17 / 20
第十六話/決着
しおりを挟む
視覚に最初に捉えたのは、セピア色の大きな満月が浮かぶ夜空。
聴覚が最初に捉えたものは、かなり耳から近い位置でする啜り泣く声。
目だけを動かして、胸の方を見ると━━━━案の定、絢音が顔をうずくめて泣いていた。
ああ、そんなに泣かないでくれよ。
君の笑顔を見るために帰ってきたんだから。
晴昭の魂を追い出したばかりだからか、先の戦いで体力を使い果たしたのか、体はどんなに力を入れても、まるで石になってしまったかのように動いてくれなかった。
だから、重点的に力を込めて動かそうと試みることにする。
右腕を精一杯、動かそうとしてみるが無理……ならば、手だ。 手も震えるのがやっとで思うようには動かせない。
なので、消去法的に指を動かそうと努力してみる──と、ぎこちないけれどわりと思うように動かせる。
その感覚をしっかり体に刻み込んで、今度はもっと大きな部分──腕を動かせるように意識する……。
脳の血管が千切れるくらいに力を込めて、俺の胸を枕にしている絢音の頭までなんとか腕を持ってきて、ぎこちない動作で撫でる。
「え━━━━」
絢音は驚きの声をあげると、すぐにがばと起き上がって俺の目を見つめてくる。 その顔が久しぶりに見るものだから、あまりに可愛らしくって衝動的に抱きしめたくなってしまった。
そうして、愛情の次に来るものは羞恥心だった。
俺は子どもだし、俺たちは許嫁だ。
……だけど、女の子が胸に顔をうずめていたっていうのは凄い胸がどきどきしてしまう。 体の感覚はないっていうのに、顔が熱くなっていく感覚だけはある。
なので、言葉に詰まって、空気の読めない発言をしてしまった。
「…………えっと、おはよう……かな?」
自分でも、なんとつまらないことを言ったものかと枕に顔をうずくめたくなる。 だけど、もはや妖怪みたいに綺麗な女の子を前にして面白いことを言える男の方が、きっと少ない。
許してくれ。
「……とっくん?」
泣きはらして、すっかり目の周りが兎のように赤くなった絢音が涙を拭いながら問うてくる。
ああ、なにを気取っているんだ。
普通にしているのがいいに決まっているだろう。 彼女が好きになってくれたのは平生の俺なんだから。
俺は泣いている彼女を笑わしてやろうという思惑を投げ捨てて、普通になることにした。
「…………うん。 帰ってきたよ、ただいま」
「……生きててよかった…………大好き。 もう離れないでね……」
そう言うと絢音は俺の胸を抱きしめて、ぷつりと糸が切れてしまったように俺の肩に首を乗せてえんえんと、子どものように泣きじゃくる。
でも、いいんだ……。
絢音はきっと今まで、泣かなすぎた。
これからはもっと、心の赴くままに泣けばいい。
今まで泣けなかった分まで……。
聴覚が最初に捉えたものは、かなり耳から近い位置でする啜り泣く声。
目だけを動かして、胸の方を見ると━━━━案の定、絢音が顔をうずくめて泣いていた。
ああ、そんなに泣かないでくれよ。
君の笑顔を見るために帰ってきたんだから。
晴昭の魂を追い出したばかりだからか、先の戦いで体力を使い果たしたのか、体はどんなに力を入れても、まるで石になってしまったかのように動いてくれなかった。
だから、重点的に力を込めて動かそうと試みることにする。
右腕を精一杯、動かそうとしてみるが無理……ならば、手だ。 手も震えるのがやっとで思うようには動かせない。
なので、消去法的に指を動かそうと努力してみる──と、ぎこちないけれどわりと思うように動かせる。
その感覚をしっかり体に刻み込んで、今度はもっと大きな部分──腕を動かせるように意識する……。
脳の血管が千切れるくらいに力を込めて、俺の胸を枕にしている絢音の頭までなんとか腕を持ってきて、ぎこちない動作で撫でる。
「え━━━━」
絢音は驚きの声をあげると、すぐにがばと起き上がって俺の目を見つめてくる。 その顔が久しぶりに見るものだから、あまりに可愛らしくって衝動的に抱きしめたくなってしまった。
そうして、愛情の次に来るものは羞恥心だった。
俺は子どもだし、俺たちは許嫁だ。
……だけど、女の子が胸に顔をうずめていたっていうのは凄い胸がどきどきしてしまう。 体の感覚はないっていうのに、顔が熱くなっていく感覚だけはある。
なので、言葉に詰まって、空気の読めない発言をしてしまった。
「…………えっと、おはよう……かな?」
自分でも、なんとつまらないことを言ったものかと枕に顔をうずくめたくなる。 だけど、もはや妖怪みたいに綺麗な女の子を前にして面白いことを言える男の方が、きっと少ない。
許してくれ。
「……とっくん?」
泣きはらして、すっかり目の周りが兎のように赤くなった絢音が涙を拭いながら問うてくる。
ああ、なにを気取っているんだ。
普通にしているのがいいに決まっているだろう。 彼女が好きになってくれたのは平生の俺なんだから。
俺は泣いている彼女を笑わしてやろうという思惑を投げ捨てて、普通になることにした。
「…………うん。 帰ってきたよ、ただいま」
「……生きててよかった…………大好き。 もう離れないでね……」
そう言うと絢音は俺の胸を抱きしめて、ぷつりと糸が切れてしまったように俺の肩に首を乗せてえんえんと、子どものように泣きじゃくる。
でも、いいんだ……。
絢音はきっと今まで、泣かなすぎた。
これからはもっと、心の赴くままに泣けばいい。
今まで泣けなかった分まで……。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる