5 / 29
第5話 旅路
しおりを挟む
王都から東の果てにあるイステリアまでは、乗合馬車を何回か乗り換えなければならず、数ヶ月は掛かる旅路だ。
乗客も途中で下車したり、乗ってきたりとするので、メンバーは少しずつ変わっていく中、クロエだけはずっと残っていた。
長旅になるので、馬車は日に何回か休憩して、その間に食事やトイレを済ませたりする。
顔を仮面で隠しているクロエも、人目を避けて食事をしていた。
会話もせずに怪しい仮面にフード姿でいるので、他の乗客からも怪しまれている気がするが、下手に話しかけられたり、絡まれるよりは、距離を置かれた方が楽で良かった。
しかし、クロエは現在、深刻な問題に悩まされていた。
手に持つパンをひと齧りして、ムシャムシャと口の中で味わう。
いつもと同じ発酵したパンの香りが口の中に広がり、味も悪く無い。
しかし、何故か満たされない。
何かが物足りないと感じてしまうのだ。
最初は、その原因が分からずに困惑した。
だが、徐々に理由が分かり始めたクロエは、より一層困惑する事になった。
「お兄ちゃんは、どうしていつも仮面を付けているの?」
乗合馬車に乗っていた8歳くらいの女の子がクロエに質問してきた。
母親は少し離れた所からハラハラしながらこちらを見ている。
お兄さんと間違えられたのは、少し心外ではあるが、仮面にフードを被っているので、性別が分からなくても仕方ないと溜息を吐いた。
「顔に酷い火傷をしていてね、見せたく無いんだ」
クロエは、あらかじめ準備していた嘘を伝える。
顔が火傷で醜いと知れば、わざわざ見たいと思う人間はいないだろう。
「あれ?お姉ちゃんだったんだね!」
少女は、クロエの声色から女性だと気付いて、はにかんだ。
「ママが心配するから、そろそろ戻りなさい」
クロエは、優しく少女の頭を撫でて、送り返した。
「うん!またね!仮面のお姉ちゃん」
少女は、嬉しそうに走って母親の元に帰ると、あの仮面の人、お姉ちゃんなんだよと、母親に伝えていた。
クロエは、ゆっくり深呼吸をして、心を落ち着かせる。
思わず、手が出そうになるのを、必死に理性で抑え込む。
「・・・やばいなぁ」
殺人衝動とでも言えば良いのだろうか?
クロエには、周りの人間が同族には見えていなかった。
まるで美味しそうな血が詰まった肉の塊にしか見えない。
人間を食べたい。
赤い血を飲みたい。
この数日、クロエが感じていた物足りなさの正体はコレだった。
クロエの中の本能が殺人を求めている。
肉を切り裂き、血を啜り、噛みちぎりたい衝動に駆られるのを、必死に理性が止めていた。
「どうやら、私は本当に人間じゃなくなったのね」
白い仮面の下にあるクロエの物悲しそうな表情を見る人間は誰も居ない。
もう戻れない所まで来ているんだと自覚したクロエは、二度とハートフィリア家には、帰れない事を悟った。
「ごめんなさい、お父様」
だが、これはまだほんの序章に過ぎなかった。
長い旅路の中で、クロエは様々な呪いの症状を自覚していく事になる。
王都を出て、1ヶ月が経過した。
幸い、追手に会う事も無く、順調に旅路を進む事が出来ている。
イステリアまでの道程も半分を超えた。
しかし、やはり馬車での移動生活はストレスも溜まっていく。
何よりも1番のストレスは、服を着ている事だった。
「暑苦しいなぁ~、これも、呪いのせいなのかな?」
犬や野生の動物が服を着ないように、クロエも服を着る事に違和感を感じていた。
今すぐ、全ての服を脱ぎ捨てて全裸になりたい衝動に駆られる。
ただでさえ耳や尻尾を隠すために厚着をしているので、そのストレスは、溜まる一方だ。
だが、最大の悩みは、別にあった。
「ワンッ!」
「ひゃうっ!?」
小さな村で休憩していると、背後から野良犬が近づいてきた。
吠えられた瞬間、クロエの全身がビクッと震える。
「だ、ダメ、向こうに行って!」
クロエは、仮面の下で頬を赤くしながら、必死に両手で股間を押さえる。
必死に野良犬を追い払おうとするが、野良犬は、離れるどころか、興味津々に近づいてきて、クロエの股間の匂いを嗅いできた。
「だ、ダメ、そんなに近づかれたら、我慢出来なくなっちゃうから・・・」
クロエは、歪な欲求と興奮を必死に抑えていた。
この姿になってから、人間が単なる食糧にしか見えなくなったのと同時に、雄の犬や狼を見ると発情してしまう様になってしまった。
「これじゃあ、私、変態みたいじゃん」
自分でも、下着が濡れている事が分かってしまう。
犬もクロエを同族の雌と認識しているのか、求愛してきている事が分かった。
クロエの中の雌犬としての本能が雄犬との交尾を求めてしまっている。
雌犬の本能が、強い雄犬の子を孕みたいと叫んでいる。
「ダメ、それだけは超えちゃいけないわ」
犬と交尾したい欲求を、クロエは必死に理性で止めていた。
今なら、絶世の美青年と言われているロイドを見ても、1ミリもカッコいいとは思えないのだろう。
逆に目の前の野良犬は、野生的で逞しく性的に魅力を感じてしまう。
「私・・・限界だよ」
いつまで理性が保つのだろうか不安に感じながら、クロエは天を仰いだ。
乗客も途中で下車したり、乗ってきたりとするので、メンバーは少しずつ変わっていく中、クロエだけはずっと残っていた。
長旅になるので、馬車は日に何回か休憩して、その間に食事やトイレを済ませたりする。
顔を仮面で隠しているクロエも、人目を避けて食事をしていた。
会話もせずに怪しい仮面にフード姿でいるので、他の乗客からも怪しまれている気がするが、下手に話しかけられたり、絡まれるよりは、距離を置かれた方が楽で良かった。
しかし、クロエは現在、深刻な問題に悩まされていた。
手に持つパンをひと齧りして、ムシャムシャと口の中で味わう。
いつもと同じ発酵したパンの香りが口の中に広がり、味も悪く無い。
しかし、何故か満たされない。
何かが物足りないと感じてしまうのだ。
最初は、その原因が分からずに困惑した。
だが、徐々に理由が分かり始めたクロエは、より一層困惑する事になった。
「お兄ちゃんは、どうしていつも仮面を付けているの?」
乗合馬車に乗っていた8歳くらいの女の子がクロエに質問してきた。
母親は少し離れた所からハラハラしながらこちらを見ている。
お兄さんと間違えられたのは、少し心外ではあるが、仮面にフードを被っているので、性別が分からなくても仕方ないと溜息を吐いた。
「顔に酷い火傷をしていてね、見せたく無いんだ」
クロエは、あらかじめ準備していた嘘を伝える。
顔が火傷で醜いと知れば、わざわざ見たいと思う人間はいないだろう。
「あれ?お姉ちゃんだったんだね!」
少女は、クロエの声色から女性だと気付いて、はにかんだ。
「ママが心配するから、そろそろ戻りなさい」
クロエは、優しく少女の頭を撫でて、送り返した。
「うん!またね!仮面のお姉ちゃん」
少女は、嬉しそうに走って母親の元に帰ると、あの仮面の人、お姉ちゃんなんだよと、母親に伝えていた。
クロエは、ゆっくり深呼吸をして、心を落ち着かせる。
思わず、手が出そうになるのを、必死に理性で抑え込む。
「・・・やばいなぁ」
殺人衝動とでも言えば良いのだろうか?
クロエには、周りの人間が同族には見えていなかった。
まるで美味しそうな血が詰まった肉の塊にしか見えない。
人間を食べたい。
赤い血を飲みたい。
この数日、クロエが感じていた物足りなさの正体はコレだった。
クロエの中の本能が殺人を求めている。
肉を切り裂き、血を啜り、噛みちぎりたい衝動に駆られるのを、必死に理性が止めていた。
「どうやら、私は本当に人間じゃなくなったのね」
白い仮面の下にあるクロエの物悲しそうな表情を見る人間は誰も居ない。
もう戻れない所まで来ているんだと自覚したクロエは、二度とハートフィリア家には、帰れない事を悟った。
「ごめんなさい、お父様」
だが、これはまだほんの序章に過ぎなかった。
長い旅路の中で、クロエは様々な呪いの症状を自覚していく事になる。
王都を出て、1ヶ月が経過した。
幸い、追手に会う事も無く、順調に旅路を進む事が出来ている。
イステリアまでの道程も半分を超えた。
しかし、やはり馬車での移動生活はストレスも溜まっていく。
何よりも1番のストレスは、服を着ている事だった。
「暑苦しいなぁ~、これも、呪いのせいなのかな?」
犬や野生の動物が服を着ないように、クロエも服を着る事に違和感を感じていた。
今すぐ、全ての服を脱ぎ捨てて全裸になりたい衝動に駆られる。
ただでさえ耳や尻尾を隠すために厚着をしているので、そのストレスは、溜まる一方だ。
だが、最大の悩みは、別にあった。
「ワンッ!」
「ひゃうっ!?」
小さな村で休憩していると、背後から野良犬が近づいてきた。
吠えられた瞬間、クロエの全身がビクッと震える。
「だ、ダメ、向こうに行って!」
クロエは、仮面の下で頬を赤くしながら、必死に両手で股間を押さえる。
必死に野良犬を追い払おうとするが、野良犬は、離れるどころか、興味津々に近づいてきて、クロエの股間の匂いを嗅いできた。
「だ、ダメ、そんなに近づかれたら、我慢出来なくなっちゃうから・・・」
クロエは、歪な欲求と興奮を必死に抑えていた。
この姿になってから、人間が単なる食糧にしか見えなくなったのと同時に、雄の犬や狼を見ると発情してしまう様になってしまった。
「これじゃあ、私、変態みたいじゃん」
自分でも、下着が濡れている事が分かってしまう。
犬もクロエを同族の雌と認識しているのか、求愛してきている事が分かった。
クロエの中の雌犬としての本能が雄犬との交尾を求めてしまっている。
雌犬の本能が、強い雄犬の子を孕みたいと叫んでいる。
「ダメ、それだけは超えちゃいけないわ」
犬と交尾したい欲求を、クロエは必死に理性で止めていた。
今なら、絶世の美青年と言われているロイドを見ても、1ミリもカッコいいとは思えないのだろう。
逆に目の前の野良犬は、野生的で逞しく性的に魅力を感じてしまう。
「私・・・限界だよ」
いつまで理性が保つのだろうか不安に感じながら、クロエは天を仰いだ。
10
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説

半神の守護者
ぴっさま
ファンタジー
ロッドは何の力も無い少年だったが、異世界の創造神の血縁者だった。
超能力を手に入れたロッドは前世のペット、忠実な従者をお供に世界の守護者として邪神に立ち向かう。
〜概要〜
臨時パーティーにオークの群れの中に取り残されたロッドは、不思議な生き物に助けられこの世界の神と出会う。
実は神の遠い血縁者でこの世界の守護を頼まれたロッドは承諾し、通常では得られない超能力を得る。
そして魂の絆で結ばれたユニークモンスターのペット、従者のホムンクルスの少女を供にした旅が始まる。
■注記
本作品のメインはファンタジー世界においての超能力の行使になります。
他サイトにも投稿中

王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。

【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。

30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始

会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる