呪われた令嬢の辺境スローライフ

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第19話 亡霊の騎士

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 真夜中になり、静まり返った屋敷の中で、それは目を覚ました。

 何も無い空間に黒い霧状の粒子が収束していき、漆黒の全身鎧が現れる。
 光を一切反射しない闇の鎧は、体長2m以上あり、背中には身の丈程の大剣を背負っていた。
 全身に禍々しいオーラを纏っており、殺意に満ちた紅い光がフルフェイスの冑の奥で光っている。

 かつて英雄と呼ばれていた騎士は、死して尚、国を守る為に戦い続けた。
 それは、祖国に残した愛する妻と娘を守る為に・・・やがて肉は腐り落ち、骨すらも風化して、魂だけとなった英霊は、いつしか鎧と一体化し、不滅の肉体を手に入れていた。
 だが、気付いた時には、英雄の祖国は既に滅んでいた。
 守るべきモノを失った英雄は、復讐の為に闇雲に人間を襲い続けた。
 かつての英雄は、いつしか亡霊の騎士ファントムナイト と呼ばれる様になっていた。
 そして、魔王の側近として新たな主君と出逢う。
 しかし、その魔王も300年前の戦争で失ってしまった。

 あの日から300年、亡霊の騎士ファントムナイト は、魔王との最後の約束を守る為に、この屋敷を守り続けていた。

「侵入者か」

 彼の研ぎ澄まされた感覚は、屋敷内の状況を即座に把握する事ができた。
 この屋敷に侵入した人間は、誰一人として生かして帰した事は無い。
 最後に訪れた人間を殺したのは3年程前の事だ。
 もう、誰も来ないと思っていたが、人間と言う生き物は、忘れっぽいのか学習しないのか、次から次へとこの屋敷を訪れる。

 いっそのこと、近くの人間の街ごと滅ぼしてしまおうかと考えた事もあったが、彼にはこの屋敷を離れるわけにはいかない理由があった。

「3階の寝室か」

 彼は音も無く、亡霊の様に静かに廊下を進み、侵入者が眠る寝室の扉の前に辿り着いた。
 そして、扉を開ける事無く、霧状に変化して、隙間から室内に侵入すると、再び部屋の中で具現化する。

 寝室のベッドの上には、少女が裸で寝ていた。
 狐色の髪の毛に、雪の様に白い肌の美少女は、静かに寝息を立てている。

「人間・・・では無いのか?」

 少女の頭にはモフモフな愛くるしい犬耳が生えており、プリッと丸みを帯びたお尻の付け根からは、フサフサな尻尾が生えていた。

 ウェアウルフだろうか?
 普通のウェアウルフとは明らかに異質な雰囲気を持っている。

「この気配は、邪神エキドナの呪いか?」

 邪神エキドナは、あらゆる怪異や化物の産みの親であり、かつて世界を滅ぼした旧世界の神々の一柱だ。
 快楽と破滅を司る神であり、今も冥界の地下深くに封印されていると言われている。
 ダンジョンや魔物の発生も、大地から漏れ出た邪神エキドナの力が影響しているとも言われている。

 亡霊の騎士ファントムナイト 自身も邪神エキドナの影響によりアンデット化した魔物であり、目の前のウェアウルフの少女から発せられる気配と共鳴していた。

「だか、不完全だな」

 目の前のウェアウルフから発せられる邪神エキドナの気配は、亡霊の騎士ファントムナイト とは比較にならないくらい濃厚で禍々しかった。
 大地から溢れ出て空気中を漂う邪神の力でアンデット化した亡霊の騎士ファントムナイト に対して、目の前のウェアウルフは、直接、邪神エキドナの力を注ぎ込まれた様な濃厚なオーラを発している・・・まるで、邪神エキドナが目の前にいるかの様に錯覚してしまう程だ。

 魔物達は邪神エキドナの力を本能的に欲しており、邪神エキドナの気配に惹きつけられる。
 ありとあらゆる魔物が、この雌を欲するだろう。
 邪神エキドナの力を持つこの娘を陵辱し、犯し、孕ませる事ができれば、より強い魔物を産み落とさせる事ができる。

 ・・・もしかしたら、新たな魔王を産むかも知れない。

 亡霊の騎士ファントムナイト 自身も、本能的に、目の前の少女を陵辱して犯したい欲求に駆られていた。
 しかし、亡霊の騎士ファントムナイト は、既に肉体を失っており、生殖機能はとうの昔に無くなっていた。

 それに、先程、亡霊の騎士ファントムナイト が呟いた様に、目の前の少女は、魔物と呼ぶには、未だ不完全な状態だ。
 
 これほど濃密な邪神の力を持っているのにも関わらず、目の前の少女は、まだ魔物になりきれていない。
 魔物には、他の動物や人間とは明らかに違う特徴がある。
 それは魔石の有無だ。
 魔物は、それぞれ大小様々な魔石を体内に保有している。
 魔石は、魔力と邪神の力が混ざり合った結晶であり、魔物の持つ権能は、魔石によって生み出された力だ。
 しかし、目の前のウェアウルフからは、魔石の気配は感じられない。
 全身に邪神の力が巡っているが、結晶化はしていない。
 恐らく、魔物になりきれていないのは、人間の心を捨てきれていないからだろう。

「まだ、人として生きる道を諦めていないのか」

 かつては、自分もそうだった時期があったと、懐かしむ。
 しかし、亡霊の騎士ファントムナイト は、人として生きる道は千年前に捨てた。
 残念ながら、この道に帰り道は無いからだ。

「人の心を持ち続ける程、苦しみが長引くだけだというのに・・・愚かな娘だ」

 だが、もしこの娘が人の心を捨て、完全な魔物として覚醒したら、どれ程の力を持つのだろうか?

 末恐ろしい・・・故に、亡霊の騎士ファントムナイト は、見逃すわけにはいかなかった。

 亡霊の騎士ファントムナイト は背中の両手剣を抜いた。

「許せ、我が主君の脅威に成りうる存在を見逃すわけにはいかないのでな」

 亡霊の騎士ファントムナイト は、かつての主君との約束を守る為にも、脅威と成りうる目の前のウェアウルフを殺す事に決めた。
 いや、最初から覚悟は決まっていたと言うべきだろう。

 亡霊の騎士ファントムナイト は、大剣を振り上げて、上段に構える。

 そして、容赦無く無防備な裸の少女に向かって振り下ろした。
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