毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第6章 殺人鬼と逃避行

(5)トンネル・ビジョンの罠

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「メルロー家のお子さんたちが同時に亡くなって、それで私をと」 


メラリーは長い金髪を指先で弄びながら、ポツポツと話す。


「養女の話は何処から持ち込まれたんだ」


ブルンチャスが訊く。


「私は親の借金の肩代わりに、旦那様の妾になったのです。それで、奥様がいらっしゃるので、私を養女にすると……」

「あんたにとってはドリエンヌ・メルローは邪魔だった訳だ」

「そんなことありません。私は仲良くできます。だって、望んでもいない幸運でしたから」

「じゃあ、あんた以外に奥様が死んで得をするのは誰だ。あんたは何で生活している」

「私には得はありません。まだ養子にしてもらっていませんから。旦那様が行方不明になってから、私はブティックで働いています。今日は早く上がらせてもらいました。シフトがありますから」

「旦那はどうして行方を眩ませた」

「あの……」


メラリーの目に涙が光った。肩を震わせている。


「奥様と大喧嘩なさって、その晩は私に奥様と離婚するとおっしゃって、翌日の晩はいらっしゃらなかったのです」

「毎晩だったのか」


ブルンチャスが苦笑いして、ふとその笑いの意味に気づいたらしいメラリーは、慌てて金髪ごと手を振った。


「ち、違います。ベッドに入っても毎晩ではありません。旦那様は話し相手が必要でした」


美しいだけでなく聡明さも持ち合わせているメラリーが、ブルンチャスには怪しく思える。


「追い出された旦那はそれからどうした」

「一度も……」

「毎晩だったのにか」

「……」


メラリーの顔が悔し涙で歪む。 


「毎晩……ええ、そうです。旦那様は私と一緒にいることを必要としていました。ですから旦那様を探していただきたいのです」

「旦那が出てくればあんたは結婚できるんだな」

「わかりません。旦那様次第です」

「結婚を望んでいるんだな」

「……いいえ。高望みです。いいえ、はい、今となっては……私は寄る辺無き身の上です。私は養女で良いんです」

「実家には」

「止めてください。借金こさえて娘を売る親なんて」

「売春宿でなかったのがせめてもの幸いか」


メラリーは頷いた。ブリンクス・メルローは金貸しの嫌われ者だったが、若い妾には愛情を注いだらしい。メラリーは良い服を着て清潔そうな艶やかな金髪と薄い化粧だが血色の良い頬をしている。そして、金のイヤリングと指輪をしていた。


「旦那の行き先に心当たりはあるか」

「奥様が、異世界に行くと言って出ていったと……嘘です。私にはそんなこと一言も……異世界でも何処でも私を連れていってくださるはずです」

「あんたは本当に若い。まだ子供だな。旦那の愛情を疑わないのか」


メラリーは肩を左右に振って泣き崩れた。


「あんたの他に誰かいなかったか」

「いいえ、いいえ」

「他に得する者に心当たりは」

「いいえ、いいえ、いいえ……」


メラリーは泣き崩れたが、法定相続人ではないとしても、トンネル・ビジョンの景色にぴったりの犯人像に違いなかった。





カナンデラは薄目を開けた。ラルポアがラナンタータをお姫様のように抱き抱えてリムジンに乗り込む。其のままカナンデラの横に座るとラナンタータの足をカナンデラの膝に乗せた。


向かい側にイサドラとエマルが来て、リムジンは発進した。


「何処へ行く」

「あら、ご存じだとばかり。私、ジョセフィーヌ・バケルのステージを観てみたいの」


ジョセフィン・ベーカーはフランスではジョセフィーヌ・バケルと発音する。アメリカ生まれの黒人ダンサーは、フランスを初めヨーロッパ全土で熱狂的に持て囃されている異世界の大スターだ。


ガラシュリッヒ・シュロスのステージで、芸術性の高い創作舞踊で人気を博した花形ダンサーだったイサドラが、関心を惹かれるのは尤もだ。


ただ、問題は、イサドラはこの世界どころか国内から自由に出られないという点だ。


「其れでアントローサ警部の娘を拉致した訳だ」


ラナンタータは口を半開きにして寝ている。似合わない口紅を擦り落としてピンクに染まった唇が、ぷっくりして見える。白い睫毛が震えた。瞼が動く。


「ラナンタータ、起きたかい。車の中だよ。イサドラと一緒だ」

「えっ……」


ラナンタータはラルポアの胸の辺りにしがみついて、イサドラに仰け反った。


「わあお。イサドラ・ナリス。本物だ。おめでとう、イサドラ・ナリス。やっと私を誘拐できたね……んん、頭が曇っている。寝る……」


ラナンタータはすうっと力を抜いた。


「面白いお嬢様ね。度胸が座っているわ」

「あんたとフランスに行きたがっていたよ。ああ、いかん。俺も頭が曇っている」


カナンデラが起きたばかりのふりをして頭を振る。


「あら、とっくにお目覚めかと」

「いやいや、あんた、とんでもなく即効性のある薬を使うんだな。ヤバい女だ」

「お誉めに与って光栄よ。余り長くは効かない事が証明されたけれど」

「処で、だいぶ街から離れたけど、どこら辺に行くのかな。国際駅ではないようだが」

「ふふふ、そうね、できればリンドバーグの飛行機に乗せてさしあげたいわ」

「嘘だろう」

「ふふふ……」


カナンデラとラルポアは驚いてイサドラを見た。イサドラはすっきりと描いた眉が美しく湾曲して楽し気に目を細めた。其の横でエマルが小刻みに震える。


「あんた、本当に飛びそうだな」

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