呪われた令嬢の辺境スローライフ

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第8話 ソードマスター

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 気がつくと、クロエは、血の海の上で佇んでいた。
 地面には20人分の盗賊達のバラバラ死体が散乱しており、原型を留めている死体は殆ど無い。
 
 血の様に赤い夕焼け空の下で、クロエは指先に付いた血を見つめて、ペロリと舐めた。
 その瞬間、全身に電気が走った様に痺れる感覚に襲われる。
 まるで、初めて水を飲んだかの様に、乾いた肉体に染み込んでいく。
 しかし、その渇きは満たされる事は無い。

 一度覚えた血の味は、蜂蜜の様に甘く、飲めば飲むほどに乾きが強くなる。

 無意識の内に、膝をつき、地面にできた血の水溜りに口を付けようとする。

「おいおい、部下の帰りが遅いと思ったら、とんだ怪物がいるじゃねぇか」

 背後から声を掛けられて、クロエの身体がビクッと震えた。
 クロエが虚ろな瞳で振り返ると、浅黒い肌のスキンヘッドの男が立っていた。
 上半身は裸で、痩せているが、引き締まった筋肉は、常人の域を超えていると直感した。
 手には2本のシミターを持ち、全身に薄っすらとオレンジ色のオーラを纏っていた。

「ソードマスター!?」

 何故、こんな辺境の地にソードマスターがいるのか?しかも、盗賊!?

 クロエの虚ろな瞳に光が戻った。
 肌にピリつく様な殺気を感じ、クロエの獣の本能が、危険信号を発していた。
 
「部下の仇は取らせて貰うぜ?」

 次の瞬間、シミターの刃が弧を描く様にクロエの首を刎ねようと襲いかかる。

「クッ!?」

 オーラを纏ったソードマスターの一撃は、人間の出せる速さでは無い。
 ギリギリで後ろに跳んだので、首は無事だったが、クロエの白い仮面が砕け散った。

「ほお、化物の正体は随分と可愛らしいお嬢ちゃんじゃねぇか、殺すにはもったいねーな」
 
 男は、舌舐めずりをして、笑みを浮かべた。

「悪いけど、男に興味は無いの」

 クロエは、爪を構えると、一気に男の懐に潜り込む。
 クロエもまた、人間の域を超えた存在であり、互いの速度は拮抗していた。

「なら、男の魅力をしっかり教え込んでやらないとな!男無しじゃ生きられない体にしてやるぜ?」

 クロエの鋭い手刀の突きを、男は軽く避けて、後ろ回し蹴りを放つ。
 
「ガハッ!?」

 足を使ってくる事は予想していなかったクロエは、脇腹に蹴りがめり込み、肺の空気が全て外に出てしまったかの様に息が止まる。
 そのまま、数メートル吹き飛ばされて、地面に転がった。

「おっと、痛かったかい?悪いなぁ、その分、後で気持ち良くしてやるから、大人しく捕まったらどうだ?」

 正直、今のクロエには、ソードマスターの相手は厳しかった。
 いくら、人外の力を手に入れて、身体能力が上がっても、技術と経験の差は埋められない。
 相手はソードマスターであり、鍛錬の積み重ねの上で築いた確固たる力だ。 
 そんな実力者が、こんな辺境の地で盗賊なんかをしている事が残念だ。
 
 クロエの獣の本能は逃げろと叫んでいる。
 今のクロエの脚力なら、目の前の男よりも速い。
 逃げるだけなら可能だったが、クロエは踏み止まった。
 クロエの背後にある馬車には、まだ銀髪の少女が残っているからだ。

 クロエの中の良心が、人間の心を繋ぎ止めていた。
 
「大人しく捕まるくらいなら、戦って死ぬわ」
 
 クロエは、全身に風の衣を纏った。
 脇腹がズキズキと痛むが、歯を食いしばって痛みを我慢する。

「なるほど、魔術師だったか、厄介だな」

 男の目付きが変わった。
 男の纏うオレンジ色のオーラが倍くらいに膨れ上がり、周辺の気温が上昇して息苦しくなる。
 ソードマスターのオーラにも魔力と似た様に属性や特性があると言われている。

 男のオーラは火の属性を持っていた。

 男が持つ2本のシミターの刃が燃え上がり、炎を纏った。

「少し、本気で行かせて貰うぜ?」

 次の瞬間、燃え盛る剣の乱舞が襲いかかる。
 凄まじい速度で踊る様に回転しながら変則的に放たれる斬撃は避け難く、炎により、攻撃の面積も上がっていた。

「きゃあっ!?」

 炎の刃が放たれて、クロエが纏っていた風の衣と相殺される。
 しかし、犬耳と尻尾を隠していたフード付きのローブが燃えてしまった。

 ローブの下には、白いシャツに革のホットパンツを履いていたが、狐色の犬耳とフサフサな尻尾が露わになる。

「ハハッ!コイツは驚いたぜ、お嬢ちゃんかと思ったら、ワンちゃんだったとはな!」

 男は、予想外のクロエの姿に目を見開いて驚いた。
 しかし、直ぐに冷静な目でクロエを観察する。

「魔物、ウェアウルフかライカンスロープってところか?」

 クロエの犬耳と尻尾の特徴から、魔物の種類を推測する。
 ウェアウルフは、基本は全身毛むくじゃらの狼の魔物だが、稀に亜種で部分的に犬の特徴を持つ固体がいる。
 ライカンスロープも、人間と獣の両方の特徴を持つ魔物であり、そのどちらかであると判断した。

「・・・人間よ」

 クロエは絞り出す様に、人間と答えた。
 しかし、それは、答えではなく、願望だったのかも知れない。

「ハハッ!そいつは流石に無理があるぜ?」

 クロエの答えを聞いて、男は、馬鹿にした様に笑う。

「今更隠す必要も無いだろ?まあ、かなりレアな魔物だし、その容姿なら、従魔にして飼いたいって貴族も多そうだな!なんなら、俺の従魔にしてやろうか?しっかり可愛がってやるぜ?」

「従魔ですって?」

 この男の反応は、当初からクロエが予想していた反応であり、最も恐れていた反応だった。

 従魔契約とは、魔物と血で契約する事で相手を支配して奴隷の様に操れる魔術だ。
 従魔契約をすれば、クロエを人間だと思う者は居なくなる。
 最も避けなければならない事の一つだった。

 なのに、クロエの心の奥底では、ある矛盾した感情が燻っていた。
 
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