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1)吸血鬼の恋敵がまさかの

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  吸血鬼マシャールは、独りだけ生き延びた事を生き地獄のように感じ、四年間世界中を彷徨い、人間の不完全さに疲れ果てた。

  そう感じる自分も完全な生き物ではないのだが、他人の不完全さには疲れ果てるのだ。

  吸血鬼としては新米だ。友人もいない。人間の不完全なDNAを啜らなければ存在できない忌まわしい生き方を、もうそろそろやめたい。

  そもそも、吸血鬼になる予定などなく、ただ好きな相手と男同士で心中したつもりなのに、何故こうなってしまったのか。

  しかし吸血鬼になってしまった以上は、後悔など何の役にも立たない。それこそゴミ置き場に溢れるほどの後悔を捨てる日々を四年間も続けてきたのが間違いだ。

えいっと太陽の下に出さえすれば
終わるのだ
孤独という言葉は重そうに軽々しくて
不似合いだが孤独なのかもしれない
忌まわしいのは
もっとはっきりわかる
吸血鬼は忌まわしい

  風に吹かれて夜をさ迷う日々の果てに、国に戻って家族の顔を覗く。妻は、妻というのは夭逝した兄の元妻で嫌々後継したのだが、連れ子に当たる甥っ子や姪っ子が長女次女の働きですくすくと育っているのを確認して急いで離れた。

  子供たちの汗の匂いに紛れて旨そうな血の匂いがしたからだ。思わず牙を剥き出しにするところだった。

  落胆して、夜道でノエビアに目を止めた。ノエビアはマシャールが心中した相手の息子だ。顔も声もよく似ている。

やるせない気持ちを
癒してくれそうだ
ノエビア……
しかし、まさかの事態が起きていた。
選りにも選って我が娘が………
いや、血の繋がりは
あ、あるか
兄貴の子供だもんな

  マシャールがたとえ苦虫を噛み潰ぶそうともそのまさかの苦々しい事態は現在進行形であり、受け入れざるを得ない。

  マシャールの無理心中の煽りを喰らったのは、残された者たちだ。ノエビアと一緒にいる娼婦は、義理の長女だ。

ある程度の金は残したはずだが
足りずに娼婦に身を落としたのだな
知らなかった



  ノエビアはまだ二十代なりたてなのに放蕩者で身を持ち崩し、仕事にありつけないまま父親を亡くしたが為に一般人に身を落とし、ベッドの中で贔屓の若い娼婦、マーシャルの義理の娘に愚痴を溢す。

「ああ、何処かの金持ちの情人にでもなれればなぁ。良いなぁ、シェルリナは。可愛いからあっちこっちから愛人の声が掛かるんだろう」

「ふふふ、どうだと思う」

  にっこり笑う。
そういう話をひとつ断ったばかりだ。
  四年前に娼館に職を求めて直ぐに元婚約者のノエビアと関係したから、まだ十八才。その美貌で、高級娼婦として王宮殿にも出入りするくらいの地位を得ていた。
  ノエビアの為に働き口を探してあげたことも、一度や二度ではない。

  ふたりの傍に悪霊が立っている。マシャールの目に映るのは、黒いマントのような悪霊だ。耳では聞こえないような声でノエビアに「シェルリナと別れたら不幸のどん底に落ちるぞ」と唆す。

「やっぱり、僕は君と離れては生きていけそうもない」

「私もよ。でも働かざる者食うべからずって教会で教えているわ。だから、私たち娼婦も働いているわ」

「ああ……王様の子供に生まれたかった」

「そしたら私たち兄妹になってしまうわ。私だって、とってもとっても王様の子供に生まれたかったんだもの」

  ノエビアは宮廷官僚の父親にスポイルされて育ち、父親の地位と稼ぎにどっぷり浸かりきった甘えん坊だ。父親の死後はポンコツぶりを発揮してその遺産を食い潰すためか娼館に入り浸り、シェルリナに溺れている。

「何処かにないかな。情人の口が……」

  泣き暮らして少し頬の肉がすっきり落ちた。贅沢三昧の貴族太りが解消されて見易い顔つきになったが、呟きは浅ましい。

「情人なんて……お父様の跡を継ぐことをお考えになったら如何」

「それがそうもいかない。君は聞いていないのかい。私が仕事を探そうともせずに父親と心中した相手の娘にぞっこんで、その娘のいる娼館に入り浸りだって噂を」

「ほほほ。聞く前に知っておりますとも」

「ははは。君のせいだよシェルリナ」

ノエビアは明るく笑った。

  マシャールはノエビアの父親の部下だったが、ノエビアの父親と愛を誓って共に服毒死を遂げたという噂だ。

  怒り狂ったノエビアの母親はシェルリナに婚約解消を言い渡した。シェルリナの母親は元々病弱で生計を立てられずにシェルリナに謝り続け、前夫やマーシャルの後を追うように亡くなった。シェルリナは弟妹を養うために娼婦に身を落としたという顛末。

  吸血鬼になってから悪霊が見えるようになったマシャールは、ノエビアとシェルリナの傍に悪霊の姿を認めた。

クズめ
人間を唆して悪事を働かせるのが
そんなに楽しいのか
私の起こした心中事件も
お前たち悪霊に唆されたからだ
甦ってからそれを知って
怒髪天を貫く憤りを感じたが
今の私も悪霊と同じムジナ
人間を犠牲にして生きる吸血鬼も
人間にとっては悪霊と似たようなものだ
あぁ……
愚かな生き物になりさがっても
死ぬのは怖い

  マシャールは青ざめてふらりと揺らぐ。悪霊はマシャールに気づいたが、にたりと笑ってシェルリナに甘く囁いた。

「ねえ、これは王宮殿で囁かれている噂なんだけど」と悪霊の影響を受けてシェルリナはノエビアの首に両腕を回す。

「ん、面白い話かい」

  ノエビアが柔らかなキスをする。高価な薔薇のエッセンスの入ったキャンディが好きで、始終含んでいるものだからノエビアのキスは甘く香り高い。

「王妃様の出身地のザカリー領の話よ。ザカリー領のご領主様って随分お若いんですって。十四才なんですって」

  十四才といえばシェルリナが始めてノエビアと関係した年齢だ。

「へえ……そろそろ嫁さん決まるのかな」

「呑気ね。私、行ってみたいの。どんな子か、興味があるわ」

「ふうん。子供に興味があるなんて……」

「あなたの為よ。その子を虜にできたら一生安泰だわ」

「ふふ、シェルリナ、名案だ」

  悪霊が手を打ち叩いて喜ぶ。
  食いっぱぐれたノエビアは、企みとも言えないような節だらなことを、若きザカリー領主に試みようと決めた。

  朝が近づく。
吸血鬼は娼館の影からぬっと姿を表した。真夏でも夜更けに十度を越えることはない寒い国だから、マントは欠かせない。

「可愛いノエビアのクソッタレめが。しかし我が娘が娼婦に身を落としたとは。自ら招いたこととは言え、ああ、何て悪霊跋扈の世の中だ。それもこれもみいんな悪霊の奴らのせいだ。悪霊が人間を唆さなければ、まだましな世の中だろうに」

  吸血鬼マシャールは、黒いマントを閃かせて夜空に飛び上がると、何処から湧いて出たのか数多の蝙蝠と共に月に向かって消えた。


  それから数日してノエビアはシェルリナを誘って一台の屋形馬車を走らせた。悪霊が共に座っている。

「例の十四才のザカリー領主はヴェルナールと言う名前で、水車小屋で水遊びをするのが好きなのだそうだ」

「あら、誰から聞いたの」

「さあ、誰からだったか、酒場での噂だよ。それよりも、ヴェルナールは裸なのだから、迫れば面白いことになるかもしれないぞ」

  悪霊が満足げに頷く。

「まあ、やっと勇気を出してくれるのね」

  シェルリナの目が暗く輝く。

「ああ。やろうじゃないか。お前は水車小屋で、裸になって待つのだ。私は川に入る。川でヴェルナールに迫って、もしヴェルナールが私になびいたら、お前の出番はないが……」

「ふふ、私に靡くのが嫌なんでしょ」

「当たり前だろう。君を取られたくないし、大体、私の取り入り先として情報網に引っ掛かってきたのだから」

  ノエビアは、父親の残した財産を食い潰して困窮していた。それもこれも人間の弱みに絡む悪霊の縛りも関係しているのだが。

  悪霊はインスピレーションをシェルリナにもたらした。

「ふふ、私、良い考えがありますの。あなたは後ろから私は前から」

「それは良い考えだ。それならヴェルナールを虜にできるぞ。そうすれば二人一緒に暮らせる」

  悪霊に唆されただけの杜撰ずさんな企みが元で、吸血鬼と悪霊が世紀の大戦争を始めるとは知らず、二人を乗せた黒い馬車はザカリー領に入った途端に空に浮く。

「あ、マーシャル殿。マーシャル殿が、何故に手を貸されるのか」

  悪霊は訝ったが、マシャールは平然と答える。

「そうでなければザカリー領主館には近づけないからな」

  月夜に蝙蝠と吸血鬼の力を借りて、屋形馬車はザカリー領の夜空を飛んだ。


******************

  このお話は、自作小説『領主殺害・天使と悪霊』本編の登場人物を扱ったスピンオフです。

  本編での二人は悲しい結末を迎えるのですが、ここでは少ぉぉぉし違った結末を用意しました。

  本編をお読みくださった方にも、悪霊と吸血鬼が入り乱れて小さな舌戦を繰り広げる様を楽しんで頂けますように。


              藤森馨髏

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