鬼子の嫁

白木 犀

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終章/postlude

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二〇〇九年の十二月の末、俺は絢音と一緒に実家に帰郷していた。

だが、それは決して年越しを実家で過ごしたいという一般的な理由からではない。
正直、今回の件で蒔片の人間には辟易としてしまっている。 時代錯誤の退魔至上主義から晴昭を歪ませて結果的に鬼になる要因を作り出したり、それによって俺の寿命が大幅に縮んだり、まだ幼い絢音を晴昭の許嫁にしたりと……。
今回の騒動の発端は、蒔片家にあると俺は思っている。

そんな被害者の俺たちがわざわざ実家に出向く理由とは、魂を反転……蒔片の人間に秘められた陰の因子を表層化させる外法を記した書物があったのだから、それに関する書物、具体的に言うと俺の寿命を元に戻す術の記された書物が残されていてもおかしくない、と冬休みを利用して探してみようというものだ。

あと、ご先祖さまの副人格から助言を受けたけれど、特に何か表面的な要素や振る舞いが大きく変わるということはない。 意識がほんの少し変わっただけだ。

それでも、今まで変化を意識的に避けて何もしてこなかった俺にとっては大きな変化なんだが。

そして絢音も、少しだけ我儘を言うようになったりして俺の影響を受けている。
一緒の布団で寝ようと言ってきたり、主に俺が恥ずかしい思いをするものばかり……。

正直、彼女の子どもじみた我儘には困らせられているが、手がかかるくらいが一番可愛いものだ、と言い聞かせて目を瞑っている。
彼女が自分自身のことを好きになれているということは素直に嬉しいし。

今月の四日に誕生日を迎えて九歳になったから、見た目は少しだけ成長したはず……だけど。

慣れない電車を乗り継ぎ、最寄り駅から随分歩いて実家に着き、親戚への挨拶も早々に書庫や物置でそれらしい書物を探し、すっかり疲れた俺たちは本棟の俺の部屋で二人、横になって俺の音楽プレーヤーに入っている音楽を聴いていた。

「あ……これ、日本語だ。 とっくんが邦楽を聴くって珍しいね」

天井の木目を見つめたまま絢音がそう言ってくる。
結構、居間で聴いていた気がするが、自分の感覚ほど当てにならないものもない。 邦楽を聴くのが珍しいと思われるくらいには洋楽に染まっていたらしい。

「そうかな? 退廃的な若者のロックって感じがして好きなんだ。 たしか……これもオルタナティヴ・ロックにカテゴライズされるのかな?」

「ロックって単語はよく聞くけど、なにをもってロックと定義されるものなの?」

困ったものだ、俺もロックにカテゴライズされる音楽を好んで聴いてこそいれど、その源流に触れようとしたことはなかった。 見栄を張ってデタラメを言ってもいつかはバレるし、今更、見栄を張る関係でもないので正直に分からないことを打ち明けることにする。

「俺もロックン・ロールの略称ってことしか知らん。 ただ、なんかに対して反発、または憤りを爆発させているイメージがあるな。 この曲も一見、耳障りのいい言葉を並べただけのラブ・ソングに聴こえるけど一応これもロックらしい。 俺はこの曲は煮え切らない彼氏……つまり作曲者の自分への怒りなんじゃないかって思ってるよ。 まあ、それっぽいことを言うとさ、答えがないからロックなんじゃないかな」

へぇ、と隣から感心の声があがった。
意図したわけじゃないけど、最後に上手いことを言えた気がする。

「そっか……じゃあとっくんはロックを成したんだね。 だからロックが好きなのかもしれない」

なんだそれ、と彼女のいい加減な考察に鼻で笑う。
でも、言いたいことは分からなくもない。

俺は今までずっと誰かのため以外に憤りを発露させず、誰かに反発することもなかった。 有り体に言えば流されるままに生きていた。

そう考えたら、たしかに俺の人生はロックと言えるのかもしれない。

「概ね、そうだな」

うん、と絢音が相槌を打つ。

それっきり、続く会話はない。
だけど、隣に愛する彼女がいるというだけで俺は充分すぎた。
彼女がいるから、これから歩んでいく五年間はどのような結果になろうと、他の誰よりも充実した人生になるはずなんだから。

第一章 「銀世界の姫」 完。





「鬼子の嫁」こと七曜 絢音の物語はここまでです。
「鬼子」こと蒔片 巴の物語はまだ、ちょっとだけ続きます。
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