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18)人間の誇り
しおりを挟む鍾乳洞の寒さはかえってシェルリナには心地よく、ドレスを重く湿らせる湿気も肌が潤う気がする。
しかし、布袋は毎日転がってくるわけではないと危惧するノエビアに、再び殺意を抱くほど嫌気がさしてシェルリナは髑髏を蹴った。
「社会性なんて吸血鬼には必要ないのよ。あんたが外に出たとして、その姿で、果たして人間どもに仲間だと思ってもらえるかしら。ほほほ。化け物よ、化け物」
袋詰めで投げ落とされた時に岩にぶつかって折れた骨も裂けた筋肉も、死人の血ではあるが吸血鬼の驚くべき回復力で復活して、ノエビアとシェルリナは互いに反目しあった。
「シェルリナ、いつまでもこんな暗い処で死人の血を啜るなんてエグい真似を続ける気か。吸血鬼になったなら怖いもの無しじゃないか。僕は社会的弱者だったけれど、今は違う」
シェルリナは岩にへばりついて蜘蛛のように天井まで登った。ノエビアも蝙蝠のように天井から逆さにぶら下がる。
「身勝手な強者の理論でもぶちかます気なの。おほほほ」
言い合いは果てしなく続くように思われたが、それも新たな袋詰めが投げ込まれるまでだ。
ザカリー領では、うら若き領主ヴェルナールが王位継承問題に巻き込まれた為に命を狙う暗殺者が絶えないが、暗殺者として入り込んだが最後、暇に飽きた兵士に追われてゴキブリの如く抹殺される。
袋詰めにされた死体は、領主を狙って返り討ちにあった暗殺者たちの哀れな姿だ。
吸血鬼ノエビアの耳に、小さな人間の足音がした。シェルリナの耳にも聞こえる。子供の声だ。
「ネイト、ここは涼しいね」
「ガレ、ここを僕たちの休場にしようか」
「少し遠いよ。森を抜けるのも怖いし」
子供の声にノエビアは涎が垂れた。
「シェルリナ、食餌だ」
「ぼんくら。子供を襲うなら許さないわよっ」
大半の子供が五才までに命を失う貧しい時代、大人と同じように働くのが当たり前で児童福祉の考えもなく、子供が大人になるまで生き延びられるかどうかは、領地の豊かさにかかっている。
「僕は本能に従いたいだけさ。どうせ長生きできないような子供たちだろ」
ノエビアが両手を広げた。首が逆さまの姿だから反対側に腕は行く。それでも天井を蹴ってノエビアは羽ばたくように目標のいる明るみの場所へ向かう。
「ノエビア。それが隣人愛を知る貴族のやることなのっ」
シェルリナが猛然と飛んできた。目算を謝って体当たりしたついでに蹴りを入れ、その衝撃で撥ね飛ばされたノエビアを追ってぶん殴る。大きなサッカーボールを足や膝で弾ませるように空中でノエビアをぼこぼこに打ちのめし、とうとうノエビアを墜落させた。
「ううっ、待って、シェルリナ。酷いよ。何故、僕を殴るんだい」
ノエビアの前に、仁王立ちになるシェルリナ。
「人間の誇りを失おうとするからよっ」
「シェルリナ……君は売春婦じゃないか。まるで尊厳を守ってきたかのような言い種だなあ」
ノエビアは娼館に入り浸っていても娼婦を蔑んだことは一度もなかったから、シェルリナは心臓を鷲掴みにされたような気がした。わなわな震える。
「ノエビア……なんて恐ろしい高慢な化け物。好きだったのに、心の底から哀れに思うわ」
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