闇に堕ちた公爵令嬢:ゴブリンの呪印

第5話 疑念の眼差し

クロエ・ハートフィリアは、今日も魔術学園での一日を平静を装って過ごそうとしていた。だが、胸の奥に抱えた秘密が彼女の心を重くしている。学園内での授業や友人たちとの会話に集中しようとするたびに、その重荷がじわりと忍び寄り、彼女の精神を蝕んでいく。

その日の授業は、闇属性の魔術に関するものだった。クロエは闇属性の魔力を持つ希少な存在として、常に教師たちや生徒たちの注目を集めている。だが、その注目の中で、クロエは次第に周囲の目が厳しくなっていることに気づいていた。

授業中、クロエはいつも通り教科書に目を通し、注意深くノートを取っていた。しかし、ふとした瞬間、隣の席に座る親友のリリスが、じっと彼女を見つめていることに気づいた。クロエは驚きつつも、すぐに平静を装い、微笑みを返した。

「何か変なことでもあったかしら？」

クロエはできるだけ自然に尋ねたが、その声には微かに不安が滲んでいた。リリスは少し戸惑った様子で答える。

「いや、ただ…最近、クロエが少し様子が変わった気がして…気のせいかしら？」

その言葉に、クロエの心は一瞬凍りついた。彼女は一体、どれほど自分の秘密を隠すことができているのだろうか。ゴブリンとの関係や、夜ごとに繰り返される屈辱的な行為を、誰かに気づかれているのではないかという恐怖が、彼女の胸に押し寄せる。

「気のせいよ。少し疲れているだけかもしれないわ。最近、課題が多くてね。」

クロエは笑顔を浮かべて答えたが、その笑みはどこかぎこちなかった。リリスはそれ以上は何も言わず、ただ頷いただけだったが、彼女の目にはまだ疑念が浮かんでいるように見えた。

授業が終わり、クロエは友人たちと一緒に廊下を歩いていた。だが、どこかみんなの様子がおかしい。まるで彼女を遠巻きにして観察しているような視線を感じる。親しい友人であるエリオットが、突然彼女に問いかけた。

「クロエ、本当に大丈夫か？最近、夜に外に出ているところを見かけたって噂があるんだけど…」

その言葉に、クロエの心臓が大きく跳ね上がった。彼女は必死に冷静さを保とうとしたが、その目は怯えたように揺れていた。誰かに見られていたのだろうか？それともただの偶然なのか？

「ええ、何でもないわ。夜に少し散歩をすることがあるの。考え事をするときには、少し歩くと気分が晴れるから。」

クロエは必死に言い訳を考えたが、その声にはどこか焦りが感じられた。エリオットは眉をひそめながら、さらに問い詰める。

「でも、夜遅くに散歩なんて危険じゃないか？何か心配事があるなら、僕たちに話してくれればいいんだ。」

クロエはその言葉に一瞬言葉を失った。彼女は自分の苦しみや屈辱を、誰かに話したいと何度も思ったことがある。しかし、それができない現実が彼女を押し潰していた。クロエは必死に笑顔を作り直し、エリオットの肩に軽く手を置いた。

「本当にありがとう。でも大丈夫よ、ただ少し疲れているだけ。心配しないで。」

クロエはその場をどうにか切り抜けたが、彼女の心の中にはさらなる疑念と不安が広がっていた。友人たちの目が彼女を疑っているように感じられ、その視線が彼女の心に深く突き刺さった。

その日の授業が終わり、クロエは一人で学園の庭を歩いていた。美しい花々が咲き誇る庭は、かつて彼女にとっての安らぎの場所だった。しかし今は、彼女の心に平穏をもたらすことはなかった。夜が近づくたびに、ゴブリンの命令に従わなければならないという屈辱的な現実が、彼女の心を重くしていた。

家に戻る時間が近づいていたが、クロエは足を止め、空を見上げた。彼女の胸にあるのは、友人たちの疑念が彼女の秘密にどれほど迫っているのかという恐怖だった。もしこのままでは、いずれ全てが露見し、彼女の生活が崩壊してしまうのではないかという不安が押し寄せる。

「どうして…どうして私がこんな目に…」

クロエは小さな声で呟き、拳を強く握り締めた。だが、答えは風に消え、ただ彼女の心にさらに重い闇を残すだけだった。彼女の秘密が暴かれるその日が来るのではないかという恐怖と、友人たちの疑念の目が彼女を追い詰め続ける中、クロエはさらに深い孤独と絶望に飲み込まれていくのだった。