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第5話 旅路
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王都から東の果てにあるイステリアまでは、乗合馬車を何回か乗り換えなければならず、数ヶ月は掛かる旅路だ。
乗客も途中で下車したり、乗ってきたりとするので、メンバーは少しずつ変わっていく中、クロエだけはずっと残っていた。
長旅になるので、馬車は日に何回か休憩して、その間に食事やトイレを済ませたりする。
顔を仮面で隠しているクロエも、人目を避けて食事をしていた。
会話もせずに怪しい仮面にフード姿でいるので、他の乗客からも怪しまれている気がするが、下手に話しかけられたり、絡まれるよりは、距離を置かれた方が楽で良かった。
しかし、クロエは現在、深刻な問題に悩まされていた。
手に持つパンをひと齧りして、ムシャムシャと口の中で味わう。
いつもと同じ発酵したパンの香りが口の中に広がり、味も悪く無い。
しかし、何故か満たされない。
何かが物足りないと感じてしまうのだ。
最初は、その原因が分からずに困惑した。
だが、徐々に理由が分かり始めたクロエは、より一層困惑する事になった。
「お兄ちゃんは、どうしていつも仮面を付けているの?」
乗合馬車に乗っていた8歳くらいの女の子がクロエに質問してきた。
母親は少し離れた所からハラハラしながらこちらを見ている。
お兄さんと間違えられたのは、少し心外ではあるが、仮面にフードを被っているので、性別が分からなくても仕方ないと溜息を吐いた。
「顔に酷い火傷をしていてね、見せたく無いんだ」
クロエは、あらかじめ準備していた嘘を伝える。
顔が火傷で醜いと知れば、わざわざ見たいと思う人間はいないだろう。
「あれ?お姉ちゃんだったんだね!」
少女は、クロエの声色から女性だと気付いて、はにかんだ。
「ママが心配するから、そろそろ戻りなさい」
クロエは、優しく少女の頭を撫でて、送り返した。
「うん!またね!仮面のお姉ちゃん」
少女は、嬉しそうに走って母親の元に帰ると、あの仮面の人、お姉ちゃんなんだよと、母親に伝えていた。
クロエは、ゆっくり深呼吸をして、心を落ち着かせる。
思わず、手が出そうになるのを、必死に理性で抑え込む。
「・・・やばいなぁ」
殺人衝動とでも言えば良いのだろうか?
クロエには、周りの人間が同族には見えていなかった。
まるで美味しそうな血が詰まった肉の塊にしか見えない。
人間を食べたい。
赤い血を飲みたい。
この数日、クロエが感じていた物足りなさの正体はコレだった。
クロエの中の本能が殺人を求めている。
肉を切り裂き、血を啜り、噛みちぎりたい衝動に駆られるのを、必死に理性が止めていた。
「どうやら、私は本当に人間じゃなくなったのね」
白い仮面の下にあるクロエの物悲しそうな表情を見る人間は誰も居ない。
もう戻れない所まで来ているんだと自覚したクロエは、二度とハートフィリア家には、帰れない事を悟った。
「ごめんなさい、お父様」
だが、これはまだほんの序章に過ぎなかった。
長い旅路の中で、クロエは様々な呪いの症状を自覚していく事になる。
王都を出て、1ヶ月が経過した。
幸い、追手に会う事も無く、順調に旅路を進む事が出来ている。
イステリアまでの道程も半分を超えた。
しかし、やはり馬車での移動生活はストレスも溜まっていく。
何よりも1番のストレスは、服を着ている事だった。
「暑苦しいなぁ~、これも、呪いのせいなのかな?」
犬や野生の動物が服を着ないように、クロエも服を着る事に違和感を感じていた。
今すぐ、全ての服を脱ぎ捨てて全裸になりたい衝動に駆られる。
ただでさえ耳や尻尾を隠すために厚着をしているので、そのストレスは、溜まる一方だ。
だが、最大の悩みは、別にあった。
「ワンッ!」
「ひゃうっ!?」
小さな村で休憩していると、背後から野良犬が近づいてきた。
吠えられた瞬間、クロエの全身がビクッと震える。
「だ、ダメ、向こうに行って!」
クロエは、仮面の下で頬を赤くしながら、必死に両手で股間を押さえる。
必死に野良犬を追い払おうとするが、野良犬は、離れるどころか、興味津々に近づいてきて、クロエの股間の匂いを嗅いできた。
「だ、ダメ、そんなに近づかれたら、我慢出来なくなっちゃうから・・・」
クロエは、歪な欲求と興奮を必死に抑えていた。
この姿になってから、人間が単なる食糧にしか見えなくなったのと同時に、雄の犬や狼を見ると発情してしまう様になってしまった。
「これじゃあ、私、変態みたいじゃん」
自分でも、下着が濡れている事が分かってしまう。
犬もクロエを同族の雌と認識しているのか、求愛してきている事が分かった。
クロエの中の雌犬としての本能が雄犬との交尾を求めてしまっている。
雌犬の本能が、強い雄犬の子を孕みたいと叫んでいる。
「ダメ、それだけは超えちゃいけないわ」
犬と交尾したい欲求を、クロエは必死に理性で止めていた。
今なら、絶世の美青年と言われているロイドを見ても、1ミリもカッコいいとは思えないのだろう。
逆に目の前の野良犬は、野生的で逞しく性的に魅力を感じてしまう。
「私・・・限界だよ」
いつまで理性が保つのだろうか不安に感じながら、クロエは天を仰いだ。
乗客も途中で下車したり、乗ってきたりとするので、メンバーは少しずつ変わっていく中、クロエだけはずっと残っていた。
長旅になるので、馬車は日に何回か休憩して、その間に食事やトイレを済ませたりする。
顔を仮面で隠しているクロエも、人目を避けて食事をしていた。
会話もせずに怪しい仮面にフード姿でいるので、他の乗客からも怪しまれている気がするが、下手に話しかけられたり、絡まれるよりは、距離を置かれた方が楽で良かった。
しかし、クロエは現在、深刻な問題に悩まされていた。
手に持つパンをひと齧りして、ムシャムシャと口の中で味わう。
いつもと同じ発酵したパンの香りが口の中に広がり、味も悪く無い。
しかし、何故か満たされない。
何かが物足りないと感じてしまうのだ。
最初は、その原因が分からずに困惑した。
だが、徐々に理由が分かり始めたクロエは、より一層困惑する事になった。
「お兄ちゃんは、どうしていつも仮面を付けているの?」
乗合馬車に乗っていた8歳くらいの女の子がクロエに質問してきた。
母親は少し離れた所からハラハラしながらこちらを見ている。
お兄さんと間違えられたのは、少し心外ではあるが、仮面にフードを被っているので、性別が分からなくても仕方ないと溜息を吐いた。
「顔に酷い火傷をしていてね、見せたく無いんだ」
クロエは、あらかじめ準備していた嘘を伝える。
顔が火傷で醜いと知れば、わざわざ見たいと思う人間はいないだろう。
「あれ?お姉ちゃんだったんだね!」
少女は、クロエの声色から女性だと気付いて、はにかんだ。
「ママが心配するから、そろそろ戻りなさい」
クロエは、優しく少女の頭を撫でて、送り返した。
「うん!またね!仮面のお姉ちゃん」
少女は、嬉しそうに走って母親の元に帰ると、あの仮面の人、お姉ちゃんなんだよと、母親に伝えていた。
クロエは、ゆっくり深呼吸をして、心を落ち着かせる。
思わず、手が出そうになるのを、必死に理性で抑え込む。
「・・・やばいなぁ」
殺人衝動とでも言えば良いのだろうか?
クロエには、周りの人間が同族には見えていなかった。
まるで美味しそうな血が詰まった肉の塊にしか見えない。
人間を食べたい。
赤い血を飲みたい。
この数日、クロエが感じていた物足りなさの正体はコレだった。
クロエの中の本能が殺人を求めている。
肉を切り裂き、血を啜り、噛みちぎりたい衝動に駆られるのを、必死に理性が止めていた。
「どうやら、私は本当に人間じゃなくなったのね」
白い仮面の下にあるクロエの物悲しそうな表情を見る人間は誰も居ない。
もう戻れない所まで来ているんだと自覚したクロエは、二度とハートフィリア家には、帰れない事を悟った。
「ごめんなさい、お父様」
だが、これはまだほんの序章に過ぎなかった。
長い旅路の中で、クロエは様々な呪いの症状を自覚していく事になる。
王都を出て、1ヶ月が経過した。
幸い、追手に会う事も無く、順調に旅路を進む事が出来ている。
イステリアまでの道程も半分を超えた。
しかし、やはり馬車での移動生活はストレスも溜まっていく。
何よりも1番のストレスは、服を着ている事だった。
「暑苦しいなぁ~、これも、呪いのせいなのかな?」
犬や野生の動物が服を着ないように、クロエも服を着る事に違和感を感じていた。
今すぐ、全ての服を脱ぎ捨てて全裸になりたい衝動に駆られる。
ただでさえ耳や尻尾を隠すために厚着をしているので、そのストレスは、溜まる一方だ。
だが、最大の悩みは、別にあった。
「ワンッ!」
「ひゃうっ!?」
小さな村で休憩していると、背後から野良犬が近づいてきた。
吠えられた瞬間、クロエの全身がビクッと震える。
「だ、ダメ、向こうに行って!」
クロエは、仮面の下で頬を赤くしながら、必死に両手で股間を押さえる。
必死に野良犬を追い払おうとするが、野良犬は、離れるどころか、興味津々に近づいてきて、クロエの股間の匂いを嗅いできた。
「だ、ダメ、そんなに近づかれたら、我慢出来なくなっちゃうから・・・」
クロエは、歪な欲求と興奮を必死に抑えていた。
この姿になってから、人間が単なる食糧にしか見えなくなったのと同時に、雄の犬や狼を見ると発情してしまう様になってしまった。
「これじゃあ、私、変態みたいじゃん」
自分でも、下着が濡れている事が分かってしまう。
犬もクロエを同族の雌と認識しているのか、求愛してきている事が分かった。
クロエの中の雌犬としての本能が雄犬との交尾を求めてしまっている。
雌犬の本能が、強い雄犬の子を孕みたいと叫んでいる。
「ダメ、それだけは超えちゃいけないわ」
犬と交尾したい欲求を、クロエは必死に理性で止めていた。
今なら、絶世の美青年と言われているロイドを見ても、1ミリもカッコいいとは思えないのだろう。
逆に目の前の野良犬は、野生的で逞しく性的に魅力を感じてしまう。
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