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第26話 七つの大罪

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 ぼんやりと携帯を見つめるのがもう習慣となっている。地図には赤い点が点滅し、移動している。以前朔弥から聞いた実家の住所へとしばらくいたにも関わらず、一時間もせずにまた移動しているのが気になって目が離せない。

 東京駅に到着した赤い点は果たしてどこに行こうとしているのだろうか。

 朔弥の携帯にこっそりと仕込んだGPSで位置情報を確認しながら、柾人は落ち着かなかった。

 大晦日の夜で間もなく除夜の鐘が鳴ろうとしているのに、動きを止める気配がない。

「朔弥……」

 一体彼に何があったのだろうか。

 朔弥がいなくなっても彼の痕跡をそのまま残したマンションで、食事を取る気にもなれず、業者が時折来ては綺麗にしてくれるこの部屋でただ朔弥が帰ってくるのを待ち続けた。

 話をしなければと思いながらも、勇気が出ずに年を越そうとしている今、赤い点は確実に柾人のマンションへと向かっているようで胸が高鳴る。

 ゴクリと唾を飲み込み、徐々に近づいてくるのを待てば、赤い点はある場所で止まり、動かなくなった。

「っ!」

 柾人は今までにないほどの慌てようでマンションの一室から飛び出す。

 エレベータが来るのがいつもより遅く感じ苛つき、到着のベルと共に開いたその箱の中に飛び込んでエントランスへと向かう。

 落ち着かない。

 当たり前だ、朔弥が帰ってきてくれたのだから落ち着いてなんかいられない。

 到着のベルと共に開いた隙間から飛び出してマンションを出れば、柾人が買ったコートに身を包んだ朔弥が、所在なく歩道に立っていた。

「えっ……柾人さん?」

 一ヶ月ぶりに目にするその姿に、もう余裕のある大人の仮面など被ってられない。驚いて今にも泣きそうに歪む顔を見たらいても立ってもいられなくて、その細い身体を力任せに抱きしめた。

「ぁ……」

 小さな吐息にも似た声を零して、朔弥は静かにその身を委ねてくる。

「逢いたかった……」

 他に伝えたい想いはたくさんあるのに、口に出せたのはそれだけ。いつもと違うシャンプーの匂いがする髪に顔を埋め、彼の存在を確かめるようにまた腕に力を込めてしまう。

 消えない。何度も夢で見たように掻き消されることのない確かな存在に、落ち込んでいた心がざわめき浮きだっていく。

 柾人の元に戻ってきてくれた、それだけで疲弊しきった心が幸福へと満たされていく。もう過去の恋人達のように離れていくことを当たり前だと思えない、朔弥だけは。このまま足の腱を切りもうどこにも逃げられないようにしてしまおうかと残酷なことまで頭を過り、必死に理性で深いところへと埋めていく。それほど柾人の精神は危うい場所に立っていた。

「えっと……ごめんなさい」

 首元にある小さな顔が、言葉を選ぶようにしてそう告げた。

「謝るのは私の方だ。君に酷いことをして申し訳ない……朔弥」

 愛しい名を口にするだけで、砂漠のような枯れた心に恵みの水が流れ込んで渇きを癒やし始める。

「あの、オレがここに来るの、迷惑じゃない、ですか」

「なにを言ってるんだ、迷惑などあるはずがない……もう帰ってきてくれないかと思った」

 弱い音がでるほど、朔弥に会えなかったこの一月足らずが辛かった。帰ってもしんと静まりかえった部屋。期待を込めて出社をすれば休暇と記載された彼のスケジュール。彼だけを求めてしまう心が死にそうになっていた。朔弥を知ってもう他の誰かを求められなくなった柾人の、悵然とした心を埋めてくれるのは彼しかいない。

「朔弥……」

 絞り出すような声でその名を呼ぶことしかできない。戻ってきてくれるならそれだけでいい。もう柾人に恋愛感情がないと言われても、側にいて利用されるだけでも十分だと思えるほどに、朔弥の存在は柾人の深淵に根付いていた。彼を失ったら自分がどうなるか想像もできないほどにその存在は柾人の中で重くなっていた。

 もう、放せない。

 前よりものめり込んでいるのが自分でも分かった。

 彼と離れてなど生きていけない。

 狂気を孕んだ自分の感情を持て余し制御できないでいる。これでは自分が絶対にああはならないと思っていた蕗谷と同じだと認めざるを得ない。朔弥を手に入れるためなら何だってする、それで他の誰かが危害を加えられても手放せないだろう。彼が求めているだろう優しい恋人の振りもできない。

「朔弥……」

「柾人さん……ごめんなさい。なにも言わずに出ちゃって……本当にごめんなさい」

 柾人の力に痛みを感じているはずなのに、朔弥は謝罪を口にするとその身を預け、自ら手を回した。いつものように柾人のシャツを掴む手に、泣きそうになった。

 あんなに乱暴に抱いた自分を許してくれるというのだろうか。怒りと不安をなにもしていない朔弥にぶつけ、痛めつけた自分を。

 彼の優しさに縋り付きながら、もう彼以外に愛せない自分を痛いほどに理解する。朔弥がいない世界となったらどれだけ自暴自棄になり、毀れてしまうのだろうか。

 自分を保てないほど誰かを愛したことはない。

 あの日以来。

 両親を失ってから柾人は愛に臆病になった。誰かに側にいて欲しいと願いながら縛り付けて、逃げられてはどこかホッとする。その繰り返しでどんどんと自ら心を傷つけては過去の痛みを麻痺させようとしていたのだと知る。

「謝らないでくれ……私が悪いんだ」

 少しだけ身体を離し、薄く寒さに色が悪くなった唇を塞ごうとした。

「ミャー」

 小さな鳴き声に二人の身体が動きを止める。

「ごめんミー。大丈夫だから」

「ミャー……ミャー」

 力ない鳴き声に朔弥が慌てて鞄を開ければ、随分と年老いた猫が顔を出した。これがあのか細い声の主ななのか。動物を飼ったことがない柾人は、突如現れた猫に驚き身体を離したが、朔弥はとても愛おしそうに喉元を撫で始めた。

「ずっと閉じ込めててごめん。もう少しだからちょっと中に入ってて」

 家族へと向ける親しげな声音に少しずつ正常さを取り戻す。
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