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第八話/悪夢
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鉛のように重くなった体を引き摺って、やっと家の前まで辿り着いた。 はぁはぁとまだ体力が回復しきっていないのか、ひどく息が上がる。
風邪みたいに体が重くて、暑い、頭はガラス玉が溜まったみたい、まるで脳が圧迫されているよう。
そして、肩口の傷痕のある部分が信じられないくらいに熱い。 それに重ねて、肉を裂かれるような痛み。
額に汗をかきながら玄関まで辿り着いて靴を脱ぐと、ダメだと分かっていながらも、俺はそこで意識を失った。
◇
俺は、夢を見ていた。
三日月が空に浮かぶ夜。
玄関で倒れたというのに、俺は家の門の前にいた。
気配がして、斜めにある電柱を見上げるとそこに立っていたミカと目が合う。
ミカは忙しげに目を動かすと、諦めがついたのかえへへと笑いながら電柱から降りてきた。
潔く別れた矢先に、こんな夢を見るとは俺もなかなか未練がましい男だと思う。
つかつかと近付いてくるミカ。
俺はというと━━━━ポケットの中に入れてあった凶器を右手で探っている。
ミカは何の警戒心もなしに、恥ずかしそうな顔でつかつかと近付いてくる。
なにか、とても、嫌な予感が、する。
彼女が俺の間合いに入ると、俺は一瞬で距離を縮め、体重をかけて腰にタックルを仕掛けると地面に押し倒した。
彼女はというと、何が起きたのか分からないという風で、疑問符の浮かんだ顔をしている。
彼女の腹の上に座った俺はいつの間にか両手に握られていた凶刃を彼女から見て左側の乳房、心臓部に勢いよく突き立てる。 左胸から道が全て紅で染まってしまいそうなくらいの量の鮮血が噴き出す。
やめろ。
こんな夢は見たくない。 これは夢なんだと、自覚するべく必死に自分に言い聞かせるが、夢が覚めることはなく。
彼女の血の染みは次々に広がっていく……。
血液の池に反射した俺の恍惚とした顔は、どこからどう見ても狂った殺人鬼のそれだった。
◇
「はぁ……はぁ、はぁ」
息を荒らげてがば、と布団から飛び出る。
別れたその日に、酷い夢を見たものだ。
時計を見ると、まだ五時を少し過ぎたところ。
まだ登校の準備をするまで時間はある━━と思ったが、今日は土曜日だった。
昨晩の戦闘で負荷をかけた体を癒すことができるだろう。
玄関で倒れたはずが、布団に入って眠っている。
これは、記憶が途切れているだけでちゃんと自分の布団に戻れたのか、それとも絢音に尾行していたことに気付かれた上で布団に戻されたのか。
そのどちらかだが、どっちでもよかった。
絢音を夜の街に駆り出す要因は消去したのだ。
もう、彼女が戦う必要はどこにもない。
満足感に満たされて、悪い夢のことも半ば忘れていると、自分の寝巻きの左ポケットになにか入っていることに気が付く。
なんだ……?
取り出してみると、それはなにか硬いものが入っている黒い巾着袋と、直径三センチほどに折られた紙だった。
紙を広げると、女の子の小さくて丸い文字が書かれていた。
『巴くんへ
一度、世界の裏側の戦いに巻き込まれてしまったからには、簡単に日常に戻ることは難しいものです。
これは、もし巴くんが元の世界に戻るのが困難なようなら使ってください。 きっと、役に立つと思います。
何の苦労もなく、戻れるようなら御守りにでも使ってやってください。
三上 ミカより』
俺が気を失っている間にポケットに入れてくれていたのか、ミカの心遣いは嬉しいが、苦労なく日常に戻れそうだ。 これは、手紙と一緒に御守りにしよう。
布団から這い出ると、自分の私物の入った桐箪笥を開けて大切なものを入れるスペース、一番上の棚にそれをしまった。
体は疲れているが、すっかり意識は覚醒してしまっている。
たまには早起きも悪くないだろう。
外に出て、朝の空気を取り入れよう。
寝室を隣で寝ている絢音を起こさないように、ゆっくりと出るとがららと玄関を開ける、と━━━━門の奥に、なにか、紅いものが見える。 そして、微かに鉄錆と腐った肉の如き臭い。
まさか。
つばを飲み込んで、庭をゆっくりと踏み締めていって、門を出る。
そこには…………一面、血だらけになった路上。
その真ん中には、服を乱雑に脱がされ、死亡しているミカの姿。
息はしていない。
目は光を失っている。
修道服のようなデザインの服は近くに放り出されて、面積の八割ほどが紅く染まったパンツと乳房が丸出しになっている。
心臓のある左乳房は酷い有様。 夢で見たところに、穴が空いている。
穴はサッカーボールが入るくらいに大きく広がって、ぐちゃぐちゃと、黄色い脂肪と赤い筋肉が露出している。
「あ━━━━」
寝巻きが汚れることも忘れて、血だらけの地面に膝をつく。
地面に倒れ、すっかり冷たくなったミカの死体。 その意思のない目は、まるで俺のことを睨んでいるように見えた。
風邪みたいに体が重くて、暑い、頭はガラス玉が溜まったみたい、まるで脳が圧迫されているよう。
そして、肩口の傷痕のある部分が信じられないくらいに熱い。 それに重ねて、肉を裂かれるような痛み。
額に汗をかきながら玄関まで辿り着いて靴を脱ぐと、ダメだと分かっていながらも、俺はそこで意識を失った。
◇
俺は、夢を見ていた。
三日月が空に浮かぶ夜。
玄関で倒れたというのに、俺は家の門の前にいた。
気配がして、斜めにある電柱を見上げるとそこに立っていたミカと目が合う。
ミカは忙しげに目を動かすと、諦めがついたのかえへへと笑いながら電柱から降りてきた。
潔く別れた矢先に、こんな夢を見るとは俺もなかなか未練がましい男だと思う。
つかつかと近付いてくるミカ。
俺はというと━━━━ポケットの中に入れてあった凶器を右手で探っている。
ミカは何の警戒心もなしに、恥ずかしそうな顔でつかつかと近付いてくる。
なにか、とても、嫌な予感が、する。
彼女が俺の間合いに入ると、俺は一瞬で距離を縮め、体重をかけて腰にタックルを仕掛けると地面に押し倒した。
彼女はというと、何が起きたのか分からないという風で、疑問符の浮かんだ顔をしている。
彼女の腹の上に座った俺はいつの間にか両手に握られていた凶刃を彼女から見て左側の乳房、心臓部に勢いよく突き立てる。 左胸から道が全て紅で染まってしまいそうなくらいの量の鮮血が噴き出す。
やめろ。
こんな夢は見たくない。 これは夢なんだと、自覚するべく必死に自分に言い聞かせるが、夢が覚めることはなく。
彼女の血の染みは次々に広がっていく……。
血液の池に反射した俺の恍惚とした顔は、どこからどう見ても狂った殺人鬼のそれだった。
◇
「はぁ……はぁ、はぁ」
息を荒らげてがば、と布団から飛び出る。
別れたその日に、酷い夢を見たものだ。
時計を見ると、まだ五時を少し過ぎたところ。
まだ登校の準備をするまで時間はある━━と思ったが、今日は土曜日だった。
昨晩の戦闘で負荷をかけた体を癒すことができるだろう。
玄関で倒れたはずが、布団に入って眠っている。
これは、記憶が途切れているだけでちゃんと自分の布団に戻れたのか、それとも絢音に尾行していたことに気付かれた上で布団に戻されたのか。
そのどちらかだが、どっちでもよかった。
絢音を夜の街に駆り出す要因は消去したのだ。
もう、彼女が戦う必要はどこにもない。
満足感に満たされて、悪い夢のことも半ば忘れていると、自分の寝巻きの左ポケットになにか入っていることに気が付く。
なんだ……?
取り出してみると、それはなにか硬いものが入っている黒い巾着袋と、直径三センチほどに折られた紙だった。
紙を広げると、女の子の小さくて丸い文字が書かれていた。
『巴くんへ
一度、世界の裏側の戦いに巻き込まれてしまったからには、簡単に日常に戻ることは難しいものです。
これは、もし巴くんが元の世界に戻るのが困難なようなら使ってください。 きっと、役に立つと思います。
何の苦労もなく、戻れるようなら御守りにでも使ってやってください。
三上 ミカより』
俺が気を失っている間にポケットに入れてくれていたのか、ミカの心遣いは嬉しいが、苦労なく日常に戻れそうだ。 これは、手紙と一緒に御守りにしよう。
布団から這い出ると、自分の私物の入った桐箪笥を開けて大切なものを入れるスペース、一番上の棚にそれをしまった。
体は疲れているが、すっかり意識は覚醒してしまっている。
たまには早起きも悪くないだろう。
外に出て、朝の空気を取り入れよう。
寝室を隣で寝ている絢音を起こさないように、ゆっくりと出るとがららと玄関を開ける、と━━━━門の奥に、なにか、紅いものが見える。 そして、微かに鉄錆と腐った肉の如き臭い。
まさか。
つばを飲み込んで、庭をゆっくりと踏み締めていって、門を出る。
そこには…………一面、血だらけになった路上。
その真ん中には、服を乱雑に脱がされ、死亡しているミカの姿。
息はしていない。
目は光を失っている。
修道服のようなデザインの服は近くに放り出されて、面積の八割ほどが紅く染まったパンツと乳房が丸出しになっている。
心臓のある左乳房は酷い有様。 夢で見たところに、穴が空いている。
穴はサッカーボールが入るくらいに大きく広がって、ぐちゃぐちゃと、黄色い脂肪と赤い筋肉が露出している。
「あ━━━━」
寝巻きが汚れることも忘れて、血だらけの地面に膝をつく。
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