ジジイラブ吸血鬼は悪霊と娼婦と貧乏貴族の悪巧みに立ち向かって魔王討伐

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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3)一度も死んだことがないもので

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「まさかだが、出るんだよ。有名な話だ。もし、領主館の客人なら」

「いえ、いえ、私は通りかかった旅の者です。この小屋に泊めて頂きたかっただけ。もう、帰ります」

「送ろうか」

「いえ、しゅ、主人が」

「そうだったな」

ああ、何てこと……
出るなんて
出るなんて
出るなんて……

月が東の山影から顔を出している。

「人違いでしたの。とんだ大恥ものよ」

  シェルリナは木陰で待っていたノエビアに愚痴をこぼした。

「済まなかった。しかし、ヴェルナールは遅いな」

「まだ待つつもりなの。今夜はやめた方が。ここら辺には……」

  ノエビアの背にしている木の後ろから、背の高い男が現れた。青白い顔に鋭い眼光。長い金髪は結ばずに肩に垂らしたままだ。人間ではない。悪霊ベルエーロだ。

「ふふふ。話は聞いたぞ」

「あ、あなたはどなたですか」

「私か。名乗るほどの者でもないがルネというオフランセ流民だ。お前たちに力を貸してやろうではないか」

  勿論、都会暮らしの二人でなくても、ザカリー領の領主城で起きた事件のこと知る部外者はいない。

  しかし、ノエビアは戦慄を覚えた。

邪な企みを
知られるはずはない
ルネと名乗ったこの男
青白い容貌
なんだか嫌な感じの目付き

「私たちは計画などと……何故、何故ですか」

「ふふふ、敢えて言えば孤独死寸前の暇潰しかな。余りにも暇でな。私でも死にそうだ。しかも、こんな辺鄙なド田舎の何処に面白味があると言うのか、王都のやつらは領主のヴェルナールを訪問するのだが、どいつもこいつもヴェルナールにとっては何の暇潰しにもならんつまらない奴等だ。お前が王都の楽しい話でも聞かせてやれば、ヴェルナールは泣いて喜ぶ」

  ノエビアとシェルリナは顔を見合わせた。

「楽しい話、ですか。それなら山ほどありますわ」

「ふふふ、それなら決まりだな。今すぐ領主館を訪ねろ。王宮殿から来たと伝えるんだ」

  ルネはにやりと笑いかけた。
ノエビアがこほんと咳払いをする。

「有り難うございます」

  没落貴族だが、遺族年金が少しばかり入るために通常の一般人とは少々違う積もりで生きている。確かにノエビアの出来さえ良ければ、父親のコネで地方の官僚になれたかもしれない。

「急げ、領主館の灯が消えるぞ」

  月明かりの下を、手取り合っていそいそと、凡そ二キロの道のりを停泊させておいた屋形馬車まで歩く二人の影を見送りながら、悪霊ベルエーロはほくそ笑む。見る者を凍りつかせる笑顔だ。

  その傍らに水車小屋の若紳士が姿を現す。

「あの二人には手を出すな」

「おお、これはこれは、確かマーシャール殿。吸血鬼殿が一体どうなされたのかな。吸血ドラクロエ殿を訪ねて参ったのなら、もう、旅立たれた。ドラクロエ殿は世界中を巡っておられる」

「ふん、糞ドラクロエに用があったのではないわ。あの二人は私の家族だ。私の娘と恋人の息子だ。あの二人に手を出すな」

「ふむ、ご家族ねぇ……噂によるとですね、あなたがお亡くなりになってからご令嬢が娼館に働きはじめて、元の婚約者のあのボンクラ貴族崩れの若造と切っても切れない恋仲になって……あのボンクラ穀潰しの若造の為にうちのヴェルナールを虜にしようなどと考えてやって来たのだから……あはは、哀れなもんですよ、親を亡くした子供たちは」

「これ以上言うな。お前には関係無い話だ。人間のすることに手出しをするな」

「はいはい、わかりましたよ。何も私もいつも邪魔立てしているわけではありませんからね。ふふふ」

  悪霊は、ノエビアとシェルリナの悪巧みを成功させてみたい気分と、不成功に終わらせたい気分を同時に楽しむ。

私が迷わせなくても
この二人は
悪巧みを
実行するつもりなのだから
ここは人間の邪悪さを
とことん見てやろうではないか
天の神に
あなたのお造りになった
人間という俗物の自由意志とは
このようなものです
生きるためならなんでもする
肉体を持つものの悲しさを
とくとご覧ください
と言える
わはははは
ああ
楽しみだ
楽しみなのだけれど
吸血マシャールのやつ
私に敬意を払わない
あの娼婦シェルリナは
マシャールの娘だから
目の前で苦しめてやりたい
簡単にヴェルナールを虜にして
領主の妾に納まるなどと
けっ……
そんなアホらしい祝福など
誰が与えるものか
ふわははは
失敗しろ
そうなったら
マシャールの顔がみものだわい
ああ、楽しみだ
楽しみなのだけれど
マーシャールーよりも
天の神の方が相手としては……
うふふふ
ここはやはり
神が与えた
人間の自由意志というやつを
二人が正しく使えるかどうか
見せてもらおうではないか

「処でマシャルー殿、あの二人が何をするつもりなのかおわかりですかな」

「領主館に宿泊させてもらおうと思っているのだろう。何のつてもなく行っても門前払いを食らうに決まっておる。私が手助けしてやろう」

「ふふふ、流石はお父上。男と無理心中して吸血鬼に成り果てても、ご自身の娘子は可愛いと見える」

マシャルーめは
ノエビアの父親と
無理心中をはかったとき
妻も子供たちも
捨てたのだったな
その妻とは若気の至りで
やりまくって
七人の年子を生ませたくせに
あ、違った
それは兄貴の方か
しかしよくもその兄貴の
子供たちまで捨てて
男に横恋慕した揚げ句に
無理心中などと
人間の心変わりは恐ろしい

七人の子供はマシャールの実兄の子供だ。兄の妻と子供を籍に入れて家族になった。マシャールはその家族のために喜んで働いていたはずだ。上司に横恋慕して心中するほど思い詰めるまでは。

「私は生まれ変わったのだ。無理心中したのも、その前にあの糞ドラクロエにキスされたからだ。あんな糞ドラ吸血鬼の妾になるよりは好きな男と添い遂げたいと思ったのだ」

悪霊は呆れ返った顔を隠してにっこり微笑む。

「そうでしたか。しかし、折角服毒心中したのに、ドラクロエ殿に噛まれていたあなたお一人だけが蘇ったわけですね。いやあ、吸血鬼とはまた面白くも残酷な……ふふふ」

「笑うな。こっちは驚いたのだからな。寂しい墓場の石棺の中で蘇った気分はお前などにはわかるまい」

「それはわかりませんねぇ。私は一度も死んだことが無いものでして、いつかはあなたの苦しみが理解できるかも知れませんけれどね、その、蘇える苦しみが……わはははは……蘇える苦しみか。傑作だ」

「クソが……お前など噛み殺してやりたいが肉体を持たない哀れなやつを噛んでも啜る血さえ無いとは、霞を喰うのも同じだな。忌ましい」

「わっはははは。はっはははは……人間とは何と傑作な生き物か」




*********

『石棺で目覚める吸血鬼』可愛い~💞
じえっとまんずまにさんの友情投稿 ♥️v♥️




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