきたわ……絶対に、生き残る。そして本当に、辺境伯に嫁ぐわよ!」
※※※
死にかけて、辛い前世と殺されることを思い出した主人公が、生き延びて幸せになろうとする話。
※重複投稿作品※
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
猫なので、もう働きません。
具なっしー
恋愛
不老不死が実現した日本。600歳まで社畜として働き続けた私、佐々木ひまり。
やっと安楽死できると思ったら――普通に苦しいし、目が覚めたら猫になっていた!?
しかもここは女性が極端に少ない世界。
イケオジ貴族に拾われ、猫幼女として溺愛される日々が始まる。
「もう頑張らない」って決めたのに、また頑張っちゃう私……。
これは、社畜上がりの猫幼女が“だらだらしながら溺愛される”物語。
※表紙はAI画像です
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる