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幕間/Birth_of_the_demon
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奇しくも、それは巴が晴昭と決着をつけた時のこと。
跡地となった大きな和風建築の奥にある、雑木林の奥の奥。
そこにポツンと、怪談話に出てくるような、苔が生え、鈍色に染まったおどろおどろしい井戸がある。
彼はその中にいた。
◇
喉が、まるでオブラートでも張り詰められたように渇いている。 この燃えるような渇きと、怨嗟(えんさ)の炎だけが俺という生き物を構成していた。
目が覚めてから、心を燃やす怨嗟の炎は日増しにその面積を増やしていく。
憎い。 ヤツが憎い。
ヤツの家族を目の前で惨殺して、爪を一つ一つ剥がし手足の指を断ち、八つ裂きにして、肢体を目の前で焼いても、なお余る憎しみ。
許せない。 ヤツが許せない。
怒りのあまりに握り締めすぎた拳に伸びた爪が食いこんで出血するが、構わない。 痛みやツラさといったものは全部、怨嗟に変換される。
この炎を消化できるものはないだろう。
人間の域を逸脱した生命力によって、自分は食物もなく、この井戸に流れる汚水を啜るだけで生きていられる。
最近までは、自分を無理矢理に生かすその生命力を憎く思っていたが、復讐の為に身を繋ぐためのものだと考えると……いや、やはり憎いことになんら変わりはない。
人の身が惜しいかと問われれば、惜しい。
だが、復讐を全うするにはこの肉体が必要不可欠なのだ。
いつか絶好のチャンスが来ると信じて、俺は汚水を啜り、待ち続ける。
おそらく、この喉の渇きは水分不足のみに起因したものではないだろう。
しかし、その漠然とした答えは、いつまで経っても具体化しない。
引きこもっていると、思考が散り散りになる。
点と点の繋がった思考が、難しくなってくる。
そんな状態なのだから、自分の拠り所は、憎しみの心だけ。
その心だけは、決して嘘偽りのもの、間違っていると否定されることはないのだから。
だから、俺はひたすら憎む。
それが自分に残された僅かな存在意義だ。
たとえ正しいと思ってする行いが空回りしても、正しいことを考えることだけは、正しいとされるが、それは俺には適応されない論理である。
悪を裁くためには、正義ではならない。
悪をも上回る絶対悪、それが必要なのだ。
ヤツに地獄の苦しみを味わせるためならば、俺は喜んで悪の道に足を踏み入れよう。
つかつか、と後ろから靴音がする。
牽制の意で「誰だ」と叫ぼうとするが、喉が張り付いて声が出ない。 人型のシルエットは段々と具体性を持つが、一向にその人物の正体は分からない。
男か女か、美形なのか醜形なのか、黒髪なのか否か、人間なのか怪物なのか……。
それすらも測ることができなかった。
ヒラヒラとした被り物の下から見える艶やかな唇が印象的だった。
ゆっくりと、右手の人差し指と中指が俺の額に伸ばされる。
復讐するまでは、何者も恐れぬと決めていたのに、俺はその存在に酷く恐怖を覚えた。
それは暗闇の中だから、というだけではないだろう。
目の前のそれからは、怪物じみたオーラがひしひしと伝わってくる。
まるで、百獣の王にでも睨まれた草食動物のような緊張感。
二本の白く長い指が額に乗せられる……と、痛みもなく、抵抗もなく、それは易々と沈み込んでいった。
「ぁ────ひ」
第二関節まで沈み込み、頭蓋を超え、脳に達しているであろうというのに、不思議と痛みはない。
ただ、気が触れるような恐怖と、冷気があるだけ。
腕に抵抗する力は入らず、ただされるがまま。
二本の指を、体内から弾丸を摘出するようにゆっくりと抜かれる────刹那、背中に氷塊でも入れられたかのような激しい悪寒と寒気を感じ、意識は散り散りになった。
「ぉ────あ」
前後感覚も確かでなく、食道まで込み上げてきた胃液を地面に撒き散らす。
まるで、薬物を乱用したみたいにクラクラとする。
耳に虫でも入れられて、蓋をされたかのような不快感と恐怖。
段々と力が抜けて、意識が薄くなってきて、死の気配が漂いはじめる。
名状し難い恐怖と不快感に悩まされている中でも、こんなところで死んでたまるかと、思う。
そう思うや否や────体は落雷を受けたように激しい衝撃に揺れる。 しかし、その衝撃は外的なものではなく、内的なもの。
己の体の内から湧いて出たものだ。
一瞬で様々な思考が小脳を去来し"自分は凄まじい力を手に入れた"のだと理解する。
目の前には未だ謎の人物がいるというのに、すっかり恐怖は消え去り、底なしの活力に酔いしれる。 さながら躁状態の様子。
獲物を狩った野生動物の如く、咆哮でもあげたい気分だ。
謎の人物は踵を返すと、来た道を戻っていく。
ヤツが何者であろうが、関係ない。
俺は力を手に入れたのだ。 アイツを殺すに足る力を。
「ふふ……はは! はははははは!!」
俺の咆哮の如き笑い声が狭い井戸の中を木霊(こだま)する。
◇
ヘイル=ローケストや晴昭を遥かに凌駕する危機が迫るのを、巴達は知る由もなかった。
跡地となった大きな和風建築の奥にある、雑木林の奥の奥。
そこにポツンと、怪談話に出てくるような、苔が生え、鈍色に染まったおどろおどろしい井戸がある。
彼はその中にいた。
◇
喉が、まるでオブラートでも張り詰められたように渇いている。 この燃えるような渇きと、怨嗟(えんさ)の炎だけが俺という生き物を構成していた。
目が覚めてから、心を燃やす怨嗟の炎は日増しにその面積を増やしていく。
憎い。 ヤツが憎い。
ヤツの家族を目の前で惨殺して、爪を一つ一つ剥がし手足の指を断ち、八つ裂きにして、肢体を目の前で焼いても、なお余る憎しみ。
許せない。 ヤツが許せない。
怒りのあまりに握り締めすぎた拳に伸びた爪が食いこんで出血するが、構わない。 痛みやツラさといったものは全部、怨嗟に変換される。
この炎を消化できるものはないだろう。
人間の域を逸脱した生命力によって、自分は食物もなく、この井戸に流れる汚水を啜るだけで生きていられる。
最近までは、自分を無理矢理に生かすその生命力を憎く思っていたが、復讐の為に身を繋ぐためのものだと考えると……いや、やはり憎いことになんら変わりはない。
人の身が惜しいかと問われれば、惜しい。
だが、復讐を全うするにはこの肉体が必要不可欠なのだ。
いつか絶好のチャンスが来ると信じて、俺は汚水を啜り、待ち続ける。
おそらく、この喉の渇きは水分不足のみに起因したものではないだろう。
しかし、その漠然とした答えは、いつまで経っても具体化しない。
引きこもっていると、思考が散り散りになる。
点と点の繋がった思考が、難しくなってくる。
そんな状態なのだから、自分の拠り所は、憎しみの心だけ。
その心だけは、決して嘘偽りのもの、間違っていると否定されることはないのだから。
だから、俺はひたすら憎む。
それが自分に残された僅かな存在意義だ。
たとえ正しいと思ってする行いが空回りしても、正しいことを考えることだけは、正しいとされるが、それは俺には適応されない論理である。
悪を裁くためには、正義ではならない。
悪をも上回る絶対悪、それが必要なのだ。
ヤツに地獄の苦しみを味わせるためならば、俺は喜んで悪の道に足を踏み入れよう。
つかつか、と後ろから靴音がする。
牽制の意で「誰だ」と叫ぼうとするが、喉が張り付いて声が出ない。 人型のシルエットは段々と具体性を持つが、一向にその人物の正体は分からない。
男か女か、美形なのか醜形なのか、黒髪なのか否か、人間なのか怪物なのか……。
それすらも測ることができなかった。
ヒラヒラとした被り物の下から見える艶やかな唇が印象的だった。
ゆっくりと、右手の人差し指と中指が俺の額に伸ばされる。
復讐するまでは、何者も恐れぬと決めていたのに、俺はその存在に酷く恐怖を覚えた。
それは暗闇の中だから、というだけではないだろう。
目の前のそれからは、怪物じみたオーラがひしひしと伝わってくる。
まるで、百獣の王にでも睨まれた草食動物のような緊張感。
二本の白く長い指が額に乗せられる……と、痛みもなく、抵抗もなく、それは易々と沈み込んでいった。
「ぁ────ひ」
第二関節まで沈み込み、頭蓋を超え、脳に達しているであろうというのに、不思議と痛みはない。
ただ、気が触れるような恐怖と、冷気があるだけ。
腕に抵抗する力は入らず、ただされるがまま。
二本の指を、体内から弾丸を摘出するようにゆっくりと抜かれる────刹那、背中に氷塊でも入れられたかのような激しい悪寒と寒気を感じ、意識は散り散りになった。
「ぉ────あ」
前後感覚も確かでなく、食道まで込み上げてきた胃液を地面に撒き散らす。
まるで、薬物を乱用したみたいにクラクラとする。
耳に虫でも入れられて、蓋をされたかのような不快感と恐怖。
段々と力が抜けて、意識が薄くなってきて、死の気配が漂いはじめる。
名状し難い恐怖と不快感に悩まされている中でも、こんなところで死んでたまるかと、思う。
そう思うや否や────体は落雷を受けたように激しい衝撃に揺れる。 しかし、その衝撃は外的なものではなく、内的なもの。
己の体の内から湧いて出たものだ。
一瞬で様々な思考が小脳を去来し"自分は凄まじい力を手に入れた"のだと理解する。
目の前には未だ謎の人物がいるというのに、すっかり恐怖は消え去り、底なしの活力に酔いしれる。 さながら躁状態の様子。
獲物を狩った野生動物の如く、咆哮でもあげたい気分だ。
謎の人物は踵を返すと、来た道を戻っていく。
ヤツが何者であろうが、関係ない。
俺は力を手に入れたのだ。 アイツを殺すに足る力を。
「ふふ……はは! はははははは!!」
俺の咆哮の如き笑い声が狭い井戸の中を木霊(こだま)する。
◇
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