闇に堕ちた公爵令嬢:ゴブリンの呪印

第2話 秘密の重荷

クロエ・ハートフィリアの一日は、表面上は何事もないかのように始まった。豪華なベッドから目を覚ました彼女は、まるで夢から覚めたかのように昨夜の出来事を思い返した。だが、それが夢などではない現実だということは、すぐに心の奥底に重くのしかかる。鏡に映る自分の顔を見つめながら、クロエは自分の中で何かが決定的に変わってしまったことを感じていた。

あの夜、ゴブリンの手によって呪印を刻まれた瞬間から、クロエの生活は大きく狂い始めていた。クロエは今、ゴブリンの命令に逆らえない立場に立たされている。それだけでも十分に恐ろしいが、さらにゴブリンはクロエの従魔になりすましたまま、屋敷に住むことを強制してきたのだ。

「ミス・クロエ、お目覚めの時間でございます。」

メイドのベルが優雅な声でドアをノックする。クロエはひとつ深呼吸をし、表情を整えてからベッドを降りた。彼女がどれほど疲れ果て、精神的に追い詰められていても、貴族の令嬢としての役割を果たさなければならない。誰にも知られてはならない秘密を抱えながら。

「おはよう、ベル。今日も素敵な朝ね。」

鏡の前で微笑みを浮かべるが、その瞳の奥にはどこか陰りがあった。クロエは毎日こうして、屋敷の者たちに何事もないかのように振る舞わなければならない。しかし、その背後には恐ろしい秘密が隠されている。それは、クロエが従魔として紹介したゴブリンの存在だ。

「そうね、今日も学園で頑張らなくちゃ。」

ベルに支度を手伝ってもらいながら、クロエは胸の奥で押し寄せる不安を必死に押し殺した。ゴブリンは見た目こそ従順な従魔のように振る舞っているが、彼の狡猾さはクロエ自身が最もよく知っている。彼が今後どんな命令を下すのか、どんな屈辱を強いるのかを考えるだけで、胸が締め付けられるような感覚に陥る。

朝食の席では、クロエはいつも通りの家族との会話を楽しんでいるかのように振る舞う。だが、その笑顔の裏で彼女は常に気を張っていた。ゴブリンが今、どこで何をしているのか、彼女の知らないところで何かを企んでいないか、そんな考えが頭をよぎるたび、冷や汗が背中を伝う。

「クロエ、お前の従魔はなかなか珍しい種族だな。」

父親が興味深げに話しかけてくる。クロエは冷静に微笑みながら答えた。

「ええ、父様。闇属性の魔力に適応する珍しい従魔だと聞いています。きっと私の魔術の助けになるでしょう。」

クロエは自分の声が震えないように注意深く言葉を選んだ。彼女の心の中では、家族にこの秘密がバレることへの恐怖が渦巻いていた。もしゴブリンの正体が露見すれば、クロエだけでなく、家族全員が危険に晒されるかもしれない。

朝食を終え、学園に向かう時間がやってきた。クロエは学園での生活を取り戻そうとするが、その背後には常にゴブリンの影が付きまとっていた。教室で授業を受けているときも、友人たちと話しているときも、クロエの頭の片隅には常に「彼」がいた。ゴブリンが屋敷で何をしているのかを考えると、落ち着くことができない。

学園での一日は長く感じられた。クロエは表向きには何事もなく過ごしながら、心の中で抱える秘密の重荷に押しつぶされそうになっていた。彼女が感じる羞恥心や屈辱感は、夜になるとさらに強まることだろう。ゴブリンが何を要求してくるのか、彼女にはわからない。ただ、クロエはそのすべてに従わなければならないのだ。

夜が訪れるたび、クロエの心は暗く沈んでいく。彼女は、自分がこれからどれだけの屈辱を味わい、どれだけの羞恥心に耐えなければならないのかを考えるたび、恐怖と絶望に苛まれた。屋敷の中で従魔を装うゴブリン、その存在がクロエにとって何よりも恐ろしい秘密となり、彼女の人生を根底から揺るがしていた。