毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

文字の大きさ
64 / 165
第4章 一緒に世界を変えよう

(11)クリヨウカン

しおりを挟む

ロンホァチャイナは表通りから脇に入った川沿いにある。傾いた西日は赤みを増して、赤い提灯の灯った店の表に色を添える。小さな川を挟んで、警察車両が停まっていた。

龍花は小皿に盛った甘点心にふわりと包装紙を被せ、お茶の水筒を下げて川向こうに歩いた。

緑色のチャイナドレスは、ピンク色の牡丹の刺繍に金糸が織り込まれているらしく、夕日を受けて鮮やかに浮き上がる。腰までの白いファーストールを纏っている。


「あれ、オーナーが出てきたぞ」

「こっちに来るようですね」


ブルンチャスとキーツは慌てた。セラ・カポネの件で張り込みをしているのがバレる恐れがある。


龍花は警察車両の窓を覗いた。


「やぱり刑事さんたちね。今晩は。今夜も冷えるのに大変ね。これは差し入れよ。温まて元気になるね」


切れ長の猫のような黒曜石の目が涼しげに笑う。龍花のあやかしのような美しさにキーツが口ごもる。


「あ、ありがとうございます。しかし……」

「もうそろそろ店を閉めるよ。今夜はセラ・カポネからの連絡はなかたよ」

「わかりました。これは頂きます。でも、もう差し入れはしないでください。我々は最後までいますから、気にしないように」


ブルンチャスが礼を言うついでに笑顔でやんわりと次を断る。警察は一般市民から袖の下を受け取ってはいけないことになっている。


「わかた。それなら、これきりね」


小走りに店に戻る龍花の後ろ姿が、キーツの目に焼き付く。


「チャイナドレスというのはセクシーな服だなぁ」


ブルンチャスがニタつく。


「親父っさん、何を喜んでいるんですか。俺はそんなつもりでは……」

「どんなつもりだぁ」


キーツは項垂れて菓子皿に被せた紙を取る。ブルンチャスは水筒のお茶をカップに注いだ。


「お、親父っさん、この栗のゼリー、旨いですよ」


板栗洋甘菊クリヨウカンの甘さと温かい烏龍茶が脳と身体を癒す。


「ん、あの車は……」


黒いロールスロイスファントムがロンホァチャイナに横付けするところだ。高級感溢れる黒光りの車体。シャンタンの側近中の側近が降りた。スマートな影が店内に消える。


キーツは車を出した。川沿いをぐるりと回り、ロンホァチャイナの通りに入る。ロールスロイスの横を通る。運転手の鋭い目付きに覚えがある。会長専用車だ。


降りたのは
やっぱりツェルシュか
何でここに……


ゆっくり進む。ルノーのような小型車でなければロールスロイスの腹を擦ってしまう狭い道幅。前に出て、真正面に停めた。何かあっても、ロールスロイスを足止めできる位置だ。


「こら、そこをどけ」


ロールスロイスから声がかかる。警察だとわかっていてもひとこと言いたかったらしい。


ロールスロイスから運転手が降りた。ブルンチャスが車を降りずに運転席に移動する。いつでも発進できる。


ロールスロイスの運転手を無視して、キーツはさりげなく店内に入り、入り口近くの陳列棚を眺めた。壁一面の棚にブリキの美しい図柄の缶が並んでいる。


シャンタン側近の声がする。カナンデラ・ザカリーはよく来るのかとの質問だ。キーツの全身が耳になる。


「ああ、知り合いよ。ポナペティで食事したね」


龍花さんがカナンデ先輩と食事……
そう言えばカナンデラ先輩は独身だ
何だか胸騒ぎが……
胸が痛い……まさか俺は……
カナンデラ先輩が好き……
うわあぁぁ……


その時、黒いキャデラックがロールスロイスの後ろに停まった。数人の男が各々のドアを開いて降り、店の中に雪崩れ込む。不穏な空気をまとった男たちだ。キーツの脇を通って奥に走る。それを、猟犬の勘で反射的に追う。


「誰、あなたたち」


叫びに近い龍花の声。


三人の男が拳銃を構え、もうひとりは龍花のデスクに置かれている絵皿に手を伸ばす。


「どこの者だ」


会長側近のドスの利くよく通る声。


たじろぐ男たちはしかし側近に答えて「俺たちに構わんでください、ツェルシュさん。これも凌ぎですから」と言った。


キーツが店の奥に割り込む。


「警察だ。何ごとだ」


大きな絵皿を抱えた男が拳銃を持って威嚇するように側近とキーツに向けた。


「ちょとー、それ大切。落とさないて」


龍花が叫ぶ。


雪崩のように動く男たちを、キーツが追った。側近も走る。目の前で盗難事件が起きたのだ。


キャデラックのドアが次々に音を立てた。バックで猛進して表通りに出る。


側近もロールスロイスに乗り込む。「キャデラックを追え」すかさずバックで表通りに出て、直ぐ様キャデラックを追う。


キーツが警察車両に乗り込む。


アメリカ製の馬鹿でかいキャデラックと高級感が売りのイギリスのロールスロイスファントムと小回りの利くフランス製ルノーのカーチェイスが始まった。




















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

処理中です...