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冒涜レクイエム

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マタイ2:31
人はあらゆる罪や冒涜を悔い改めることができるが、聖霊に対する冒涜は許されない。


クリスチャンとは、どんなときでも神の言葉を思い起こせるように『聖霊の通り道を整えておく』人のことだ。


つまりは、いつキリストが訪れても良いような生活態度。つまり、いつハルマゲドンが起きても準備できていると言える人のことだ。


私は掃除が嫌いだ。頭の中も整理できていない上に、冒涜的な妄想が溢れている。


昔は背伸びばかりする可愛げのない少女だったが、年食っても聖書を学んでも、基本的な人間性にはさほど変わりはない。


六十五歳になって思い出す景色のひとつにブロック塀がある。


繁華街の中心地のゴミゴミと並んだ家屋の間に、僅かな隙を作って光を遮り、隣の庭とうちの借家の間を隔ててたまにゴキブリの這うその塀からは、空と隣家の木の枝葉が見えた。


ゴキブリの這うブロック塀は、人生の幾つかの場面にありふれた顔で出てくる脇役のようなもので、親戚の家の塀の向こうには、美形の男子高校生が佇んでいたりする。


幼かった私は親切にしてもらって、名前も教え合ったのだろう。ちゃん付けで呼ばれたが、そのお兄さんの名前は思い出せない。すらりとした綺麗なイメージだけが残っている。


『従兄弟のお兄ちゃんを呼んでおいで』


小学校卒業式の日に「今日から新しい家に住むから」と父が迎えに来た。それまでは国産車か、アメリカから流れてきたのか、カブトムシ型フォルクスワーゲンに激似の車だったから、父が新しく購入した四角いアメ車みたいな広い車内で、私は何かが変わるのだと薄く緊張したのを覚えている。


その時、今朝まで私のいた部屋はどうなるのかと気になったが、その過去環境には二度と戻ることはなかった。


新しい環境は、それまで住んでいた木造の家とは生活の仕様がまるっきり変わる洋風で、鉄筋コンクリート住宅だった。そこの塀も夜になるとゴキ塀になって、風呂場やトイレの窓は開閉禁止だった。


頭が悪かったせいで那覇の高校に受験した。本当は東京に行きたかったのだが、放任主義のクセに過保護の父親が「願書を送った」と言って、沖縄県に一クラスしかない沖縄工業高校のデザイン科を勧めた。


お絵描きは得意分野だったから気分は一も二もないが、学力はスレスレで入学して、動物園の檻みたいな環境で授業を受ける。それでも、宮古島のゴキ塀とはおさらばできると思った。


ある日の国際通りで、たまにしか見えないアメリカ兵みたいに、年上の従兄弟がナイチャー内地人美人の連れと一緒のところに出くわした。


その昔、あの庭に佇んでいた美形の男子高校生は、どうなったのだろう。従兄弟と年が近かったはずだが、同窓だったのだろうか。そういえば綺麗な花の咲いてた温室に、笑いながら二人で入っていったのではなかったか。定かではない、記憶とも言えない記憶。あの後、何をしていたの。止まることを知らない不届きな妄想。美化しても罪な妄想。


ゴキ塀は那覇にもあった。ブロック塀の下辺りには溝があるから、台所から出る排水がおびき寄せる理由のような気がしたが、観察研究はしていない。


高校一年の夏休み初日、独りタクシーで空港に向かった。私は一年に三度の休みは必ず宮古島に帰省していた。親が航空券を予約して強制送還のように帰省を促すからだ。


私は空の上で大人ぶって足を組み頬杖を付きながら皺だらけの海を見下ろす。当時、そんな女子高生は宮古島で私一人だけだったから、周りの視線を独り占めしていたかもしれない。


今は自分の二の腕にも空から眺めた海面と同じような細かい皺が寄っている。



荷物を沢山担いだ旅行者に雑ざって、教科書の入ったバッグひとつの身軽な女子高生に、迎えに来た父親が「新しい家に引っ越した」と告げる。


大学を卒業して結婚した従兄弟のお兄ちゃんは、暫くして離婚した。国際通りを、温室の美形に似たような男性と楽し気に歩いていたのを見かけたが、声を掛けるのを躊躇した。あれは本当にお兄ちゃんだったのだろうか。


自分のことで忙しくて交流のない親戚関係だが、私の妄想限定の世界では、従兄弟はあの庭の美形と夫婦のように暮らしているのだ。妻子のいる本人にはとてもとても明かせない秘密の妄想だが。



もうゴキ塀なんてものは昭和と共に過ぎ去って、平成時代にはゴキブリが塀にいるのも珍しく、令和はベニエリルリゴキブリという宮古島にしか生息していない絶滅危惧種を保護する時代だ。


年甲斐もなく腐女子的な私の意見だが、何処かの学者の受け売りでモノ申せば、動物にも同性愛は生まれるとのこと。


LGBTQエトセトラは、もう聖書に対して『ソドムトとゴモラ偏見』を持たずに、多様な命を産み出した神を崇めつつ自由に其々の道を謳歌してほしい。などなど……。


ソドムの男たちは、旅人に扮した天のみ使いを輪姦そうとして、その周辺の都市ごと滅ぼされた。ノンケを輪姦そうとする連中は、私にとってのゴキブリと同じ扱いだ。


今の時代に、その都市全体が輪姦体質という地域はない。


ソドミーよ、ヘテロに迫るな。誰をも絶対に輪姦すな。


聖霊を通せ。


クリスチャンとは名ばかりの汚部屋に住んでいる私は、掃除が大嫌いだ。部屋にはゴキブリもたまに出る。


掃除をしないからと言って冒涜罪に当たるとすれば、私はこれまでにもう何百回も死刑になっているはず。何百回もゴキブリ発見したわけではない。ただ、毎日掃除をしない罪で裁かれるなら、何万回もの死刑か。


神様……この世に於いては私より酷い犯罪者をもゴキブリ同様、直接裁かずに生かしておくのだから、神は確かに憐れみ深く慈しみ深い。


となれば、犯罪にも偶像崇拝にも縁のないLGBTQエトセトラには尚更なのでは。


だって人間はゴキブリではないのだから。と、勝手に得心。
 

私の止まない冒涜のレクイエムは誰の慰めにもならないが……どこかの塀にはやはりゴキブリは今日もいるのだろう。アーメン。



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