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第四話/吸血鬼
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ビルの隙間から射し込む月明かりに照らされて光る、翡翠色と琥珀色の虹彩を持つオッドアイに、透明感のある白い肌が特徴的な整った顔立ち、キューティクルが綺麗な栗色の肩までの髪。 修道服のような服装。 そして髑髏の頭蓋を踏み抜いた膂力。
彼女は、何者なのだろう。
「まあ、いっか。 怪我はないですか?」
言って、少女が歩み寄ってくる。
その表情は暗闇に塗り潰されて、よく見えない。
俺は、思慮分別がつかなくて、誰が敵で味方で、自分に対して害を加えてこない保証があるのか分からない。 まるで腹を空かせた鬣犬(ハイエナ)が跋扈する荒野にでも一人、放り出されたような恐怖と、それに端を発した不安を覚える。
この少女も、人間であるという保証はない。
否、頭蓋を容易に踏み抜いたあの膂力、むしろ人間ではない可能性の方が高い。
「ひっ……」
自分でも信じられないくらいに情けない声を出して、歩み寄ってきた少女からじりじりと尻をついたまま後退する。
「すっかり怯えちゃって、可哀想に」
少女は俺の眼前で地面に膝をつき、顔を近付けてくる。
「━━━━あ」
未知が近付いてくる恐怖に反射的に目を瞑る、と━━━━不思議なことに、俺の予想していた痛苦や恐怖といったネガティブなものからは対照的な感覚が俺を包む。
暖かい。 まるで、まだ人の体温の残っている布団に入ったような。
これは……。
ゆっくりと、瞼を開ける。
目に入ったのは……少女の背中だった。
少女が俺の肩に首を乗せて、腕を背に回し抱き締めているという構図。
「な━━━━」
返す言葉に困って、固まったままでいるとよしよしと、頭を撫でられる。
そんなことをされたら、ますますなんて言えばいいか分からなくなってしまう。
それから十秒もしないで体から少女の体温が離される。 少し、寂しい。
「とりあえずは治療完了です」
治療……?
そう言われて、骨肉にまで髑髏の鋭い爪が達していた右足の付け根の傷跡に違和感を感じて、見てみると痣があるだけで、血は止まり傷はすっかり塞がっている。 動かしてみるが痛みは微塵も感じない。
「え……治療って……」
「読んで字のごとく、治療です。 私の''魔術''で治しました」
少女は自慢げな笑顔を浮かべると、そう言った。
「魔術って……あんたは何者なんだ? それに、さっきの怪物は一体……」
「あんたじゃなくて、私にはちゃんとした名前があります。 三上 ミカ、この街に巣食っている吸血鬼を退治しにきた処刑人です。 魔術が使えるのもそのため」
ミカと名乗った少女は俺の言葉遣いに眉をひそめると、自己紹介をする。
えっと……と少し考える動作をすると答え出した。
「さっきの怪物は吸血鬼に魂を吸われた結果、魂の器を吸血鬼と同じ仕組みに変質した存在。 我々の世界では屍鬼(ゾンビ)と呼ばれています。 本来、消費する己の魂の代替に他者の魂を求めて彷徨うようになったモノ。 簡単に言ってしまえば、血を求める抜け殻みたいなもの、吸血鬼の一種ですが、私が追っているヤツとは違います」
魔術……吸血鬼……屍鬼……処刑人……魂……。
不理解な単語ばかりが頭を何度も反芻していた。
しかし、いくら考えても妥当な答えは出ない。
「こんな夜更けに街を出歩いている不良のあなたは?」
何も分からないまま、話が進められる。
どうやら自己紹介をしろとのこと。
「俺は……蒔片 巴。 けど不良じゃない、ちゃんとした理由がある。 なにもかもが分からないけど、あんたが俺のことを助けてくれたのは間違いないみたいだな、ありがとうと言っておくよ」
子どもの話を聞く大人のようにミカは俺の話をうんうんと相槌を打ちながら聞いていた。 否、ようにではない実際に子どもの話を聞く大人という絵面だ。
「こんな夜更けに子どもが外を出歩く理由とは?」
「……家族を探してるんだ。 今は連続殺人事件が頻繁に起きてるだろう、そんな中、外を出歩かせるのは危険だと思って」
必死になっていて、伝えたいことの半分も伝えられていない気がした。
「えっと……巴くんの家族は、いきなり夜に姿を消したんですか?」
「あぁ、俺が目を覚ますと家のどこを探してもいなかった。 それで外を探していたら、彼女らしき人物を見つけたんだ。 それでこっそり尾行していたら、彼女は路地裏に向かって行った。 路地裏から出てきた時には頬に血痕があって、それで何事かと思って俺も遅れて路地裏に行ったら、その屍鬼ってやつに襲われて助けられたって感じだ」
分からないことだらけで頭がすっかり混乱しているが、しっかりと分かりやすいように言葉を選択して、あったことを全て漏らさず彼女に伝えた。
伝えたあとで、こんな処刑人なんていうものを自称している、言っていることが本当にしろ、嘘にしろヤバそうな人間に教えてしまっていいのだろうか、と思う。 が、それを伝えているということは自分は無意識に心を彼女に許しているのだろう。
綺麗な女性というイメージは狡いと思う。
どうしたって信用してしまう。
「ふむふむ……」
ミカは顎を指で擦りながら話に聞き入っていた。
「あくまで私の予想に過ぎませんが、あなたの家族が夜に出歩く理由が吸血鬼と関係があるのならば」
ミカは目の窪みに親指と人差し指を当てて考える動作を取る。
彼女は別に俺を緊張させるような言い方をしているわけではないが、酷く緊張する。 次の言葉が口から出るまでの時間はおそらく数秒にも満たなかったのだろうが、その数秒は一分にも感じた。
「きっと彼女は吸血鬼を探して、屍鬼を狩っているのでしょう。 事情は測りかねますが」
「吸血鬼を探すのに屍鬼を狩る必要はあるの?」
率直な疑問を発露させる。
少しでも絢音の行動の原理を明らかにしておきたかったのだ。
「一次吸血鬼は、どの吸血鬼も親に持たない、最初に吸血鬼になった吸血鬼。 彼らは屍鬼を増やして、その屍鬼を介して生きるために、または戦闘や魔術に利用する生命力を蓄えるために魂を集めているんです。 屍鬼に吸われた血液は親の吸血鬼に供給される」
ミカは一旦、そこで話を止めた。
俺は首肯をして続きを話すよう促すと、ミカは頷いて話を再開する。
「その配下の屍鬼を殺すことで魂の供給を断ち、大元の吸血鬼が直々に姿を現す機会を作ろうとしているのでしょう。 我々、処刑人も吸血鬼に汚染された街で大元を炙り出すのによくやる手法です。 ただ、腑に落ちないのは……」
ミカはそこで真面目な、否、仇敵を睨むような恐ろしい目付きをすると黙り込んでしまう。
「腑に落ちない……?」
恐る恐る、彼女に話の続きを促す。
「あなたの家族と私の追っている吸血鬼「ヘイル=ローケスト」との関係です。 彼ほどの時を生きると人間よりもよっぽど死を恐れて、我々に狩られないように表に姿を現さなくなります。 そんなヘイルと我々の世界となんの関係もなさそうなあなたの家族に接点が生まれるというのが腑に落ちません」
ミカははぁと嘆息を漏らすと、コンクリートの壁に背中を預けた。
「まったく、面倒な任務を任せられたものです。 ヘイルを狩るだけでも厄介なのに、それに関わる人間がいるだなんて……三つ巴だけは避けたいですね」
緊張感から解放された様子で、先のことを考えているのか気疲れしているのが顔に出ているミカを見ると、俺の方も少しだけ安心して、なんだかそんな彼女を労ってやりたくなった。
「……大変なんだな、処刑人? っていうのは」
「えぇ、自分から処刑人になりたがるものなんて狂人か筋金入りの変態ばかりですから」
「ミカもそのどっちかなのか?」と言おうとして、口を噤む。
それはあまりにもデリカシーに欠ける発言だ。
「それで、巴くんはこれからどうするんですか? 家族を見殺しにするのは嫌なので、尾行を続けるというのなら安心してください。 ヘイルや彼の配下の屍鬼は私が必ず倒して、この街を除染しますので」
ミカはそう言うと、自分の手のひらをぐっと見つめる。 琥珀色の虹彩を持つ方の目は光を放ち出し━━━━なんということか、ぼっと音を立てて右手から爆熱を発火させた。
「……」
俺はどうしたいのか。
ミカのことを信用できないわけではない。
ただ、少しでも絢音が危険な目に遭うリスクは減らしたい。 俺の命のリスクと等価交換でそんなことができるのなら。
「……俺も絢音を、家族を守るために夜の街を歩き続けることにするよ。 ミカのことが信用できないんじゃない。 やっぱり、自分の目で見て知りたいんだ彼女のことを」
ミカは俺の決意表明を聞き終えるとはぁと嘆息を漏らす。
「あなたの勝手ですからそれは止めませんが、私の苦労を増やさないでほしいというのが本心ですね」
その言葉が意味することは……。
「それは、俺がピンチになったら助けてくれるってこと?」
「えぇ。 というよりは、止めたところであなたは真実を見つけるために夜の街に行くでしょうし、私も神の遣いの一人、そんなあなたをサポートしてしまうでしょうから」
ミカは言い終えるとにぃと目を細め、少し口角を上げると「それでは」と言って、俺から背を向けて夜の闇に消えていった。
闇の中から声が聞こえてくる。
「屍鬼や吸血鬼の活動可能時間は夜間だけ、ヘイルもそろそろ駒の屍鬼を退かせていることでしょう。 今日はこれ以上、歩いていても意味はないと思うので家族に気付かれる前に帰宅することをおすすめしますよ」
ミカの言葉は信頼に足ると思う。
俺のことをなんとも思っていないのなら、屍鬼に襲われている時に見殺しにしていればよかったのだから。
俺は絢音も見失ってしまったので、駆け足で夜が開けつつある空をバックに走って家に帰った。 絢音に尾行していたことがバレるのはまずい。
家に辿り着いて、玄関を見るとまだ絢音の靴はない。
まだ、外から帰ってきてないということだ。
手を洗って、すっかり冷たくなった布団に入ると、今日の出来事に思慮を走らせる。
絢音はどういった因果か、処刑人なんて物騒な存在に目をつけられる伝説の生き物「吸血鬼」と何かしらの関係があるらしい。
それに対して、俺にできることはなにかあるだろうか。
また、絢音は俺に隠して何をしているというのか。
絢音がミカと対立するということもなくはないのだろう。
頭を過ぎる、人の形をしたものを殺している絢音の姿……。
頭の中をネガティブな思考や感情が占めていくが、疲れは確実に蓄積している。 ついさっきまで死にかけていたことも忘れて俺は眠りに就く。
彼女は、何者なのだろう。
「まあ、いっか。 怪我はないですか?」
言って、少女が歩み寄ってくる。
その表情は暗闇に塗り潰されて、よく見えない。
俺は、思慮分別がつかなくて、誰が敵で味方で、自分に対して害を加えてこない保証があるのか分からない。 まるで腹を空かせた鬣犬(ハイエナ)が跋扈する荒野にでも一人、放り出されたような恐怖と、それに端を発した不安を覚える。
この少女も、人間であるという保証はない。
否、頭蓋を容易に踏み抜いたあの膂力、むしろ人間ではない可能性の方が高い。
「ひっ……」
自分でも信じられないくらいに情けない声を出して、歩み寄ってきた少女からじりじりと尻をついたまま後退する。
「すっかり怯えちゃって、可哀想に」
少女は俺の眼前で地面に膝をつき、顔を近付けてくる。
「━━━━あ」
未知が近付いてくる恐怖に反射的に目を瞑る、と━━━━不思議なことに、俺の予想していた痛苦や恐怖といったネガティブなものからは対照的な感覚が俺を包む。
暖かい。 まるで、まだ人の体温の残っている布団に入ったような。
これは……。
ゆっくりと、瞼を開ける。
目に入ったのは……少女の背中だった。
少女が俺の肩に首を乗せて、腕を背に回し抱き締めているという構図。
「な━━━━」
返す言葉に困って、固まったままでいるとよしよしと、頭を撫でられる。
そんなことをされたら、ますますなんて言えばいいか分からなくなってしまう。
それから十秒もしないで体から少女の体温が離される。 少し、寂しい。
「とりあえずは治療完了です」
治療……?
そう言われて、骨肉にまで髑髏の鋭い爪が達していた右足の付け根の傷跡に違和感を感じて、見てみると痣があるだけで、血は止まり傷はすっかり塞がっている。 動かしてみるが痛みは微塵も感じない。
「え……治療って……」
「読んで字のごとく、治療です。 私の''魔術''で治しました」
少女は自慢げな笑顔を浮かべると、そう言った。
「魔術って……あんたは何者なんだ? それに、さっきの怪物は一体……」
「あんたじゃなくて、私にはちゃんとした名前があります。 三上 ミカ、この街に巣食っている吸血鬼を退治しにきた処刑人です。 魔術が使えるのもそのため」
ミカと名乗った少女は俺の言葉遣いに眉をひそめると、自己紹介をする。
えっと……と少し考える動作をすると答え出した。
「さっきの怪物は吸血鬼に魂を吸われた結果、魂の器を吸血鬼と同じ仕組みに変質した存在。 我々の世界では屍鬼(ゾンビ)と呼ばれています。 本来、消費する己の魂の代替に他者の魂を求めて彷徨うようになったモノ。 簡単に言ってしまえば、血を求める抜け殻みたいなもの、吸血鬼の一種ですが、私が追っているヤツとは違います」
魔術……吸血鬼……屍鬼……処刑人……魂……。
不理解な単語ばかりが頭を何度も反芻していた。
しかし、いくら考えても妥当な答えは出ない。
「こんな夜更けに街を出歩いている不良のあなたは?」
何も分からないまま、話が進められる。
どうやら自己紹介をしろとのこと。
「俺は……蒔片 巴。 けど不良じゃない、ちゃんとした理由がある。 なにもかもが分からないけど、あんたが俺のことを助けてくれたのは間違いないみたいだな、ありがとうと言っておくよ」
子どもの話を聞く大人のようにミカは俺の話をうんうんと相槌を打ちながら聞いていた。 否、ようにではない実際に子どもの話を聞く大人という絵面だ。
「こんな夜更けに子どもが外を出歩く理由とは?」
「……家族を探してるんだ。 今は連続殺人事件が頻繁に起きてるだろう、そんな中、外を出歩かせるのは危険だと思って」
必死になっていて、伝えたいことの半分も伝えられていない気がした。
「えっと……巴くんの家族は、いきなり夜に姿を消したんですか?」
「あぁ、俺が目を覚ますと家のどこを探してもいなかった。 それで外を探していたら、彼女らしき人物を見つけたんだ。 それでこっそり尾行していたら、彼女は路地裏に向かって行った。 路地裏から出てきた時には頬に血痕があって、それで何事かと思って俺も遅れて路地裏に行ったら、その屍鬼ってやつに襲われて助けられたって感じだ」
分からないことだらけで頭がすっかり混乱しているが、しっかりと分かりやすいように言葉を選択して、あったことを全て漏らさず彼女に伝えた。
伝えたあとで、こんな処刑人なんていうものを自称している、言っていることが本当にしろ、嘘にしろヤバそうな人間に教えてしまっていいのだろうか、と思う。 が、それを伝えているということは自分は無意識に心を彼女に許しているのだろう。
綺麗な女性というイメージは狡いと思う。
どうしたって信用してしまう。
「ふむふむ……」
ミカは顎を指で擦りながら話に聞き入っていた。
「あくまで私の予想に過ぎませんが、あなたの家族が夜に出歩く理由が吸血鬼と関係があるのならば」
ミカは目の窪みに親指と人差し指を当てて考える動作を取る。
彼女は別に俺を緊張させるような言い方をしているわけではないが、酷く緊張する。 次の言葉が口から出るまでの時間はおそらく数秒にも満たなかったのだろうが、その数秒は一分にも感じた。
「きっと彼女は吸血鬼を探して、屍鬼を狩っているのでしょう。 事情は測りかねますが」
「吸血鬼を探すのに屍鬼を狩る必要はあるの?」
率直な疑問を発露させる。
少しでも絢音の行動の原理を明らかにしておきたかったのだ。
「一次吸血鬼は、どの吸血鬼も親に持たない、最初に吸血鬼になった吸血鬼。 彼らは屍鬼を増やして、その屍鬼を介して生きるために、または戦闘や魔術に利用する生命力を蓄えるために魂を集めているんです。 屍鬼に吸われた血液は親の吸血鬼に供給される」
ミカは一旦、そこで話を止めた。
俺は首肯をして続きを話すよう促すと、ミカは頷いて話を再開する。
「その配下の屍鬼を殺すことで魂の供給を断ち、大元の吸血鬼が直々に姿を現す機会を作ろうとしているのでしょう。 我々、処刑人も吸血鬼に汚染された街で大元を炙り出すのによくやる手法です。 ただ、腑に落ちないのは……」
ミカはそこで真面目な、否、仇敵を睨むような恐ろしい目付きをすると黙り込んでしまう。
「腑に落ちない……?」
恐る恐る、彼女に話の続きを促す。
「あなたの家族と私の追っている吸血鬼「ヘイル=ローケスト」との関係です。 彼ほどの時を生きると人間よりもよっぽど死を恐れて、我々に狩られないように表に姿を現さなくなります。 そんなヘイルと我々の世界となんの関係もなさそうなあなたの家族に接点が生まれるというのが腑に落ちません」
ミカははぁと嘆息を漏らすと、コンクリートの壁に背中を預けた。
「まったく、面倒な任務を任せられたものです。 ヘイルを狩るだけでも厄介なのに、それに関わる人間がいるだなんて……三つ巴だけは避けたいですね」
緊張感から解放された様子で、先のことを考えているのか気疲れしているのが顔に出ているミカを見ると、俺の方も少しだけ安心して、なんだかそんな彼女を労ってやりたくなった。
「……大変なんだな、処刑人? っていうのは」
「えぇ、自分から処刑人になりたがるものなんて狂人か筋金入りの変態ばかりですから」
「ミカもそのどっちかなのか?」と言おうとして、口を噤む。
それはあまりにもデリカシーに欠ける発言だ。
「それで、巴くんはこれからどうするんですか? 家族を見殺しにするのは嫌なので、尾行を続けるというのなら安心してください。 ヘイルや彼の配下の屍鬼は私が必ず倒して、この街を除染しますので」
ミカはそう言うと、自分の手のひらをぐっと見つめる。 琥珀色の虹彩を持つ方の目は光を放ち出し━━━━なんということか、ぼっと音を立てて右手から爆熱を発火させた。
「……」
俺はどうしたいのか。
ミカのことを信用できないわけではない。
ただ、少しでも絢音が危険な目に遭うリスクは減らしたい。 俺の命のリスクと等価交換でそんなことができるのなら。
「……俺も絢音を、家族を守るために夜の街を歩き続けることにするよ。 ミカのことが信用できないんじゃない。 やっぱり、自分の目で見て知りたいんだ彼女のことを」
ミカは俺の決意表明を聞き終えるとはぁと嘆息を漏らす。
「あなたの勝手ですからそれは止めませんが、私の苦労を増やさないでほしいというのが本心ですね」
その言葉が意味することは……。
「それは、俺がピンチになったら助けてくれるってこと?」
「えぇ。 というよりは、止めたところであなたは真実を見つけるために夜の街に行くでしょうし、私も神の遣いの一人、そんなあなたをサポートしてしまうでしょうから」
ミカは言い終えるとにぃと目を細め、少し口角を上げると「それでは」と言って、俺から背を向けて夜の闇に消えていった。
闇の中から声が聞こえてくる。
「屍鬼や吸血鬼の活動可能時間は夜間だけ、ヘイルもそろそろ駒の屍鬼を退かせていることでしょう。 今日はこれ以上、歩いていても意味はないと思うので家族に気付かれる前に帰宅することをおすすめしますよ」
ミカの言葉は信頼に足ると思う。
俺のことをなんとも思っていないのなら、屍鬼に襲われている時に見殺しにしていればよかったのだから。
俺は絢音も見失ってしまったので、駆け足で夜が開けつつある空をバックに走って家に帰った。 絢音に尾行していたことがバレるのはまずい。
家に辿り着いて、玄関を見るとまだ絢音の靴はない。
まだ、外から帰ってきてないということだ。
手を洗って、すっかり冷たくなった布団に入ると、今日の出来事に思慮を走らせる。
絢音はどういった因果か、処刑人なんて物騒な存在に目をつけられる伝説の生き物「吸血鬼」と何かしらの関係があるらしい。
それに対して、俺にできることはなにかあるだろうか。
また、絢音は俺に隠して何をしているというのか。
絢音がミカと対立するということもなくはないのだろう。
頭を過ぎる、人の形をしたものを殺している絢音の姿……。
頭の中をネガティブな思考や感情が占めていくが、疲れは確実に蓄積している。 ついさっきまで死にかけていたことも忘れて俺は眠りに就く。
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