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第25話 心の穴
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港町カナンの中心街にある酒場は、観光シーズンの終わりを告げるかの様に寂れていた。
古臭い木造の丸テーブルでは、観光客の代わりに仕事終わりの漁師が磯臭い格好でウォッカをあおっており、キープボトルが並んだバーカウンターでは、常連の爺さんが顔を赤らめながら安酒をちびちびと呑みながら、マナーが悪い観光客への悪口を愚痴っていた。
カウンター越しにいつもの店内の光景を眺めながら、店主は視線を左に移す。
「ご注文は?」
空のグラスを見て、店主が質問する。
「ウィスキーのロックで・・・とびきり強いヤツニャ」
茶髪に犬耳の美少女は、テーブルカウンターに顎を乗せたまま、不満そうな表情を浮かべた。
かなり酔っているのか、頬が赤い。
椅子からはみ出たフサフサな尻尾を揺らしながら、出されたウィスキーのグラスを一飲みで空にした。
「・・・退屈な人生ニャ」
ユナは憂鬱そうに溜息を吐いて、空のグラスをテーブルに置いた。
完全なヤケ酒だった。
虚無感と言えば良いのだろうか?
まるで、生きる意味を失ったかの様に心が空っぽだった。
あの日から、ユナは無気力な生き方をしていた。
恋人や家族を失ったかの様に何をしても虚しく感じてしまう。
クロエをゴブリンの洞窟に連れて行ったのは失敗だった。
クロエはユナにとって生きがいとも呼べる存在であり、手放すつもりは毛頭無かった。
最初は1週間程度放置したら、直ぐに迎えに行く予定だった。
ゴブリンは、捕まえた雌を簡単に殺す様な勿体無い事はしない。
犯し、陵辱し、家畜の様に扱うが、決して殺さない。
孕み袋として、死ぬまでゴブリンの子を産ませ続けるだけだ。
早熟な種族であるゴブリンは妊娠から出産まで平均2週間程度とされており、一度に5~8匹のゴブリンを産み落とす。
人間の雌であれば、体力的に5回から6回程度の出産が限界であり、孕み袋の大半は3ヶ月以内に死ぬ。
あの日から既に3ヶ月以上が経過しており、クロエが生きている可能性は極めて低かった。
「これも全て、王国騎士団のせいニャ!」
ユナは不満をぶちまけるかの様にテーブルを叩いた。
店主が心配そうにチラチラと視線を向けるが、一応、手加減をしているので、テーブルは壊れていない。
クロエをゴブリンの洞窟に置き去りにした日、ユナが街に戻ると、物々しい数の王国騎士団がカナンの港町に押し寄せた。
どうやら、王家が失踪したクロエを捜索する為に大々的に騎士団を派遣したらしく、聞き取り調査が行われていた。
更に、騎士団が街を封鎖してしまったせいで、クロエを助けに行く事も出来なくなってしまった。
クロエを貴族社会から追放した張本人である王家が、どうして今になってクロエを探しているのかは分からない。
しかし、王家が騎士団を動員したとなると、只事では無い。
つまり、平民に堕ちたはずのクロエに、それだけの価値があると言う事だ。
この状況でクロエを連れ帰ったとしても、王国騎士団に見つかれば、奪い取られてしまうのは目に見えていた。
クロエをゴブリンの洞窟に置いてきた事は不幸中の幸いであり、騎士団に見つかる事はまず有り得ない。
だから、ユナはそのままクロエを隠す事にした。
しかし、予想以上に王国騎士団の捜索は長引いた。
3ヶ月が経過して漸く諦めが着いたのか、今朝、街の封鎖が解除されて王国騎士団も引き上げて行った。
「一応、明日は確認しに行ってみるかニャ?」
可能性は低いが、未だ生きている可能性はゼロでは無い。
一縷の望みに賭けてみるのも悪くは無いだろう。
「おっちゃん!お勘定ニャ」
浴びる程に酒を飲んだユナは、フラつきながら家路を歩いていた。
免疫力が高いウェアウルフとは言え、アルコール度数の高い酒を2升以上飲めば人並みに酔っぱらう。
千鳥足とまではいかないが、おぼつかない足取りで、深夜の街を抜けて、森の中にある家に辿り着いた。
「・・・誰かいるニャ?」
ユナは鼻をひくつかせて匂いを嗅ぐ。
犬の数倍も鼻が効くユナは、一瞬にして匂いの正体に気がつくと、ニヤリと笑みを浮かべた。
ほんのりと甘く、華やかな愛おしい香り。
嗅いだ事のある懐かしい匂いだった。
「・・・おかえり」
家の前で待ち構えていたのは、黒髪に金色の瞳を持つ美少女だった。
黒いパーカー姿の少女は、仁王立ちで腕を組んでおり、凛とした表情でユナを睨みつけている。
「ニャハハッ!生きていたニャ!」
ユナは歓喜のあまり、笑いが込み上げる。
思わず抱きしめたい衝動に駆られるが、なんとか理性で踏み止まる。
「私が生きてて、残念だったかしら?」
クロエは、不敵な笑みを浮かべて、ユナを見つめる。
その黄金の瞳からは以前の恐怖心や卑屈さは消えており、自信に満ちていた。
ンニャ?少し強くなって調子に乗ってるのかニャ?
ユナの獣の本能により、クロエが纏うオーラが以前とは比べ物にならないくらい強くなっている事を肌で感じていた。
「大事なペットが帰って来たんだから、嬉しいに決まっているニャ!」
ユナはクロエの姿を見て、エメラルドグリーンの瞳を光らせる。
「そんな事より・・・ウチがあげた首輪はどうしたのかニャ?」
クロエの細い首には、隷属の首輪は嵌められておらず、白い肌が見えていた。
自分では決して外す事が出来ないはず・・・ゴブリン共が外したのかニャ?
「捨てたわ・・・今の私は、自由よ」
クロエは、過去と決別するかの様に呟くと、全身に闇のオーラを纏った。
「ご主人様の贈り物を捨てるなんて、酷いペットだニャ・・・それで、何しにここに来たのかニャ?」
首輪が無いのなら、そのまま何処かに逃げる事だって出来たはずだ。
それなのに、わざわざここに来たという事は、理由なんて聞かなくても分かっていた。
「リベンジマッチよ!」
クロエが両手に暗黒物質のダガーナイフを創り出すと同時に走り出していた。
「受けて立つニャ!」
即座に臨戦態勢に入ったユナが迎え打つ。
古臭い木造の丸テーブルでは、観光客の代わりに仕事終わりの漁師が磯臭い格好でウォッカをあおっており、キープボトルが並んだバーカウンターでは、常連の爺さんが顔を赤らめながら安酒をちびちびと呑みながら、マナーが悪い観光客への悪口を愚痴っていた。
カウンター越しにいつもの店内の光景を眺めながら、店主は視線を左に移す。
「ご注文は?」
空のグラスを見て、店主が質問する。
「ウィスキーのロックで・・・とびきり強いヤツニャ」
茶髪に犬耳の美少女は、テーブルカウンターに顎を乗せたまま、不満そうな表情を浮かべた。
かなり酔っているのか、頬が赤い。
椅子からはみ出たフサフサな尻尾を揺らしながら、出されたウィスキーのグラスを一飲みで空にした。
「・・・退屈な人生ニャ」
ユナは憂鬱そうに溜息を吐いて、空のグラスをテーブルに置いた。
完全なヤケ酒だった。
虚無感と言えば良いのだろうか?
まるで、生きる意味を失ったかの様に心が空っぽだった。
あの日から、ユナは無気力な生き方をしていた。
恋人や家族を失ったかの様に何をしても虚しく感じてしまう。
クロエをゴブリンの洞窟に連れて行ったのは失敗だった。
クロエはユナにとって生きがいとも呼べる存在であり、手放すつもりは毛頭無かった。
最初は1週間程度放置したら、直ぐに迎えに行く予定だった。
ゴブリンは、捕まえた雌を簡単に殺す様な勿体無い事はしない。
犯し、陵辱し、家畜の様に扱うが、決して殺さない。
孕み袋として、死ぬまでゴブリンの子を産ませ続けるだけだ。
早熟な種族であるゴブリンは妊娠から出産まで平均2週間程度とされており、一度に5~8匹のゴブリンを産み落とす。
人間の雌であれば、体力的に5回から6回程度の出産が限界であり、孕み袋の大半は3ヶ月以内に死ぬ。
あの日から既に3ヶ月以上が経過しており、クロエが生きている可能性は極めて低かった。
「これも全て、王国騎士団のせいニャ!」
ユナは不満をぶちまけるかの様にテーブルを叩いた。
店主が心配そうにチラチラと視線を向けるが、一応、手加減をしているので、テーブルは壊れていない。
クロエをゴブリンの洞窟に置き去りにした日、ユナが街に戻ると、物々しい数の王国騎士団がカナンの港町に押し寄せた。
どうやら、王家が失踪したクロエを捜索する為に大々的に騎士団を派遣したらしく、聞き取り調査が行われていた。
更に、騎士団が街を封鎖してしまったせいで、クロエを助けに行く事も出来なくなってしまった。
クロエを貴族社会から追放した張本人である王家が、どうして今になってクロエを探しているのかは分からない。
しかし、王家が騎士団を動員したとなると、只事では無い。
つまり、平民に堕ちたはずのクロエに、それだけの価値があると言う事だ。
この状況でクロエを連れ帰ったとしても、王国騎士団に見つかれば、奪い取られてしまうのは目に見えていた。
クロエをゴブリンの洞窟に置いてきた事は不幸中の幸いであり、騎士団に見つかる事はまず有り得ない。
だから、ユナはそのままクロエを隠す事にした。
しかし、予想以上に王国騎士団の捜索は長引いた。
3ヶ月が経過して漸く諦めが着いたのか、今朝、街の封鎖が解除されて王国騎士団も引き上げて行った。
「一応、明日は確認しに行ってみるかニャ?」
可能性は低いが、未だ生きている可能性はゼロでは無い。
一縷の望みに賭けてみるのも悪くは無いだろう。
「おっちゃん!お勘定ニャ」
浴びる程に酒を飲んだユナは、フラつきながら家路を歩いていた。
免疫力が高いウェアウルフとは言え、アルコール度数の高い酒を2升以上飲めば人並みに酔っぱらう。
千鳥足とまではいかないが、おぼつかない足取りで、深夜の街を抜けて、森の中にある家に辿り着いた。
「・・・誰かいるニャ?」
ユナは鼻をひくつかせて匂いを嗅ぐ。
犬の数倍も鼻が効くユナは、一瞬にして匂いの正体に気がつくと、ニヤリと笑みを浮かべた。
ほんのりと甘く、華やかな愛おしい香り。
嗅いだ事のある懐かしい匂いだった。
「・・・おかえり」
家の前で待ち構えていたのは、黒髪に金色の瞳を持つ美少女だった。
黒いパーカー姿の少女は、仁王立ちで腕を組んでおり、凛とした表情でユナを睨みつけている。
「ニャハハッ!生きていたニャ!」
ユナは歓喜のあまり、笑いが込み上げる。
思わず抱きしめたい衝動に駆られるが、なんとか理性で踏み止まる。
「私が生きてて、残念だったかしら?」
クロエは、不敵な笑みを浮かべて、ユナを見つめる。
その黄金の瞳からは以前の恐怖心や卑屈さは消えており、自信に満ちていた。
ンニャ?少し強くなって調子に乗ってるのかニャ?
ユナの獣の本能により、クロエが纏うオーラが以前とは比べ物にならないくらい強くなっている事を肌で感じていた。
「大事なペットが帰って来たんだから、嬉しいに決まっているニャ!」
ユナはクロエの姿を見て、エメラルドグリーンの瞳を光らせる。
「そんな事より・・・ウチがあげた首輪はどうしたのかニャ?」
クロエの細い首には、隷属の首輪は嵌められておらず、白い肌が見えていた。
自分では決して外す事が出来ないはず・・・ゴブリン共が外したのかニャ?
「捨てたわ・・・今の私は、自由よ」
クロエは、過去と決別するかの様に呟くと、全身に闇のオーラを纏った。
「ご主人様の贈り物を捨てるなんて、酷いペットだニャ・・・それで、何しにここに来たのかニャ?」
首輪が無いのなら、そのまま何処かに逃げる事だって出来たはずだ。
それなのに、わざわざここに来たという事は、理由なんて聞かなくても分かっていた。
「リベンジマッチよ!」
クロエが両手に暗黒物質のダガーナイフを創り出すと同時に走り出していた。
「受けて立つニャ!」
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