元公爵令嬢の冒険者ライフ

文字の大きさ
上 下
14 / 36

第14話 殺意

しおりを挟む
夜も更けた頃、クロエは静かにベッドから起き上がった。

隣では、パジャマ姿のユナが、無防備に腹を出して、静かに寝息を立てていた。



ユナの寝ている姿は、可愛らしい少女にしか見えない。
狼の耳と尻尾がフサフサで、思わず触りたくなる欲求に駆られるが、ユナの本性を知っているクロエは、冷静に思い留まった。

隷属の首輪によって奴隷にされたクロエは、ユナの命令には絶対服従を強いられる事になってしまった。

この状況から脱却する為には・・・ユナを殺すしか手段は無い。

クロエは、ユナを起こさない様に慎重にベッドから降りると、隠していたダガーナイフを抜いた。

武器屋で購入した未使用のダガーナイフを握りしめて、クロエはユナを見つめる。

私に・・・人を殺せるの?



公爵令嬢だったクロエは、当然、人を殺した事は無い。
人を殴ったのも路地裏で襲い掛かって来た暴漢が初めてだった。

それ以前は、せいぜい社交界で喧嘩を売って来た令嬢にお茶を掛けたり、平手打ちをする程度で、傷付けた事すら無かった。

自分の手で人を殺めなければいけないと思うと、クロエの手はカタカタと震えていた。

命を断つ事の責任と罪の重さは、クロエの想像を超えていた。

「・・・やらなきゃ」

しかし、今、ユナを殺さなければ、自分は一生奴隷として生きて行かなければならなくなる。

かつて、貴族の最上位である公爵令嬢として生きてきたクロエには、耐え難い屈辱だった。

覚悟を決めたクロエは、ナイフを逆手に持ち、振り上げる。

心臓は、胸骨に守られており、正確に狙うには難しい・・・狙うなら首だ。

気道を潰して、言葉を発せられなくすれば、命令も出来ない。
呼吸を出来なくし、動脈を傷付ければ、出血で死ぬはずだ。

いや・・・ユナはウェアウルフであり、高い自己治癒力を持っている。

首を刺した程度では死なないかも知れない。

クロエは、もう一本のナイフを取り出して、心臓と首の両方を狙う事にした。

「せめて、苦しまずに逝って」

次の瞬間、クロエは思い切りナイフを振り下ろした。
身体強化を発動し、渾身の力を込めて、眠っているユナの首と心臓へ刃を突き刺す。

「・・・何で?」

しかし、振り下ろしたナイフは、ユナに当たる寸前で停止していた。
どんなに力を込めても、壁に当たっているかの様に、それ以上前に進まない。

「もしかして、首輪のせい?」

クロエが自分で首輪を外せない様に、隷属の首輪の効果でご主人様であるユナへの攻撃も禁止されているのかも知れない。

「正解」

「・・・え?」

突然、声を掛けられて、クロエの身体がビクッと跳ねる。

ベッドを見ると、ユナは片目を開けて、クロエを見つめていた。



「起きて・・・いたの?」

ユナが目を覚ましていた事を知って、クロエの顔が見る見る青ざめて行く。

殺そうとしていた事がバレた?

クロエは、直ぐにナイフを後ろに隠して、後ずさった。

「まあね・・・殺気に気付かないとでも思った?」

ユナは、暗い表情で起き上がると、クロエの両腕を掴んだ。

「痛ッ!?」

ユナの万力の様な握力で握られたクロエは、手に力が入らず、ナイフを床に落とした。

「これでも、ちょっとショックを受けてるんだよ?」

ユナは、クロエの顔を覗き込み、怒りと落胆の表情を浮かべていた。

「私のこと・・・殺すの?」

クロエは、ユナの瞳を見て質問した。
奴隷が主人を殺そうとしたのだ。
普通なら、奴隷であるクロエは、その場で殺されてもおかしくは無い。

ナイフを振り下ろす瞬間から、覚悟はしていた。

人を殺そうとしたのだから、殺されても文句は言えないわね。

諦めの表情を浮かべたクロエは、薄く笑みを浮かべた。

「・・・殺して欲しいの?」

その笑みが癇に障ったユナは、クロエの首に手を掛けた。

「カハッ!?」

徐々にユナの手に力が入り、首が絞めつけられて行く。
ユナがその気になれば、クロエの首の骨ごと握り潰す事も容易いだろう。

それも悪く無いか。

このまま惨めに生きるくらいなら・・・死んだ方がマシなのかも知れない。

クロエは、瞳を閉じて、死を受け入れた。

「・・・気に食わないわね」

無様な命乞いを期待していたユナは、クロエの悟った様な態度に苛立ちを覚えて、床に押し倒した。

「ゲホッ!ゲホッ!な、何するのよ!?」

呼吸が止まっていたクロエは、咽せながらユナを睨みつける。

「ニャハハ・・・そんな簡単に死ねると思ったの?」

ユナは、悪意の込められた笑みを浮かべて、クロエを見下ろす。

「どういう意味よ!」

いっそのこと、一思いに殺してくれれば良いのに・・・。

「奴隷の基本は生かさず殺さずが基本ニャ!たっぷり可愛がってやるから覚悟するニャ!」

その瞬間、クロエは床に落ちているナイフを拾い上げると自らの首に向けて突き刺した。

「・・・死ぬ事も許されないの?」

自らの喉元に向けられた刃も先程と同じ様に見えない壁に遮られてしまった。



「ニャハハ!安心するニャ!ウチはアンタを絶対に殺さないから・・・一生可愛がってあげる」

ユナは、クロエに抱きつくと耳元で囁いた。

殺さないという言葉が、呪いの様に重く聴こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...