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第1章2部
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目を固く瞑った時、風と砂嵐の不快なノイズ音が急にクリアになった。
暴風に支配されていた空間から水の中に吸い込まれる感覚を覚えたテオは静かに目を開ける。そこには右手を前に出し魔法を発現しているセリカがいた。
(水の壁?)
さっきまで聴覚を犯していた暴風の音が遠くに聞こえコポコポッと水の音が届く。
2人は水でできた直方体の箱に包まれていた。
水の膜は酸素が溶け、絶えず多くの泡を出している。
箱の内側にはまるで透明のアクリル板があるようで、体と膜が接着している部分に濡れる様子はない。
アクアガラスの中にいるような幻想的な光景だったが、どうやら2人は少年が放った魔法の風柱の中にいるようだった。
壁の外では相変わらず嵐が巻き起こっている。それは、荒々しい水壁の波と不規則な激しい泡の動きが教えてくれた。
テオが水の壁を触ってみるとひんやりとした無機質な感触を残す。
セリカは右手を固定したまま上を見上げていた。
「サンキュー、助かった。これはお前の魔法なんだよな?」
「あぁ、そうだ。」
2人の声は狭い空間で反射し響いている。
(すごい。俺たち2人を覆い包みながら、嵐の影響を全く受けずに形状を維持し続けている。何て集中力だ。
それに魔法を具現化し続けているくせにバテてる様子も無い。コイツの魔法力の器はどれだけ大きいんだ!?)
テオはセリカの視線を追うように上を見上げた。
ざわめく水の壁で不明瞭な視界が広がっているが、風の隙間からたまに見える人間の足はあの少年のものだろう。少年もテオたちの頭上で魔法を発現し続けていることになる。
嵐の衝撃は2人を包む水壁を容赦なく襲う。
グラグラと足元が揺れ体勢が崩れそうになると足に力を入れ踏ん張らないといけなかった。
「あんなガキが、こんなデカイ魔法を発現し続けられるのか!?」
「普通は無理だろうな。でも、無尽蔵というわけでもなさそうだ。」
依然治まる様子の無いように見える暴風だが、あの少年にだって限界はあるはずだ。
なら、この幻想的な空間から出るのもそう遠くはないだろう。
「なあ、アイツの紋章って何かおかしくなかったか?」
テオは少年の紋章を見た時に気付いた違和感を口にした。
「おかしいとは?」
「紋章って真円なんだ。まんまる。あ、そうか。お前って言霊も詠唱もせずに魔法を使うよな。だから分からないか。」
「言霊・・・」
「ほら、言霊を知らねーんだろ?」
セリカはグッと口をつぐんだ。テオは構わず続ける。
「『ALL Element』 これは全精霊に呼びかける言霊だ。まぁ、精霊の力を借りる為の呪文のようなものだ。その後に、自分のエレメントと同じ精霊の名を詠唱すれば精霊を使役することができる。
まぁ、練習すれば言霊も詠唱も言わなくても魔法は使えるけど、精霊の力を借りないと威力は小さいし応用も利かない。
勿論、精霊を使役したら魔法力をたくさん使っちまうから時と場合によりけりだな。
こんなの初等部に入ってすぐに学習することだぜ?」
セリカは反応しない。俯くその横顔は、自分はヒールが使えないと告白した姿と重なった。
テオはフゥと小さく息を吐きだす。
「そんでさ、その紋章が何かこー、歪んでたんだよ。まんまるじゃなくて、歪な円みたいな。」
なぜセリカが言霊も詠唱もせず魔法が使えるのか。それは確かに気になることだったが、テオは深く追求をしなかった。
無理やり聞き出す気はない。人には触られたくない傷があることを知っている。無理に剥がした傷からは、また血が出ることも経験済みだ。だから話を元に戻したのだ。
「あと、何か禍々しい、というか。何かこー、空気がビリついてるっていうか。」
多少無理やりでもあるテオの気遣いに気付いたセリカも顔をあげた。
嵐の規模が少しずつ小さくなっている。暴風の音も先ほどより聞こえない。外に出るのは今かもしれない。
「紋章の歪みは分からない。ただあの少年の魔法には異質な何かが混じっている気がする。」
「異質?なんだ、それ?」
「それは私にも分からない。
テオ、あの少年を殺す気はあるか?」
「はぁっ!!!??」
「あの少年は危険だ。話はできないし、大人しく引き下がってもくれないだろう。だったら殺すしかない。」
「いや、確かに危険だけど!ガキだぜ!?俺たちよりも年下だし、殺さなくても拘束するだけでいいじゃん!」
「年下だから殺さないのか?向こうは遠慮なく私たちを殺しにきている。甘いことを言っていると、ケガだけではすまないぞ。」
「・・・。」
今度はテオが口をつむぐ番だった。
相手がヤバイ奴だってことは分かっている。確かな殺意を肌で感じ取ったのはついさっきだ。だからといって殺すのか?人を?この拳で!?
自分の拳を見つめたままテオは動けなくなってしまった。
「分かった。私が殺す。」
非情な声に思わず顔を上げると、そこには顔色を一つ変えていないセリカの姿があった。
「殺すって・・・。そんな簡単に。」
「確かに簡単ではないだろう。無抵抗ではないだろうからな。」
「いや、そういう意味じゃねーよ!」
「テオ、そろそろ私の魔法を解くぞ!外に出たら安全な場所を見つけて隠れておけ!」
「おい、セリカッ──!」
テオが叫んだ瞬間ピュゥーッと風が耳に届く。と、同時に障害物を突き抜くような突風がテオの身体を揺さぶった。
「マジかよ。」
目を開けたテオは周りの風景を見て驚愕した。少年が発現した魔法は消えている。
しかし、風の柱が通った跡には数メートル幅の道筋ができており、そこには草木はおろか、巨木の根っこさえも抉り倒されていたのだ。まるで土石流が流下したようになっている。
「セリカ!!どこだっ──!?」
さっきまで一緒に居たセリカの姿がない。
「エリス!シリアッ──!!」
仲間たちの気配もない。途端に不安が募る。もしかして、さっきの魔法に巻き込まれてしまったのか。
最悪のシナリオが頭を過った時、キィィンという音が響いた。その音は不規則に繰り返されテオの耳に届いた。
音の出処を探る為に神経を集中する。すると微かだが、不規則な音と一緒に人の怒号のような声が聞き取れた。
(アイツだ!これは・・・魔法と魔法がぶつかり合う音かっ!)
テオは音の方向に目星を付ける。
『外に出たら安全な場所を見つけて隠れておけ!』
最後に言われたセリフが頭の中でリピートされる。
拳をググッと強く握りしめたテオは音がする方向に駆け出した。
「誰が隠れるかっ!!俺は最強の魔術師になるんだ!!」
迷いのない意思は足に伝わり、テオが駆け出した足跡はクッキリと力強く残っていた。
暴風に支配されていた空間から水の中に吸い込まれる感覚を覚えたテオは静かに目を開ける。そこには右手を前に出し魔法を発現しているセリカがいた。
(水の壁?)
さっきまで聴覚を犯していた暴風の音が遠くに聞こえコポコポッと水の音が届く。
2人は水でできた直方体の箱に包まれていた。
水の膜は酸素が溶け、絶えず多くの泡を出している。
箱の内側にはまるで透明のアクリル板があるようで、体と膜が接着している部分に濡れる様子はない。
アクアガラスの中にいるような幻想的な光景だったが、どうやら2人は少年が放った魔法の風柱の中にいるようだった。
壁の外では相変わらず嵐が巻き起こっている。それは、荒々しい水壁の波と不規則な激しい泡の動きが教えてくれた。
テオが水の壁を触ってみるとひんやりとした無機質な感触を残す。
セリカは右手を固定したまま上を見上げていた。
「サンキュー、助かった。これはお前の魔法なんだよな?」
「あぁ、そうだ。」
2人の声は狭い空間で反射し響いている。
(すごい。俺たち2人を覆い包みながら、嵐の影響を全く受けずに形状を維持し続けている。何て集中力だ。
それに魔法を具現化し続けているくせにバテてる様子も無い。コイツの魔法力の器はどれだけ大きいんだ!?)
テオはセリカの視線を追うように上を見上げた。
ざわめく水の壁で不明瞭な視界が広がっているが、風の隙間からたまに見える人間の足はあの少年のものだろう。少年もテオたちの頭上で魔法を発現し続けていることになる。
嵐の衝撃は2人を包む水壁を容赦なく襲う。
グラグラと足元が揺れ体勢が崩れそうになると足に力を入れ踏ん張らないといけなかった。
「あんなガキが、こんなデカイ魔法を発現し続けられるのか!?」
「普通は無理だろうな。でも、無尽蔵というわけでもなさそうだ。」
依然治まる様子の無いように見える暴風だが、あの少年にだって限界はあるはずだ。
なら、この幻想的な空間から出るのもそう遠くはないだろう。
「なあ、アイツの紋章って何かおかしくなかったか?」
テオは少年の紋章を見た時に気付いた違和感を口にした。
「おかしいとは?」
「紋章って真円なんだ。まんまる。あ、そうか。お前って言霊も詠唱もせずに魔法を使うよな。だから分からないか。」
「言霊・・・」
「ほら、言霊を知らねーんだろ?」
セリカはグッと口をつぐんだ。テオは構わず続ける。
「『ALL Element』 これは全精霊に呼びかける言霊だ。まぁ、精霊の力を借りる為の呪文のようなものだ。その後に、自分のエレメントと同じ精霊の名を詠唱すれば精霊を使役することができる。
まぁ、練習すれば言霊も詠唱も言わなくても魔法は使えるけど、精霊の力を借りないと威力は小さいし応用も利かない。
勿論、精霊を使役したら魔法力をたくさん使っちまうから時と場合によりけりだな。
こんなの初等部に入ってすぐに学習することだぜ?」
セリカは反応しない。俯くその横顔は、自分はヒールが使えないと告白した姿と重なった。
テオはフゥと小さく息を吐きだす。
「そんでさ、その紋章が何かこー、歪んでたんだよ。まんまるじゃなくて、歪な円みたいな。」
なぜセリカが言霊も詠唱もせず魔法が使えるのか。それは確かに気になることだったが、テオは深く追求をしなかった。
無理やり聞き出す気はない。人には触られたくない傷があることを知っている。無理に剥がした傷からは、また血が出ることも経験済みだ。だから話を元に戻したのだ。
「あと、何か禍々しい、というか。何かこー、空気がビリついてるっていうか。」
多少無理やりでもあるテオの気遣いに気付いたセリカも顔をあげた。
嵐の規模が少しずつ小さくなっている。暴風の音も先ほどより聞こえない。外に出るのは今かもしれない。
「紋章の歪みは分からない。ただあの少年の魔法には異質な何かが混じっている気がする。」
「異質?なんだ、それ?」
「それは私にも分からない。
テオ、あの少年を殺す気はあるか?」
「はぁっ!!!??」
「あの少年は危険だ。話はできないし、大人しく引き下がってもくれないだろう。だったら殺すしかない。」
「いや、確かに危険だけど!ガキだぜ!?俺たちよりも年下だし、殺さなくても拘束するだけでいいじゃん!」
「年下だから殺さないのか?向こうは遠慮なく私たちを殺しにきている。甘いことを言っていると、ケガだけではすまないぞ。」
「・・・。」
今度はテオが口をつむぐ番だった。
相手がヤバイ奴だってことは分かっている。確かな殺意を肌で感じ取ったのはついさっきだ。だからといって殺すのか?人を?この拳で!?
自分の拳を見つめたままテオは動けなくなってしまった。
「分かった。私が殺す。」
非情な声に思わず顔を上げると、そこには顔色を一つ変えていないセリカの姿があった。
「殺すって・・・。そんな簡単に。」
「確かに簡単ではないだろう。無抵抗ではないだろうからな。」
「いや、そういう意味じゃねーよ!」
「テオ、そろそろ私の魔法を解くぞ!外に出たら安全な場所を見つけて隠れておけ!」
「おい、セリカッ──!」
テオが叫んだ瞬間ピュゥーッと風が耳に届く。と、同時に障害物を突き抜くような突風がテオの身体を揺さぶった。
「マジかよ。」
目を開けたテオは周りの風景を見て驚愕した。少年が発現した魔法は消えている。
しかし、風の柱が通った跡には数メートル幅の道筋ができており、そこには草木はおろか、巨木の根っこさえも抉り倒されていたのだ。まるで土石流が流下したようになっている。
「セリカ!!どこだっ──!?」
さっきまで一緒に居たセリカの姿がない。
「エリス!シリアッ──!!」
仲間たちの気配もない。途端に不安が募る。もしかして、さっきの魔法に巻き込まれてしまったのか。
最悪のシナリオが頭を過った時、キィィンという音が響いた。その音は不規則に繰り返されテオの耳に届いた。
音の出処を探る為に神経を集中する。すると微かだが、不規則な音と一緒に人の怒号のような声が聞き取れた。
(アイツだ!これは・・・魔法と魔法がぶつかり合う音かっ!)
テオは音の方向に目星を付ける。
『外に出たら安全な場所を見つけて隠れておけ!』
最後に言われたセリフが頭の中でリピートされる。
拳をググッと強く握りしめたテオは音がする方向に駆け出した。
「誰が隠れるかっ!!俺は最強の魔術師になるんだ!!」
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