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17)可愛いジジイ
しおりを挟む明け方近くまで眠れずに、執事長シアノは言葉を探していた。
言葉とは、聖書ではロゴス、神の用いる言葉だ。
神は、そのロゴスを使ってすべてのものを創造したとあり、それが神のみ子イエス・キリストであり、創造の初めから神と共にいたと記されている。そして、神のような者であったと。
風もないのにカーテンが揺れる。
「ジジイ、会いに来たぞ」
いつもは青白い吸血鬼が心なしか血色が良い。
「大魔王様、さっきのはあなた様ではありませんよね」
「さっきとは」
執事長はつい先刻の、思い出すだにぞわぞわと総毛立つ悪霊の障りについて話した。
「かっ、身体中がむず痒くて……」
「身体中……」
吸血鬼は耳目を吊り上げてベランダを見た。
「悪霊め、俺様のジジイに何をしやがる。ジジイ、俺様はいつも一緒にいてやれるわけではない。だから、今度おかしな奴が来たらこう言うんだ。しっ、しっ、悪霊め、お前の正体を知っているぞ。悪霊退散。こうだぞ、言えるか」
それはザカリー家に伝わる伝統的な悪霊撃退に有効な言葉だった。
執事長はすっかり失念してただ恐怖に震えていた自分が愚かに思え、ふっと笑った。
「有り難うございます。そうでした、その言葉を忘れないようにしなければ」
「そうだぞ、ジジイ。お前は可愛いからおかしなのに狙われやすいんだ」
一番おかしなのは
あなた様ですけれどね……
と胸のうちで呟く。
「あの、練習してもいいですか。しっ、しっ、悪霊め、お前の正体を知っているぞ。悪霊退散……」
腕枕された格好で吸血鬼の耳元に囁いてみた。
「おお、良く言えた、良く言えた。流石はジジイだ」
手放しで喜ぶ吸血鬼に、執事長はほんの少しだが落胆した。その呪文は吸血鬼には効かないことが証明されたからだ。吸血鬼は朗らかに笑って執事長を抱き締めた。
「俺様は安心したぞ。もう寝ようか、寝よう、寝よう」
「あ、あの……」
「大丈夫だ。今夜はなにもしない」
「は、はい」
なにもしないって
当たり前ですよ
こんなジジイに
何をすると言うのですか
ちゅぷちゅぷも
絶対に嫌ですからね
「大魔王様、あなたがさっきの変態でなくて安心しました。とても怖かったんです」
言ってみて、本心だと気づく。恐怖に震えたことはさておいて、それが吸血鬼の仕業でなかったことに安心したのは、偽りではない。
「俺様はジジイを困らせたりはしない」
十分困っていますけどね
あ、キスはしないでくださいね
「大魔王様とあの悪霊とは、どちらの方がお強いのですか」
「俺様だ。こないだもあいつに火傷させてやった。ははは、様あみろ」
好きな女の子の前で強がる子供のように、吸血鬼は、熱射地獄で同じく負傷して危なかったことを他所に、小気味良さげに笑う。
「火傷、悪霊に火傷を負わせることができるのですか、大魔王様……」
執事の目がうるうると潤い尊敬の念に満たされていくのを目の当たりにして、吸血鬼は動かない心臓が勃起するのを感じた。
「大魔王というお前のその呼び方は、俺様は痛く気に入っているぞ。お前が望むなら悪霊のやつを豚に閉じ込めてやろう」
「豚に閉じ込める……イエス様がやったようにですか」
「そうだ。しかし、悪霊は豚を溺死させて逃げ出すことができるのだ」
「何にでも閉じ込められるのですか」
「お前に閉じ込めるのは無しだ」
「大魔王様……」
執事は、吸血鬼に腕枕をされることに慣れて、耳元で「可愛いぞ、ジジイ。ジジイは本当に可愛い」と子守唄のように囁かれ頭を撫でられながら眼を閉じた。
吸血鬼が唇を軽く啄む。執事は、悪霊に触られた時のような悪寒に似たものを感じたが、拒否するでもなく抵抗もなくそのまま安らかな眠りに落ちた。
ちゅぷちゅぷ……しな……
いの……ですね
良かった……ああ……
安心……しま……した
「ほほう」
吸血鬼の耳元に悪霊の声がした。
「ご貴殿にチューされても眠ってしまうとはなかなか豪胆なジジイですな」
「悪霊、お前に話がある。が、しかし、今は帰れ」
「はっはっは、ご貴殿にまで追い払われるとは切なきことこの上無い」
「しっ、しっ、悪霊め。俺様のプライバシーを覗くな。しっ、しっ……」
「はいはい、豚に閉じ込められないように退散しますよ」
ωωωωωωωωωωωω
イラストは
ジェットマンズマニさんの友情投稿です♥️v♥️
助かっています✨✨✨
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