エレメント ウィザード

あさぎ

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第1章

変わり者が集まる場所

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 「遅ぇーよ。いつまで時間かかってるんだ」

 簡易イスに腰かけたジンは不機嫌な態度を隠すことなくライオスを睨み上げた。

 Twilight forest静かなる森の入り口に設営してあるテントにライオスが来たのはジンがここに来て1時間以上経過してからだった。既に数グループの生徒は森から脱出している。

 「すいません、相手がはなしてくれなくて。」
 「あぁ、あの胸がでかい天才小娘か。何だお前らそういう関係だったのか?」

 ニヤっとした顔でライオスを見れば、相変わらずニッコリとした表情を崩さぬまま、あれ、僕の交友関係に興味がおありで?と言うのでジンの眉間のシワはさらに増えることとなる。

 「んで?」

 コイツのペースに乗ってたまるかと軽く舌打ちをし足を組み替える。

 その様子を見てライオスは足を肩幅に開き脱力した立ち姿勢で報告を始めた。

 ジンのマグカップを教務室の隣にある給湯室のシンクに置いた後、ライオスが向かったのは情報管理部という場所だった。
 学園の北館1階にあるその場所は暗く冷たい空気の廊下を進んだ閉鎖的な空間にある。よっぽどの用事が無ければ誰も近づくことはないこの場所は別名「変わり者の集まる場所」とも揶揄されるほど学園から浮いた部署と言われている。

 ライオスはコツンコツンと靴の音を響かせながら部屋の前で止まる。止まったのは躊躇したからではなく単純に部屋に入る手段が無かったからだ。

 まず扉が無い。確かにここは情報管理部の部屋だが扉はおろか窓さえもない。薄汚れた壁が一面に広がっているだけだった。初見の人が見たらまず場所を間違えたと引き返すところだろう。

 しかしライオスは、目の前に広がる壁をコンコンとノックする。シンと静まる様子を見てさらにコンコンコンとノックした。
 すると「クスクスクスッ」と笑いながら2体の妖精フェアリーがどこからともなく姿を現したのだ。
 昆虫の蝶ほどの大きさで1体は緑色の髪、もう1体は桃色の髪を可愛く結わえ、羽は白濁色が透き通った色をしている。
 2体の妖精フェアリーはライオスの周りをフワフワと飛び回った。
 ライオスは事前に用意しておいたみたらし団子を妖精フェアリーに見せる。すると2体の妖精は大きな眼でその和菓子をジーっと見つめた。
 パチンパチンと数回瞬きをするとまた「クスクスクスッ」と笑いながら飛び回りとスーッと消えてしまった。

 (はずれかな?)

 ライオスがそのまま立っていると目の前の壁に光が出現する。そして薄く細いその光はゆっくりと線を引きはじめた。
 光の線は、まるで壁がキャンパスであるかのように自由に模様を描いてく。そして、描き出したのは両開きの扉だ。
 頂点が尖った五角形には植物の蔦が無限に連なった模様が彫られており、中央には真鍮製の重たげな取っ手があり、ライオスは力を込めそれを思いきり引いてみた。
 ギギィッとした音はしかし思ったよりも軽く開いた。廊下と扉の境界線から一歩踏み出すと、白い光に思わず目を瞑る。
 再び目を開けてみるとそこにはただ部屋があり、今まで自分はこの部屋にずっと居たかのような不自然さで立っていた。
 後ろを見てみると先ほど入ってきた扉は消えておりただ壁がある。さらにその壁には素人目から見たら暗号にしか見えない、書き殴られたプリントがたくさん貼ってあるのだ。

(初めてこの部屋に入る体験をした人は狼狽するんだろうな・・・。)

 そう思いながら、じゃあ自分が初めてこの部屋に入った時はどうだっただろうと考えたが、全く思い出せそうもない。のですぐに思考を停止し部屋の奥へ歩みを進める。

 部屋には様々な機械が設置してあった。
 埃を被った配線の束、(地面に張り巡らされている)幾重にも重なった紙、(何が書いてあるかほとんど理解できない)いくつかの観葉植物用の鉢、(どの植物も枯れている)化学実験に使われる道具。(ビーカーや顕微鏡、ガラス棒などなど)
 それらには気に掛けず、だが部屋にある物には触れぬよう注意深く進んでいるとライオスの目の前に突然ニュッと手が現れた。
  白く細い腕の先は藤色のネイルが丁寧に塗られている。艶めかしい指の動きに思わずその手を掴みたくなるが、ライオスはその手に先ほど妖精フェアリーたちに見せたみたらし団子をポンと置いた。

 「学園内で売られているみたらし団子か。手抜きしおって。」

 不服そうな声音と共に姿を現したのは、白衣を着た薄いえんじ色の髪をフワフワに巻き下ろした女性だった。
 大胆に開いた胸元から見える豊満なバストと膝上丈のスカートから露になっている太ももは、見る人の目のやり場に困ってしまうほど艶麗だ。
 歪められた唇はぽてっと紅く艶やかに光っている。

 「レイア、あの子たちは新しい使役獣ですか?初めてお会いしたのですが。」

 レイアは質問なんてお構いなしと言わんばかりに、ライオスが持ってきたみたらし団子(少し焦げ目のついた白い団子の上にトロリとした餡が薄く塗られている)のうち3つある団子の1つ目を齧り取りモキュモキュと咀嚼している。
 先ほどは不満げな顔をしていたが、今は目を細め口に広がる甘辛い餡を楽しむかのように満悦した表情だ。
 コクンと小さな喉が動いたと思ったらすでに2つ目の団子を口の中に入れようと大きな口を開けた。どうやらこのお土産を平らげるまで話は聞けそうにないようだ。
 ライオスは近くに急須を見つけ蓋を開けてみる。
 使用済みの茶殻が入っていると予想していたが、どうやら急須は未使用のようだった。
 キョロと辺りを見回すと、んっ!と目の前にお茶の袋を突き出された。さらに冷蔵庫から水の入ったペットボトルも渡される。
 輪ゴムやクリップ等で封口が止められているわけでもないお茶の袋から適量の茶っぱを急須に出し、ペットボトルのキャップを開けるためほんの少し力を加える。
キリリとした小さな音を立て、ペットボトルとキャップは切り離された。

 「封をしないと風味が落ちますよ。」

 と言ったところで目の前の人物が、今後お茶の封を止めるなど、するはずがないと思っていてもつい口に出してしまう。

 その本人はというと、持ってきたみたらし団子の残り1つの団子を平らげるところだった。
 串に刺さっている団子を器用に口で齧り取り、手についた餡をペロっと舐めている。
 そして白衣のポケットからブロックのようなものを取り出した。
 それは5、6センチの大きさのキューブ型をした艶のある赤色で光沢のある表面をしていた。
 そのブロックを机の上にあった三角フラスコ(表面に500mlと表記されてある)に入れると、カランと氷を入れたような涼しげな音が鳴る。そして先ほどライオスが開けたペットボトルの水をフラスコに注ぎ入れ、指でそれを弾いて見せた。
 水の入ったフラスコは質量を増しコツッと低めの音を出す。すると数秒後、フラスコの中の水はブクブクと沸き立ち、細長い部分には幾つもの水滴がつきはじめた。
 入口からはモウモウと水蒸気が立ち昇り、そこには素手で触ると火傷をするだろうと確信できる様《さま》のお湯が現れた。
 ライオスはズボンのポケットから自分のハンカチを出すとフラスコの細長い部分にハンカチをあてがいお湯を急須に注ぐ。
 カチャと蓋をすると蓋に開いている小さな穴周辺に湯気と水滴が模様を作り出された。

 「違う。あの妖精フェアリーたちはワシの使役獣などではない。一種の魔術具じゃ。ワシのエレメントを注いでいるがな。」

 レイアは先ほどのライオスの質問に律儀に答えると隣接してある部屋に消えてしまった。しかし再び戻ってきたその手には2つの湯呑みを持っていた。どうやらお茶を飲むために持ってきてくれたのだろう。
 レイアから湯呑みを受け取ったライオスはゆっくりと2つの湯呑みに均等に少しずつつぎ分けた。
 ゆっくりと立ちのぼる白い湯気が空気に震えている。

 「こんなステキな湯呑みがあったのですね。この前お茶をご馳走になった時はビーカーにお茶が入っていましたけど。」

 レイアが持ってきた湯呑みはたっぷりとした厚みがあり、とろりとした光沢のある墨色だった。
 表面をよく見てみれば石粒のような薄い凹凸が見える。
 お茶の底部分である高台はザラリとしていて土の質感を感じる。
 すっぽりと手に収まりお茶の温かさが心地よい。フゥゥとゆっくり息を吹きかけるとお茶に小さな水面を作り出す。
 触れる口当たりは優しく、お茶の甘みが口内に広がれば満足げな吐息にすり変わった。

 「良いだろう。日本のキョウトという所の物らしい。一緒に写真が付いててな。調べたら日本は今コーヨーシーズンといって草木が燃えるような紅色になるらしい。それは美しい写真だった。
 はて、どこにいったか。この辺りに置いておったと思ったが・・・。」

 乱雑に物が積み重なっている机をゴソゴソと探す様子を見て、その写真を見ることはもうしばらく先だろうとライオスは早々に諦める。
 それはレイアも同じだったようで数分もしないうちに探すことを投げ出してしまった。
 元々このレイアという人物は自分の興味対象以外の事には歯牙にもかけないのだ。
 その麗しい見た目で寄ってくる男は数多いるが、顔も名前も覚えない彼女の無関心さに大抵の人は逃げ出してしまう。

 「知っておるか、ライオス。キョウトという場所には多くのお菓子があることを。
 宇治抹茶にわらび餅にあられに大福、落雁、金平糖、豆餅にお汁粉。まだまだ見たことも食べたこともないお菓子が山ほどあるんじゃ!
 そもそもお菓子というのは長い歴史の中で様々な変遷を経て形を変えたどり着いた最高の嗜好品であり、今はその見た目から芸術作品とまで呼ばれるようになった。
 和菓子と洋菓子からさらに生菓子、半生菓子、干菓子に分類され国が違えばお菓子も色や形を変え製造工程さえも微々に変化しよるのじゃ!その中でも日本という国はお菓子の種類はもちろん、味も一級品で――」
 「レイア。お菓子の歴史も大変興味あるのですが、僕がここに来た意味はもうご存じでしょう?」

 永遠と続きそうな空気を予期したライオスはレイアの話を無理やり遮った。
 聊か大きな声だったのかレイアも話をピタっと止め、口を尖らせながら手元の湯呑みを口に運ぶ。

 「現在この学園の結界術を構築しているのはあなたでしょう。その結界が破られ無効化されているかもしれない――。既にTwilight forest静かなる森のことは耳に入っているのでしょう?」

 声が大きくなったことを反省し、今度は落ち着き払った声で問いかけた。ここでレイアに臍を曲げられても困るのだ。

 「ふん。耳に入るも何も内側に異変があったことは誰よりも早く気付いておったわ。」
 「異変の正体は?」
 「・・・・。」
 「レイア?」
 「結界には何も問題は起きておらん。結界の構築もエレメントの流れも一切異常は見られない。それは現時点でもだ。」
 「ということは?」
 「――。」
 「――――。」

 ライオスは再びお茶を啜る。お茶は適度に冷め、その分甘さが際立って感じた。
 誤魔化しているというわけではないだろう。そもそも弁明を言う手間さえ億劫がるのだ、この目の前で仏頂面をしているレイアは。

 レイアの最大の興味は未解明のエレメントの研究である。興味対象の分野を目の前にすると、平気で2,3日は食べることも寝ることも厭わないそうだ。
 興味が無いことにはとことん無頓着であるが、どうやらお菓子には人一倍の関心があるらしく、それはこの散らかった空間の中で唯一お行儀よく彼女の本棚に収まっている「世界のお菓子」「和菓子の歴史」「極上スイーツ」「幸せなお菓子」などの本たちがそれを物語っていた。
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