毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

文字の大きさ
71 / 165
第4章 一緒に世界を変えよう

(18)一生大事にするよ

しおりを挟む



  シャンタンの側近ツェルシュが来た。


  ラルポアはお茶を勧めたが、ツェルシュは「ザカリー探偵のお忘れ物を届けに来ただけですから」と断って帰った。


  綺麗に畳んだコートとカシミヤのマフラーにリボンのついた小箱が添えられている。ラナンタータの目が輝く。


「なんだろうね、ね、なんだろう」

「気になって仕方ないんだね、ラナンタータ。お利口さんにしていたらやがて所長が来るよ」

「ふん、カナンはやっぱり怪しい。この前はカシミヤを忘れて今回はコートまで……雪が止んでるとは言っても寒いのにさ。ブランケット代わりに置いてきたんだ、多分。だって、ラルポアも昔、私にそうしてくれたよね」


  カナンデラが魔城ガラシュリッヒ・シュロスの会長室でシャンタンと熱っぽい夜を過ごしていた間に、異世界境に向かう橋の上で銃撃戦があり、警察は絵皿の証拠品を押収した。


  その事で、カポネズ・ファミーユのドン、セラ・カポネが弟の釈放を求めて代理人を立てた。銃撃戦から一時間後のことだ。


『おい、誰がカポネズ・ファミーユに知らせたんだ』と、ブルンチャスが刑事部屋全体を見回して怒鳴る。

『私が聞いたのは、一般市民からの知らせがあったということでしたよ。カーチェイスの上にオゥランドゥーラ橋での銃撃戦は目立ちますからね』


  ミズーリという代理人は50絡みの恰幅の良い人物だった。


 モーダル・カポネを取り返す為に警察を襲撃する処を、取り成してやって来たのだ。釈放しなければ『アントローサの娘をヴァルラケラピスに売り飛ばす』とまで言っていたことも、クライアントの利益の為に伏せておいた。


  地上暦1927年、このアナザーワールドでも、弁護士は司法検事局の管理下にあった。独立事務所を持って法廷外活動をする弁護士は存在せず、カポネの寄越した代理人ミズーリも、司法検事局の弁護士として勤めた経歴を持つ。


  一晩中睨み合っているわけにもいかない。ゴツィーレ警部は、代理人には『早々にお帰り願い』取り調べにエネルギーを注ぐことにした。


『私は、巻き込まれただけのモーダル・カポネを釈放してもらえなければ帰れません。彼は銃撃戦には参加せず、窃盗にも関わっていない。ただキャデラックに同乗していただけです。それでも勾留するのでしょうか』


とミズーリが食いついた。


『成る程。絵皿窃盗殺人事件には、この地域最大級のマフィアが関わっている。それがお前さんとこのカポネズ・ファミーユだ。そして詐欺事件の被害者と言える中国人経営者の店『ロンホアチャイナ』は異世界フランス領事館の比護の元にある。中華民国とフランスを相手取っての詐欺事件と言えるのだが、お前さんはこの異世界間詐欺事件を、カポネズ・ファミーユの構成員のやったことに間違いないと言うのだな。それを認めるのであれば暫く待っていると良い』


ブルンチャスは取り調べで絵皿の入手経路を明らかにした。


『絵皿の持ち主はオイラワ・チャブロワに間違いない。周辺に自慢していたそうです』


毒殺の方法も明らかになった。


『心臓の弱いオッサンだと聞いてさ、丸薬に処方量を越えるキニーネを混ぜ込んだのさ。薬を飲ませるために、わざわざボヤ騒ぎを起こしたんだ』


このことはアントローサ総監にも報告が来た。


首謀者はパメラという勾留中の女性で、全てが彼女の計画だったと言う。


アントローサはアンドレア・チャブロワの名を騙った女を尋問させた。既に時間は翌日に股がっている。この時代の警察は、労働基準局も真っ青なブラック企業だ。


『こんな時間に済まないが、喋らなかった君にも問題はあったのだよ。前もって部下が伝えたはずだが……自白しなければ君が首謀者ということになるとね。君の期待をぶち壊して悪いが、セラ・カポネの手下を逮捕した』

『奴らは何と……』

『君が首謀者だと』




未明に帰宅したアントローサに、ラルポアの母親ショナロアが、温かい夕食を出す。


ショナロアは会心の笑みでアントローサを見つめた。


『旦那様がいなければ私たちは路頭に迷ってしまうわ』

『此の屋敷や貯蓄等、ラナンタータには不自由をかけないものが残るはずだが……』

『いいえ、いいえ。そういう問題ではなくて、旦那様は大きな天井のように私たちを守ってくださって……』


アントローサは言葉を遮って、ショナロアの手に自分の手を重ねた。


『ラナンタータがラナンタータ・ミジェールになるか、ラルポアがラルポア・デラ・アントローサになるか、我々には重大な問題だ』


その事を、ラナンタータもラルポアも知らない。




「ね、ラルポア。日本に行ったらラルポアは何処に行って何をしたい」

「そうだね、キョウトかな。ゲイシャサンみたいにラナンタータもキモノ着て、僕もサムライになって並んで写真を撮ろう。一生大事にするよ」


微笑むラルポアに、ラナンタータはきょとんと小首を傾げる。


二人並んで和服姿……
あのさぁ、一生大事にするって
写真のこと、それとも私のこと


「ん、どうした、ラナンタータ……」

「このフィッシャーマンセーター温い」


慌てて長い袖をふりふりする。


「わかった。誤魔化さなくてもラナンタータの気持ちはよくわかるよ。僕も同じ気持ちだよ」

「え、同じ気持ちって……」


ラルポアはラナンタータに優しく腕を回して片手で顎を上げさせた。それから額にキスする。そしてそっと抱き締めた。


「ラナンタータは本当はアルビノの国に行きたいんだよね。楽園のようなアルビノの国に……」

「うん。アルビノの国に行きたい」


ラルポアのトナカイを編み込んだ異世界輸入のカナディアンセーターに顔を埋めて、ラナンタータはこっそり溜め息をつく。



















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

処理中です...