毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第4章 一緒に世界を変えよう

(14)敵味方なく安堵の吐息

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  龍花は売り子を帰した後、独りで店に残った。表を閉めて、提灯をひとつだけ灯す。


あの若い刑事
犯人の顔を見たネ
そして直くに追いかけて行たヨ
良かた
きとなんとかしてくれるネ
中華民国と違て
この国の警察は信頼てきるネ


  神に祈るのに似ている。キーツとブルンチャスを頼る気持ちが湧く。



  そのキーツとブルンチャスはロールスロイスと競り合っていた。キャデラックを追うのにロールスロイスが邪魔だ。


「親父っさん、もっとスピードを上げてくれ」

「無理なことを言うな。とっくに制限速度を越えている」

「あそこだ。オゥランドゥーラ橋を渡る」


  オゥランドゥーラ橋は数百年の歴史を持つ古い石橋だ。その割には道幅が広く、大昔の人々が荷馬車で通った異世界交易の匂いが残っている。


「ええい、邪魔なロールスロイスだ。前が見えん」
 

  ブルンチャスはこめかみに青筋をたてた。


「だろう、親父さん。あいつは子供の頃からそういうやつなんだ」

「知り合いか」

「邪魔くさい幼馴染みさ。同じ施設育ちだ。人の前にばかり出やがる」


  ブルンチャスはわかったと言う代わりに猛烈にスピードを上げてオゥランドゥーラ橋の入り口でロールスロイスを抜いた。ロールスロイスの中でシャンタンの黒服側近が叫ぶ。


「あっ、何て野郎だ。お前、ルノーごときに負けるな。あいつに前を取られるなっ」


  叱咤されてロールスロイスショーファーの鋭い目が燃えた。猛然とダッシュする獣のようにスピードを上げる。


「行けっ、先にキャデラックを捕まえろ」


  キャデラックを追うマフィアと刑事のラリーは熾烈化して、橋の中腹でキャデラックを照準内に捉えた。


  窓から乗り出した会長側近の右手が火を吹く。キャデラックの右後輪に当たった。二発目はナンバープレートを撃ち飛ばし、三発目に左後輪を撃つ。キャデラックのスピードが落ちた。


  キャデラックからも弾が飛んできた。銃撃戦が始まる。


  キーツがキャデラックのサイドミラーを吹き飛ばす。会長側近が自動小銃で撃った前輪がパンクして車体が傾いた。リベイロール1918オートマチックカービン自動小銃は、単射と連射の切り替えが利く。


  キャデラックが停まる。4つのドアが開いて運転手と助手席から降りた者が後部ドアを盾に撃ち始めた。ロールスロイスとルノーが慌てた。


「おおっと、危ねぇ。バックだ、バック」


  会長側近は自動小銃を連射に切り替えて薬莢を飛ばしながら相手の足元を狙う。向こうは頭を狙ってくる。


  しかし、普段はシャンタン警護と経理が主な仕事である側近はふふふと嗤った。


つまらん真似してマジに
命を落とすわけにはいかないが
こんな処でセラ・カポネの
タマが取れるとは
思いがけない幸運
人生は時としてナイスだ
それにしてもキーツのやつ……


「おい、こら、ルノー。邪魔するな」

「お前の方こそ。偉そうにロールスロイスに乗りやがって」

「なにぃ、悔しいのか。わはははは」


  会長側近は左ドアのスナイパーを狙い、キーツは右のスナイパーを狙う。ロールスロイス運転手とブルンチャスも銃撃戦に参加する。


  自動小銃がキャデラックのボディを狙い始めた。狙われたキャデラックの後部座席から三つの頭が消えた。屈み込んだのだ。自動小銃でガラスを乱射する。サイドもフロントガラスも割れた。セラ・カポネのキャデラックは丸裸だ。ドアが音をたてて外れた。


「待て、待て、撃つな……」


  五人の男が手を上げて出てくる。


  ルノーからキーツとブルンチャスが降りた。警察車両が数台やって来る。


「拳銃を捨てろ。頭の後ろで手を組め」


  自動小銃の援護を後ろにキーツは拳銃で五人を狙い、ブルンチャスがキャデラックのシートを確認する。厚手の布にくるまれた絵皿は、キラキラと光るガラスの欠片にまみれた上着に覆われてバックシートに鎮座していた。


「絵皿は無事だ。無傷だぞ」


  ブルンチャスが赤子を抱くように絵皿を捧げ持って、慎重な足取りでルノーに向かう。


  到着した警察車両から仲間の刑事が数名降りた。ブルンチャスは「今頃かよ、遅かったな」とにやりと笑った瞬間、うおっ……と、つまずいた。


「「「「「「「ああっ……」」」」」」」


  敵味方なく、その場にいた全員が魂消たまげた。


「「「「「おっとっっと……」」」」」


  ブルンチャスは下手な盆踊りのようにステップを踏む。


「「「「「「あわわわ……」」」」」」


  まるでバレリーナのアラベスクだ。片足立ちで後ろ足を高く上げたポーズで絵皿を掲げ、そこからのブレイクダンスに敵味方なく手に汗握る。


「「「「おおっとっとお、おっとっと」」」」


  ブルンチャスがピタリと止まる。もう少しで絵皿を落とす処だった。


  ブルンチャスは絵皿を抱いてサッカー選手のように地面に両膝を着いた。


「おおおおお、危ながっだあ”あ”あ“あ“ぁぁぁ……神様、キリスト様ぁ……」


   オゥランドゥーラ橋のど真ん中で天に向かって叫ぶブルンチャス人生最大のエンターテイメントに、敵味方総員一斉に漏らす安堵の溜め息。


「「「「ほぉぉぉぉ……」」」」


  拍手まで起きた。


  キーツの脳裏をあやかしのような美貌が占領する。


龍花さんに泣かれる処だった
いや、殺されたかもしれない



  そのあやかしは密かに祈っていた。


きぃと、きと、たぷん
ううん、つぇたいに
何とかしてくれる
この国の警察は信頼てきるネ





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