鬼子の嫁

白木 犀

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第五話/夜の街

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それからは毎日、十一時くらいに目覚ましをセットしては街に出て夜が明けるまで特定のルートを巡っては絢音よりもひと足早く帰るというような生活リズムになっている。
睡眠時間を少しでも確保するため、絢音に見つかるリスクを避けるため、そのような計画となった。

それは絢音が十時から十時半の間に家を出て、二時間ほどかけて街を舐り回すように歩いていることが連日の尾行で判明したからである。

また、絢音を尾行をしているとほぼ毎日のように、同じく街を偵察しているミカと顔を合わせることとなった。

ミカは大体いつも屋根や電柱の上にいて、俺を見つけると声をかけて降りてくる。

今日も、そんな調子で会話が始まった。

「巴くんは無鉄砲というか、なんというか……許嫁の命がかかっているかもしれないとはいえ、自分の命が惜しくなかったんですか?」

二人つかつかと路上を歩きながら、ミカは疑問を発露した。

「うーん……今でこそ吸血鬼の仕業ってことになってるけど、その時は対人なら絶対に逃げられる自信があったんだ。 親からは公にすることを止められているけど、脚には下手な大人より早いっていう自信がある」

ミカに遠巻きに自分の敏捷さを自慢する。
久しぶりに、歳上から認められたいという子どもらしい感情を持った気がする。

「へぇ、でも吸血鬼が相手じゃ無意味ですね。 巴くんは不意打ちだったとはいえ、屍鬼如きに捕まっていたんですから」

「なら、その実力のほどを見せてください」と言われ、自分の隠された能力を見せてミカに認められることを期待していたばかりに、彼女の返答にはガッカリした。

「まぁ……そうだな」

言い返せないのが悔しくて、バツの悪い返事をしてミカから顔を逸らす。
原理は分からないが、俺はミカには特に自分を承認してもらいたいという欲求を持っていた。

彼女はそんな意図を知ってか、所詮は子どもの話と嘲ているのか、俺に実力を見せる機会を積極的に与えようとしない。 俺としても、驕らず謙虚な方がいいと思っているので、自分から実力を見せることをしないからそれも一因になっているのだろうが。

「昨日の話の続きですけど、その許嫁の絢音さんはどういう人なんですか?」

ミカが興味津々という風に聞いてくる。
ミカは自分が何歳かは教えてくれなかったけど、年頃の女の子だそうだから、そういう話には目がないのかもしれない。

「む……客観的な評価で言うと、優しくて綺麗。 それでいて家事もできる理想のお嫁さんという感じ」

自分でもどこかぎこちなく感じる言い方、発音で言う。
絢音のことはもちろん素晴らしい伴侶だと思っているが、それを人に伝えるのは気恥ずかしい。

「では、主観的な方は?」

ミカは笑顔で恐ろしいことを聞いてくる。
そんなことは、とても恥ずかしくって、酒に酔っていてそれでいて気の置けない友人が対象という限定的な空間でしか話せない。

「しゅ、主観的……」

まんまとミカの策に嵌められたようだ。 あくまで自分の感想ではないですよという保険のための「客観的に」という言葉が余計だった。
数秒前の自分の浅慮さを憎む。

自分のプライドとミカに負けないことを天秤にかけるが、なかなか天秤の揺れは収まらない。

「あはは、黙り込んじゃって可愛い~~」

言って、後ろから頬をつんつんと指先で突いてくる。

「まあ、巴くんの言い振りを見ていれば、大体どんな人なのか、あなたにとって大切な人なのかは予想できますけどね」

ふふんと笑ってミカは一回転すると俺を超えて夜の街を歩いて行く。
なんだか、とても楽しそう。

こうして年頃の少女のように振舞っているミカを見ていると、彼女が処刑人として活動している、人の形をしている吸血鬼を殺しているのが想像できない。
否、そんな想像はしたくないという感情が俺の中で生まれつつあった。

そんなのは俺のエゴに過ぎないと分かっているからこそ、タチが悪い。



それから一時間くらいミカと一緒に絢音を尾行していたが、結局、この日もヘイルという吸血鬼が現れることはなかった。

いつも通り、絢音より少しだけ早く帰宅すると尾行していたのがバレないように靴を丁寧に整え、手を洗って布団に入る。

最近、睡眠時間が減り、夜の時間が増えたことで一日のうち絢音といる時間が短く感じるようになった。
彼女が俺の知らない吸血鬼と敵対? しているということもあり、いつかまるで違う世界に行ってしまいそうで酷い焦燥感を覚える。

嫌なことを考えてしまったのと、ミカとの会話で体は疲れているのに意識が目覚めてしまっていることでなかなか寝付けないでいると、玄関の鍵が解錠される音を聞く、絢音が帰宅したのだろう。

洗面所で水の流れる音と、布の擦れる音がして、ぎぃと音が鳴る。 おそらく絢音も布団に入ったのだろう。

俺は━━━━

逡巡の末に、寝返りをうつを装って絢音の領域に入り込む。
すぅすぅとわざとらしく寝息を立てていると、額に絢音の冷たい手が添えられ、撫でられる。

その手からは微かに鉄のような臭いがする。

一日でも早く、彼女をこんな危険な世界と紐付ける因果が無くなりますように。
俺はいつもは一ミリたりとも信じていない神様に心の中で手を合わせながら眠った。
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