毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第5章 婚前交渉ヤバ過ぎる

(10)鼻水

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  ラルポアも慌てた。カナンデラは長い足でイスパノスイザに飛び乗り、ラナンタータから自動小銃を奪い取った。

  カナンデラが飛び乗った時点でラルポアは発進している。ラナンタータが叫ぶ。

「イサドラに伝えて。必ず捕まえるって」

  追っ手が迫る。カナンデラが空に威嚇射撃した。ラルポアはアクセルを踏み込む。イスパノスイザはスピードレースで優勝したこのあるスポーツタイプの車だ。素直にスピードが出て直線距離を伸びやかに引き離す。追っ手が数台のフォードに乗り込んだ時は大通りを爆走していた。もう誰も追い付けない。

「事務所はヤバいな。何処に行く」

  日中の気温が十度の中を幌屋根を立てずに爆走すればどうなるか、肌は寒風に曝されて水分を奪われ、肺は冷たくなり、何よりも鼻水が乾いて蓋になり、息が吸えない。三人はスカーフやマフラーで鼻と口を覆う。

「ねぇぇ、ぐすっ。何故、狙われたの、私たちぃ」

  ラナンタータが鼻声で叫ぶ。風で声が後ろに流された。

「イサドラさんがぁ、ぐすっ。誰かと手を組んだとかぁ……」

  ラルポアも鼻声になっている。

  カナンデラは座席に膝立になって幌屋根を立て始めた。

「おぉぉ、ヴァルラケラピスとかぁ……ぐすっ」

「嫌だぁぁぁ。ぐすっ。何で超強力殺人鬼とカニバリズム教団が手を組むのだぁぁ。ぐすっ。イサドラは殺しのカリスマかぁぁぁ」

「ラナンタータ。お前にはダンディー探偵と女殺しがついているべぇ。叫ぶなぁ……ぐすっ」

  おちょくる時に使う田舎訛りだったが、鼻水混じりでお笑い芸人風になった。

「あはははは……ぐすっ。ああ、笑える。でも、彼処で捕まっていたらどうなったかな」

「まあ、間違いなくお前は食われていただろうな、ラナンタータ。ぐすっ。聖女の特別な肉だとか血だとかなんとか」

「カナンデラの馬鹿ぁぁ。恐ろしいことを言うなぁ。ぐすっ。カナンデラとラルポアも食われるのか」

「ラルポアはイサドラとベッドを共にした後でカマキリ女に食われてぇ、ぐすっ。おらは貞操を守って殺される……あれ、ぐすっ。なんか俺様、損してる感じ……」

  屋根はストッパーでしっかり立った。側面の幌を風避けに下ろす。

「わははは。カナンデラは貞操を守って死ねるのか。好きなイットガールの為に。立派だよ。ぐすっ。ラルポアには節操がないからイサドラと寝るんだ」

「え……何故そうなる……」

「なるだろう、大概は。ね、ラナンタータ」

「ふん、ぐすっ」

  ラルポアは目をしばたいたが諦めて「なるようになるさ」と呟いた。アルフォンソ十三世はオゥランドゥーラ橋を渡る。

「え、何て言った、今……」

「イサドラが好きだから自分から誘って寝るってさ、ね、ラルちゃん、ぐすっ。」

「ち、違う……」

「違うんだって。予感がするんだって、ラルポアは。ぐすっ。おいらと違ってさ、そこら辺の女の子で予知能力が発達しちゃってるから、ね、ラルポア」

「違あああう」

  珍しくアクセルを強く踏み込む。交通量の全くない古いオゥランドゥーラ橋を突風のように走り抜けた。

「おおおお、ラルポアが怒った。切れた。何故だ。真実だからかっ。ショーファー失格だべ」

「ラルポア。モテモテなのは仕方ないけれどイサドラだけは止めてえぇぇ。その前に私が殺すぅぅ」

  イスパノスイザのスピードが落ちた。カナンデラがラナンタータを振り向く。ラルポアは路肩に駐車してラナンタータを振り返った。二人に注視されてラナンタータはきょとんとする。

「ぐすっ。どしたの」

「殺すって、誰を。イサドラに取られる前にラルを殺すのか、ラルを取られる前にイサドラを殺すのか……」

「ぇ……」

「僕も知りたい」

「ぇ……え……」

「要するに、ラナンタータはイサドラにラルポアを取られるのが嫌なんだね」

「嫌だ。絶対に嫌だ。イサドラだけは嫌だ」

「ラナンタータ、捕まったら殺されるとか言ってるけど、逆に僕たちが捕まえるんだろう、相手を」

「うん」「んだ」

「じゃあ僕のことで遊ぶのは止めて。節操がないとかなんとか」

「そうなんだってさ、ラナンタータ。良かったな」

 ラナンタータの片方の頬が痙攣る。

「ラナンタータ、従兄だから包み隠さず言うが、悪魔でも可愛いく怒れるんだね」

  イスパノスイザは静かに路肩から離れて警察に向かう。

「カナンデラ。ぐすっ。私もあんたとは生まれたときからの従妹だから包み隠さず言うけれど、カナンデラは警察辞めてマフィアのヒモになって自分一人で贅沢するつもりみたいだから親戚の妹分としては一生憑依とりついてオコボレ貰ってやるからね、ぐすっ」




「あ、ラナンタータ、偉い。お陰でおいら名案が浮かんだぞ。みんなでガラシュリッヒ・シュロスに行こう。シャンタンに匿ってもらうんだ。どうだっ、名案だべ」

「ああ、其れ良いね。良いね百万回。ジゴロも使い様だね。ラルポア、ガラシュリッヒ・シュロスにデビューしよう」

  ラナンタータの頬がひくひく痙攣している。

「警察が先だよね」

「いや、もしかしたら警察よりもシャンタンの方が使えるかも。イサドラの関係者をマフィアに取り囲ませる」

「名案、名案」

  ラナンタータは単純に喜んだ。いつかシャンタンに教えてあげたいと思っていたことがある。

『カナンデラはシャンタンのこと遊びじゃないんだって……』

殺されるかも知れない場面でも
貞操を守るんだよね
ジゴロ探偵カナンデラは
命懸けってことだよね
その前に
あの殺人鬼のイサドラが
アホのカナンデラと
エッチな関係なんて
イサドラの方でぜぇったいに
ぜぇったいに望まないと思うけど

  鼻水が垂れた。







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