ジジイラブ吸血鬼は悪霊と娼婦と貧乏貴族の悪巧みに立ち向かって魔王討伐

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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8)哀れな娘

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  落胆したノエビアとは対照的に、シェルリナは鼻唄を歌っている。部屋に戻るなり荷造りを始めた。

「さあ、私たち王都に戻りましょう」

「シェルリナ、諦めるのか」

「だって、私は見ていないけれど、あかんべーされたんでしょ。脈は無いわ。とっとと王都に戻ってこの一週間の損失を埋めなければ」

「損失か……」

「あなたを養うために必要なことだから」

  悪霊が近づく。

「おやおや、一度や二度の失敗で諦めるのなら物書きもプロの小説家にはなれませんよ。世の中には一度で何者かになれる人なんてなかなかいませんから。何度もチャレンジして上手くなるものなんですよ」 

  ノエビアとシェルリナは何か良いことを思い付いたような気がしたが、気がしただけで言葉にはならなかった。

「ふふふふふ。小説家など目指していないと仰るのですね。良いでしょう。では、ヴェルナールはまだ十四才、あの子は領主の仕事が忙しくてまだ夢精もしたことが無いのですよ。今回はキスしただけでも成功です。ファーストキスがお二人なのですから……」

  二人は荷造りを止めてぼんやり互いに見つめあった。睫毛や眉毛が片方無くなった顔だが、そこはかとなく愚かしく愛しい。

  そこへ吸血鬼が飛び込んで来た。まだ真っ昼間の日が高い部屋には影があって、隠れる場所には困らない。

  ノエビアとシェルリナは、いきなりドアが開いたので驚いたが、誰かが開けた様子ではない。風が舞い込んだ気もするが、しいんと静けさの耳鳴りがするだけだ。

「おかしいな、ドアノブを回さないと開かないはずなのに」

「ちゃんと閉めたかしら。閉め忘れなのかもしれないわね」

「そうだね。余りにもショックだったからね」

「ああ、睫毛の無いあなたと眉毛の無い私……」

「何か詩的な余韻があるね。ふふ」

  悪霊は馬鹿馬鹿しくなって黙っていることにした。吸血鬼は悪霊が自分に気づいてあたまを下げたのを無視してそっぽを向く。

「おやおや、ご機嫌斜めですな、マシャール殿」

「私のノエビアに近づくなと言ったはずだ」

「おお、そうでしたか、そうでしたか。ご貴殿はノエビア狙いで、私はご令嬢のシェルリナ様狙いでしたな。ふふふ」

「何がおかしい」

「私がシェルリナ様を他所に行かせてみせますから、ご貴殿はその隙にノエビアを手込めにしては如何ですかな」

「手込めではない」

「血を吸うのでしたか。人間にとっては同じことでしょう。望んでいないことをされるのは」

「性的暴行ではない。私は生きる伴侶を求めているのだ」

「ああ、手込め犯人だって自らの罪から逃れるためには、貴殿と同じことを言いますからね。ふわははは。兎に角、シェルリナ様をお風呂にでも……」

  シェルリナは立ち上がって「お風呂に入るわね」とノエビアの頬にキスした。

「ほらほら、お嬢様がバスルームに行かれますよノエビアは独りぼっち……」

「ど、どうしようかな……私のこの格好、おかしくないだろうか……歯磨きした方が良いかな。口臭が気になる」

  吸血マシャールはどぎまぎし始めた。初恋に似ている。

「爺さんの味とは比べ物にならないほど若くて新鮮で温かくてウマウマに違いありません。お早めにどうぞ」

「うん。行って来るぞ、悪霊。貴様は思ったよりも良いやつだな」

  悪霊に励まされて、吸血鬼は一世一代の勇気を振り絞り、ノエビアの前に姿を現した。

「ノエビア君……」

「え……」

  いきなり呼び掛けられてノエビアは驚いた。何処から入ったのかいきなり姿を現した、しかも青白い顔の男は何処かこの世の雰囲気ではない。

「あ、あなたは」

「私はマシャール。お父上の友人でした。お父上はお気の毒に……」

  言いながらノエビアの横に座る。薔薇の香りがする。清冽で甘く香るザカリーローゼの香りが吸血鬼の心をくすぐった。

「ノエビア君……」

  牙がノエビアの首筋を勝手に求めた。がぶり。音を立てて牙が刺さる。その快感は吸血鬼にしかわからない。思わずちゅぷちゅぷと生き血を吸う。ごくごくと飲んでから顔をしかめた。

うえっ、不味い……
ワインが抜けていないではないか……
これならあのジジイの方が
随分とましだ
いや、私もワインは好きな方だったが
ワインで疲れた血液が
こんなにも不味いものだとは
ノエビア君……
顔と声は麗しのお父上に
似ているのになぁ……
不浄の血だと一気に醒めるわ

  ノエビアを見ると目を回している。
其所に兵士が雪崩れ込んで来た。

「風来坊ノエビアならびに娼婦シェルリナ。二人を領主かどわかしの件で極刑に処する。付いて参れ」

  ノエビアは呆然として、シェルリナはバスルームから裸のまま引っ張り出されて、バスローブに腕を通した。

「シェルリナ……シェルリナ」

「引っ立てい」

  無情な声に縄を打たれた二人は急き立てられて部屋を出る。

「ノエビア、あなたとなら極刑でも構わないわ。私たち、親が死ななければ結婚して幸せな家庭を持っていたのよねっ」

「そうだねっ。そうだよ。僕は君が娼婦をやるのが嫌で、ずっと通いつめていたんだ。君が他の誰とも寝ないようにさ。僕はお陰で働く時間もなかったけど、結婚してたら、ちゃんと働いて良い旦那になったよ。それだけは本当だよ、シェルリナ」

「ノエビア、愛しているわ。今だから言うけど、あなただけよ」

「僕もだよ。君以外の女は知らない。君をこんな愚劣な企みに巻き込んで申し訳ないよ。僕は馬鹿だった。君を身請けするために頑張って働くべきだった」

「ノエビア。その言葉が聞けて私は幸せよ。もう、死んでも良いわ」

  物陰に隠れた吸血鬼は悩む。

死ぬだと……
私の娘が死ぬだと……
いくら若い女でも
自分の娘の生き血は吸えない
しかし
娘が死ぬ目に
逢わされるくらいなら
シェルリナ……
可哀想な娘よ
正確には姪っこだが
私の為に婚約破棄されて
娼婦に身をおとしたお前が
ぼんくらノエビアと共に
極刑に処される
哀れな……
ああ、私のせいだ……
シェルリナ、必ず助ける
お前を死なせはしない

  悪霊が吸血鬼の傍らで嗤った。

「お嬢様をお助けするにはどうすれば良いのでしょうねぇ、マシャール殿」

「お前の手助けなど要らぬわ。私が呼ぶまですっこんでおれ。不味い血を吸わせおって」

「え、不味かったのは私のせいですか。ふうん。いえね、良かれと思ったのですがね。はいはい。お言いつけ通りに致しますよ。吸血マシャール殿」

二人競うように刑罰の庭に急ぐ。

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イラストはじえっとまんずまにさんの友情投稿です。


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