エレメント ウィザード

あさぎ

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第1章2部

油断

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 パソコンの画面には起伏の激しい波状が幾度にも表示されていた。
 それは森から響く轟音と、森の外にいるにも関わらず伝わってくる小さな振動にシンクロしている。
 パソコンと一緒に広げている特殊なマップには、5つのエレメントマークが活発に動いていた。
 離れた場所にある3つのマークは動く様子がない。ライオスはその様子を固唾を呑みながら見つめていた。
 さっきまでこのエレメントロガーからの映像を凝視していたジンはここに居ない。
 エレメントロガーが映し出したある映像を見るや否や、テントから飛び出して行ってしまったのだ。
 その映像とは、真っ黒な影がどんどんと集まり不気味な光がいくつも点滅しているものだった。
 不明瞭な映像だったが、それは大量に集まった傀儡の姿だった。
 プログラムされているはずの傀儡が何者か分からない奴らに操られている。ジンは、すぐさま周りの教師たちに複製コピーエレメントの固着作業の確認を取った。 
 
 驚いたことに複数の教師の誰1人として傀儡への固着作業に携わっていないというのだ。

 「もう準備してあるから、しなくていいと言われて・・・。」
 「誰に?」
 「あれ、誰だったっけな?」

 「確認作業はジン先生にしてもらっていると聞いた・・・。」
 「いつ?」 
 「・・・えっと、いつだったかな?」

 「固着作業をする部屋の鍵が無かった。」
 「どこの?」 
 「えっと、デジタル作業ルームの・・・」

 教師へのヒアリングを切り上げたジンは、すぐさま使役獣に乗ってデジタル作業ルームへ駆け出して行ったのだ。
 ジンの剣幕にどの教師も顔が真っ青だ――。

 (固着作業は終わったって・・・。)
 (部屋に入れなくて・・・。)
 (用意しなくてもいいと言われて・・・。)

 教師たちは言い訳のようにボソボソと呟いている。
 ライオスは周りに聞こえるよう、わざと長いため息をついた。

 「いいんですよ、最終確認をしなかったジン先生の責任です。この課題の責任者もあの人ですしね。
 でも、もう少し業務に責任を持たれては?実戦バトルクラスの課題は一歩間違えれば事故につながるケースだってありえるでしょうに。」

 自分よりも年若い教師の説教に、数人の教師は不満の表情を露わにした。

 「なにを、えらそーに!お前だって――」

 1人の教師がライオスに向かって反論をしようとしたその時、燦爛たる明るい黄色の光が森の上空に現れた。
 そして森の中に突出する形で姿を現した積乱雲が、轟音と雷鳴を轟かせたのだ。

 「なんだっ!?」
 「え、雷――!?」
 「すごい魔法力だ!!」

 森の外にいる生徒も教師もその存在に釘付けとなった。
 そしてその雲が大きく動いた瞬間、眩い閃光の後に、耳を劈くような爆発音が何度も響き渡る。

 きゃぁっ! わぁっ!!という声に、不気味な地響きの音、何羽もの鳥が飛び立つ翼の音がまるで世界の終焉を思わせた。
 しばらく経つと音や光は止み、軽く耳を押さえていたライオスは周辺をざっと見て、周辺に異変がないことを確認する。

 「あ、画像が――!」

 テントの中でエレメントロガーの管理をしていた教師の情けない声が聞こえる。
 4分割された画面の画像はどれも真っ暗で、なにも表示されなくなっていた。原因は言うまでもなくさっきの落雷だろう。
 これで完全に森の中の様子は分からなくなってしまった。
 ライオスは急いでマップを確認した。マーキングされてあるエレメントの数は5つから減っていない。離れた場所にある3つのマークもだ。無事とはいかないだろうが、とりあえず全員の存命に胸を撫でおろす。

 しかしそう楽観視もしていられないだろう。先ほどの眩い光に見えた紋章は雷精霊トール
 霊魔か、霊魔を使役している咎人の仕業か、それとも生徒会プリンシパルの2人か――。
 前者であれば最悪の状況だ。もし後者だとしても雷精霊トールを使役しないといけない状況に陥っているとなれば、現場は予断を許さない状態であることに間違いはないだろう。

 ジンはまだ戻らない。森の中に入ることもできない。
 もどかしい気持ちを抱えたままライオスは校舎の方を見やる。
ここからは見えるはずのない、薬品とお菓子の匂いが混ざった機械にまみれた部屋に、一瞬でも何かしらの突破口を期待した自分を戒めるように頬を軽く数回叩いた。


 (やられた・・・・!)

 遠慮のない舌打ちは、シンと静まる無機質な部屋により大きく響いた。
 本校舎3階にある南向きのこの部屋には多くのパソコン機器や周辺機械が常設してあった。
 『鍵が無かった』という、教師の証言を元に、まずは教務室にあるキーボックスから鍵の存在を確認する。
 教務室には、Twilight forest静かなる森から響く光や音に動揺する教師たちがジンの登場に説明を求めた。
 そんなことに構っていられないと、キーボックスを乱暴に開ける。
 鍵は今まで、ここから動いていないような顔(少なくともジンにはそう思えた)でそこに存在していた。

 (あるじゃねーか!)

 心の中で悪態をつけば鍵を掴み取り、すぐさま教務室から3階のデジタル作業ルームへ向かう。
 1人の教師が証言したとおり、その時は鍵が無く誰にも気づかれず返却されたのか。
 証言が嘘なのか、鍵か教師に細工が施されていたのか。
 浮かび上がるあらゆる可能性を頭の中で整理しつつ部屋の扉の前に立った。

 扉には取っ手の上にカバーと鍵穴があり、カバーの蓋をあけると、液晶パネルと12個のボタンが用意されている。
『1~0』、『#と&』で構成されてあるボタンはパスワードを入力する際に必要とするものだ。
 鍵穴に鍵を差し込みパスワードを入力する。パスワードは週で変更され、機密情報として扱われた後、限られた教師たちに伝達されるのだ。
 扉は何の抵抗もなくすんなりと開いた。
 
 見回した光景に舌打ちをならす。
 部屋はこれといって変化は見られない。荒らされているとか、物が散乱してあるとか、そのような様子は一切見られなかった。
 だから、のだ。あれだけの傀儡に複製コピーエレメントを固着させる作業をした部屋にしては、
 何かしらの痕跡や、作業残骸が残っていてもおかしくないはずだ。
 完璧に痕跡を拭き取り正体を晦ました、という律儀さに挑発すら感じる。

 改めて確認の杜撰さと己の粗雑な性格を見直す必要があると、壁に寄りかかり力を抜いた。
 ズルズルと滑っていく尻が地面に着き、片膝を立ててため息をつく。
 ふわっと香ったのは彼女が好んで使用していた香水の匂いだ。本当に香ったのではない。脳が記憶する幻の香りだ。

 (だから言ったじゃないの。)

 自分のだらしない性格を全身で受け止めてくれた彼女なら、軽く頬を膨らませそう言うだろう。
 もう既にクセとなっている慣れた手つきで胸元を探っても目当ての物は無い。
 口がさみしい。ジンは思った。
 以前はその誤魔化し方を知っていたのに。
 その誤魔化し方を批判されれば、批判するその唇を口でふさげれたのに――。
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