毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

文字の大きさ
111 / 165
第6章 殺人鬼と逃避行

(12)動機

しおりを挟む

カナンデラは身を翻してからもう一度サニーのベッドを振り返った。

青白い顔で白いベッドに寝ているサニー。頬がけて、見る影もない。まだ30代前半なのに、既に孫のいそうな年齢に見える


「これがこの旅行の本当の理由か。無理してまでドイツを目指したことも、全てサニーの為か」


ベッドに腰掛けてサニーの頭を撫でるイサドラが、不安気な表情を見せる。


「サニーは病気なの。意識も時々無くなるわ。私の復讐よりも、サニーの治療を優先すべきだと思ったのよ。ドイツでなら最高の治療を受けさせられる。でも、警察が見張っているわ。だから、警視総監の娘を人質にすれば、世界中何処でも安全でしょ」

「成る程、其れは名案だが、あんたは人殺しだ。あんたのしてきたことは残忍と言う言葉を越える。あんたは人間離れした殺人鬼のはずだ。
だから、理解できない……何故、サニーなんだ。何故、母でも姉でもない何の関係もない女の為に、何故、あんたが危険を冒すんだ」

「そうね。わかってほしいとは思わないけれど、誰の人生にもそれなりに辛い時期はあるでしょう。幸せな時期もあるのよね。
サニーは私が地獄の中で復讐心に塗れていたときに、家族の愛情を注いでくれたの。まるで他所に生まれた家族みたいに。生まれて初めて出会ったのよ。心も身体も湯タンポみたいに温かくなる存在に。だから、サニーには幸せになってほしい」


イサドラは闇に生きている。復讐が自己実現だと決めて、一生を復讐に捧げるつもりでいる。

その反動からか、サニーの夢を叶えて幸せにすることも、イサドラのもうひとつの自己実現の方法だ。


「サニーはもうひとりの私。私の代わりに幸せになる代理人なの」


もしも神から
何らかの祝福を受けられるなら
それは全て
サニーに与えてくださいと願う。

復讐する鬼に
神の祝福はいらない。
憐れみすらも……


「あんたにとっては家族なんだな」

「家族。ふふ、人間の世界は面白い。捨てる神あれば拾う人間ありよ。私はサニーを放っておけない。わからなくても結構よ。理解は求めていない」


今の私は拾われた身の上。
蓼食う虫も好き好きってね。
私を幸せにしたがる物好きがいて
私にとっては
神の代理人とも言える
物好きな御仁に感謝しつつ
自分の思う通りに生きるだけ。

他人の理解なんて求めていない。

家族って何なのかしら。
血と肉を分け合っても
殺し合う貴族の末裔に生まれ
家族の狂気に曝されて
父親を殺害して生き延びた私が
何故、サニーに
家族の愛情を感じるのかしら……

私にわからないのだから
きっと誰にも
わからないでしょうね……

私には
祝福も憐れみもいらない……

その分があるならサニーに………

サニー……

大丈夫。私が守る。
あなたの病は私が治す。


「殺人鬼にそこまで守られて、幸せ者だな、この女は」


イサドラが光る目でカナンデラを見据える。


「そうだろ。自分が死ぬかもしれないって時に、危険を冒してまで助けようとするやつがいるなんてさ、人間として幸せだろう。相手が殺人鬼だろうが何だろうが、おいらの為なら、おいら恋しちゃうね」

「ふふ、脳ミソがお天気なのね、探偵さん。あなたを見ると幸せが簡単に手に入りそうに思える」

「簡単だぜ。お前さんだって、もう既に幸せだろう。サニーの為に出来ることをやっているんだから、これ以上の何者になれるんだ。サニーにとってあんたは天使のような存在だぜ。サニーもあんたも幸せだよ」


イサドラの目からふいに光るものが落ちた。カナンデラが腕を広げる。


「良いかい、おいらの秘密を打ち明けるけど、おいら、ゲイなんだ」


イサドラを柔らかくハグした。

驚くイサドラはしかしスターだった過去を思い出す。皆がハグを求めたガラシュリッヒ・シュロスのステージの女王時代を。

カナンデラは優しく離れた。


「おいら、あんたのやった殺人は許せないけどな、他の点は尊敬するよ。自分で復讐さえしなければ、あんたは最高の人間だったんだ。世の中は酷い処だ。あんたは被害者のひとりだ。だからと言って擁護する気はないけどな。イサドラ、復讐の続きは止めると言ってほしい。頼むよ。サニー問題が片付いたら自首してくれ。これ以上、あんたに殺人を重ねてほしくないんだ」

「カナンデラ・ザカリー探偵事務所のお仕事が減るんじゃなくて。ふふ、探偵さん。復讐は暫くお休みよ。続きはどうするか、考えておくわ」


ゴホンゴホンとわざとらしい咳をして、ラナンタータが注意を引く。


「悪いけど、ぜえぇぇんぶ聞かせてもらった。ね、ラルポア。こんなことなら相談してくれたら良かったのに。そしたら自らあなたを訪ねて進んで人質に……」

「駄目だよ、ラナンタータ」


すかさずラルポアがダメ出しをする。


「まあ、いろいろ手はあったさ。な、ラナンタータ」

「駄目だ」


カナンデラが取り成す言葉を後ろに投げて、ラルポアが言う。  


「マム・イサドラ。僕は、あなたがすがるべき相手は神だと思う。人間は、全てのことを行って最終的には神に祈るべきだ。神を捨ててはいけない」

「神が私を見捨てたのよ」


ラナンタータが割り込む。


「違うよ、イサドラ。あなたは殺人鬼かもしれないけど、ラルポアだって負けてないよ。女殺しだからね」

「ちょ、何の関係が……」

「……大丈夫よ、ラナンタータ……あなたの大事な人を取ったりしないから」

「「「は、何でそうなる……」」」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...