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9)お尻丸出しで
しおりを挟む刑罰の庭でお尻丸出しにされた二人が竹ひごで叩かれている。今しがた二十回を数えたところだ。
竹ひご百叩きの刑罰。最初の十回くらいは赤くなり、同じ場所三十回くらいで皮膚が切れ始める。そうなると四十回待たず肉が裂けて次第に血深泥の様相を呈してくる。
ザカリー領の兵士は暇なので、細長い竹ひごで蠅や藪蚊を叩き落とす。人間の皮膚は、同じ処ばかりを打つと血の滲むのが早い。兵士がわざと竹ひごを簾状に正確無比に並べて打つのは、血管を裂かないようにとの配慮だ。
ヴェルナールは執務室の窓から刑罰の庭を眺めて心配した。
「爺や、あの二人、死なないよね。僕は危ないところではあったけど無事だったもの」
「未遂で終わったのはただのタイミングです。ですが、あの様な輩がこれからも続々押し掛けて来るでしょう。この際、見せしめとして……」
「爺や、僕にも打たせて。直接会って叩いてやりたい」
「それはなりませぬ、旦那様。あの様な犯罪者に直接関わりになるなど……旦那様のご威光に関わる重大問題です」
「僕が何度か直接叩いて、解放してあげたいのだけれど……」
執事シアノは頑固に頭を振る。その声は、刑罰の庭で物見遊山の悪霊にも聞こえた。
悪霊が、物陰に向かって笑う。
「お聞きになりましたか、マシャール殿。あなたの庇護下のノエビアは立つことも座ることもできない状態になるのですよ。歩くのでさえ困難になり、一歩毎に苦痛を味わうのです。ノエビアは良いとしても、娘さんはお可哀想に。寝ることもできないでしょうね」
「何と、竹ひごの刑罰とは、そのようなものなのかっ」
「まあ、他所の領地で領主を犯せば死刑でしょうけれど、ノエビアとシェルリナは未遂だったので、なんとも慈悲深いお尻竹ひご百叩きの刑罰で済むわけです」
「何とか軽くで済むようにしてやりたいものだ」
「おやまあ、それは何とした。可愛い娘さんの為にですかぁ。それともぼんくらノエビアを助けてあげたいのですかねぇ……もし、一人だけ助けるとすればどちらを助けますぅ」
「娘に決まっているだろうがっ。ノエビアは男だ。しかもクソ不味い血のニートだから、お尻が暫く痛んだとて……」
吸血鬼マシャールは悪霊の身体をがっしり掴む。まるで肉体を持つもののような手応えだ。
「あっ、おっ、お止めくださいっ、マシャール殿っ」
長年生きているが、肉なる者に身体を触られる、など初めてのことで悪霊は狼狽えた。
「うだうだ抜かすな。お前を死なせる訳ではない」
「ひえええ……私はまだ一度も死んだことはありませんからね……」
悪霊が文句を言っている間に吸血鬼は悪霊を衣服のように着込んだ。
「ああっ」
悪霊にとって生まれて初めての経験だが、それはマシャールにとっても同じ。ふとした思い付き。
「うおおおお」
エネルギー全開で日の下に出る。
「あぢっ、あぢぢぢ……焼け付くようだわい。くそっ」
吸血鬼は執事シアノへと変貌し、刑罰の庭で声を上げた。
「よし、其処までだ。最早五十は打ったな。今回は未遂に終わったことだから温情を示してやろう。お前たち二人は傷の手当てを受けたら即刻立ち去れ。このザカリー領に留まることは許さぬ。二度と入り込んでもならぬ。良いな」
優しい年寄り執事長には珍しく、凛と響く声。
二階の執務室の窓から見下ろした本物の執事長シアノは「あっ」と驚いた。
あれは……
見間違いか……
何故私が彼処にいるのだ……
しかもお尻百叩きの刑を
千叩きにしても晴れないものを
領主に無断で止めさせるなどと
あるまじきこと……
あれはドッペルゲンガーか
自分のドッペルゲンガーを見た者は
死ぬと言う噂があるが
私は死ぬのか……
嫌だ……
死ぬのは嫌だ
ああ……
やり残したことが山ほどある
ヴェルナール様を
立派にお育てしたい
ああ……
刑罰の庭から館に大股で戻った吸血鬼は、物陰に隠れて悪霊を脱ぎ捨てた。
「うわあああ、火膨れになっておる。ああ、もう二度と日の下には出ないぞぉぉ」
「はあっ、はあっ、き、吸血マシャール殿っ。貴殿はなんと言う愚かしいことを……まるで焼けるようだったではないか……」
「おや、お前にも痛みがわかるか。ああ、友よ、互いに分け合えることは素晴らしいことだ」
「冗談じゃない。二度と御免ですよ。もう、もう二度と勝手に私を使わないでくださいよぉぉっ」
「お前は憑依するのが好きなのではないのか」
「と、とんでもないことを。憑依なんて、人間をたぶらかしても人間の中に入ることはできませんから。横から洗脳するだけですよっ」
「洗脳は死刑だぞ」
「ふふ、私が人間であればねぇ。ですがご覧の通り私は悪霊。洗脳は手段。人間に悪を行わせるのが悪霊の天職ですから、私を死刑にはできませんよ」
「何が天職だ。クズめが。お前のことは神が死刑にするだろう」
「おおお、何故今この時に神を持ち出すのですかぁぁぁ」
肉体を持たない悪霊だが、火膨れになった肉体の苦しみを味わいながらよろよろと歩く。
「何処へ行く」
「か、川に水浴びに……」
「ほう……それは良さ気な思いつき」
「あっ、待って……」
吸血鬼は再び悪霊を身に纏い、館のリネンを数枚「拝借するぞ」と奪って頭から被った。
悪霊の能力を借りた空間移動で、五秒で川縁に立つ。
靴を木陰に隠して衣服のままピグ川に入った。白いリネンだけが浮いているように見える。
「ああ、冷たくて良い気持ちだ」
「本当に、癒されますねぇ」
「どうだ、肉体を持つ者の気持ちがわかったか」
「ふはは。それはもう。ご貴殿が無理やり私を着込むものですから、嫌でも肉体の苦痛と癒しが味わえると言うものです」
「良い経験になっただろう」
「そ、それは……ああ、それにしても川に浸かるとは何と気分の良い。生まれて初めてです、こんな感覚は。これで火膨れも治まりますなぁ」
「俺様には人間の血が必要だ」
「ノエビアの元に参りますかな」
「いや、行くところは他にある」
悪霊は、年寄り執事の処に行きたいのだろうとわかって、従うことにした。
「今すぐですか。もう少し、ここで水に浸かっていましょうよぉ」
「そうだな。日暮れまで寝るか」
「眠るのですか……はて、眠るとは一体どのような……私も眠れますかね」
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