元公爵令嬢の冒険者ライフ

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第29話 王都セレスティア

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シエロ王国の王都セレスティアの中心地にある王宮は、純白の大理石で造られており、光を受けるたびにその表面が輝き、空の青さと調和して幻想的な光景を作り出していた。

高くそびえる尖塔がいくつも立ち、特に中央の「空光塔くうこうとう」は、まるで天空に手を伸ばすような高さを誇っており、塔の先端には巨大なクリスタルが据えられていた。
昼間は太陽の光を反射して王都全体に光を広げ、夜間には柔らかな青白い光を放って星々と共鳴するように輝きを放つ幻想的な光景が広がっていた。

塔の最上階は、王宮の最も神聖な場所である「空天の間くうてんのま」と呼ばれており、広間の中央には王の玉座が置かれていた。

玉座に座るのは金髪に紫色の瞳を持つ初老の男だった。

騎士顔負けの鋭い眼光と威厳のある佇まいだが、どこか疲れた表情をしているこの男こそ、シエロ王国の国王レオニス・エスパーダだった。

「残念だが、其方の娘は見つからなかった」

レオニスは、重苦しい空気の中、絞り出す様に告げた。
彼の視線の先には、1人の男が立っており、恐ろしい形相で国王であるレオニスを睨んでいた。
美しい銀髪は短く切り揃えられており、黄金に輝く瞳は怒りと憎しみで燃える様に揺らいでいる。

レオニスと同じ初老の男は、かつて戦場を共にした戦友であり、三大公爵家の一つであるハートフィリア家の当主レオナルド・ハートフィリアだった。

白銀騎士団の団長でもあり、忠実な家臣であるはずのレオナルドは抑えきれない怒りを吐き出す様に深いため息を吐いた。

強く握られた彼の拳は、愛娘を失った怒りで震えていた。

「それで?」

燃える感情とは真逆な冷たい声だった。

冷静さを取り繕ってはいるが、レオナルドの体から漏れ出た冷気が彼を中心に広間を凍て付かせて行く。



レオナルドが放つ凄まじい威圧感を前に、王国騎士達は萎縮してしまっており、動けずにいた。

ハートフィリア家はシエロ王国の剣であり、その当主であるレオナルドは、シエロ王国最強の騎士だった。

レオナルドが暴走した場合、この場に彼を止められる者は存在しない。

それ故に、国王であるレオニスですら、簡単には口を開けずにいた。

「其方の要望通り、王国騎士団を派遣したが、3ヶ月以上経過した今も痕跡すら見つかっていないのだ・・・そろそろ」

レオニスは、その続きを口に出来なかった。

ハートフィリア家の長女であり、第一王子である息子の婚約者でもあったクロエ・ハートフィリアの生存は絶望的だった。

恐らく、クロエ・ハートフィリアは・・・既に殺されている。

殺した犯人の予想が付いている故に、軽々しく口にする事も出来ない。

「最初に約束したはずだ・・・娘の安全は絶対に守ると!」

普段は厳しくも感情を表に出さないレオナルドは、怒りを隠そうともせずに怒鳴り声を上げた。

あの日、国王レオニスが王家とハートフィリア家の絆を深める為に、第一王子シオンと公女クロエの婚約を提案した時、レオナルドは断固として拒否した。

その行為は、王家への侮辱とも取られかねないモノだったが、レオナルドは王位継承争いにクロエが巻き込まれる事を懸念しており、純粋に娘の幸せを願っての行動だった。

その後も幾度と無く交渉した結果、公女の身の安全を保証する事で、漸く成立した婚約も王妃のせいで破談になってしまった。

側室の子であるシオンを嫌悪する王妃と第二王子派が結託して、クロエ暗殺計画を企てた事を発端に全ての歯車が狂い始めた。

「我が愛娘は、お前のヘタレな愚息の為に不名誉な濡れ衣を着せられ、バカな噂話のネタにされていても、笑って耐えていた!愛しい娘が侮辱されているというのに、守ることすらできない親の気持ちが貴様に分かるか!?しかも、お前のバカ息子は、娘を守るどころか、婚約破棄をして我が娘を断罪すると吐かした時は、首を切り落とそうかと思ったが・・・王家との縁を切れる良い機会だと思い受け入れた・・・しかし、その結果がこれか!?」

今回の件について、第一王子シオンがクロエの安全を確保する為に、一時的にクロエとの婚約を破棄して、貴族の資格を剥奪する事で、王妃と第二王子派の魔の手から遠ざけようとした事は互いに把握していた。

それ故に、レオナルドが怒るのも仕方が無かった。

愛する娘の命を守る為に、王都から遠く離れた港町カナンに送り、不名誉な濡れ衣により、ハートフィリア家から除名までしたのに、隠れ家に連れて行く前に第二王子派の騎士に連れ出されてしまったのだ。

しかし、証拠が無い以上、王妃や第二王子派の貴族を追求する事は出来ない。
しかも、断罪されて平民に降格した以上、クロエの身に何かあったとしても、貴族や王妃を断罪する事は難しく、平民の捜索に王国騎士団を派遣する事も出来なかった。

ハートフィリア家からの正式な抗議と第一王子の宣言撤回により、漸く王国騎士団の派遣を実現できたが、既に時は遅く、クロエを見つけ出す事は出来なかった。

「我の力不足で其方の娘を失った事は、本当に申し訳ないと思っている」

王家への不敬罪になる様な発言に対して、国王レオニスは、かつての戦友として頭を下げた。

レオナルドも頭では娘の死を理解していても、心が拒絶しているのだろう。

行き場の無い怒りの矛先が自分に向けられるのなら、甘んじて受け入れるしかない。

「いい加減にせぬか!それが主君である国王への態度か!」

甲高い女性の怒声が広間に響いた。

入口から入ってきた赤髪の女性を見た瞬間、レオニスは額に手を当てて頭痛が酷くなるのを感じていた。

気の強そうな青い瞳で、レオナルドを睨みつける女性こそ、レオニスの妻であり、シエロ王国の王妃クリスティーナ・エスパーダだった。

クリスティーナの背後には、同じく赤髪の騎士が立っており、不敵な笑みを浮かべて、レオナルドを見ていた。

彼は三大公爵家の一つファフニール家の長男グレン・ファフニールであり、シエロ王国の闇だ。

王妃の実家でもあるファフニール家は、諜報・暗殺などの仕事を担っており、第二王子派の筆頭貴族だった。

今回のクロエ失踪事件の主犯と思われる人物の登場に、レオナルドは、黄金の瞳を見開き、周囲が一瞬にして凍てつく。

しかし、王妃を守る様に爆炎の壁が生じて、冷気を相殺した。

「不敬な!貴様の娘は死んだのだ!諦めて法に従い盛大に弔ってやれば良かろう!」

王国法では、平民は3ヶ月以上行方が分からない場合、死亡扱いにする事が決められており、クロエ・ハートフィリアは、法的には死んだ事にされていた。

王妃の嘲笑う様な笑みが、レオナルドの心を凍て付かせて行く。
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