上 下
5 / 34

5)鼻くそ悪霊

しおりを挟む



夕方になり、ノエビアとシェルリナは、夏の暑さにもめげずに豪華な衣装を纏い、アペリティフ・タイムを悦ぶ。



「ザカリー領ではアペリティフ・タイムがあるんですね。まるで話に聞く処の王宮殿みたいです。素晴らしい」



ヴェルナールは、先代がフランス文化を取り入れた暮らしを好んだことから、このような習慣が残っていると説明した。



アペリティフで少々のワインを嗜むのは、1800年代のこの国の貴族の子供なら許されている常識だ。疫病を危惧してワインを飲む習慣が根付いていた。



「ヴェルナール様、あなたはとても恵まれておいでですわ。王都でもこのような素晴らしいマルチョパルポーレの肝臓などは富豪でなければ食べられませんのよ」



マルチョパルポーレは青緑色の有翼蜥蜴だ。毒を持っているから灰汁抜きに気を使うが、世界三大珍味の一つだ。



いくら世界三大珍味を出されようとも毎日のアペロはひとり退屈で、執事を相手に領内の話をしては、水のように度数の低いワインを嗜んでいたが、今日は来客用の度数の高いワインを出した。



「今日はたまたまです、レディ。村の狩人が持ってきてくれたので、どうぞ遠慮なく」



レディと言われてシェルリナは喜んだ。



この坊やを
うんと楽しませてあげるわ
今夜こそ
この料理よりも
素晴らしい経験を
生まれて初めての
経験をさせてあげる



悪霊が姿を見せずにシェルリナの傍らで嗤う。



そうだ、その調子だ
売春宿で培った
お前の手管を見せてやれ
この、悪霊様が
手助けしてやろうか



カーテンの影から吸血マシャールが嗤う。



今夜、ノエビアが寝込んだら……
むふふ……

あっ、しっ、しっ、悪霊め
我が娘に近づくな……
鼻くそダニめが……



ノエビアは華やかな王都の話に花を咲かせ、ヴェルナールはノエビアに更に更にと話をねだる。



「ヴェルナール様、王都ではダンスも必須科目ですが、ダンスは如何でしょう。もし、差し支えなければ、私たちが今宵……」



しなを作ってシェルリナが微笑む。



「え、今、ですか」



「ええ、今宵しか時間が……何せ、明日までの予定なものですから」



シェルリナはしおらしくノエビアに目をやる。



「このような素晴らしい処にずっといられないのは残念なことですが……」



ノエビアは暗い顔つきをして見せる。



「そうですか、お帰りになるのですか……では、今宵はゆるりと楽しみましょう」



ヴェルナールは、もう暫く滞在を伸ばすよう勧めたい気分だったが、相手は大人の男女だ、自分の寂しさから大事な予定を狂わせてはならないと分別を働かせた。



執事シアノに「音楽を」と伝える。



ノエビアにしてみればその分別は要らぬ分別。とっととゴミ箱にでも捨てて楽しい関係を構築する為に引き止めてくれぬかと、欲望の眼差しでヴェルナールに迫る。



アペリティフを楽しんでいた長椅子からヴェルナールの手を「失礼」と取った。



悪霊が、いやいや、失礼なことはないぞ、ノエビア……と囁き、吸血マシャールが物陰からこっそりノエビアに近づくなと悪霊を呪う。



しっ……
しっ……
悪霊め
ノエビアに近づくなと
言っておろうがっ
鼻くそっ、
鼻くそのみ野郎っ

我が娘にも寄るんじゃないっ
ひるか、お前は……
鼻くそ蛭め

あ……蛭は私と同類か
人間の生き血を吸う
モスキートと同じだ

ああ、なんて生き地獄……
思えば蚤ダニ蛭も
モスキートと同じ
血吸い蝙蝠
チュパカプラスと同類
我らは血吸い属に属する
同族ではないか

ああ、くそっ
悪霊め……


ザカリー家のカルテットは兵士が本業だ。休暇中の兵士が急いでお洒落着に着替えて飛んできた時はノエビアは引っ込み思案の若き領主の手を引いてホールの真ん中で、王都で流行りの田舎ダンスの足運びを教えていたから、ヴェルナールは面白がって嬌声を上げて笑っていた。間違えるのが可笑しいのだ。



可愛い坊やだ
なんて柔らかそうな頬っぺただ
シェルリナも良いけれど
この坊やも何だか勃起させる



そのノエビアの顔を涎を滴ながら吸血マシャールが覗く。



ああ、可愛いノエビア……
我が娘の元婚約者だったな
お前の父親は素敵な男だった
ノエビア……
お前はぼんくららしいが
その顔と声はそっくりだ
何と愛しい……

ええい、悪霊め
我が娘に近づくな

娘よ、ノエビアに近づくな

いやさ、悪霊め
娘に近づくな

ヴェルナールめ
ノエビアに近づくな

あああ……こんがらがるっ



カルテットが静かに音曲を奏でる。シェルリナがヴェルナールの前に立つ。ヴェルナールの手を自分の腰に回した。白い胸がヴェルナールの目に眩しい。花の香りがする。田舎ダンスは身体を密着させる。シェルリナは胸をヴェルナールに押し付けて擦ったりした。



ダンスは若いヴェルナールにとっては軽い運動になった。シェルリナがノエビアと替わり、ノエビアがシェルリナと替わって、ヴェルナールはずっとステップを踏んで踊り続け、ホールをくるくると回り続けた。



夕陽が沈んで夕食の時間になった。



夜のベランダに出てきた吸血鬼に悪霊が慇懃無礼なお辞儀をする。



「これはこれは吸血マシャール殿。お出でませ。人間劇場の面白い出し物の始まりですぞ」



「人間劇場とな……お前、ノエビアに近づくな」



「おやおや、マシャール殿はノエビア狙いで娘さんと恋敵とはこちらも面白い」



「悪霊め、お前は誰に憑依とりついておるのだ」



「ふふふ、今のところは誰にも。そうですな、使えるのはマシャール殿のご令嬢シェルリナ様ですかな」



「我が娘にか。お前というやつは…」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...