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4)焦げてしまう

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ヴェルナールは日課の夜の川遊びに馬を出した。ポックリポックリとゆっくり歩く。川に浸からなくても身体が冷えれば寝やすくなるというものだ。


たったひと月の夏の暑さに馴染むことができない。夜気は地熱を奪って冷えては来るが、日中の暑さは身体の芯から燃える炭火のようにヴェルナールをピグ川に向かわせる。



急ぎの用事でもあるのか、水車小屋の方角から屋形馬車がやってくる。



「どちらに行かれる」



御者のノエビアに聞いた。没落貴族のノエビアは、屋形馬車があることにはあるが、御者を雇えない。仕方なく、自分で御者台に座って王都からやって来たのだ。



「ザカリー領主様のお屋敷に向かう処ですが……かっ、可愛い……」



ノエビアの驚きに反応して屋形の窓から顔を出したシェルリナも「きゃあ、本当に可愛いお方」と嬌声を上げる。



ヴェルナールの月明かりに照らされた金髪の巻き毛がきらきら輝き、白くみずみずしい肌はつい触れたくなってしまいそうに蠱惑こわく的だ。まだ人生に疲れを感じていないくりくりした緑色の目は、どんな宝石の輝きにも劣らない。



第一声で可愛い可愛いと連発されて気を良くしたヴェルナールは、胸のハンカチを御者のノエビアに渡した。



「こほん。お客人、どのような用事か知りませんが、これを執事か守衛に見せてヴェルナールから貰ったと言えば、館に入れますよ」


 
「で、では、あなたがご領主様……」 



何と防衛感覚の緩い少年なのだろうと、ノエビアとシェルリナは飛び上がらんばかりに喜んでハンカチを受け取った。



「僕も急ぐので、堅苦しい挨拶は後程……」



そのやり取りを見ていた悪霊は、吸血マシャールに「お父上の手助けなしに何とかなりそうですな」と笑った。



「あれがノエビアとシェルリナが狙っている領主か」



「そうだ。可愛い可愛いヴェルナール。まだ十四才だ。しかも王位継承権がある」



ヴェルナールは馬を降りると、木陰で裸になって、白い脚を川縁からそっと水に浸ける。



腰の高さを越える嵩があるピグ川に、膝を曲げて首まで浸かった。手を前に伸ばして川床を蹴る。すうっと白い身体が浮いて丸いお尻が見えた。



「ヴェルナール様……」



執事シアノが分厚いバスタオルを持って立っていた。執事は、館を抜け出すヴェルナールを窓から見て、若い執事に後を任せてバスタオルを持ち、馬を走らせたのだ。



「勘が良いね、爺や」



「夕べもずぶ濡れで戻られましたので、今夜も此処だと思いまして、先回り致しました」



「ふふ、爺やも泳げば良いのに」



水車小屋の近くは春には花が咲き乱れて美しく、夏は夕焼けと星空、秋は実り豊かな彩りを見せて、冬の間も水は煌めく。



執事シアノはザカリー領の全てを愛して止まない。そして、若き領主を孫のように愛しく思っている。



先代のご領主
ジグヴァンゼラ様や
ご先祖の皆様方に
ひけを取らないように
立派にお育てして
ご覧にいれましょう




悪霊が吸血マシャールに囁く。



「あの年より執事の血は旨くなさそうですよねぇ」



「どうだろう。私は吸血鬼になって四年間世界を巡ってきたが、健康でさえあれば味に人種も貴賤もない。ただ、年よりの血は知らない。特に、今にも死にそうな年よりを選んだことはない」



「ふうん。人種も貴賤もないとは、人類皆平等に吸血鬼様の家畜って処ですかねぇ。それにしても、死にかけた年よりの血なら……いや、止めておきましょう」



客人のノエビアとシェルリナは、奇妙な夜の話しをしながら、ベッドでもぞもぞと萎びたものを温めていた。



領主ヴェルナールと執事が留守で、若い執事代理が温かいスープと部屋を宛がってくれた。二人で身体を合わせてもなかなかその気にはなれない。シェルリナは王都に帰りたがって愚痴をこぼす。



「こんな田舎で幽霊なんて、冗談じゃないわ。憑依とりつかれたらどうするのよ。ぐずぐずしないで明日早速あの可愛い領主を手込めにするのよ。お願いよ」



ノエビアの父親は領地を持たない貴族として年金をもらって宮廷で働いていたが、そういった官僚貴族は一代限りで、息子と言えども爵位を貰うためには一から個人で頑張るしかない。



ノエビアには官僚として働く能力や国へ貢献する気持ちが欠けており、仕方なく考えたのが、貴族の奥様の情人になることだった。



しかしそれにはシェルリナが良い顔をせずに、シェルリナがたらしこめそうな若い領主を探してヴェルナールに辿り着いた。



ヴェルナールは
申し分ない存在だ
しかも
王位継承権何位かだっけ
すげぇ、大物……



ノエビアに限らず、国中に溢れた貧乏貴族にとっては垂涎ものに違いない。



危うし、ヴェルナール。齢十四才にして早くも貞操の危機を迎えるのか。





ヴェルナールと会えるのは午後のアペリティフからだと言う。領主は意外に忙しく、泊まり客の挨拶は受けたものとして執事に伝えたから、ノエビアとシェルリナもベッドで遅い朝御飯を済ませてゆっくりしていた。



「出るなんてね」  



ノエビアは幽霊を恐れた。ピグ川に行くのは耐えられない。シェルリナはシーツのお化けさんに会うのを恐れた。間違ってシーツのお化けさんに跨がった失態がノエビアにバレたら身も蓋もない。



「怖いけど、あそこにさえ行かなければこのザカリー領で暮らしたいわ」



「ゆ、幽霊が出るのに」



その会話を物陰で聞いていた吸血鬼は「ノエビアはシェルリナの幽霊話を信じたのか、くくく……」と笑う。うぶなノエビアが可愛い。



「だから、川に行かなければ良いのよ。ね、夕食の後にダンスでも踊って、なし崩しってのはどう」



「執事が邪魔だが、何とかできるか」



「任せて。その為に来たのだから」



「それにしても暑いな。もう起きよう」



短い夏は、寒暖の差が激しい。



吸血鬼は「あの年寄りの執事長なら私が何とかしようか」と考える。夕べの悪霊との会話を思い出す。年よりの血は不味かろうと。 



いやいや、健康でさえあれば
年よりだろうがなんだろうが……



ノエビアがすっぽんぽんでカーテンを開けた。外から真夏の直射日光が室内に入り、床で跳ね返って吸血鬼の隠れている物陰まで射す。



「あちっ、あっちちち……」



もう少し奥に隠れなければ
焦げてしまう……

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