毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第2章 イスパノスイザ アルフォンソ13世に乗って

(1)結婚式に出席する為に大騒ぎ 1

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「ラルポア。一週間前、確か五月二十一日、チャールズ・リンドバーグが大西洋横断飛行を成功させたじゃない。私たちも行こうよぉ、ラルポア」

「ラルポア。俺はあの異世界通信を何度も読んだぜ。彼は何処にも一度も寄らずにアメリカとフランスの間を飛んだんだ。お前、ラナンタータを乗せて飛べるのか」

「カナン。あれはね、人間が、危険な水素ガス以外の方法で空を長距離移動できることを証明したんだよ。フランスとアメリカの間だよ。素晴らしいじゃない。ね、ラルポア」


  1920年代前後、水素ガスを使う飛行船の事故が相次いだ。空を移動するのは危険が伴う。


「そうだね。今の時代は命がけかもしれないけれど、そのうち、誰もが飛行機で普通に空を移動する時代が来るかもしれないね」


「ラルポア、宇宙にだって行けるかもよ。私が連れていってあげる。世の中がいつまでも変わらない訳はないもんね。必ず変わるもんね」


  ラナンタータの眼差しの先に、闇を駆逐する灯りが煌々と灯る。


「お前な、当たり前のことを言うなよ。そりゃあ、人も町も変わるさ。考えが変わり、姿が変わる。世界は必ず変わる。いや、変わってきた」

「カナンデラ。それを進化と言うなら私も人類の進化を認めるよ。ね、ラルポア」

「ラナンタータはその為に皆が生まれたって言いたいんだろ。世界を変える為に動くって。アントローサ総監も同じだ。勿論、カナンデラ所長もさ」

「うん、そうだね、ラルポア、カナンデラ」

「二人とも良いこと言うぜ。だったら手っ取り早くぶっ壊そうぜ。おいら、おフランス革命みたいにこの国をひっくり返したいな」

「ははは、カナンデラの単細胞。今の世の中にフランス革命みたいなことって期待できないけどね」

「何でも聖書では、天からの石が人類史を打ち壊すとか……この世は滅ぶという予言ですけどね」


  時は1927年、春。第一次世界大戦前後にはこのアナザーワールドも多少の軍事的影響があった。アントローサ領でも、世界大戦に参戦するか否かで紛争まで起きた。


  異世界人に、この世界の存在を知らしめてはならないという鉄の掟がある。もしも異世界人に伝えてしまったら、その異世界人を殺すか拉致して来なければならない。


  その鉄則を破りたがる参戦派は少数だから、紛争は長くは続かなかった。


  紛争中でありながらも、両陣共に多くのユダヤ人を受け入れてホロコースト惨劇から護ることが出来たことは、誇れる史実だ。


  アルビノに生まれ命を狙われながら育ち、異世界旅行中に垣間見た世界大戦という凶暴な嵐を嫌悪して、多感な時期を過ごしたラナンタータは、十九才の今、希望を持って未来を見つめる。アルビノの人権が保障される時代が来ることを信じて。





「ねえ、ラナンタータ。光の三原則を知っているよね。白い光は全ての色を含んでいるんだ。だからこそ白くなる。不思議だよね。色絵の具を全部混ぜると黒っぽくなるのに。全ての色が集まった光は、強くなればなるほど眩しく白くなっていくんだよ」

「ラルポア。それ、アルビノの色素不足とは関係ないじゃない」

 「色素は不足していても金に糸目は付けないのが、アントローサお嬢様だよな」

「何の話し」


  話は案外、単純だ。1927年夏。ラナンタータの学友アンナベラが、従兄の探偵カナンデラ・ザカリーのキューピッド役でザカリー家の親戚になる。


「花嫁はアンナベラ・ザカリーになるわけだ」


  言外に『可哀想に……』と皮肉を含めて名車アルフォンソ十三世の革のハンドルを握るラルポアはため息をついた。 


  アンナベラは都会暮らしの元貴族のお嬢様で、駆け落ちのように結婚する相手は落ちぶれ大公家のパン屋だ。田舎暮らしが続くだろうかと、心優しいラルポアは危惧している。


  ラルポアの金と栗色の上手い具合に混じった甘い色調の髪に、粋なストライプのモカのツイード・ジャケットとチョコレート色のチョッキはよく似合う。今日はサーモンピンクの蝶ネクタイだ。


  その出で立ちに黒いサングラスはどうかと思うラナンタータだが、ラナンタータにしてもカナンデラにしても、遠乗りにはサングラスを掛けるのが常だ。


  コンパーチブルにカスタムした幌付きのオープンカー・アルフォンソ十三世の速度を制限しながら、古い石畳の道を走る。真夏日の直射はラナンタータの弱い肌を刺激する。幌屋根が涼しげな風の音を奏でる。


  ラナンタータはお世辞にもファッションセンスがあるとは言えない。アルビノの肌の弱さをカバーする為のマントは春夏物の色違いもあり、ラナンタータのトレードマークになっている。今日のマントは藤色だ。


  春夏はかえって目立つマント姿だが、ラナンタータとしてはマントの下に着る衣服に気を使わないで済むせいか、無頓着になる傾向が甚だしい。カナンデラやラルポアにお下がりをねだることもあった。


『お前、男装の麗人を気取るには痩せすぎだろう。サイズが違いすぎる。ブカブカじゃないか』

『子供が大人の服を着てるみたいだよ、ラナンタータ。ジョルジュ・サンドは諦めた方がいいね』  

『ジョルジュ・サンドになりたい訳ではない。私はまだショパンに出会っていない。男服が機能的でいいんだ。女物は長ったらしいスカートだけだから』


  等とやりあうのも、1920年代の女性物のファッションが現代に比べてまだ女性の動きを封じる作りになっているからだ。出来ればホットパンツやバミューダ等の形状を望むのだが、時代はまだそこまで開かれておらず、美しさ先行の機能性二の次の女性服に、ラナンタータは不満たらたらだ。


  しかし、今日のラナンタータはわざわざ異世界フランスまで行ってカナンデラとラルポアに選んでもらったオートクチュール。パリ・コレクションに参加した有名デザイナーの、紫色の裏地に透かし編みの硝子細工を思わせる細身のロングドレスに身を包んでいる。


「いやはや、本当に可愛い。可愛く見える。とても悪魔には見えない」


  カナンデラは毎日のようにラナンタータの毒舌に晒されているせいか、小さな復讐を怠らない。


「カナンと違って私は天使と間違われるからね。そんなに美形じゃないのに」


  アルビノの肌に髪も睫毛も真っ白な美しさは、どうかするとこの世のものではない。


「天使だよ。見かけだけはな。見かけだけは。俺の指定席を奪いやがって」


  普段は助手席に座るカナンデラが、主の席の後部座席に遣られたのは、訳あってラナンタータに助手席を奪われたからだ。そのせいで三人分の着替えの入ったでかいバッグを抱っこする羽目になった。


  じゃびっくいやりぃぃれぴゅぶりくふらんせーずぅぅふらんすめとろぽりてーぬぅぅ私は行きたい~フランス共和国~フランス本土~

  ラナンタータの音程の外れた鼻唄が田舎道にこぼれる。

 









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