元公爵令嬢の冒険者ライフ

第22話 死霊術

それは、邪悪で禍々しい魔の力であり、クロエが持つ闇の魔力とは、似て非なるモノだった。

その力の根源は、より邪悪で、禍々しく、深淵より深い冥界へと繋がっていた。

「眷属達よ、目覚めよ！」

ゴブリンキングの合図と共に、禍々しい闇がゴブリンの死体に纏わりつく。

「グギギ・・グギッ！」

すると、周囲に横たわっていた死体が息を吹き返し始めた。
しかし、その動きはぎこちなく、起き上がったゴブリンの瞳は虚ろで、生気は無い。

ゴブリンは、死臭と共に涎を垂らしながらクロエを見ると、狂気と憎悪に満ちた表情を浮かべた。

「死霊術！？」

生者が正のエネルギーを持っている一方で、死者は負のエネルギーを持つと言われている。
死霊術は、死体が持つ負のエネルギーに、闇が持つ負のエネルギーを掛け合わせる事で、擬似的に正のエネルギーに変化させて、死体を蘇らせる魔術だった。

しかし、それはあくまで偽りの正のエネルギーであり、無理矢理死体を生きているかの様に見せているに過ぎない。

蘇った死体に知性や記憶は無く、本能のままに喰らい、生者を憎むアンデットへと変えてしまう。

「さあ、喰らい尽くせ！」

ゴブリンキングが号令を下すと、アンデットとなったゴブリン達が一斉に襲い掛かってきた。

「なら、何度だって殺してあげる！」

クロエは、両手にダガーナイフを構えると、襲い掛かってきたゴブリンの胸に突き刺した。

「ギギィッ！」

しかし、アンデットとなったゴブリンに痛覚は無く、心臓を貫かれたと言うのに、怯むことすら無く掴み掛かってきた。

「クゥッ！？」

掴まれた左腕がメキメキと軋み、嫌な音が鳴る。

闇の力で強化されたアンデットは、リミッターを外されており、生前の3倍以上の力を発揮していた。

「この・・・汚い手を離しなさい！」

クロエは、魔力の外殻が破壊される寸前にナイフでゴブリンの腕を斬り落とした。
それと同時に前蹴りを放ち距離を取る。

「ギシャアッ！」

それでも、ゴブリンは牙を剥き出しに、クロエの首筋に噛み付こうと襲い掛かる。

「鬱陶しいわね！」

クロエは、暗黒物質ダークマターで漆黒の戦鎚を創り出した。
身の丈を超える巨大なハンマーを両手で握りしめたクロエは、思い切り横薙ぎに振り抜く。

「ギィッ！？」

魔力である暗黒物質ダークマターに重さの概念は無く、羽の様に軽く感じられる。
しかし、圧倒的な質量と速度で打ち付けられたゴブリンは、全身の骨が砕ける音と共に吹き飛び、洞窟の壁に激突した。

「アハッ！アンデットには斬撃より打撃系の方が効くみたいね！」

いくら痛覚が無いとは言え、全身の骨が砕けたアンデットは、物理的に起き上がる事が出来ずに踠いていた。

「アハハッ！潰れなさい！」

クロエは巨大な戦鎚を木の枝の様に振り回し、次々とアンデットを駆逐する。

度重なる戦いは、クロエを少しずつ成長させており、次第に動きが洗練されて行く。

「何をしている！一気に数で押し潰してしまえ！」

焦りの表情を浮かべたゴブリンキングが指示を出すと、10匹以上のゴブリンが一斉に押し寄せる。

「無駄よ！」

クロエは腰を深く落として、戦鎚を脇に構えた。
身体強化を限界まで発揮すると、全身の筋肉がブチブチと千切れる音が鳴る。
その痛みも今は快感であり、気分は高揚していた。
眼前にゴブリンの群れが迫った瞬間、クロエはハンマーを振り抜き、横一文字に一閃した。

身体強化による強力な一撃に魔力操作を組み合わせて、暗黒物質ダークマターの戦鎚を加速する。

「暗黒物質ダークマターが魔力で造られているなら、こう言う事も出来るのよね」

身体強化の力と魔力操作の加速の相乗効果により、音速の倍以上の速度に達した戦鎚の一撃は、流星の如くアンデットの群れを木っ端微塵に吹き飛ばした。

しかし、反動も大きく、筋肉がズタズタに切れており、骨にもダメージを受けたクロエは、手足をプルプルと震わせて、身動きが取れなくなっていた。

「アハハ・・・ちょっと無茶し過ぎた？」

有り余る生命力で超人的な自己回復力があるとは言え、酷使した肉体は、限界を超えており、回復に時間を要していた。

「ギィッ！」

その隙を見逃す程、ゴブリンは甘く無い。
洞窟の影に身を潜めていたゴブリンの生き残りが矢を放った。

「まだ、生き残りがいたの！？」

身体強化で動体視力と反射神経が向上しているクロエは、咄嗟に矢を避けようとするが、回復し切れていない脚が上手く動かない。

「クゥッ！？」

完全には避け切れず、矢がクロエの太ももを掠めて、擦り傷を残していた。

「ハッ！こんな傷・・・直ぐに、治って・・・あれ？」

擦り傷は瞬く間に塞がり回復するが、クロエは、視界が揺らぎ、身体が思う様に動かない。

立っている事も難しくなったクロエは、片膝をついて、目眩でクラクラする頭を押さえる。

切れた筋肉や骨のダメージは、そろそろ回復してもいい頃なのに、身体が痺れて動けない。

「まさか・・・毒！？」

狡猾で残忍なゴブリンは、様々な毒虫や毒草を採取して混ぜ合わせることで、様々な毒薬を作り出す事で知られていた。

先程、ゴブリンが放った鏃にも、麻痺毒、神経毒、血壊毒、溶解毒など、10種類以上の毒が混ぜ合わされた猛毒が塗られており、大型の肉食獣ですら5秒も掛からずに絶命する効果があった。

膨大な生命力を持つクロエは、体の組織を破壊されながらも、瞬時に回復することで、何とか死を免れる事は出来たが、麻痺などの状態異常に対しては、効果は薄く、身動きが取れなくなっていた。

「・・・ヤバ」

動けないクロエにアンデットの群れが襲い掛かる。