堕ちた令嬢と冥界の契約

第3話 果てなき旅の果てに

魔導列車の窓から流れる景色は、クロエにとってもはや見慣れたものとなっていた。山々を越え、平原を横切り、いくつもの町や村が、彼女の目の前を音もなく通り過ぎていく。旅の終わりが見えないまま、クロエはただ列車に揺られ、乗り継ぎを繰り返していた。彼女の目的地、港町イステリアへと向かう長い旅路は、まだ終わっていない。

「あともう少し……もう少しで自由だわ」

クロエはそう自分に言い聞かせながら、窓の外に広がる景色を見つめていた。魔導列車をいくつも乗り継ぎ、東へ、さらに東へと進むたび、風景は徐々に荒涼としていった。王都の豪華な街並みとは違い、どこか寂れた雰囲気が漂う町や村が続く。人々の暮らしは質素で、自然の厳しさと共に生きる様子が窓越しに伝わってきた。

クロエは1週間前、家族の元を飛び出し、追手の目を逃れて旅に出た。最初の列車で遭遇したハートフィリア家の騎士たちからは、不可視化の魔法でなんとか逃れたが、それ以来、常に彼らが近くにいるような緊張感があった。彼女は疲労と不安を抱えながらも、決して足を止めることなく前へ進んできた。

旅の途中、クロエは何度も駅で列車を乗り継がなければならなかった。辺境の地イステリアへ向かう直通の列車はなく、どの列車も小さな町で停車し、そこからさらに別の列車へと乗り換える必要があった。乗り換えのたび、彼女はフードを深くかぶり、人混みの中に紛れ込んで、騎士たちの目を逃れるために神経を張り詰めていた。

ある日、荒野を通る列車に乗っていたクロエは、車内の静けさに気がついた。乗客はほとんどいなくなり、窓の外には広大な砂漠地帯が広がっていた。風が吹き荒れる中、遠くには切り立った岩山が見える。まるで世界の果てに来たかのような風景だった。

「これが……辺境か」

彼女は窓越しに広がる荒野を見つめながら、つぶやいた。ここまで来れば、もうハートフィリア家の追手も追ってこないだろう――そう自分に言い聞かせるものの、完全に安心することはできなかった。彼女の心の中には、常に不安と警戒心が残っていた。

列車が次の駅に停車し、乗客たちがぞろぞろと降りていく中、クロエもゆっくりと立ち上がった。列車の乗り継ぎがまた必要だ。この辺境に来るほど乗客は少なくなり、目立つことが増えてきた。だが、ここまで来ればイステリアはすぐそこだ。彼女は焦りを抑え、冷静に行動し続けることに決めた。

旅の最終日、クロエが乗った列車がようやく海辺の町へと近づいていった。彼女は、これまでとは違う風の匂いに気がついた。潮の香りが窓から入り込んでくる。遠くに広がる海が、輝く水平線を描いていた。

「これが……イステリア……」

列車がイステリアの駅に近づくにつれ、クロエの心には不思議な感覚が広がった。自由を手にする喜びと、これから何が待ち受けているのかという不安が交錯していた。だが、もう戻ることはできない。ここからは、彼女自身の力で未来を切り開くしかない。

列車がゆっくりと停車し、クロエは荷物を抱えてホームに降り立った。潮風が彼女の黒髪を揺らし、肌に冷たい風が当たる。駅の周りには、古びた木造の建物が立ち並び、港町独特の活気と静けさが同時に漂っていた。漁師たちが忙しく作業をしている姿が遠くに見え、町のあちこちで港から上がった新鮮な魚が売られている。

「ここが私の新しい場所……」

クロエはそうつぶやき、駅を後にして港の方へ向かって歩き出した。これまでの旅は長く、心身ともに疲れ果てていたが、ここでの新しい生活に希望を感じていた。イステリアは、彼女にとって自由と再出発の場所だ。ハートフィリア家からの追手も、ここまで追ってくることはないだろう。

街の通りを歩きながら、クロエは宿を探すことにした。まずは休息が必要だった。そして、その後は冒険者としての活動を始める準備をしなければならない。これまでの生活とはまったく違う、厳しい現実が待っているかもしれないが、それでも彼女は覚悟を決めていた。

「もう、誰にも縛られない。自分の力で生きるんだ」

クロエは決意を胸に、港町イステリアの風景を眺めながら、ゆっくりと歩き続けた。これが彼女の新たな物語の始まりだった。果てしない旅路の先で、彼女はついに自由を手に入れるための第一歩を踏み出したのだ。