上 下
17 / 34

17)可愛いジジイ

しおりを挟む



明け方近くまで眠れずに、執事長シアノは言葉を探していた。



言葉とは、聖書ではロゴス、神の用いる言葉だ。



神は、そのロゴスを使ってすべてのものを創造したとあり、それが神のみ子イエス・キリストであり、創造の初めから神と共にいたと記されている。そして、神のような者であったと。



風もないのにカーテンが揺れる。



「ジジイ、会いに来たぞ」



いつもは青白い吸血鬼が心なしか血色が良い。



「大魔王様、さっきのはあなた様ではありませんよね」



「さっきとは」



執事長はつい先刻の、思い出すだにぞわぞわと総毛立つ悪霊の障りについて話した。



「かっ、身体中がむず痒くて……」



「身体中……」



吸血鬼は耳目を吊り上げてベランダを見た。



「悪霊め、俺様のジジイに何をしやがる。ジジイ、俺様はいつも一緒にいてやれるわけではない。だから、今度おかしな奴が来たらこう言うんだ。しっ、しっ、悪霊め、お前の正体を知っているぞ。悪霊退散。こうだぞ、言えるか」



それはザカリー家に伝わる伝統的な悪霊撃退に有効な言葉だった。



執事長はすっかり失念してただ恐怖に震えていた自分が愚かに思え、ふっと笑った。



「有り難うございます。そうでした、その言葉を忘れないようにしなければ」



「そうだぞ、ジジイ。お前は可愛いからおかしなのに狙われやすいんだ」



一番おかしなのは
あなた様ですけれどね……



と胸のうちで呟く。



「あの、練習してもいいですか。しっ、しっ、悪霊め、お前の正体を知っているぞ。悪霊退散……」



腕枕された格好で吸血鬼の耳元に囁いてみた。



「おお、良く言えた、良く言えた。流石はジジイだ」



手放しで喜ぶ吸血鬼に、執事長はほんの少しだが落胆した。その呪文は吸血鬼には効かないことが証明されたからだ。吸血鬼は朗らかに笑って執事長を抱き締めた。



「俺様は安心したぞ。もう寝ようか、寝よう、寝よう」



「あ、あの……」



「大丈夫だ。今夜はなにもしない」



「は、はい」



なにもしないって
当たり前ですよ
こんなジジイに
何をすると言うのですか
ちゅぷちゅぷも
絶対に嫌ですからね



「大魔王様、あなたがさっきの変態でなくて安心しました。とても怖かったんです」



言ってみて、本心だと気づく。恐怖に震えたことはさておいて、それが吸血鬼の仕業でなかったことに安心したのは、偽りではない。



「俺様はジジイを困らせたりはしない」



十分困っていますけどね
あ、キスはしないでくださいね



「大魔王様とあの悪霊とは、どちらの方がお強いのですか」



「俺様だ。こないだもあいつに火傷させてやった。ははは、様あみろ」



好きな女の子の前で強がる子供のように、吸血鬼は、熱射地獄で同じく負傷して危なかったことを他所に、小気味良さげに笑う。



「火傷、悪霊に火傷を負わせることができるのですか、大魔王様……」



執事の目がうるうると潤い尊敬の念に満たされていくのを目の当たりにして、吸血鬼は動かない心臓が勃起するのを感じた。



「大魔王というお前のその呼び方は、俺様は痛く気に入っているぞ。お前が望むなら悪霊のやつを豚に閉じ込めてやろう」



「豚に閉じ込める……イエス様がやったようにですか」



「そうだ。しかし、悪霊は豚を溺死させて逃げ出すことができるのだ」



「何にでも閉じ込められるのですか」



「お前に閉じ込めるのは無しだ」



「大魔王様……」



執事は、吸血鬼に腕枕をされることに慣れて、耳元で「可愛いぞ、ジジイ。ジジイは本当に可愛い」と子守唄のように囁かれ頭を撫でられながら眼を閉じた。



吸血鬼が唇を軽く啄む。執事は、悪霊に触られた時のような悪寒に似たものを感じたが、拒否するでもなく抵抗もなくそのまま安らかな眠りに落ちた。



ちゅぷちゅぷ……しな……
いの……ですね
良かった……ああ……
安心……しま……した



「ほほう」



吸血鬼の耳元に悪霊の声がした。



「ご貴殿にチューされても眠ってしまうとはなかなか豪胆なジジイですな」



「悪霊、お前に話がある。が、しかし、今は帰れ」



「はっはっは、ご貴殿にまで追い払われるとは切なきことこの上無い」



「しっ、しっ、悪霊め。俺様のプライバシーを覗くな。しっ、しっ……」



「はいはい、豚に閉じ込められないように退散しますよ」


ωωωωωωωωωωωω

イラストは
ジェットマンズマニさんの友情投稿です♥️v♥️
助かっています✨✨✨





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

キケンな放課後☆生徒会室のお姫様!?

美和優希
恋愛
入学早々、葉山優芽は校内で迷子になったところを個性豊かなイケメン揃いの生徒会メンバーに助けてもらう。 一度きりのハプニングと思いきや、ひょんなことから紅一点として生徒会メンバーの一員になることになって──!? ☆゜+.☆゜+.☆゜+.☆゜+.☆ 初回公開*2013.12.27~2014.03.08(他サイト) アルファポリスでの公開日*2019.11.23 *表紙イラストは、イラストAC(小平帆乃佳様)のイラスト素材に背景+文字入れをして使わせていただいてます。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

令和の俺と昭和の私

廣瀬純一
ファンタジー
令和の男子と昭和の女子の体が入れ替わる話

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

処理中です...