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2)水車小屋の勘違い
しおりを挟む美しい夜空を見上げる余裕もなくて、急いで小屋に向かいましたの。だって、若い男性が真っ裸で小屋に駆け込むのを見たからです。
どうやって辿り着いたのか記憶にないくらい疲れはてておりましたけど、驚きましたわ。私たち、恋人のノエビアと私シェルリナは、目的地の近くに馬車を停めて眠っていたのです。
ですから、その若い男性を逃がしてはならないと思ったのです。しなやかな身体が野山を駆ける鹿を、見たことございませんが、鹿を思わせるので、あの方が噂のご領主様に違いありません。
ええ、例の十四才の……
あれが標的の若い領主……
ザカリー領魔王の孫
もう川遊びは終わったのね
私も急いで水車小屋に駆け込みました。
私は押しも押されもしない
れっきとした娼婦ですもの
ここ一番の悪女になって
標的を篭絡してみせなくちゃ
腕の見せ所なのでございます
小屋の扉に鍵はかかっておりませんでしたから、スイッと入れたのですが、暗くて殆ど何も見えない状態で、ただ、目を凝らすと、身体を拭く為にシーツを頭から被ったらしいお化けのような白っぽい姿が驚いて、私を振り向きましたの。勿論、お化けで無いことは百も承知ですわ。
あの方には、月夜の野原や茂みを背景にして戸口に立つわたくしの姿は、女性のシルエットだとハッキリ認識できたことでしょう。
ですから、私の芳しい魅了の香りに惑ってもらいたくて、娼館で使う百万分の一のザカリアン・ヴェロウ入りのコロンをシュッと空中にひと吹きしましたわ。
「あ、あなたは……」
「まあ、お先にいらしていたのですか。私の愛しいお方……」
私、殿方にしなだれかかるお仕事ですのよ。十四才から娼館で王族の方のお相手もできるように躾られましたから。
ですから強引にあの方を台の上に座らせると口づけを致しましたわ。
でも私、しくじりましたの。
私がすっかりあの方だと思っていた白いシーツを被ったお化けさんは、違うお方だったのです。
「ま、待って」
すっかり固まってしまったお化けさんは、シーツで身体を保護したおつもりのようでしたわ。
「いいえ、待てませんわ。ああ、素敵……うふん」
LGBTでもない限り、この世のどこに若い女の身体が乗ってくるのを拒める殿方がおりますでしょうか。
しかもお化けさんのシーツの下は素っ裸なのです。私も、下着を脱いで来ましたので、早速、この手でお化けさんのモノを探り当ててしごいて差し上げましたわ。私の手はたっぷりのオイルでヌラヌラとしておりましたから、楽勝でございます。
「や、止めてください。何をするんですか」
泣きそうな声で叫ばれたので、唇で塞ぎましたの。
でも、うぶなお方なのですね。私、突き飛ばされてしまいました。
「僕は無理矢理されるのは嫌だ。あなたは僕を誰かと人違いしている」
「いいえ、いいえ。誤解ではありませんわ。川で泳いでいらしたのでしょう。私はあなたを一目で好きになったのですから」
ね、殿方は単純過ぎる生き物。私のその言葉で一気に勃起し、私はそれを突き止めて素早く跨がりましたの。
もうしたたか濡れて……いいえ、そのようにオイルを塗って準備して参ったのですけれどね。
「あ……うう……」
熱いものにぎゅっとくるまれたお化けさんたら、熱くゆっくり、そして激しく動いて教えてあげましたの。女の身体の秘密の場所がどのようなものなのかを。
「ああ……」
私も甘い吐息をわざとお化けさんに聞かせてやりましたの。するとどうでしょう、お化けさんたら私をぎゅっと抱き締めたのですわ。
えっと……
無理にやるのは
何でしたっけ……
ふふ
男って
このような年齢でも……
「ぼ、僕は初めてなんです」
「ええ、存じておりますわ。ヴェルナール様」
「えっ、ヴェルナール様って……ご、ご領主様の……ああ……人違いだ。僕はヴェルナール様ではない」
え……人違い……私、絶句致しました。生まれて初めての絶句ですわ。あ、いえ、二度目ですわ。
二度目の絶句。いえ、三度めかしら……四度め……
お義父様が男の人と、しかも婚約者のノエビアのお父様と心中したときと、お母様が息を引き取ったとき、そしてノエビアが娼館に来たとき以来です。
でもお化けさんは、私を抱き締めたまま腰を動かし始めましたの。人違いってわかっていながら……
「待って、待って。私の間違いです。離して」
「一目で好きになったと言ったではありませんか」
「あなたではなく、ヴェルナール様をですっ」
「何故、どうして。あなたが見たのは僕で、あなたが誘ったのですよ。裸の僕を……」
「嫌。勘違いだとわかったのにこんな真似をして無事でいられると思うのっ」
お化けさんは大袈裟過ぎるくらいに飛び上がって驚いておりましたわ。当たり前です。娼婦と言えども無理矢理されるのは違法ですからねっ。
「勘違いと無理強いはいけないことだ。そうだ、いけないことだ」
あら、お化けさんが呟いております。確かに勘違いと無理矢理無理強いはいけないことですわ。
お化けさんは良い方のようです。私を離してくださったのです。
でも、私はとてもばつが悪かったので「何故ここにいたのです」と尋ねましたら「あなたこそ、何故来たのですか」と、お化けさんはアソコを押さえて質問し返すのです。
「私の理由は申せませんが、あなたはとっとと出ていった方が宜しいわ」
私と致しましては、ノエビア様との計画を遂行するつもりでしたから、早めにお化けさんを追い出したいのです。
「いや、それは出来ない。こっちは待ち合わせなのだ。これから人が来る」
「えっ。どなたがいらっしゃるのです」
「それはあなたとどんな関係が……」
言い争っているうちに扉が開いて、私、驚きました。外に若くて青白い殿方が立っておられるのです。風があるのでしょうか、裏地の赤い黒マントが翻っておりましてよ。お顔は青白いのですが唇が妙に赤い……なんとなく吸血鬼ドラクロエの伝説を彷彿とさせる殿方ですこと。それに、亡くなったお父様にどことなく似ているような、気になるお顔です。
「お前たちはいけない子だな。お仕置きだぞ」
月明かりに青白く照らされた紳士は、年の頃は二十代くらいのとてもお若い方なのに、亡くなったお父様みたいなことを仰るのです。
暗い水車小屋の中でもその雰囲気は凛として、何だかとても神々しいわ。
何だか懐かしいお方のような……
やっぱりお父様に
少し似ていらっしゃる……
「聞こえたぞ。外まで聞こえる声だったから、全部聞いたのだが、勘違いで事に及んだのか」
「あら、いいえ、どなたか存じませんが、私は何もしてはおりませんわ。聞き間違いですとも。私はここにいても仕様がありませんわね」
私、ヴェルナール様を絡めとる前に騒ぎ立てても利益にはならないと踏みましてよ。ここは退散するが勝ちですわ。
「外に、お連れのような若者がいるのだが、知らないのか。ここら辺に魔物が出るのを」
「何が出るんですって、魔物……」
暗い中でも紳士はじっと私に目を据えて、でも何故か愛しそうな視線だと思うのは自惚れでしょうか……
「まさか本当に……魔物が……」
「嘘ですよね……出る……なんて……」
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