毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第3章 ブガッティの女、猛烈に愛しているぜ

(17)天使がトイレで

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「ラナンタータ、心配しなくても良い。ラルポアに失敗はない」


警察の紺色の制服に黒いコートを羽織ったアントローサ総監が、玄関脇の帽子掛けに手を伸ばした時、白いネグリジェにガウン姿のラナンタータが階段の上に立っているのが見えた。親の贔屓目ではなく、本当に天使のようだと眺める。


「カナンデラが娼婦殺害事件の一味を見つけたと、連絡があった。私は出掛けるが、警備を配置してあるから心配しないで寝なさい。ラルポアも直に帰って来る」

「大丈夫。心配しないで。悪いやつらはぶっ殺すから」


壁際からシャベルを取り出して見せる。


「ははは、ラナンタータ、お前には似合わない。そんな真似はラルポアに任せておけばいいんだ。お休み、エンジェル」

「朝は何を食べる」

「林檎があれば林檎を。今夜は冷えるから。もうお休み」


ウタマロのオーナーでバーテンダーレスのサヨコはフランス人と日本人のハーフだった。第一次世界大戦のずっと前に異世界ジャポンで生まれ、まだ言葉を覚えないうちにフランスに移住して、親の死に目に涙して全てを畳み、この世界に流れて来たと言う。

つまり、どこの馬の骨かわからない戸籍のない存在だ。

そのサヨコも取り調べを受けた。店の客層や営業方法には一切触れずに、ヴァルケラピスについて尋問した。

サヨコは、ヴァルラケラピスとの直接的な接点はない。連絡係としてアトーが来るのだと話す。

ヴァルケラピスは月一で貸し切りパーティーを開く。


「飲み物も食べ物も持ち込みで、ゴミの欠片も落とさず消毒薬の匂いと金だけ落として帰る奇特な上客よ。掴まえておきたいと思って何が悪いの」


定年間近のブルンチャスが渋い笑みを見せた。


「ほう、ふてぶてしい態度だな。まあ、そのくらいは夜社会なら当たり前のことなのだろうが」

「ふん、気の弱いオーナーはギャングに潰されるのよ。女性なら尚更だわ。特に、うちのような元マフィアの店はね」

「パパキノシタのことか」

「キノコ戦争でパパキノシタがパロの幻覚茸(*)を奪い取ったのは、警察上層部に手を貸した人がいたからだと聞いているわ。アントローサ総監のことよ」


1927年よりはるか以前に、パパキノシタの縄張りで幻覚による事件事故を起こす若者が急増した時期があった。

シチリアマフィアの流れを組むパロが、茸由来の幻覚剤を一般市民の子女にまで売っていた為に起きたことだと判明して、パパキノシタとパロの間で話し合いが持たれた。

縄張り内で幻覚剤を売るなら上納金を寄越せ、と言うパパキノシタに対し、パロはパパキノシタの娘を幻覚剤中毒にして帰した。それがキノコ戦争の始まりだ。

パパキノシタは、まだ若造だったアントローサ総監の助けを借りて、パロの茸工場を襲撃したという噂だ。

パパキノシタは着流しの大島に雪駄履きで日本刀片手に殴り込みをかけたというのが都市伝説になっている。背中の美しいジャポニズムタトゥーを、刑務官ははっきり見ている。


「成る程。単なる噂だが、まだ信じている人もいるのか。パパキノシタの時代は過ぎた。あんたがオーナーでいたいなら、店の管理をしっかりやることだ。今回は暫くの営業停止で済むかもしれないが、この国で成功したいのなら、何をしているのかわからない組織の金の力に負けるな。店を失うことにならないようにな」

「ふん、余計なお世話よ。そうそう、言い忘れていたけどさ、パーティーは金曜日よ。それと、カワハギ事件の被害者はトミーよ」

「トミー……」

「うちの常連だったけど、知恵遅れで、人の使い走りをしていたわ。マダム・マヌエラとか」

サランドラ・ド・マヌエラ。娼館の経営者だったが、満月会Rの児童買春事件発覚の後、自殺した。

「教えてくれて有り難う、マダム・サヨコ。他に話しておくべきことがあれば」

「そうね。警視総監の娘がレストランの男子トイレでパパキノシタの手下の脛を蹴ったとか。はっはっは、面白そうな娘さんだわ。うちにも連れて来てよ。サービスするからさ」

「ヴァルケラピスの出入りする店にか、それはあり得ない」

「おっさん、カタブツだねぇ」


ブルンチャスは取り調べ室を出て、サヨコから聞いたことをアントローサ総監にこっそり伝えた。

出掛ける際に見上げた階段の上のラナンタータは、白いネグリジェとガウンが似合う真っ白な天使のような姿だった。背中に羽根が生えていないのが不思議なくらい、神聖な生き物に見えた。

しかし、ラルポアから聞く話がカナンデラから聞くより信頼が置けるとしても、やはり、ベランダから隣の建物に飛び移ったとか、納屋で犯人に回し蹴りしたとか、常に天使とは思えないオチが付く。


今回は男子トイレで男の脛を蹴ったと
ラナンタータ、ああ、ラナンタータ
私の愛する娘、妻の形見の天使
時代が時代なら王妃にも聖女にもなれた娘
ラナンタータよ、やんちゃが過ぎるぞ
他所のお嬢さん方は
そろそろ嫁に行く年頃だと言うのに
お前は男子トイレでマフィア相手に何を……


アントローサは暗くなったが、空は白々と明け始めていた。



(*)幻覚茸。1957年にマジック・マッシュルームと命名された幻覚茸は、日本では2002年に規制対象に指定されたが、ミレニアム以前は日本同様多くの国で規制の対象ではなかった。この世界でも、似たような現象が起きている。



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